テオス・クリーブ
――数日後
話が通ったからと、ルートに言われたリアが足を運ぶと、そこにはテオスが立っていた。
向かう先で上げられた場所が、城の庭であったため、疑問に感じていたのだが、彼の姿を視認して、ルートの言葉ともう一つ、リヒトの言葉を思い出していた。
『――術式は見た通り『火』から派生した『雷』が得意で、術式の他には多少の体術と…弓も得意だったはず…』
(弓が得意だからといって、何故ルート様はテオス様に話を通したの? …てっきり王族は避けてくれると思っていたのに…)
リアは頭を抱えるが、元々ルートの『心当たり』がテオスしか無いのならば、仕方のないことだ。
ルートは悪くない、自分の説明不足だったとリアは思い直し、今一度テオスを見た。
彼は弓に必要な防護具を身につけ、リアを待っている。
傍には机が設置されており、同じく何点かの防護具と弓が置いてあった。
リアの身体に合う大きさ等が不明だったため、全て用意してくれたのだろう。
そして遥か後方にいくつもの的が並んでいた。
的の形は、前世で見たことがある洋弓、和弓と異なっており、菱形であった。
その中に四重の円が、更に中心と思われる場所に十字が描かれている。
リアを遠くから静かに見つめているテオスに諦めが付いたのか、リアは彼の元へと向かった。
「本日から君を指導するテオス・クリーブだ。基礎的な部分だけで良いと聞いているので、まず武具の説明と注意事項、射法を説明する。実際に矢を放つのは明日以降にしようと思うのだが、構わないか」
「はい、問題ありません殿下」
リアが到着するとほぼ同時にテオスが話し始める。
リアはその問いに快く答えたつもりであったが、テオスは怪訝な顔をした。
「……僕は『テオス・クリーブ』として今ここにいる。王族としてではなく、できれば一般人として接して欲しい」
「どちらにしても接し方を変えることは困難です、テオス様」
ムぅという擬音が聞こえてきそうな顔に変化したテオスを見て、やはり想像していたよりも幼いのだろうかとリアは思う。
そして彼はとても頑固なのだ。
今まで接してきた男性は頑固者が多いが、彼らはそれなりの建前と引き際を心得ている。
自分が天界の盗火のため、テオスは無意識に引けない状態なのかとリアは懸念した。
「では、王族として命じる。リヒト氏と同じように僕に接してくれ」
「……ルート様程度で妥協していただけませんか」
だが、頑固なのはリアも同じである。
それこそ前世では殆ど相手に妥協して傷付き、更に棄てられてきたのだ。
申し訳ないが今世では回避させてもらいたい。
例えば『テオス様が許したから』と告げても事実をねじ曲げられ、罰が免れない自体になるかもしれないのだ。
「……わかった」
リアの妥協案にテオスは渋々了承したが、「今度は複数の証人と書面を用意する」と呟いていた言葉が恐ろしい。
胸、腕、指の防護具、矢筒。そして弓と矢。
一通り確認するが、前世でいう洋弓に近いとリアは感じていた。
それらを身に付けるとすぐ、テオスは注意事項を伝える。
「今回は独りだが、複数人で練習する際、弓を置く場合は必ずこの机に戻してくれ。矢を全て放ち、拾いに行く場合は誰も弓に矢を番えていないか確認し、拾いに行くこと。また、拾いに行っている人を視認したら必ず弓矢を降ろすこと」
「はい」
リアが確りと返事をすると、テオスは「では、射法を教える」と告げ、リアの前で何も持たずに弓矢を構える姿勢をとった。
和弓と洋弓の違いは弓の形もあるが、やはり射法だろう。
洋弓の場合、矢は自分から見て弓の内側、つまり自分側から番える。交差しているように感じるため、初めは引っかかるのではないかと思ったものだ。
そして弓は顎まで引いてから放つ。
確か和弓の場合、矢は外側に番え、耳の後ろまで引く筈だ。
『私』が知っているのはこの程度であったが、テオスの動きを見る限りでは洋弓の射法と変わりはない。クモ駆除で軍の弓兵の動きも少し見ていたが、間違いは無かったようだ。
――しかし、リアは全く別のことに違和を感じる。
テオスそのものの動作だ。
事前にリアの利き目と利き手を確認していたので、彼はリアに合わせて型を見せてくれている可能性が高い。
現に彼は左目を開き、左手に弓を持っていた。
これは通常、逆なのだ。しかし、その腕は振れていないため慣れているように感じる。
「テオス様、腕は左利きですか?」
「否、僕は右利きだ」
「ですが、目は左利きですよね?」
その言葉にテオスは漸く気づいたのか「すまない」告げ、向きを変える。
「確かに通常は左目を使い、右で弓を持つ。君とは逆なので型は合わせたのだが、癖で左目を開けていたのだな…」
「その割には、とても安定しているので、……両方鍛えていらっしゃるのですか?」
リアの言葉にテオスは驚嘆したのか、目を見開いている。
リヒト程では無いが、彼も表情がよく変化する。
通常が無表情なので、その変化がとても新鮮だ。
可笑しいというよりはこれはきっと『可愛い』の部類に入るだろうと、リアは思った。
「驚いたな。そうだ。腕は両方鍛えてはいる。だが、幼い頃、利き目は右だったのだ。焦点が合い辛くなったため、左に矯正した経緯がある」
「そうだったのですか…」
彼の右目は赤く、左目は碧。
この綺麗な赤い瞳が…とリアは思わずまじまじと見てしまう。
その様子にテオスは目を閉じ、咳払いをすると「その様な態度は余り感心しないな…」と告げた。
「申し訳ありません」
「だが、嬉しい」
リアが頭を下げるが、テオスが訂正するかの様に即答する。
リアの態度が柔和になってきたことや、会話出来ていることが、彼には喜ばしいことであった。