グラベル
話を終えると、リヒトは直ぐにまた薬を飲んで眠りについた。
余計な思考をしない方がエメムの侵食が抑えられると彼は考えているらしい。恐らくそれは正しいとリアも思うが、しかし、眠っていても脳は活動しているのだ。
眠っている時に脳は記憶を整理するという。
事実、『私』は裏切られた人々の夢を見てよく魘されたものだ。
顔や声を忘れたと思っていても、夢の中でははっきりと覚えている。
そして憎悪が膨れ上がるのだ。目覚めてもその憎しみは暫く残り続けた。
リヒトがそうならないという保証はどこにもない。
ガラスの扉の前で待っていた所、ルートが術式で開けてくれる。
リアは扉を潜ると直ぐ、ルートに向かい質問をした。
「ルート様、この辺りで『弓』を習える場所はありますか?」
突拍子も無いリアの言葉にルートは首を傾げると、彼女は慌てて補足する。
「…アシダカグモとの戦闘を見て思ったのです。私も弓が使えた方が便利かと…私はリヒトの様に剣を扱うことはできません。できれば遠くから矢を放ちたいのです」
アシダカグモを斃した時、リアは正気ではなかった――今思えばよく行えたと自分で自分を褒めてあげたい。クモの口に素手を突っ込むなど…恐らく二度とすることは無いだろう。
「心当たりが無くはないが、『弓』の習得に時間がかかるのではないか」
「完璧で無くて良いのです。最悪、炎で焼き払いますから」
「おいおい…」
ルートに前世のことは話していないので、ソレ以上のことはリアには言えなかった。
実は、前世で洋弓なら一度経験したことがある。
ただし、自分の利き目と利き手が合わないことが判明した上、猿腕だったために早々に諦めた苦い思い出だ。
興味を持って行ったのもそれこそ死ぬ間際の時期だったため、見込みはないだろうという判断は全く間違ってはいない。
おかげで今世は役に立つかもしれない。
リアの利き目は右、利き手も右であり、腕も猿腕ではない。
胸筋等は鍛える必要があるが、飽くまでも力の補助として身につけたいのだ。
「お願いします」
「…そこまで言うなら…話を通しておこう」
「? あ、ありがとうございます」
弓を習うのに、何か必要な手続きがあるのだろうか。
術式と気の助言と講義は専らリヒトに頼りっきりだったため、リアは合点がいかない。
リヒトが健全なら彼に剣技を習う手段もあっただろうが、本当、リヒトが居ないと私は駄目なのだなと、リアは再認した。
ルートに再度挨拶をすると、彼の研究室を出て、螺旋階段を上る。
彼はは風と火で舞うと言っていたが、炎しか扱えないリアにはできそうになかった。
密閉されたこの空間、上昇気流などを生み出す方法も考えたが、現実的ではない。
もうすぐで地上に出られそうな箇所まで上がったところ、天井――上階でいう床の扉が開けられる。どうやら上ってきた音で、地上の兵士たちは把握していたようだ。
やはり下手なことをせず、普通に登って良かったとリアは思う。慌てて身体から発光させていた炎を掌へ集約するのも忘れなかった。
リアが身を乗り出した所、手が差し出される。
顔を上げると、不安と安堵が入り混じったグラベルの表情が飛び込んできた。
リアはその手を素直ととって地上に出ると、グラベルを見てニコリと笑う。
彼に今までのことを話せる範囲で話すと、彼はファンゲン家に報告する必要があるため、暫く王都を離れるとのことであった。
だが、明日には戻るから、勝手な行動は慎むようにと念を押されるあたり、子ども扱いされているのか、信用されていないかのどちらかなのだろうなとリアは思った。