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鎖付×××

 部屋の奥を少し進むと、一面ガラスの壁があった。

 そのガラスは図書館や城のモノとは遥かに異なりとても分厚い。厚さは十センチ以上有りそうだ。

 扉が取り付けられており、さぞ重いだろうとリア思ったが、これも術式で容易に開閉できるとのことであった。

 

 ルートが術式を行使しようとしたところ、「待ってくれ」と声が響いた。

 リヒトの声。

 厚いガラスのせいで声は届かないと思っていたが、パイプを伝って部屋に響く仕組みになっているらしい。

 リアは慌ててガラス壁へ駆け寄り、リヒトを視界で捉えようとした。


 部屋の端に置かれたベッドの上に彼は居た。

 首と両手には鉄でできた首輪と腕輪が装着されており、ベッドと鎖で繋がれている。

 リヒトは上半身を起こすと、リアをガラス越しから眺めた。

 笑顔であった。


「リア、俺はエメムに感染しているんだ。入らない方が良い」


「……それなら大丈夫、私は、絶対にエメムには感染しない」


 聞いたことがある台詞にリヒトが驚嘆の顔をするが、リアはその勘違いに思わず笑ってしまう。


「ごめん、私は獣人じゃないよ? でもシーナのことも話したいから…信じて。中に入れて」


***


Buyuknak(ブユクナック)


 とルートが呟くと、ガラス壁に設置されている扉が強い風により開く。

 リアは直ぐにその扉を潜ると、内側から扉を自身の体重で閉めた。

 リヒトはベッドから動けないので、早急に彼の元へ向かう。

 

 彼の側に辿り着いた瞬間、まず目に入ってきたのは重そうな拘束具たちであった。

 そして、治ってはいるがまだ痛々しい彼の右腕。

 リアはそれらを一通り見つめた後、彼の言葉を待たずに彼を抱きしめた。


「良かった…リヒト」


「…うん、お前も無事で良かった」


 鎖で繋がれているリヒトを見て、リアが最初に想像したのは囚人や奴隷といった存在ではなく、書架棚と鎖で繋がれている写本であった。

 リアにとってリヒトは本当に貴重な存在(たいせつ)なのだと、改めて実感する。

 

 暫くその状態で居たが、鎖の音が鳴った後、リアの肩が叩かれた。

 リヒトの左手が彼女に解放を促すために触れたのだ。

 リアは慌ててリヒトから離れるが、彼もリアも笑顔であった。


「リア、エメムに感染しないって一体…」


「その前にリヒト、私の質問に一つ答えて欲しいの」


 相変わらずの彼女にリヒトは安心し、そして頷く。


「シーナが獣人だっていつから知ってたの?」


「まさに、『絶対にエメムには感染しない』って言葉。あの瞬間、彼女の容姿で悟ったよ。クモを斃して宿に戻ってすぐ、シーナが訪ねて来てくれて…、口止めされたんだけどな。因みにシーナに渡した服はリアが忘れた時用にって、母上が持たせた服」


「…アレを私に着せようとしていたのか…」


 絶対に似合わないだろう。とリアは呟くと、リヒトが声を上げて笑った。リアが身に着けた姿を想像して笑ったのは明白で、失礼だなとリアは目を細める。

 しかし、予想よりも早くリヒトは笑うのを止めた。


「…シーナは?」


「無事だよ。リヒトが護ってくれたから」


「借りは返せたかな…」


 アリグモの件だろう。しかし、彼への代償は大きい。


「それで、獣人ではないお前がどうしてエメムに感染しないと言い切れるのか。聞いて良いか?」


 リヒトの言葉にリアは「そうだった」と改めて彼を見据えて言った。


「私、『天界の盗火』の化身なんだ」


「……え?」


「『世界の概念』の一つ。炎」


「……あ、だから火を使ってたのか」


 驚嘆はしたようだが、意外にもリヒトは落ち着いていた。少し考えた後、シーナの対応とテオスの反応、クモを斃した炎も交えて納得したようである。


「なるほどな…だから、エメムにも感染しないと…。でもそうだよな、転生の自覚があるんだから、それくらいの奇蹟、付与されても不思議じゃない」


「…リヒトもルート様と同じで、すぐ信じちゃうんだね」


 リアの言葉にリヒトは初めて声を上げた。


「ルート様って……喋ったのか?!」


「うん。リヒトに直接会いたかったから」


「お前な…」


 思わず左手でリヒトは頭を抱える。じゃらりと鳴る鎖が彼とリアを現実に戻させる。


「リア…たとえお前が感染しなくても、やっぱりもう会わない方が良いんだ。俺は此処から一生出るつもりはない」


「リヒトの夢は?」


「騎士としては叶わなくても、俺の存在がいつか人々を救う鍵になるかもしれない。ルート様も優秀な方だしな」


 ――なんて精神だと、リアは思った。

 彼の望みは飽くまでも『人を救う』その一点なのだ。

 その身にエメムを宿している彼が、もっと自分本位に望めば、きっとエメムは力を貸して実現するのだろうに。

 だがソレは、自分以外の全てが悪い方に働くと、彼は気づいているのかもしれない。


「…今までの私は『できない』と『しない』とだと、『しない』を選んでいたの。『できない』ことが露呈して、自分が恥をかくのが怖くて赦せなかったから。でもね、今は違う。リヒト、私、貴方みたいに強くないから、貴方を救うことはできないと思う。でも何もしないのはもっと嫌。しなかったことで貴方を失うことが何よりも怖いし、赦せない」


「よくわからないけど、いいぜ。お前のやりたいようにすれば良い」


 リヒトの応えに、リアは誰かから許可が欲しかったのだと気付かされた。

 自分がこれから行うことは完全に自分本位なのだ。

 本当に己が『天界の盗火』で良かったとリアは心から思う。この身が普通のヒトでエメムに感染していれば、リヒトとは比べ物にならない速度で崩壊したに違いない。


「うん、行ってくるね。リヒト。待ってて」


「ああ、待ってる」


 リヒトはそう言いながら拳をリアに差し出し、リアもまた拳を向けてぶつけ合った。

 自分とリヒトの関係は、やはり男女と言うよりは――家族――否、戦友に近いのかもしれないと、リアもそしてリヒト自身も思う。



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