思い立ったら即行動
「そっか…私、短命なのか」
「いえ、恐らくその心配はないかと思います」
シーナの話を聞き、リアが初めて口にした言葉に思わずシーナは苦笑した。
「そうなの?」
「…精神が分裂し、統合したとのことですので。それに『貴方』の精神はかなり強いとお見受けします」
「自殺してるんだけどね……」
だが、シーナの言うことには一理あった。
精神が強かったからこそ、耐え抜いて、耐え抜いて、最終的には自尽したのだろう。
あの時の苦しみなど、この世界では大したことがないだろうとさえ、今の『私』ならば思う。
この世界は『希望』に満ちている。
『奇蹟』が溢れている。
何よりも私を愛しく思ってくれる人が居る。
その自覚が持てているのだ。
「私もそうですが、本来、世界の概念に拘るモノは長命なのです。病気も怪我も自然治癒します。ただし、エメムの感染・侵食を防げるのは、智慧の樹の実と天界の盗火しか確認できていませんが…」
「テウルギア」
シーナの話を折って、リアが単語を付随する。
その単語に、シーナは目を丸くしてリアを見た。
「事典に書いてあった…エメムの『侵食を防ぐモノ』と」
「た、確かに『テウルギア』ならば可能でしょう…しかし…」
リアが言いたいことはシーナも分かり、深刻な顔をして応える。
「『テウルギア』というものが何かは分かりかねます…」
「私も、リヒトが印を付けてくれた項目しか見ていないから、『テウルギア』の項目が例えあったとしても見落としている。でも…ココには調べるのに打って付けの施設がある。テオス様も許可を出してくれているから、資料はたくさん見られそうだし」
ニコリと笑いながらリアは言うと、善は急げとその身をベッドから下ろした。
「リヒトを救うには――テウルギアしか無い」
医務室から廊下へ飛び出したが、辺りは全く見覚えのない景色。
昨日来た城には間違いないとは思われたが、リアには検討もつかない。
締め切られたカーテンからわずかに射し込む光で方角が解る程度か、と考えたところで、今の時間を知らない自分に気が付く。
アシダカグモが襲来してきたのは夜中だ。
リアの体感では昼頃だろうか。念のため、傍に居るシーナに確認をとる。
「シーナ、今って正午くらい?」
「正午から少し経ったでしょうか」
「そっか、半日寝てたのか」
元々、アシダカグモのせいでまともに眠れていないのだ。仕方ないかとリアは思っていたが、シーナは怪訝な顔をして答えた。
「いえ、リアが眠っていた時間は半日ではありません」
ピタリと歩みを止めたリアに、シーナは首を傾げるが、その様子はリアには見えない。
「シーナ、クモが襲来してからどれだけ経ってる?」
「一晩越しました」
「勿体無い……」
思わず座り込むリアに、シーナが慌てて駆け寄るが、リアは即座に立ち上がると今まで以上に歩みを速める。
物語では三日や一週間寝込む主人公も居るのだ。私など上々だろうと開き直ることにした。
シーナの助けもあり、漸く城から出られると思ったところ、リアは城の従者に呼び止められた。
図書館へ行きたい旨を伝えたが、まず無事であることを上には報告したいので、待って欲しいと制される。至極当然のことを失念していたリアは、自分にそれだけ余裕が無いのも実感した。
余り王族に拘わりたくないのが本音だが、世話になっている事実は覆せない。
リアが素直に頷くと、安心した従者が、昨日――ではなく、一昨日と同じ客間にリアを案内した。
因みにシーナはネコの姿で逃亡済みである。便利だ。
部屋の中で暫く待っていると、予想しない人物が現れた。
「リア様!」
「ぐ、グラベルさん?」
リヒトの従者であるグラベルだ。
リヒトの傍に居なくて良いのかと思ったリアを察してか、彼の方から話を始める。
「リヒト様は現在、ルート様の元に居ります。落ち着くまでは面会は難しいと。しかし、リア様、勝手な行動は困ります。私は確かにリヒト様の使いの者ですが、ファンゲン家よりリア様の力になるよう仰せつかっているのです」
今までで一番多くを語ったグラベルに、リアが目を丸くして彼を見た。
真剣な表情の裏には畏怖と安堵が見え隠れしている。
この表情に見覚えがあったため、申し訳ない気持ちが強くなる。
「すみません、グラベルさん。リヒトのことで気持ちが焦っちゃって…」
「今は、ルート様しか……―― はっ、私としたことがうっかりしていました。ルート様が貴女に会いたいと言っております」
「私に?」
このやりとり、一昨日もしたなとリアは思う。虫のことで聞きたいことが増えたのかと思ったが、それはグラベルの言葉ですぐに違うとわかった。
「エメムのことだそうです」