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シーナ・リオネ

 私が生まれた場所は、王都の路地裏でした。

 父も母も獣人でしたが、彼らは獣として生きることを選択していたネコでした。

 ただし、私と兄弟たちが生まれるとすぐ、獣人たちが住む集落へ移り住み、私たちを育ててくれました。

 私たちがヒトとして生きるか、獣として生きるか、はたまた両方を交互に生きるのか選択させるためです。

 兄弟の何名かはヒトを選び、何名かは獣として生きることにしました。

 私もその一人。

 獣として生きることを選んだ時に、私は両親から与えられた名前を返還しました。

 そしてその名前は新しい兄弟が生まれた時に再び利用されるのです。

 獣人はその様にして生きてきました。

 元々ヒトとして扱われず、死にかけていたところを『獣人の始祖』が救い、名前を与えてくれたのがこの風習の始まりとされています。


 獣のネコとして生きることを選んだ私は、王都の路地裏で暮らすようになりました。

 幸いにも、王都の住民は優しく接してくれました。

 私が他の獣たちよりもお行儀が良かったのもあるかもしれません。

 または、この黄金色(こがねいろ)の体毛を持つ私は、都で愛されている『獅子』を彷彿させるためかもしれません。


 獣人とは、遥か昔、旧世界において迫害された人々が、実験により毒に侵されて死にかけていたところ、智慧の樹の実を食べたことで生き残ったとされているヒト族です。

 その毒はエメムとも、異なるともされていますが、現に私たちはエメムに感染しません。感染しないからこそ、何でも食べられると言えるかもしれません。

 エメムの他にも病気そのモノにも侵されません、寄生虫という虫も体内で生き残ることはできません。

 そもそも、智慧の樹の実自体、猛毒だったとされています。

 私たちの身体は毒の塊なのでしょうか。

 それでも大地に嫌われないのは、智慧の樹自体が世界の概念だからです。

 私たちは常に世界の概念に触れ、そして世界にその()を借受しているのです。


 世界が理解できるからこそ、世界の『悲鳴』も聞こえてきます。

 この世界は旧世界と異なりますが、世界の根源は変わっていないため、私たち(獣人)は――恐らく世界種も皆、感じているはずなのです。

 王都は私にとって住みやすい空間でしたが、世界にとっては嫌悪され、消滅させたい土地でした。

 私はただの獣のネコです。

 一度、この土地を離れてみるのも良いかと思い、色々な土地を歩き回ることにしました。


 ある時、私だけではありません。

 恐らく世界種――世界に拘る者全てが感じたでしょう。

 

 世界に『世界の概念』が一つ、戻ってきたことを。

 

 『天界の盗火』とも呼ばれるソレは、旧世界で失われた完全だった『炎』でした。

 失われたというのは語弊かもしれません。

 炎は世界のモノではなくなり、ヒトのモノになり、戻ってこなくなったからです。

 幾度、その炎を取り返そうと、特に旧世界の『神』は躍起になって争い、多くのヒトが犠牲になったとも言われています。

 『天界の盗火』はヒトのルーアハに移植されていたため、ヒトの誕生時に無作為にその肉体に入り込むのです。周期としてはかなり頻繁で最高で三十年に一回、最低で十五年で一回程度。

 そのため、逆に個人を特定するのが難しいのでしょう。

 何故こんなに周期が短いのかと言うと、『天界の盗火』のルーアハを宿したヒトは、精神衰弱が激しく、短命が多いのです。

 まず、そのヒトを宿した母体はほぼ出産時に焼死します。稀に炎が発生せず生き残ることもありますが、一年近く炎を宿していたその身は内側から燃やされており、最高で七年位しか保ちません。

 その様な信じ難い現実が、生まれたこと、生への執着を無くすのです。

 残された遺族も、その忘れ形見にどれだけの愛情をそそげるでしょうか。

 そして、化身として生まれた者の多くは『天界の盗火』を制御するのに時間がかかります。

 無意識に多くのモノを燃やし、命を殺め、咎められる。

 他人とは異なる自分を自覚せざるを得ない。

 術式を扱えるヒトが増えた現在でも、『炎』は脅威であることに変わりはありません。


 私は偶然にもその『天界の盗火』が誕生するところを見たのです。

 小さな村――ベレム村の民家で火災が発生しました。

 火は直ぐに収まりましたが、妊婦が一人亡くなりました。幸いにも子どもは出産後だったため助かりました。旦那で父親である男は、涙を流しながら子どもを拾い上げました。

 その子どもは皮肉にも『海岸(リア)』と名付けられていた女の子でした。

 村ではその様に伝えられています。


 術式(ヽヽ)の炎が暴走する我が子を男は咎め、説き、努めて育てていました。

 愛情はあったと思います。

 それでも男は疲れているのが分かりました。

 我が子が恐ろしく、他に危害を加えるのではないかと、村の人々との接触を絶ち、親子は孤独でした。

 

 男は村の近くにある『暗き森』で木を伐採し、その木材を王都へ運び、売ることで金銭を得ていました。娘がそのことを知り、進んで木材を木炭に変えたため、更に高値で取引できるようになりましたが、そのことに対して男はとくに喜ばず、ただただ、貯蓄を蓄え、家の床下へ隠す日々。

 男は自分が長くは無いと悟っているようでした。

 

 王都で私は初めてヒトの姿になり、男と接触しました。

 ずっと貴方たち親子を見ていたと。

 貴方の娘が『天界の盗火』の化身であると。

 自分を、娘を責めないで欲しいと告げました。

 男は初め、私の話を信じませんでしたが、私が大地から肉体を借受、獣の耳を生やし、獣人であることを明かすと、信じたようでした。

 男はやはり己が大病に侵されているのを自覚していたようで、残される娘が不安であると私に告白しました。可能なら、今までの様に娘を見て欲しいとも懇願されました。

 私には断る理由は特にありませんでした。

 むしろ、世界に恩がある私は、同じく『天界の盗火(世界の概念)』を見守る義務があるとさえ思っていたのです。

 私の言葉に男は安堵したようでした。


 男は数日後に死にました。

 原因は病死ではありません。

 王都に現れた化物に襲われ、形を失い、無残な殺され方でした。

 その化物を齢八年の王子が斃したのは、王都では有名な話です。その時に王子の片目は赤色に変色したとか…しないとか。


 私は男の代わりにリアを見守ることにしました。

 初めは拒否されるかと不安でしたが、リアは直ぐに私をシーナと名付け、家族として受け入れてくれました。

 彼女が嫌う虫もクモも家の中で現れたら、彼女が認識する前に、私は殺めるように努めましたし、彼女に近づくヒトは見定めてから対応するようにしました。

 ネコの姿で特に問題は無かったのです。


 ――ですが、ある日、彼女は変わってしまった。

 行動的、能動的になったという言葉が相応しいかもしれません。

 勿論、それ自体は全く悪いことではありません。

 しかし、まさか、自ら王都へ言ってみたいと言い出すとは思いませんでした。

 ネコの姿で守りきれるだろうか…――その心配は直ぐに現実になったのです。



 ――これが、私、シーナ・リオネの生い立ちになります――


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