表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/103

夜行

 リアが宿屋に戻ると、彼女のベッドの上で愛猫シーナが仰向けになって眠っていた。その無防備な様子にリアは思わず苦笑する。

 宿屋の主人の話では、ネズミを見かけなくなったばかりか、虫も減ったらしい。


「…お腹壊さないか心配だなぁ」


 と呟きながら、リアは彼女のお腹を軽く撫でる。流石にそれは嫌だったのか、直ぐにうつ伏せになり、丸まってしまった。


「シーナ…明日ももう少しだけ、お留守番しててくれるかな? 図書館行きたいんだ」


 言葉はわからないであろうし、眠っていて聞いていないだろうが、行動したいからこそ独り言としてリアは呟く。


「結局、術式を教えてくれる施設には行けそうに無いな…」


 化物に遭遇する確率が上がるため、夜道に馬車は走らせられない。そうなると、明日の昼にはこの都を出なくてはならないのだ。読み書きが不得意なリアでは、図書館での読書は昼いっぱいまでかかってしまうだろう。

 王都に来ることができる日は来るだろうか――来て欲しい。図書館や施設だけではない。ルートやテオス…マリアにもまた会いたいからだ。

 …クモには遭いたくないが。絶対に。


 今日一日頑張った服と靴を脱ぎ捨て、下着姿のままリアはベッドに潜り込む。

 リアに気がつくとシーナは彼女の側に寄り添い、そして暖を取り合って眠りについた。



***



 我々は何故、こんなに大きくなってしまうのか

 だが――このカラだはとても良い――

 ヒトでは肉が保たずに崩れていくのに、このカラだは肉が崩れても関係ないのだ

 崩れても我々が中で再生し、直せば良いのだから

 ヒトの時も同じであったが、何故か捕食行動は止められない――飢餓であっても我々が居るから死ぬことは無いのに――

 ヒトの場合、なぜかヒトはヒトしか捕食しなくなった

 このカラだは、同じ世界種を狙う――勿論、世界の概念を捕食したモノの子孫であるヒトも狙う

 なるほどこれは我々の意思ではない――世界の意志だ

 だが――構わない

 我々が進化し、生き続けるのに――障害は除いた方が良い――ならば、身を任せよう

 この鋏角(上顎)の牙で獲物を捕らえ、毒で麻痺させる

 この触肢(下顎)から染み出す消化液で、獲物を溶かす

 咀嚼するのだ――とても時間はかかるが、獲物が麻痺――屍んでいれば問題ない――

 そして――此度のこのカラだは、正にその行為に特化した(クモ)だ――

 例え食事中でも――獲物を見かけたら飛びつき補足する――そして動けなくして――また――この繰り返し

 それだけで多くの獲物を採取し―――斃す――

 少なくとも旧世界では――、二十を超す獲物を仕留めた個体がこのカラだにはあるらしい…

 さあ、この新世界ではどの様に世界種を仕留めるか――ヒトを仕留めるか――

 世界が嫌悪している土地がこの先にある――だから沢山居るはずだ――

 

 食べるよりも――動けなくする数を増やそうか――それこそ全てを―――

 ゆっくり食べれば問題ない――このカラだは巣を造らないが――

 折角だから()み家にしようではないか――世界も喜んで加護を与えるかもしれない――

 さあ――― 狩ろう――

 行動するなら―――夜が良い――



***



 顔のすぐ横で眠っていたシーナが突然起き上がったため、リアは当然目を覚ます。


「シーナ?」


(そう言えば、部屋の洋灯(ランプ)…消すのを忘れていた)


 夜で辺りは深い闇のハズなのに、シーナの影を確りと捉えられている自分に気づき、リアは思い出す。


「シーナ…どうしたの?」


 ネコは暗くても目が効く動物だ。そして、突如、ヒトには見えないモノが見えているのか、一定方向を見て制止する行動をよくとる。


 虫か――非現実的だと幽霊か――


 だが、『私』の存在も充分非現実的かと苦笑する。この世界ならそれこそ幽霊は存在しているだろう。『人格』が浮遊しているのだ、何かの切欠があれば捉えられるかもしれない。


「ゆーれい?」


 とリアが笑いながら言うと、シーナは首を振った。


「…え?」


 リアは静止する。シーナがリアの言葉に反応した…? その様に見えたからだ。


「シーナ?」


 リアも慌てて起き上がるが、その身に沁みる外気の冷たさに自身が下着姿だったことを思い出す。脱ぎ捨ててあった服を着ようか悩んだが、ドレスを再度身につける気にはなれない。面倒だが、明日身に着ける予定だった服を着込むことにした。そのまま寝て、起きれば手間が省けるとも思ったからだ。

 シーナは相変わらず、一点を見つめている。

 しかし、リアが着替え終わったのに気がつくと、即座に部屋の出入り口へ走り、その扉に爪を立てる。『酷い傷が付いたら弁償』と言われているため、リアは真っ蒼になりながらシーナへ駆け寄って声を掛けた。


「だ、駄目でしょ、シーナ!」


 瞬間、シーナの琥珀色の瞳がリアを見つめる――あれ――この既視感…

 それでもやめないシーナに、これ以上爪を立てさせないためにも、慌てて扉を開けた。勢いに任せて開けたため、リアも廊下に出る形になる。

 シーナはそのまま走り去り闇の中へ消えて行った。


「まって! シーナ! まって!!」


 宿泊客も眠っているこの時間帯、リアは思わず廊下で大きな声を上げてしまう。

 その声を聞きつけてリヒトが顔を出した。どうやらまだ起きていたらしい。


「どうしたんだ? リア」


「し、シーナが突然飛び出して行っちゃって」


 明日、この地を発つというのに――このままでは逸れてしまう。リアが慌てて走り出そうとしたところ、リヒトがその腕を掴んだ。


「落ち着け、シーナなら大丈夫だ」


「なんで、そんなことリヒトに分かるの?!」


 リアの至極当然な疑問に、リヒトは言葉が出ない。深い溜め息を吐きながら頭を掻くと、掴んでいるリアの手を引っ張りながら、暗い廊下を進み、言った。


「そうだな…一緒に探しに行こう」


「…ごめん…」


「大丈夫だ、シーナは賢いネコなんだろ」


 リアたちの部屋は二階だったため、そのまま階段を下り一階へ進む。その時だった――

 何か…音が…声がする。

 先程のリアの声で、誰か起きてしまったのか。即座に思ったリアが面目無さそうな顔をすると、「謝罪すれば良いさ」とリヒトが耳打ちする。

 そして「Cuezalin(クェツァレン)」と唱え、掌の中で炎を生み出した。


 辺りが一気に明るくなり、視界に影が飛び込んでくる。

 その影に、リアもリヒトも息を飲んだ。


「あ゛っ…あ゛――」


「―――っ!??」


 手をこちらに伸ばして倒れている人が居た。

 その上に――黒くて大きい何かが覆いかぶさっている。

 倒れている人の目の焦点は定まっておらず、そして、その人の首筋にはっきりと見える――牙だ――大きな牙が刺さっていた。


「いっ―――」


 『私』は今まで、悲鳴を上げたことは無かった。

 悲鳴を上げることは自分の中で敗北を意味していると思ったからだ。

 そもそも――本当に畏怖していれば、声など消える――そう思っていた。


「いやあああああああああああああああああああああああああああ」

 

 闇の中――多くの単眼がリアとリヒトを捉えた。

 そして伸びてくる第一歩脚。触肢は未だ犠牲者を捉えているが、その力が緩んでいるのを感じる。これは――跳びかかろうとしているのが目に見て分かった。


 リヒトはリアを後ろへ突き飛ばすと、腰に下げていた剣を素早く抜き、掲げる。この動作をするため、火は消さざるを得なかった。

 第一歩脚と、続けて第二歩脚が伸びてくるが、階段の手すりに阻まれ、リヒトの身体を捕らえることは無い。それでも獲物を手放した触肢がリヒトへ向かってきており、上顎の牙が振り下ろされようとしているのが分かった。リヒトは牙から逃れるため、剣を水平に持つと、敵の上顎と上唇に挟み込み、間一髪で自身の目の前で防いでみせる。

 だが、その顎の力は強かったため、彼は地面に尻餅をついていた。牙から滲み出る毒液が剣を握る手を滑らせ力が入らない。

 リアは恐怖のあまり動けなくなっていたが…この敵の正体が――クモが――特性からも分かった。


 『私』が前世で最も嫌悪していた徘徊性のクモ――――


 

 アシダカグモだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ