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魔法?が使えるらしい

「俺たちがこのまま村に逃げ帰ったら、さっきのクモが追って来るかもしれない。リアはソレを心配しているんだろ?」


「う、うん。考えすぎなのは分かっているけど…」


 顔面蒼白状態でリアが答えると、リヒトは「真逆(まさか)」と首を振る。


「化物化している生物だ。その可能性は充分有り得るはずだ。問題はどうやって駆除するかだ」


 肯定的な反応に思わずリアは目を見開いた。

 前世では散々、この恐怖を否定されていたからこそ驚嘆するしかない。折角の機会なのだ。この恐怖を取り払えるならば、自らの手を穢しても実行したいと意欲が湧く。決して危ない意味では無い。


「…温泉とか無いっけ? できれば源泉」


「ねーよ。そんなに大きくない川はあるけど…ってかさっきから気になっていたんだけど、おかしいぞお前。この土地初めてじゃないだろ俺たち」


 リヒトの疑問はリアが一番実感していることだ。だが、説明して応える程、猶予は無い。


「川の水をせめて溜められたらなぁ…」


 『私』は前世で一度、風呂場に出たクモが洗面器に入ったので慌てて蛇口の水を投入し、溺死作戦を試みたことがあった。

 しかし、なかなかヤツらは死なないのだ。体を真っ直ぐに伸ばして浮く術を身に付けている。沈めることもできなかったため、結局、母親に始末してもらった苦い記憶だ。

 ザトウムシではあの長い脚に支えられてしまい、本体部分を水に浸かるようにするには、流れる川では不十分であると経験が物語っている。

 だからといってあの巨体を踏み潰す巨大な足は持ち合わせていない。


「水、溜められなくはないだろ。川もあるから、負担(消費)も少ないと思うし」


 リヒトの発言にリアは首を傾げた。


「いや、俺はあまり得意じゃないけどさ」


 傾げた首は戻したが、リヒトの言葉を脳内で反芻しており飲み込めずにいる。


「どうやって? 道具も何も無いけれど」


「どうやってって…術式で水を操作すれば良いんだろう? 得意じゃないけどさ」


 得意じゃないことは大事なことなのだろう。

 しかし、『ジュツシキ』とは一体何のことなのだろうか。


「ジュツシキ…?」


「…マジかよ。いや、リアは俺以上に得意じゃなかったとは思うけど…」


「ジュツシキって…何だっけ?」


「……」


 流石にリヒトは絶句してしまった。


 だが、『私』の知識に『ジュツシキ』は無い。今さっき掻い摘んだ話によれば、ソレは消費し、リアもリヒトも不得意ということだけだ。思い当たるものが無い分、憶測できることが脳内を飛び交う。混乱しているリアを見て、「時間無いんだろが!」と悪態を吐きつつ、リヒトも説明を試みる。


「術式ってのは…ヒトが使うことができる力…というか、奇跡のことだ。水を操作するのは勿論、火だって熾せる」


「……ソレって…『魔法』?」


 思い当たる単語が一つ突起したので、リアは呟くが、リヒトは怪訝な顔をして直ぐに応えた。


「また随分古い…いや、逆に新しい方か? 確かにそう勘違いで名称していることもあったらしいが、まあ、リアがソレで納得するなら良い。で、何か思い出したか?」


「全然」


 またもリヒトは口を噤んだ。呆れられているのか、嘆かれているのか。

 どちらにしろ、あの化物ザトウムシを斃すには『ジュツシキ』を使うしかなさそうだ。

 リアは『ジュツシキ』を自身が知っている『魔法』だと仮定して意気込むと、リヒトに今一番知りたいことを訪ねることにする。



「リヒトはどんなジュツシキが使えるの?」



***



 ザトウムシは真っ直ぐその歩みを進める。

 リアとリヒトの感覚を忘れていなかったが、彼らの移動は速く、脚先一本を失っているため、追い付くことはできない。

 だが、『知っている』。

 獲物の内、知識と思考がある生物は襲われた時、逃げて生き残った後、つまり未来のことを常に考える。

 ある生物は『繁殖』すること。それに支障が無いなら、自ら脚を切り離し囮にする。それが無理なら悪臭や毒を放つのだ。

 そして人。奴らは『安息』と『安定』を求める傾向にあり、ヒトが正にそうであった。

 ただ『生きる』ことに執着する生物とは違い、『病気(こころ)』を持っている所為だと遥か昔に語る(モノ)も居た。

 その様な彼らだ。

 逃げる時に、敢えて自ら森の奥へは進まない。現に奥へ進めば山に続くが、彼らは降って行ったのだ。森と山は彼らの住みかではない。敵を欺くことも確かにあるだろうが、彼らを含めヒトは『我々()』に知恵があることを知らない。

 正確には我々(ヽヽ)では無いが。

 我々も同じく『繁殖』が大事だ。

 だが、『安息』と『安定』も必要だと感じつつある。


 ザトウムシにとってリヒトの『()』は危険なモノであった。

 彼の牙は間違いなく、ザトウムシの脚を切り落としたのだ。脚なら良いという訳でも無いが、あの牙は本体だって切り裂けるかもしれない。

 ザトウムシは切られた脚を更に自切(ヽヽ)し、歩みを速める。

 

 牙を生み出したモノを喫する。

 

 それがザトウムシの出した結論であった。

 だからこそ山から離れることにする。

 本来何の利点もない行為だが、未来の損害を優先した。

 彼らも、彼らの牙も、彼らを生み出した全てを、ザトウムシは『敵』と認識し直した。



 拓けた場所に出たところ、目標()の一つであるリアが立っていた。

 何もない空間にポツリとある気配は以前ザトウムシが認識した形。

 思わぬ収穫に、恐怖と歓喜をザトウムシは全身で体現させる。長くて華奢な脚の数本が宙を舞う姿は実に不気味で、リアの顔面は見事に蒼白した。

 ザトウムシとリアの距離が残り二十メートル程になった瞬間、周辺の空気が一変する。


『ātl(アット)


 これは少し前、牙が襲ってきた時と空気が似ていると思い、ザトウムシは警戒を顕にするが、襲来したのは牙では無かった。

 自身が生きていく上で必要不可欠な物質。

 

 水だ―――。

 

 体が乾燥していては生きていけないザトウムシにとって、その全身を包む潤いは願っても無いものであったが、量が多過ぎる。

 水は本体だけを多い尽くし、やがて球体になったことで、漸く自身の置かれた状況を把握したのか、ザトウムシの脚が蠢き始めた。


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