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王子様と『私』

 テオスはリアの前に跪くと、片手を差し出し「僕と踊っていただけますか?」と告げる。


「? え?」


 瞬間、周りの令嬢の視線がリアに突き刺さった。

 そして漸く、集結していた弦楽器の演奏者たちの素晴らしい音楽が聞こえてくるのに気がついた。

 三拍子――円舞曲(ワルツ)だ。

 

 これはもしかして、ダンスのお誘いなのか。

 しかし、リアにも『私』にも、王族からダンスの誘いを受けた経験は無い。

 どの様な対応、対処が正しいのか。少し悩んでからリアは王子の側に立ち、「あ、あの立ってください」と伝え、起立を促す。


「お誘いいただけて光栄です殿下。しかし、私は貴族の令嬢ではありません。まずは相応しい方と踊ってください」


 テオスが立ち上がったところで、リアはそれだけ伝えてお辞儀をする。

 不本意そうな顔を彼はしたが、周りの様子から納得したのか目を伏せる。暫く反応が無かったが、何か考えているようだ。そして、目を開くと告げる。


「では、本日最後に、僕と踊って欲しい」


「それでしたら是非」


 テオスの言葉にリアは安堵し、笑顔で了承した。

 再び軽く会釈をし、リヒトのところに向かおうとしたところ、その手を即座にテオスに取られ、腰には逆の手を回されて移動させられる。


「え?!」


「本日最後…」


「今ですか?!!?」


 ――多くの女性の悲鳴が響き渡った。

 それはそうだ…本日この後、テオスは『誰とも踊らない』と宣言したのと同じだ。そんなつもりでは無かったのにと、リアも心の中で悲鳴を上げる。

 テオスは彼女らの反応を気にせず、演舞場の中心に向かいたどり着くと、『ボックス』に似た形を作った。


「僕は、王位継承権第五位だ」


「存じております…」


「大した身分ではない。だから畏まらないで欲しいし、気にしないで欲しい」


「無理ですよ…」


 此処まで必死なのは、逆に何か強い劣等感(コンプレックス)を抱えていられるのか。

 流石に拒否し続けるのは無理だと判断したリアは、半ば諦めてテオスの右上腕三頭筋を挟むように左手を乗せ、右足を後退させるために重心をさげた。

 その様子に一瞬、テオスは驚嘆した表情をするが、直ぐに笑顔になると取っていたリアの右手と腰を支えつつ、曲に合わせて左足を前に踏み出す。

 リアもそれに応え、右足を下げると、テオスの足に合わせて左足を軸にターンをする。後はテオスの行いたい様に身を任せることにした。

 

 二人の円舞曲に、女性たち、そしてリヒトも驚嘆の顔をする。他数名の兵士は「テオス様が笑ってる…」と別に驚いているようであったが…。

 正直な話、平民のリアが踊れるとは思ってはいなかったのだろう。

 否、ダンスとは男性側のリードが一番重要である。

 テオスの腕が良いのだと誰もが分かっては居たが、リアの背筋は確り伸びており、表情は堂々としている。そしてターンの際、その顔はテオスに向けてはいない。これは正しい姿勢だ。


 暫く踊っていた二人であったが、曲が終了した途端、意外にもテオスからその身を離した。

 満足気な彼にリアも漸く安堵したのか、微笑みかけて深くお辞儀をし、テオスもお辞儀で返す。リアをリヒトの元までリードして運んだ後、テオスは王の元へ戻っていった。

 初めは睨みつけていた令嬢たちも、諦めが付いたのか今は別の男性たちと踊っている。

 リアは、はーっと深い溜息を付き、壁に保たれ、リヒトは持ったままであったグラスを彼女に渡しつつ、声をかけた。


「これ、まだ口つけてないから飲めよ、水」


「ありがと…」


「しかし、お前、踊れたんだな…」


 リヒトの疑問は正しい。

 リア(ヽヽ)にはダンスの経験は無い。

 この経験は前世の『私』の経験なのだ。


「前世でね… 大学の同好会で――… と、とにかく少し習ったの。簡単な円舞曲とジルバとタンゴ位しか踊れないけどね…」


「後半はよくわからないけど、すごいんじゃないか?」


「まさか、男女の踊りは男性の導きが重要だから、女性はなんとなく足を合わせれば結構大丈夫。何か技とかするなら話は別だけど…。女性が全然踊れないと男性は判断したら、軸足で回転だけする踊りをすれば良いしね」


 今日のリアはよく舌が回ると思いながら、リヒトは話を聞く。

 前から思っていたことだが、『こいつ』は大分多才なのではないだろうか。そのことを素直に告げると、リアは「全然」と即答した。


「どれも中途半端。完璧なものなんて何一つ無いもの。さっきの踊りも背筋は伸びていたと思うけど、多分、膝が曲がって無かったと思うから、テオス様、踊り辛かったんじゃないかな」


 ダンス――少なくとも『私』が習った社交ダンスでは、膝を曲げることでバネとなり、次へと足が運べる。それなのに、『私』は足が棒の様になってしまい、勢いが死んでしまうとよく言われた。

 まさか、助教授に無理やり入れられた同好会活動が、役に立つ日が来るとは…。

 リアは素直に感謝する。少なくともこれで、ソルの面目が潰れることは無いだろう。

 一通り話し終えると、リアは満足したのか、もらった水を一気に飲み干した。


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