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ルートとリヒト

 一通りクモのことを話した後、ルートは「なるほど、なるほど」と呟きながら書き込んでいる。リアが話した特徴から人相画の様にクモを描き始めたときは流石に鳥肌が立った。


「お上手なんですね……」


 余り凝視したくないのもあって、リアは話題を変えてみることにする。リヒトが蚊帳の外状態だったのは珍しい光景ではあったが……。


「ルート様は学者とのことですが、研究対象はやはり虫なのですか?」


「否、虫はここ最近でな。五十年以上、エメムの研究に没頭しておるよ」


「エメム…」


 リヒトの会話に度々出ており、事典にも書いてあった。生命体ということになっていたが、『通常、視覚で捉えることは不可能であり、触れることもできない』とされているモノをどの様に研究するのだろうか。

 そのことを思い出し、リアはふと、『エメム』とは、前世で言う細菌やウイルスの類なのではと考える。アリグモの時もリヒトやテオスは『体液感染』を恐れていたからだ。


「化物化の原因とされていますが、その脅威を除くために?」


 リヒトが初めて会話に加わって来たが、ルートの言葉に一蹴されてしまう。


「馬鹿な、エメムは消えぬよ。我々は付き合っていくしかあるまい」


「つまり…その手段を探している…と?」


 リア嬢は話が分かると、ルートは歓喜の声を上げた。

 だが、リヒトが口を挟まなければ、リアも同じ発言をしたかもしれない。何故かルートの中でリアの評価はとても高い。

 その様子に流石のリヒトも頭に来たのだろう、「では、」と低い声で話を続けた。


「通常、観察できない生命体をどう研究されているのですか。動物実験ですか」


 ――空気が一変する。


 だが、逆にリアはリヒトの発言に対し、不快感は無かった。


 ――動物実験が避けて通れないのは間違いない。

 論理感が強い人ほど毛嫌いするのは事実だ。

 だが、『私』の世界ではずっと行われてきたことで、皮肉にも科学が発展した功績の一つだ。

 もしかしたら、この世界では禁忌に値するのだろうか。だからこそ、ルートは『相当の変わり者』扱いされているのかもしれない。

 ルートは重い口を開けると「否定はせんよ」と続ける。


「化物化した世界種の中で、比較的大人しい種を軍に捕らえてもらい、鎖で繋いで観察することもあるし、界隈では有名なドワーフの某息子に協力を要請することもある」


「では、人為的にエメム感染者を誕生させたりはしていないのですね」


 リアの発言に、爆ぜらんばかりに目を見開いたのはルートの方であった。


「な、なんと恐ろしい」


「では、貴方は全く『変わり者』ではありませんよ、ルート様。話を聞く分には危険な目に遭いかねないのに、そのお年で研究を続けてくださっている。少なくとも私は尊敬します」


 リアが笑顔ではっきりと答える。

 その様子にルートは勿論、リヒトも棘を抜かれたのか呆けた顔をした。張り詰めた空気が一気に和らぐ。


「…そうだな…失礼なことを言って申し訳ありませんでした。ルート様」


 リヒトが素直に謝罪すると、「いや、私も言葉が足りなかったと」とルートも応える。


 しかし、ルートの話にも出てくるとは…ドワーフは随分とこの国との交流があるのだと、リアは再認する。前世は、島国であり一民族で構成されたあまり例の無い国が出身だったためか、異人・異文化交流に馴染みが無いだけなのかもしれない。


「それで…ルート様からみてエメムはどの様な存在なのでしょうか」


 打ち解けたのかリヒトが積極的に発言する。

 ルートはまだ論文もまとめられていないので羞恥があるようであるのか、それでも掻い摘んだ状態ではあるが答えてくれた。


「そうだな…エメムは生命体で、化物化の原因であるのは間違い無いだろう。問題は、エメムに感染・寄生された宿主の方だ。虫と動物では後者の方が遥かに凶暴的で崩壊が激しい」


「崩壊…エメムが全身を支配し――やがて形を保てなくなるということですよね」


「そう…虫はあの硬い殻が守っているのかもしれないな」


「外骨格と内骨格の違いですか」


「へ? がいこっかくとないこっかく?」


 リヒトとルートの会話にリアが加わった所、両名に質問として返されリアが停止する。

 そうか、その定義が無いとすれば…もしかしたらこの世界は、植物・動物・虫くらいの分類にしか分けられていないのかもしれない。


「えっと… 私たちの体の中には骨があるよね? 虫たちにはないでしょ? 虫たちにとっては硬い殻が骨なのね… その違いってことが言いたかったの」


 造語であると偽り、リアが弁明する。

 リヒトに関しては『前世』の単語だったのかと納得し、ルートに関しては論文に使おうと考えていた。


 話が尽きず、まだ続こうとしていたところ、突如扉を叩く音が響く。

 部屋の隅で待機していたグラベルが再び扉へ赴くと、彼らしくない「え?」という声が響いてきた。

 どうしたのかと、リヒトが尋ねると、グラベルは早急に戻って来て告げる。


「…宴会の準備が漸く整ったため、迎えに上がったとのことです」


「……宴会?」


 当初の話とは内容が変わっている様に感じ、リヒトもリアも困惑する。宴会に出ても問題ない服装ではあると思うが、平民である彼らが普通は加わることは無いだろう。


「昨日の虫の一件で、リヒト様とリア様を招待したいと申し出た方が居りまして――、初めは王との謁見はその宴会の前に済ませる予定だったようですが、折角だから纏めてしまおうと」


 申し出た人物に心当たりがあったが、自分たちの扱いがぞんざいな感は否めない。所詮は平民の扱いなどその程度であるのか…。

 だからと言って断ることなどできないであろう。

 リアは苦笑しつつも了承し、リヒトも同じく頷いた。

 グラベルは最後まで渋っている様であったが、現れた使者に出席することを告げに戻った。


「お二人も宴会に参加されるならば、是非話の続きを向こうでもしたいのぉ」


 ルートが顔の皺を更に増やして笑顔で言うが、リアは「それはまた次の機会に是非」と答えてはぐらかす。流石に『クモ』や『虫』の話題を、宴会の場に持ち込むことは躊躇われるからだ。


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