表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/103

城の学者

 馬車が城門を難なく潜る。

 事前に馬車の特徴を城に通達していたのと、リアは全く気づいていなかったが、国から入城許可書の代わりに預かった小さな国旗を、見える位置に馬車に括りつけていたらしい。

 現に、リア達の馬車の後ろにも別の馬車が付いていたが、その馬車は門番の兵士に止められている様子も見てとれた。そう言えば、門の周辺を歩いている人は居ない。徒歩での入城をリヒトが頑なに許可しなかった理由はこれか、とリアは納得する。

 

 城門を潜る前から見えていた城だが、近くで見ると更にその高さと大きさに仰望する。

 『私』が前世で見た馴染み深い城など、それこそ某夢と魔法の国の中央に聳え立つソレだ。そういえば、日本版は先に上げた某アニメーション映画に出てくる城がモデルだったはずだ。他には城と言えば、それこそ日本独自の和城があったが、資料とテレビ番組以外で見る機会はついぞと無かった。その点においても残念な人生だったなと、今ならば思う。

 思考が大分逸れた所で、リアはまたも城を見上げ直す。


 図書館と同じく、ドワーフ製で間違いないのは気配で分かった。この建物も鉄筋混凝土(コンクリート)造りであると推測される。外見は西洋の建物に近く、『私』が記憶している城で一番近いのは、ノイシュバンシュタイン城だろうか。

 外壁が真っ白に対し、屋根の色は黒に近い紺色であった。装飾も多く、唐草模様が美しいが、一番多かったのは動物の獅子であった、雨樋機能がある彫刻に関しては、前世では架空の生物の『ガーゴイル』が多かったのに対し、こちらの城では全て『翼の生えた獅子』に統一されている徹底ぶりである。…架空の生物と思ったが、もしかしたらこの世界にはガーゴイルは存在しているかもしれないし、翼の生えた獅子も居るのかもしれない…。思考がさらに逸れたが、しかし、テオスが言っていたとおり、この国は『獅子』が好きなのであろう。

 昨日は目的が図書館であり、アリグモ騒動もあって街を見渡す機会は無かったが、確かに此処まで来る間に獅子の彫刻や地面タイルをよく見かけた。王都の名前は『オライオン』だが、リアの家族名を『ライオネ』と言って獅子のことを上げたテオスの例もあり、この世界でもライオンは獅子の意味で良いらしい。


 馬車を降りる場所には城の使用人が数名待機しており、直ぐに城中へ導かれ、客間に案内される。部屋の造りは想像していたよりは質素であった。リヒトの自宅と雰囲気は似ているかもしれない。だからだろうか、リヒトは馬車に乗っていた時よりも安心している様に見えた。

 

 テーブルの上には紅茶と茶菓子が置かれており、傍で待機していた使用人は、「どうぞお寛ぎを…」と伝えて席を外す。三人残されてしまい途方に暮れていたところ、割りと直ぐに扉を叩く音が響いた。

 思わず向かうリアを制止し、グラベルが扉へ向かってくれる。リヒトに関しては彼女の行動が可笑しかったらしく、笑っていた。


「グラベルの仕事、とっちゃだめだろ?」


 ごもっともの意見にリアが大人しく座っていたところ、グラベルがリヒトの傍まで戻り、リアも交えて話をする。


「城お抱えの学者が一名来ております。リア様との面会を望んでいますが」


「私と?」


「どうやら、『虫』のことのようです」


 リヒトの報告が不十分だった為に勘違いされてしまっていた案件が、早速やってきたらしい。

 先程までのリヒトの笑顔が一瞬で消える。リアが巻き込まれた原因であるのだからそれも仕方ない。

 会うと答えたリアに、リヒトは一度頭を下げると、グラベルに指示し再び扉へ向かって貰う。

 

 暫くすると、大きく開いた扉から白髪の高齢な男性が入ってきた。腰が曲がっている為、抱えている分厚い本を持つ姿は少し痛々しい。

 グラベルが案内すると、リアが直ぐに席を用意し座るように促す。学者は一瞬目を丸くしたが、リアの身分から納得したのか素直に座った。


「早速で申し訳ない。リア嬢とはそちらだね。『虫』について是非、君の知る範囲を教えて欲しい。この国を始め、我々は『研究』というものを余りしない。私も相当の変わり者だと言われておる。だが、化物化が進む『虫』の驚異は計り知れない。勿論、他の世界種もそうではあるが。しかし、奴らの頑丈さを考えると術式での対応へ偏るため、人手も予算も足りていない。我が国も他国も同じで状況で、そうそう、正に昨日王都に現れた虫を王子も交えて退治したとか。是非その時の様子も」


 良かった。とても元気なおじいちゃんだ。

 リアはつい笑顔で聞き入ってしまう。

 聞くことしかできないと言うのが正しいが、どの様に横槍を入れて釈明しようかと考えていたところ、この学者の名前を知らないことに気がついた。


「すみません。貴方のことは何とお呼びすれば?」


「! 失礼した。私はルート・ゲリング」


「では、ルート様。まず謝罪をさせてください」


 リアの言葉にリヒトが即座に反応し、彼女の横に立つ。二人で同時に頭を下げた後、リアは言葉を続けた。


「私は虫の研究をしているわけでも、詳しいわけでも無いのです。確かにクモに関しては嫌悪する対象ですので……その…観察して知っていることも多いのですが、他の虫についてはさっぱりで」


 まさか、異世界の文献等を読んだとは言えず、嫌いなのに見るという矛盾を言う形になってしまう。しかし、驚嘆はすれどルートが怒った様子は無かった。


「クモだけでも充分…! 是非、把握していることを教えて欲しい! 論文に纏めてくれれば、必ず後世の役に立つ!」


 論文か…資格取得の試験時と、研修証明書用に書いて以来だと『私』は嘆く。書くこと自体は嫌いではないが……――


「お恥ずかしいことに私は読み書きが得意では無いのです。ですから、口頭でお伝えします。ルート様で検証していただき、問題ないようでしたら、是非、ルート様の名で世に出してください」


「しかし!」


 リアは妙案だと思ったのだが、ルートは余り納得していないようであった。


「ですが、女の私よりも栄えある学者であるルート様の名で世に出れば、信用度も増すでしょう?」


 リアの言葉は説得力があり決定打であった。ルートは深く頷いた後、「だが…」と言葉を続ける。


「私も老い先短い。論文をまとめ出版するまでは生きるつもりだが、その後の印税は使い道が無いだろう。よって、そのお金は君に譲ろうと思う」


「そんな大袈裟な」


 正直、リアにとって自分が語る情報など、大したことはないと思っている。反してルートの決意は頑なであった。


「……わかりました。お好きなようになさってください。勿論、お気持ちが変わるようなことがありましたら、私に断らずにお使いいただければ幸いです」


 では早速と、ルートが机の上に持ってきていた本をドカン広げる。中身がほぼ真っ白だったそれを見て、筆記帳だったのかとリアは苦笑する。

 果たしてこれだけ話すことはあるのだろうかと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ