図書館利用者登録
グラベルから事前の予定を確認していたリアとリヒトは、宿屋に荷物を置くとすぐ、図書館へ向かうことにした。
勿論、紹介状と筆記用具、少額の金銭は持ってきている。
ちなみにリヒトは愛用している剣を宿屋に置いてきた。公共施設に入る上、身分は平民であるため、流石に持ち込むことはできない。正直、宿屋にも持ち込めるのか、リアは不安に思っていたが、書類上の手続きを確りと行えばかなりの確率で問題無いらしい。
手続きといえば、図書館へ行くのに『本人確認書類』の様なものが必要かとリアは考えていたが、リヒトには『必要ない』と言われていた。
何かしら手続きをするのに本人確認書類が必須な上、判子文化が根強い国で生まれ育った前世を持つリアとしては、正直不安なことであったが、『行けばわかる』の一点張りであった。
もしかしたらソルから預かっている紹介状に書いてあるのかもしれないが、それならば盗んだ第三者が使おうとしたら可能なことになってしまうはずだ。
だが、身元を証明するモノにリアは心当たりが無いのが現状であった。
リヒトは言葉が足りない報告をしたが、今まで嘘を付いたことはない。
彼の言葉を信じ付いていく――リアは記憶を思い出した時から、そう決めていたではないか。
***
王都の図書館の外見の第一印象は、前世で見たことがある『国会議事堂』に似ている、であった。
煉瓦…というよりもこれは混凝土造りではないだろうかとリアは予想する。規模もかなりあるので、もしかしたら鉄筋も使われているかもしれない。
リアが無言で建物を見上げていたところ、リヒトは察したのか説明をしてくれた。
「この建物は、ドワーフが作ったんだ。明日、行く予定の城もそうらしい」
やはり、というのがリアの感想だ。
都の民家と店は村と比べれば確かに上等であるが、この建物は別格過ぎる。
完全な相対称であるし、何よりも異質な気配を感じるのだ。
「…ねえ、リヒト。『気』って物体にも影響出せたりする?」
「面白いこと考えるなお前」
そう、『気』に近い。星に――世界に覆われているような不思議な感覚。鮮やかに輝いてすら見える。
「でも良い線いってるぜ。ドワーフは世界種だからな…きっと法式を利用した箇所があるはずだ。つまり、世界の加護が多少なりある。貴重な資料を保全する施設だからな」
暫く立ち話をしていたが、時間も惜しいので二人で入館することにする。
グラベルも付いてきていたが、紹介状が無いため入館はせず、併設されている喫茶店で待機することになった。――従者の紹介状を失念するとは、ソルにも人間らしいところがあるのだと、リアもリヒトは安堵する。
玄関から入るとすぐ、利用登録用の受付机があり、司書の女性が出迎えてくれた。
「すみません、図書館を利用したいのですが…」
「はい、かしこまりました。では、まず紹介状を」
無表情で機械的な対応に、リアは一瞬息を飲んだ。
別に不快では無いが、これは寂しい。
しかし、前世の過去、日本において市町村直営の図書館では当然の光景だった。
理由はよくわからないが、税金で運営している示しがつかないからであろうか。
笑顔で友好的対応をするようになったのはそれこそ、民営化が進んだからと言える。
(ああ…久しぶりにこれは恐い)
『私』はそれこそ、図書館は『ブラウジング』を中心に利用していた。
読みたい本も調べたいことも自分で見つけ出し、満足していたのだ。もし、得られなければ諦める。
それが『私』の図書館利用方法であった。
大きくなってから、実は司書に本を見つけてもらうことも可能であること、レファレンスとして知りたいことを調べてもらえるサービスがあるのを知った。利用したことは皆無であったが。
今回も、同様に探検しようと思っていた。
そういえば、図書目録は存在しているのだろうか、資料は十進分類法のように分けられているのだろうか、と今更ながら不安になる。
無いようならば、司書に頼むしか無い。恐い。
リアがぐるぐると考えている間に、司書は紹介状の確認を終え、そして二枚の用紙を机に並べた。おそらく、リアとリヒトの分だろう。
「はい、問題ありません。登録手続きをいたしますので、必須項目を記入してください。…文字の読み書きは可能ですか?」
「は、はい。時間はかかりますが」
「では、その間に携帯できる利用許可証を発行します。こちらも時間がかかりますので、もしお待ちいただくのが長くなりそうでしたら、受付前の椅子にお座りください。お呼びいたします。」
司書は告げると、少し離れた机で作業を開始する。
リヒトもすぐに用紙に向かい、記入を始めたので、リアも慌ててペンを手にとった。
事典の時にわかったことであるが、リアは元の文字や文章が読めているわけではない。彼女の視界の中で文字が置き換わっているのだ。
つまりこの世界の文字を書く場合、まず、日本語を書いていた。それも随時、文字がこの世界の言語で置き換わるため、目を瞑って書く必要がある。
そしてその文字を認識して変換後、別の場所に模写するのだ。模写した文字をまた見直して日本語に変換できれば問題ない。
よって単語はまだ楽に行えるが、文章になると容易では無かった。
今回も、利用者登録に必要だと思う項目は、予め練習して覚えてきていた。
『名前』『年齢』『性別』『人種』…… どうやら問題無さそうである。リヒトはと言うと、既に書き終えているようで、心配そうにリアを見ている。
(逆に恥ずかしくて気が散る…)
なぜ恥ずかしいかというと、リアが書いている字が綺麗かどうか不明なためだ。それこそ事典に似ている書体である。
人が書く文字は実にその人の性格が垣間見られるのが、『私』の経験上の鉄則であった。それを知っているからこそ、文字を見られるのは恥ずかしい。
ようやく書き終えたところ、司書の発行手続きは既に済んでいたらしい。
一枚の小さな金属の板を手渡されたので確認すると、そこにはリアの名前が彫り込まれていた。
紹介状にも名前が書いてあったはずなので、特に問題は無いのだろうが、しかし、書類の提出前に作成してしまって良かったのかと疑問が湧く。
その疑問を司書本人にするのは気が大分引けたので、後でリヒトに確認しようと思ったところ、背後で男性の声が響いた。
「…リア …ライオネ?」
自分の名前の一部が呼ばれたため、リアが後ろを振り向いたところ、やはり男性――声から感じとっていたが、少し幼いので少年かもしれない――が立っていた。
白い礼装で身を包んでいるため高貴な身分の人には間違いない。
銀色の髪も目立っていたが、何よりも彼の両眼に惹かれた。
右目が赤色で、左目が碧色の虹彩異色症であったためだ。
男性は二人に近づき、そして声を掛ける。
「すまない、名前が見えてしまったのでつい口にした」
その言葉に納得しかけるが、正すべきかと悩む。
リアの家族名は『リオネ』と読むのだ。
勿論、前世でも地域や国によって同じ単語であっても読みが異なっていることはあったので、この世界でも同じなのかもしれない。
「この国は獅子を好む、君の名前が羨ましい」
そう言いながら、男性は「これでは公平ではないな」と続けて、一歩下がって挨拶をした。
「大変失礼した。僕はテオス・クリーブ。以後、お見知りおきを。この施設を楽しんで貰えれば幸いだ」
そして受付を素通りし、図書館の奥へと入って行ってしまう。
(顔パスか… やっぱり身分が高い人なんだ…)
とリアが考えている横で、リヒトが真っ蒼な顔をしながら「いや、まさか…な」と独り呟いている。司書の人も同じく、頭を下げたままだったので、実はとても恐ろしい人だったのかとリアは今更ながらに恐怖する。ただでさえ、相手に名前を間違えられているとはいえ、覚えられてしまったのだ。
(…何かあの人の素性を知れるものは――……ないか)
『敵』になるかもしれないモノの情報は欲しいと思うのがリアの常で性である。