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術式を使いたい2

 リアがリヒトに案内された場所は意外にも屋外であった。

 ファンゲン家の庭の一角の更地で、木々が生えていない代わりの様に丸木が建って並んでいる。丸木は両側が削れているため括れており、何に使うのか見当もつかない。


「話をするのに外……」


「……いや、そりゃ、俺も男だし…」


 間違いがあったら駄目だろ、とリヒト小さく呟くが、リアは反論に近い形で主張する。


「そうじゃなくて、イリス様に何かあった時、外だと対応が…」


「あ、それなら大丈夫だ。ほら、この位置から母上の様子は視えるんだ」


「見えるって…」


 全く見えない。


 それがリアの結論である。確かにイリスが寝ているだろう部屋の窓は見えるが、ここは庭で、イリスの部屋は二階。角度的にも見えるはずがない。


「ん、あ、そうか。俺は術式の補助と気で…… まあ、その…俺にはわかるんだよ。逆に俺も室内に居るとわかり辛いから、外が良いんだ」


「様子がわかっても直ぐに駆けつけられないじゃない」


「? 術式で跳べば良いだろ。まあ、窓は壊すことになるけど」


 リアは思わず頭を抱えたくなるが、リヒトはこういう性格なのだ。

 思い立ったら真っ直ぐ素早く強引に進む。

 『馬鹿』と言う言葉と『猪突猛進』という言葉が相応しい。騎士道を学べば、その辺りは良い方に改善されるのだろうか。そう願いたい。


「うん、わかったけど。私の家ではしないでね……あ、家と言えば『間違い』の件なんだけど?」


 突然の話題変換にリヒトが狼狽する。頭越しして欲しかったのだろうが、今後も含め、確認したいのはリアだ。


「リヒト、私の家によく入ってくるけどその違いは何?」


「……俺はリアの部屋に入らないだろ…」


 確かに、リアの家は玄関を入るとすぐ居間であるため、リヒトと話をするのは専らそこである。

 彼は他の部屋も全く使わず、お茶も飲まずに帰るのが殆どのため、長居するようなことはない。


「あと…リアのトコのネコが…」


「シーナが? 何かされたの?」


 リアの記憶に覚えはない。

 それともリヒトはネコが嫌いだったのかと確認したところ、回答は意外なモノであった。


「いや、いつも監視されてる気がすんだよな…時々殺気も感じる…だから良い抑止力だよ本当。父上みたいだ」


 確かにシーナは優秀なネコだ。

 先日の財産の件もそうだが、どうやら彼女は家の中の虫を秘密裏に始末してくれているようなのだ。勿論、飼い初めの頃は家には普通に虫が出ていた。それこそクモだって。

 しかし、クモの出現で大騒ぎしている所をシーナに見られてからは、特にクモを視認することは無い。


「優秀な子だからね…シーナは」


 しかし、一点腑に落ちないことも。


「でも、私が記憶障害になったあの日、シーナは居なかったと思うんだけど……?」


「いや、居たぞ… 眼光が見えたから」


 自らの姿は隠し、目で殺しにかかるとは。

 実際の獲物を狩る時は失態だろうが、リヒトに対してだけ行っているのならば、公私も分けられる素晴らしいネコだ。

 今晩はシーナの好きな鶏肉にしようとリアは心に決めた


「で、術式の何を教えて欲しいだ?」


 リヒトが腕の袖を捲りながら尋ねる。リアは少し考え込むと、人差し指を立てながら答えた。


「使うコツかな」


「また大雑把な…」


 リヒトがその指を掴んで倒し、呆れて溜め息を吐く。


「術式は前にも言った通り発現しない場合もある。逆に赤子でも発現することだってある。コツと言うなら操作に限定されるぞ」


「発現はしてたと思うんだけどね…」


 リアも溜め息を吐きながら嘆いた。


「…これは事典にも載っていないことだったと思うが、今、俺たちが使っている術式は、法式を使う世界種が作成したのもあってか、計算よりも『想像』が必要なんだ。これが一番のコツだな」

 

 リヒトは目を瞑ると両腕を上げて地面と水平に保つ。

 しばらくその状態を維持していたが、やがて塞き止めていたモノを解放するように「Ehēcatl(エヘカトッ)」と呟いた。

 瞬間、彼を中心に風の渦が発生する。規模は大きくないが旋風だ。


「…こんな感じな」


「リヒト…『風』も使えるの?」


「得意じゃないけどな」


 リアの『得意じゃない』という定義が崩れていく音がする。彼のやることが得意じゃないなら、彼女のできないことは何と呼べば良いのだろうか。


「じゃあ、リヒトの得意な『火』を見せてもらっても良い?」


 彼女の提案に瞼を数回瞬かせた後、リヒトはニヤリと笑い、そして先程のリアの様に人差し指を立てる。

 彼が「Cuezalin(クェツァレン)」と呟いた途端、彼の指先から火が発生した。まるで蝋燭の炎の様だ。


「えええっ! そんな…一瞬で?!」


 水や風の時と異なり、彼は瞬時に現象を起こして見せた。『得意だ』と言っていただけのことはある。


「火種はルーアハ、可燃物は気で代用しているんだ」


「じゃあ、それは操作じゃなくて―――」


「そう、生み出している。術式で一番高度であり、一番人々に渇望される奇跡だな」


 正に『魔法』なのでは無いのだろうか。

 リアはそう考えたが、彼が人差し指を仕舞い、握り拳を作り上げると、炎は瞬く間に消火される。


「術式の必須は何だ?」


「確か…『計算・言語・消費』?」


「正解」


 突然出された問題にリアが応えると、よしよしとリヒトは頷き更に笑顔になった。


「俺はさっき、言語を発した。あれは旧世界の言語だ。勿論、言語は何でも良いんだが、うっかり発動しないためにも馴染みではない上に意味が通る言語が良いと思う」


「言語の長さとかは?」


「関係ねーな。寧ろ短い方が速く発動できるから好まれる」


 言語か…とリアは首を傾げる。

 自分が覚えている範囲の他言語だと英語であるが、単語を全て覚えている訳ではない。

 それどころか、日常的に使っていた単語・単位もあり、和製英語も多くあったのだ。使い分けは用意ではない。

 ドイツ語も多少大学時代に習ったが、『発音はローマ字読みで大体大丈夫』という記憶しかない。悲しい。


「造語……とかは?」


「大丈夫だと思うぞ。さっきも言った通り、今の術式は法式に偏っている。思うこと、願うことは大いに影響されるんだ」


 そこまで話し、リヒトは「そう言えば…」と言葉を続ける。


「先日のクモを倒したあの時の術式は、リアの影響があったと思う…」


「私?」


「俺の身体を支えながら『湯』の状態を言っただろう?」


(あの情けない回答か…)

 とリアは反省し、一先ず頷くが、話が読めない。


「お前は湯の状態を理解できている。その状態で術式を使う俺に触れていたから、付与されたんだと思う。実際、軍では術式を行使する時は集団だという話だし…有り得なくはない」


 一通り話し終えたのか、リヒトは一息吐くと「で?」と投げ掛けてくる。


「どうだ? 術式、使いたいか?」


「使いたいです」


「即答だな!?」


 リアの回答に彼は驚嘆するが、それは彼女に術式を使って欲しくないということが本心なのだろうか。

 彼の態度が難色に見えたため、リアが眉をしかめる形で抗議する。

 するとリヒトは我に返ったのか、行き場の無い手を自身の頭へ持っていきながら続けた。


「いや、俺が術式を使った後、お前、結構脅えてるように見えたからさ。意外で…。そんなに今の生活が不便なのか…」


 不便ではあるが、これは『私』が贅沢な暮らしをしていたことの裏返しだろう。

 少しでも生活水準を上げたくて、それが命よりも大事だと思われているなら、それは確かに可笑しなことであるし、意外なことのはずだ。


「そうだ、肝心なこと……ルーアハから気への置換はどうするの?」


「それも残念ながら想像だな。まず、ルーアハと気が何か、感じとることができるか…。そうならないとお話しにならない」


 重要なことが一番難しいことである。

 確かにコレができるなら、大勢の人が術式を使い、世間はもっと潤っているだろう。

 もっと争いも生まれているだろうが。


「だけど、リアはルーアハを理解できているはずだ。生まれ変わり(転生)の自覚があるんだ。問題は『気』の方だろ」


 そう言うとリヒトは地面に座り込み、己の両手の掌を更地の土の上に置く。

 リアも同じく座り込み、同じく地面に手を置いた。


「俺たちが住んでいる大地は球体の星だ。広大な所為でまっ平らにしか感じられない。――この星は生きている」


(ガイア理論っぽい……)


 前世で『私』が居た星は地球という名称の惑星だった。

 地球を生物と捉えた上で論じられる理論がガイア理論である。

 ただ、その理論をリアは思い出した時、リヒトたちがいう『世界』も当てはまるのではないかと考えた。


「星が生きていることを感じられたら、次は自分の器室を探るんだ。互いが繋がっていると実感できれば、気もその流れも理解できるようになる」


 リヒトの言葉は想像というよりも夢想に近い。

 理屈ではなく感情なのだ。

 つまり、『私』は反感してはいけない。

 感受する必要がある。

 ―――そうだ。

 この世界は余所者の『私』を受け入れてくれたではないか。

 第二の生を与えてくれたも同じではないか。

 だから『私』も拒絶してはいけない。

 敵ではない。

 クモと比べれば恐怖など皆無なのだ。


 暫く二人は無言になったが、その楔を切ったのはリアであった。


「……イリス様の…気……とても優しい色……」


「だろ?」


 その言葉にリヒトは嬉しさの余り、最高の笑顔で応えていた。


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