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リヒト母

 リヒトの母親イリス・ファンゲン。

 彼女はリヒトの他に男子を二人、女子を三人産んでいる。

 病弱な彼女からは考えられないが、それはリヒトを産んでからの彼女しか、リアは知らないせいだろうと考える。現にリヒトは末子なのだ。


 リアが幼い頃、それこそ数える程しか会ったことがないイリスは、やせ細り、顔色は悪くなっていたが相変わらずの美しさだった。

 深紅色の癖がある長髪と同色の瞳から連想するのは炎だ。


 ――火を求めているファンゲン家に相応しい御姿。そこもソルが惹かれた一つかと察する。


 だが、反して彼女は「水」の術式を得意とするらしい。

 リヒトが水の操作ができることを考えると、その才能は彼女から受け継がれたのかとも考えたが、リアがリヒトにそのことを伝えたところ、「それは無い」と一蹴された。

 ルーアハは転生からも分かる通り、遺伝的要因は皆無なのだという。だからこそ、人々は『名前』に拘るのだろう。


 ルーアハとは『適切な肉体が造られた際に其処に宿る』モノなのだ。


 ルーアハが『適切』と判断する要素は果たして何か。真っ先に思いつくとしたら、それは自分を自分たらしめている『名前』もその一つではないだろうか。


「お久しぶりです、イリス様」


 ソルの時とは異なり、あえて体調のことを聞くような無粋はしない。

 リアは粗末なスカートの裾の両端を広げると腰を屈める挨拶をした。


「元気そうね、貴女の様子を見に、顔を出せずにごめんなさいね」


「とんでもないことです。それは私の方でございます」


 イリスの発言にリアが即反論する。その様子にイリスは一度微笑むと、リヒトをちらりと確認しながら話を続ける。


「まぁ、リヒトから貴女のことはよく聞いているのですけどね」


「…なっ! 母上!」


 途端、顔を真っ赤にしながらリヒトが声を上げるが、リアはイリスの言葉でソルが言っていた内容を思い出していた。


「だからこそ、お礼を言いたかったの。ありがとう、リア。私たちのためにリヒトと森へ行ってくれて…事前に脅威を取り除いてくれて」


「本当に私は何も。リヒト様がいなければ成し得なかったことで…」


「馬鹿言うな、お前の『クモ』に対する知識は相当だぞ…」


 そう、役に立ったと言えるとしたら、『ザトウムシ(クモ網)』の知識くらいだ。

 クモ恐怖症を克服するべく、前世ではそれこそ様々な資料を『私』は漁った。

 インターネットで有名なフリー百科事典はとても手頃だったため愛読していた。

 勿論、学者や専門家と比べれば『私』の知識は全く大したモノではない。

 ただし、よく言われたことがある。


『そんなに詳しいなんて、本当は好きなんじゃないの? クモ』


 有り得る筈がない。

 うっかり床に資料を置き、忘れた頃に表紙を見て実物のクモが居ると勘違いして悲鳴を上げたし、インターネット閲覧中に縛っていた髪が崩れ、首筋にかかった瞬間、クモが張り付いたと錯覚して悲鳴を上げた。

 居なくても怯えるのが、この恐怖症だ。

 それでも調べるのをやめなかったのは、敵を知る必要があったからだ。全く知らないのと、多少知っているのとではその恐怖への度合いが異なる。

 これは競技を行う人なら同意してもらえるのでないだろうか。


 ――相手を負かすか斃すかの違いだ。


「それよりも、申し訳ありません。お邪魔してしまって…」


「良いのよ。何もお構いできなくて申し訳ないけど…」


「いえ、こちらこそ、手土産もなく…」


「その辺りにしないと終わらないぞ…」


 イリスとリアの会話にリヒトが再度言葉を挟む。特にリアは自分を蔑み応える傾向にあるため良くない。それが『こいつ』の個性でもあるのだろうが、これに関してはいつか直してやりたいとリヒトは誓う。

 対してイリスとリアは、リヒトの言葉に自分たちのやり取りを思い返したのか、同時に笑い始める。一頻り笑ったあと、話し始めたのはリアからだった。


「すみません。実はソル様にも既にお話したのですが、イリス様のご意見もお聞きして良いですか」


「ふふ、何かしら」


「術式のことなのですが」


 既にソルと話をしていたのも驚嘆であったが、イリスにも確認するとは。リアが追い詰められているのではないかとリヒトは不安に駆られるが、それは杞憂であった。


「何かまとめられている良い文献などご存知ありませんか? クモと同じく、知識は大いに越したことはありませんから」


「…そうね…。王都の図書館にならそういった資料は多いと思うけれど。ただ、旧世界に時代が近い記述資料ほど、閲覧制限があるから王族の許可が必要なので難しいわね…。もし、単純に術式を知りたいのならば、王都に教えてくれる施設があるの。一度、行ってみて損はないと思うわ」


「ありがとうございます。参考になりました」


 頭を下げながらリアが応えるとすぐ、リヒトがリアに声をかける。


「リア、術式のことならこれから少し教えられるぞ」


「うーん…それは嬉しいけど…」


「……今、この家には俺と母上しか居ない。何かあった時に女手が欲しいんだ」


 なるほど、とリアは納得する。

 道理で先程からリヒトが彼女を留まらせようとするわけだ。

 

 ファンゲン家は村長に続いて裕福とはいえ、平民に変わりない。

 使用人の数は少なく、また現在、姉妹の外出に合わせて女使用人は出払っているらしい。

 男使用人は滞在しているが、イリスに何かあった場合、家主が居ないこの状況、できれば女性に対応して欲しいとリヒトは思っていた様だ。

 例えば――衣服を脱ぐような場合を想定しているのだろう。


「姉上たちが帰ってくるまでの間で良いからさ」


 リヒトの真剣な眼には弱い。リアは頷くが、「術式のことたっぷり教えてもらうからね」と付け加えた。


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