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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄の作り方

婚約破棄って何?

作者: 都森 のぉ

「うわぁぁぁぁぁ!」


「もっ申し訳ございません!」


大公家の庭には似つかわしくない叫び声と謝罪の言葉が響くが誰も気にしない。


叫び声を上げたのが大公家の嫡男であっても謝罪をしたのがメイド服を着た()()であっても誰も気にしない。


「たったしかに俺はユーフェミアの淹れた紅茶が飲みたいとは言ったが!何も台所から淹れてこいとは言っていない!」


「あら?そうでございましたのね。わたくしったらとんだ勘違いを」


「まずは座ってくれ」


「その前に紅茶を淹れなくては」


「そのための茶葉も湯もカップも運ばせるから座ってくれ」


なぜか台所で淹れた紅茶は庭にカップごとひっくり返っている。


お盆を使わずにティーソーサーを持っていたから安定が悪かったのだろう。


王女が紅茶を運ぶということがおかしなことだが、そこから気にすると話が進まないから見ないふりをする。


「わたくし初めて紅茶を運びましたわ」


「そうか」


「料理長がお盆を用意してくださったのだけど重くて持ち上げられなかったのですよ。メイドたちが力持ちだと感心しましたの」


「そうか」


カトラリーより重いものを持つことのないユーフェミアにとって銀のお盆は持ち上げられない。


何事も無かったように片付けられ、新しい茶器が用意された。


「そうそうビルヒリオ様、お聞きになりまして?」


「何を?」


「ドゥルイット侯爵に隠し子がいたことを」


「あぁ、俺たちと同じ年だと言っていたな」


新しい茶器に複数の茶葉を入れてユーフェミアは満足そうに頷く。


心得たメイドが適温の適量の湯を注ぎ蒸らす。


飲み頃のお茶をカップに注いでビルヒリオの前に出す。


「ユーフェミア、美味しいよ」


「よかったですわ」


「しかし、ドゥルイット侯爵の隠し子には気を付けないといけないな」


「どうしてですの?」


「隣国に駆け落ちした小父上のことだ」


「あぁお父様の母違いのお兄様のことですわね。わたくしも聞きましたわ。すごいですわよね。学生の身で駆け落ちをするだなんて」


ビルヒリオが言っているのは駆け落ちのところではなく、隠し子と恋に落ちて王家の信頼を揺るがしたことなのだが、ユーフェミアは母親のユーリシアの容姿と性格を多分に引き継ぎ天然なところがあった。


それでも王族としての責務は果たしていることと王家の数少ない癒しとされて民からは評判が良かった。


「こうやってビルヒリオ様とお茶ができるのもあとわずかだと思うと寂しいですわ」


「僕もだ。ユーフェミアのお茶は絶品だからな」


「学院に入っても少しはお付き合いくださいませ」


「もちろんだ」



**************



「ふふふ、ここが、あのゲームのFD(ファン・ディスク)ね。悪役令嬢が断罪されて処刑されるまでにひっそりと子どもを産んでいるなんて凝った設定よね」


エネミーが処刑されると決まったときに王家の血を絶やさないためにと男子を産まされていた。


それがビルヒリオだ。


大公家でありながら罪人の子という鬱屈した出自で周りから距離を置いている。


それをヒロインが優しく癒し結婚するという流れだ。


攻略対象もビルヒリオただ一人で、悪役令嬢も出て来ない。


ただただビルヒリオが好む会話を選ぶだけだ。


「でも根暗すぎでちょっとの失敗の会話でゲームオーバーするから鬼畜よね」


ヒロインはドゥルイット侯爵の隠し子であることが判明してから始まる。


完全な貴族ではないということで周りから白い目で見られながらも健気に頑張る。


「さぁやるわよ」


学院の入学式が始まり同じクラスで席が隣同士になることで出会いは始まる。


知り合いはいないから大人しく席に座っておく。


そこから聞こえてくる会話はゲームの内容と違っていた。


「お聞きになりまして?えぇ旋律の毒薔薇の異名を持つエネミー様でしょう?」


「なんでも王家に取り入ろうとした方を撃退されたとか」


「本当に勇ましいかたで惚れ惚れしてしまいますわ」


FDの段階では死亡しているはずのエネミーの名前が出てきて戸惑った。


「ねぇ、エネミー様のこと教えてくれない?」


「貴女はたしか、ドゥルイット侯爵の?」


「そうよ。マジョリカよ」


「教えると言っても大したことはお話できないわ。大公家のご当主様だというくらい」


「非公式だけど隣国の皇太子様が旦那様だということくらいかしら?」


ローディの見た目が似ているというだけで出てきた噂で本人たちは否定も肯定もしていない。


「そうなの?」


「そうなのって、今時、庶民の方でも知っていることですのよ」


エネミーが死んでいないということでゲームとはだいぶ異なるということは認識した。


それがFDなのか、それとも知らないうちに出た二期作なのかは判別がつかない。


ゲーム通りの行動は避けた方がいいと思い、まずは情報収集に専念した。



***************



「ドゥルイット侯爵の隠し子のことだが」


「マジョリカ様ですわ」


「マジョリカ嬢は我が母のことを聞いて回っているようだ」


その目的が不明だからということで怪しんでいた。


ドゥルイット侯爵の隠し子というのは仮の姿で本当はどこかの国の間者なのではないかと国の諜報部が動いていた。


「叔母様のことがお好きなのではないかしら?」


「そう簡単なら良いのだがな」


ビルヒリオの勘は当たり、マジョリカはビルヒリオに付きまとうようになった。



***************



「ビルヒリオ様」


「マジョリカ嬢、何か?」


「いえ、その学校のことがよく分からなくて教えていただきたくて」


「そうか、なら私より適任がいる」


「いえ、ビルヒリオ様に教えていただきたいのです」


鬱屈したビルヒリオなら頼りにされるということを嬉しく思うが今のビルヒリオは面倒だと思う以外なかった。


「はぁ、何が目的だ?」


「そんな。目的だなんて、私はただビルヒリオ様に教えていただきたくて」


「たしかに君は侯爵家の令嬢だ。それに学院は平等を謳っている。だが君に学校のことを教えるということは僕である必要はない。もっと適任がいる。それは学校のことを知っている僕が言うのだが信じてはもらえないということか?」


「いえ、そういうわけでは」


「なら、適任である方を紹介しておく。話がそれだけなら失礼する」


怪しまれている状況でビルヒリオに近づくのは命知らずだった。


ビルヒリオに固執しているというところで王家よりドゥルイット侯爵へ苦言が入り、マジョリカには監視がついた。


ドゥルイット侯爵がどこか別の国と繋がっていると調べたところ完全な白であると証明されたため、マジョリカの行動はビルヒリオに近づきたいための暴走と判断され、今回は不問にされた。


一人残されたマジョリカは大人しく寮に帰ったが実家からの手紙に青ざめた。


いわく、ビルヒリオにつきまとう行為は謀反の恐れありと判断されたため生涯監視のもと生活することが決まったということだ。


「うそ、どうして?」


慎重に行動したが、完全に裏目に出てしまい。


婚約者になるどころか、どんなパーティでも話しかけることを許されない立場になった。


「悪役令嬢はいないって言ったけど、きっとユーフェミアのせいね」


ゲームと現実が混在し、冷静な判断ができなくなったマジョリカは感情のままに食堂に向かった。


ちょうど夕食の時間で食堂は人で溢れかえっていた。


一角にユーフェミアとビルヒリオが談笑している姿が見えた。


「ちょっと酷いじゃない。王家の権力を使うなんて」


「えっ?何のことですの?」


ユーフェミアは容姿と性格から権力を振るう姿からもっとも遠いとされていた。


マジョリカの行動で何を勘違いしているのか理解したビルヒリオは深く溜息を吐いた。


「君がしたことは立派な付き纏いだ。節度というものが必要だ」


「付き纏い?」


「こう言い換えた方がいいか?ストーカー」


「えっストーカーって」


「すとーかーとは何ですの?ビルヒリオ様」


「ユーフェミアが知らない異国の言葉だよ」


「まぁビルヒリオ様は博学でいらっしゃるのね」


ユーフェミアの天然な感想で周りは重大なことを見逃しそうになったが、最高教育を施されている王族が知らない言語の言葉がマジョリカには通じているということを。


「ここは現実だ。それを忘れるな」


「あ、あんた、転生者」


「誰かと間違っているのではないか?」


「間違ってないわよ。あんたはビルヒリオでしょ!」


「いかにもビルヒリオ=ロドリーだ。誰かこのお嬢さんを医務室に連れて行ってもらえないか?」


いきなり分からないことを言い出したマジョリカは気が狂っていると思われて監視役に両脇を固められれて連れて行かれた。


連行先は医務室ではなく王城の尋問室だった。


「どうして私がこんな目に」


「どうして?間違ったからでしょう」


マジョリカの前には妖艶なエネミーがいた。


死んでいるはずのエネミーが生きている。


それだけでエネミーが同じ転生者であることは間違いなかった。


「挨拶をするまでもないと思うけど、私はエネミー。そして転生者でもあるわ」


「貴女が邪魔したの?」


「邪魔?どうして?別に私は貴女がビルヒリオの妻になることに異論はなかったわ」


「なら、どうして!?」


「どうして?貴女は間違ったのよ。最初に入学してからエネミーのことを根掘り葉掘り聞いて回れば、どこかの国のスパイじゃないかと怪しまれるでしょう。それも王族ではなく大公家」


「だってゲームと違う」


「そのことについては謝るわ。私も死にたくなかったのよ」


「・・・貴女が入れ知恵したの?ビルヒリオに」


檻越しではあるがマジョリカの闘志はしっかり伝わってくる。


それをエネミーは軽々と受け流す。


転生したときはマジョリカと同じくらいの年だったが、それから二十年は経っている。


子どもに遅れを取るほど弱くはない。


「いいえ、何もしていないわ。ビルヒリオは正真正銘、転生者よ。そしてFDをプレイしたことのある男性よ」


「はぁオネェだったってこと?」


「何も乙女ゲームをしたからと言ってそうとは限らないわ。ただのゲーム開発者のメンバーの一人でバグチェックをしていただけ」


「そういうこと」


「私はFDの存在を知らなかったのだけど、一度ゲームの流れに逆らったことがある者としては簡単だったわ」


今回はマジョリカが勝手に暴走してくれたおかげで周りが怪しみ、エネミーたちが何もしなくても対処してくれた。


むしろスパイだと冤罪をかけられてお家断絶ということにならないように抑えることが大変だった。


「貴女は何もしていないから命だけは助けてあげるけど、もう少し上手にやりなさいね」


引き取られる前から精神がおかしかった娘としてマジョリカは修道院に入れられた。


本来なら侯爵家で軟禁くらいのものだが、二十年前の出来事を知っている家臣たちが過剰反応をした。


「ビルヒリオ様、それでは行って参りますね」


「あぁ元気でな」


「「ねぇさま」」


「プリモ、セノビア、しっかりとお勉強をするのですよ」


ユーフェミアは盛大に見送られて王城を出発した。


学院を卒業せずに、隣国に嫁ぐことになった。


長年、冷戦状態だった隣国との戦争が再燃し、戦慄の戦乙女改め戦慄の戦妃のベルガモーラが指揮を執り、後継である旋律の毒薔薇のエネミーが先陣を切ったことで終戦した。


人質として皇太子を連れて帰ったところユーフェミアが一目惚れし、同盟を結ぶこととユーフェミアを王妃とすることを条件に属国を解消した。


異例のことだがユーフェミアは、その容姿から侮られがちだが物事の本質を見抜く目は確かだった。


同盟さえ結べれば問題ないとしてあっさりとしたものだった。



***************



「ほら、ユーフェミア様の輿入れだよ」


「あぁ本当にお美しいねぇ」


「えっ、ユーフェミアって」


「こらマジョリカ!頭を下げな」


輿入れのための行列を見に列ができていた。


そのうちの一人に修道女の服を着たマジョリカがいたが、ユーフェミアは気づかなかった。


「隣国に輿入れって、だから悪役令嬢じゃなかったんだ」


FDが発売されたときにどうして悪役令嬢がいないのか話題になった。


学院ではいつも一緒にいるユーフェミアがそうじゃないのかと思われたが何もなく終わり、邪魔をするどころか応援してくるのだ。


それもそうだ。


すでに結婚が決まっているのだからビルヒリオとの仲を邪魔する必要はない。


仲が良いのも、再従兄妹だからだ。


エネミーが言っていた【貴女が妻であっても良かった】というのは言葉通りのものだったのだろう。


「はぁ真面目にやるか」



**************


どうしてエネミーが息子が転生者だと知っているか。


「どっどうして生きてるんだぁ!」


「はぁ?」


「お前は死んでるはずだろう!」


「なるほど」


「つまり、息子も転生者か」




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