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Blood  nights  作者: 鮭38号
3/3

デスメタルゴアトランス

 ナイフを握り、目の前のそれを刺し、破裂させる。

 生暖かい体液を全身でうけとめながら、俺は思う。

 俺は、恩を返せているのだろうか。

 俺を見つけてくれた、今は亡きあの人に───。


†‡†


「───それでは今日はここまでです。皆様忘れないで下さい。 言葉は(A word is)( a shield)信仰は(belief is)( a sword)です」

 若き神父がそう言い聖書をパタンと閉じると座っていた人々はぞろぞろと帰り始めた。

「いやはや、形になってきたなぁ」

 一人の老人が神父に話しかける。

「いえ、俺なんてまだまだです。………しかし」

「なんじゃ、まだ悩んどるのか?」

「………はい。きちんと洗礼も受けておらず正しい教えを学んでない俺が、果たしてあなた方にキリスト教を解いていいのか………」

「ははは、なぁに気にするこたぁねぇよ」

 老人はシワだらけの顔をさらにくしゃくしゃにしながら笑う。

「わしらも正直キリスト教は分からん。じゃからお前さんが正しいと思うことを伝えればいいのよ」

 それに、お前さんの顔を見るのも楽しみになってるしな、と老人は語る。

 その言葉を受け、神父は眉間にしわを寄せながら問う。

「───では、次の礼拝で日本神話を解いても」

「それはやめておけ」


†‡†


 礼拝を終え、教会の掃除も終えた神父は外の掃除も始める。

 桜が咲き誇り、散る季節。庭には大量の桃色の花びらが迷い混んできている。

 神父本人は『綺麗だから』という理由で別に掃除しなくてもいいと考えているが、綺麗好きだった先代の言い付けに従い桜の花びらを竹箒で集め始める。

 1ヶ所に集め終えると庭に置いてある金笊で花びらと砂とを分別する。これも先代の『砂なんざ入れてたら燃やしたときにガラスになって業者が困る』という言い付けによるものだった。

 もっとも神父は本当にガラスになるのかどうかは知らなかったし、別に分別しなくてもいいのではと考えていたが。


 庭の掃除を終える頃には時計の針もてっぺんを指しそうだった。

 神父は教会の隣の小さな家に入り、蛍光色のエコバッグを丸めてポケットに突っ込む。これは近所の高校に通う生徒の一人が『なんか貰ったけどいらないからあげる』と渡してきたものだったが、わりと神父は愛用していた。

 歩いて15分程の場所にある小規模のデパートに神父は入った。

 日曜日は大抵アイスが割引きして売られているのだが、それには目もくれずに定価で売られているキムチを2つかごに入れ、さらに豚バラ肉と鳥むね肉もかごに入れる。そして暫くうろうろし、駄菓子コーナーでココアシガレットをかごに入れて会計を済ませた。


 教会の隣の小さな家の扉を開け、神父は中に入る。

 買ってきた物を冷蔵庫と冷凍庫に入れ、代わりに冷凍してあった餃子を取り出す。

 ガスコンロの上に置いてあったフライパンに餃子をひとつずつ乗せ、耐熱ガラスの蓋をする。

 餃子を焼いている間に丼に米を盛り、フライパンの蓋を取る。冷凍されていた水分が飛び、カリカリになるまで待ち、フライパンから丼へと移す。そして上から豪快にぽん酢をかける。

 餃子丼の完成である。

 先代はあまりいい顔をしなかったが、食器を洗う手間が減るため神父は気に入っていた。


 昼食を終え、食器を洗うと何もすることが無くなってしまう。

 本来なら午後も礼拝をするべきなのだろうがこの町は信者が少なく、また神父のやる気も出ないのでやらないのであった。

 神父はいつもそうしているように聖書を手に取り読み始める。これまで何十、何百と読んできた文字の羅列をこれでもかと言うように目に焼き付け、音読する。

 まるで、何も見ずに空で言えるようにするかのように。


 気がつくと時計は16時を回っていた。そろそろ桜の花びらも貯まっている頃だろうと、神父は竹箒を手に取り外に出る。

 門の外───道路にもかなり桜の花びらが散っている。

 シャカシャカと掃いていると、模試でもあったのか学校方面の坂から多数の学生達が下りてきた。

「あ、神父じゃん!さよならー」

「はい、さようなら」

 神父はにこやかに挨拶を返す。

『子供らに好かれて悪いことは無い』と先代は笑いながら言っていたなぁ………とぼんやり思い出しながら花びらを山にした。


 ふと聖書から顔を上げると時計は既に23時半を過ぎようとしていた。

「………読みすぎた」

 晩飯は食べたっけな、いや食べたなとゴミ袋に入れられているキムチの空パックを眺めながら神父は服を脱ぎ、風呂に入る。

 カラスの行水、とまではいかない程度の時間で風呂から上がり、全身隅々までタオルで拭き、下着は穿かずに直接寝間着を着る。

 そして机に置いてある十字架とさっきまで読んでいた聖書を胸に抱き、布団の上に横たわる。

「………A word is a shield , belief is a sword.」

 静かに呟き、すぐに深い眠りに落ちた。


†‡†


 午前2時、俗に言う丑三つ時である。

 ほぼ毎日のように濃い霧が町に溢れ誰一人として外を歩いてはいない。

 ───否、子供が一人。パジャマ姿で、お気に入りのクマさんを引きずりながら泣き顔で歩いている少年が一人。

「お゛か゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛さ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛………お゛と゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛さ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛………と゛こ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛………?」

 泣き叫びながら親を呼ぶ。しかしその声は両親に届く事無く霧に吸い込まれていく。

 ───否、その声は両親には届かなかったが別のモノには届いたらしい。

 泣き叫ぶ少年に向かってそれ(、、)は速度を上げて突進する。

 泣いていた少年にもその足音が聞こえたらしい。泣き止み、音のする方向を呆然と見つめている。

「■■■■■■■■■────!!」

 霧から現れたそれは少年の体よりも大きい拳を振り下ろし、少年を潰そうとする。

 道路にめり込む拳。飛び散るアスファルトの破片。

 悪意の塊としか思えないそれは拳をゆっくりと道路から引き抜く。

 そこには見るも無惨な姿になった少年の遺体が───無かった。

「こっちだ!鬼野郎!」

 そう叫びながら、少女(、、)は振り向いた鬼のぎょろりと見開いた一つ目にドロップキックを決める。

「■■■■■━━━━━!!!!」

 鬼は目を押さえうずくまる。

「こっち!」

 少女は少年の手を引く。が、

「■■■■■■■■■■!!」

 目を押さえたまま、鬼が突進する。

 少女は鬼に向かって手を挙げ、

「──────────」

 小声で何か唱える。瞬間、少女の手を中心に十字架を散りばめたような魔方陣が出現した。

 それはいとも容易く鬼を弾き返し、淡い光となって消えた。

「君はここにいて!」

 少女は叫び、どこからともなく包丁ほどの大きさのナイフを取り出し、右手に構える。

 少年はその光景をぽかんと口を開けながら眺め、呟く。

「シスター………さん?」

 金髪隻眼、裾の大きい頭巾、動きやすさを重視したのか右側に大きくスリットの入っているトゥニカ。

 シスターと言えばシスターだが、パチモンと呼ばれても仕方のない格好の少女だった。

 そんなパチモンシスターな少女は見かけ以上の素早さで鋭い爪が生えた両手を振り回す鬼をナイフ一本でいなしていた。

 金属同士がぶつかるような音を立てながら激しく火花を散らしている。

「クッソ!いい加減!大人しく!切られろっつーの!」

 シスターは案外口が悪かった。

「■■■■■■■━─━━─■!!」

 そんなシスターの悪態を理解しているのかしてないのか、鬼の攻撃速度は加速していく。

「チッ!」

 シスターは舌打ちし、攻撃をいなすよりも回避することに集中し始める。回り、跳び、滑り込む。紙一重程の隙間で回避を続ける。

 そうすること約数分、鬼にも疲れが回ってきたのか徐々に速度が落ちてきた。

「ここっ………だっ!」

 蛙のように地面に這いつくばり、鬼の回し蹴りを避けたシスターはそのまま軸足の左足を切りつける。

 出血。

 悲鳴。

 鬼は無様に地面に転がり虫のように足掻く。

 シスターはトゥニカの袖でナイフを拭い鬼の体液を拭うと、今度は自分の掌を傷付けた(、、、、、、、、、)

「ッ!」

 痛みに顔をしかめる。

 ナイフには鮮やかな血液が付着している。

「とどめっ!!」

 シスターは飛び上がりながら叫び、無防備に晒け出されている鬼の腹目掛けてナイフを降り下ろす。

「弾け飛べッ!!鮮血発破(ブラッド・カァニバル)ッ!!」

 ナイフを突き刺し、叫ぶ。

 鬼はビクリと震え、まるで水風船を割ったかのように爆発した。

 ナイフとシスターを中心に、まるで爆心地のように血液が広がっている。

 そんな光景を少年は唖然としながら眺めていた。

「うぉえっ………ちょっと口に入った………」

 ぺっぺと唾を吐き顔を拭うと、シスターは少年に向かって微笑む。

「もう大丈夫だよ。怖かったね。もう怖いものは来ない」

 返り血で全身真っ赤なシスターに、少年は少しビクビクしながら頷く。

「さて、また君が怖い目に会わないようおまじないを教えてあげよう」

「おまじない………?」

 シスターは頷き、おまじないを口に出す。

「『言葉は(A word is)( a shield)信仰は(belief is)( a sword)』。ほら、言ってみて」

「あわーどずあしーど………?」

「おしい。ア ワード イズ ア シールド、ビリーブ イズ ア ソード」

「あわーどいずあしーるど、びりーぶいずあそーど!」

「そうそう!一緒に!」

「「ア ワード イズ ア シールド、ビリーブ イズ ア ソード!!」」

 シスターと少年の笑い声が霧に響く。

「困ったときに呟いてごらん。きっと君の力になるからさ」

「はい!シスターさん!」

「それじゃあ、お別れの時間だ。目を瞑って」

 少年は素直に目を瞑る。シスターが少年の額に接吻すると、少年の身体は青い光となってどこかへ消えていった。

「───さて、」

 シスターは呟き立ち上がり、

「お掃除始めますかぁ………」

 やれやれといった表情で呟いた。


†‡†


 早朝、鳥の鳴き声で神父は目覚めた。あくびをしながら肌を曝け出している上半身を起こし、窓を開ける。

 ようやく朝日が山から顔を出し始めた早朝。桜咲く季節になったとは言えまだ朝は肌寒い。

 その寒気によりハッキリと意識を覚醒させ、神父は炊飯器から釜を取りだし米を3合入れ手短に洗い、仕掛ける。

 ズボンのみの寝間着を脱ぎ、下着を穿き、スウェットに着替え、ランニングに出掛ける。

 町中を一周し、猫の集会場に顔を出し教会に戻ると既に炊飯器は水蒸気を吹き出していた。

 フライパンを火にかけ、油を敷き、片手間に聖書を読む。本来ならフライパンから目を離すべきでは無いが、神父はガスコンロを信用していた。

 炊飯器がピーッピーッと鳴く。神父は聖書を冷蔵庫の上に乗せ、冷蔵庫から卵を取りだしフライパンに直接中身を割り落とす。

 黄身と白身が別々のまま焼かれるそれを箸で切るように混ぜ、塩胡椒を振る。

 火を止め、余熱に卵を任せて神父は丼に米を注ぐ。しゃもじでYの字に切り、3分の1を丼に注ぐとフライパンの方に戻り、米の上にスクランブルエッグを乗せ、ケチャップを豪快にかける。

 スクランブルエッグ丼の完成である。

 やはり先代はいい顔をしなかったが、神父は好んでいた。

 食事を終えると神父は再び全裸になり、先程かいた汗を落とす為にシャワーを浴びる。食事をする前に入れと言われるだろうが、食欲には勝てなかったらしい。

 風呂から上がり、神父服キャソックに着替え教会に移動する。

 ベンチを動かし、床を箒で掃き、雑巾で拭く。

 掃除を終わらせると祭壇に向かって跪き、祈りを捧げる。

 しかしてそれはキリストへの祈りではなく、かつて自分を拾い、我が子とした恩人(先代)への祈りだった。

「………じぃさん。俺は今日も、あんたのお陰で生きています」

 黙祷。

 静寂。

 祈り終わると、神父は誰が来るだろうと午前のミサの準備を始めた。


†‡†


 午前のミサと庭掃除を終え、神父は散歩に出掛ける。食材は昨日調達したので3日は大丈夫だろう。

 神父はいつもの散歩コースとは道を変え、幼稚園のある方向へ進んでいく。

 調度園児達も散歩の時間だったらしく、幼稚園に行く前の十字路で鉢合わせた。

「しんぷだー!」

「しんぷー!」

「こんにちは、神父さん。お散歩ですか?」

「こんにちは、えぇ、散歩です」

 神父は子供たちの顔を眺め、ある一人を見つめると少し目元を綻ばせた。

「それでは、俺はこれで」

「はい、さようなら。ほら皆も」

「じゃーねーしんぷー!」

「ばいばーい!」

 手を振る園児達ににこやかに手を振り返し、神父は静かに呟く。

言葉は(A word is)( a shield)信仰は(belief is)( a sword)………」

 静かな風が吹くこの町は、今日も平和そのものだった。

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