表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Blood  nights  作者: 鮭38号
2/3

ファンクブルース

 両手から血を垂れ流し、目の前のモノを斬り、刺し、殺す。

 サラサラと灰になっていくそれを見ながら、僕は思う。

 あと何匹殺せば、僕は戻れるんだろうか───。



「おはよ、アヤ。高校生になっても遅刻ぎみなんだね」

「おはよ~清香さやか。治らないモノは治らないのよ」

 入学式から一週間後、ようやくまともに授業が始まりだした火曜日、中学から変わらぬ挨拶を少女達は交わす。

「でもさ、本当になんでいつも眠そうなの?」

「本日の受付は終了しました………」

「ホームルーム始まっちゃうよ?」 

「ここに睡魔があるから眠る………」

「ジョージ・マロリーみたいなこと言ってないで起きようよ」

「ぐー」

「………変わらないなぁ」

 もう、と困り顔で眠り始めたアヤの顔を眺め、桜を見ようと外側の窓へと視線を向ける。と、一人の少年が視界に入った。

 十六歳とは思えぬ白さの髪と、異様に白い肌の少年に、清香は席を立ち、話しかける。

「やっほ、元気?」

「………何か用。委員長」

「私は一度も委員長になったことはないよ。君も知ってるでしょ」

「………僕みたいに一人でいるヤツに声を掛けるのは委員長の役目だろ」

「君が気になるから声を掛けたんだよ」

「………僕は静かに過ごしたい。僕を心配するのは僕だけで充分だ」

「病を患ってる人を気にするのは人として普通だと思うよ」

「………なんだよ。仏様気取りか?」

「仏様ですから」

「ほざけ。………先生来たぞ」

「はいはい」

 またね、と清香は少年に手を振る。少年はそっぽを向き、外の桜を眺めた。



 ───数時間後、放課後。

 授業が終わり、生徒達は帰宅の準備を始める。

「ごめん清香!さっそく先生に呼び出されたから先帰ってて!」

 と、アヤは荷物を片手に教室から走り去った。

 どうしたものか、と清香は呟き、未だ帰らず机に突っ伏している少年に目を向ける。

「ねぇ、君は帰らないの?」

「………………………」

「学校、もう終わったよ?」

「………………………」

「………起きないの?」

「………………………」

「………………………」

 清香は少年の前の席の椅子に座り、少年が寝続ける姿を少年が起きるまで眺める事にした。

 青かった空が赤く染まり、夕陽が世界を金色こんじきに染め上げ、墨を溶かしたような黒に変わり始めても、少年は目覚めなかった。

「………また明日ね」

 さすがにこれ以上は親が心配するだろうと考え、清香は少年に別れを告げ、教室を出た。



「───お前らー席に着けー。今日はお前らに話がある」

 担任の先生が教卓で話を始めた。

 なんだろう。重要な事しか伝えない事で有名な先生がこれから言うことに、私は興味を持った。

「えー今日はお前らに新しい仲間を紹介する。ほら、入れ」

 先生がドアが開きっぱなしの廊下に向かって手招きする。

 廊下から、一人の男の子が出てきた。真っ白い髪に白い肌の男の子が。

 クラスの女の子達から歓喜の声があがった。やだ美形、かっこいい、あれって地毛?そんな声も聞こえる。

「えー彼は生まれつき病気を持っており、あまり学校に来れず自宅で勉強をしていたが、とある事件で御両親を無くし、自宅で勉強が出来なくなった為学校に来る事にしたそうだ。病気は治らないモノだが、薬を飲んで抑えている。が、それでもあまり動かない方がいいから、お前らあまりちょっかい出すなよー」

 思ったより重い事情を持った人だった。

「そういえば、自己紹介まだだったな」

 と、先生は男の子に白のチョークを渡す。

 男の子は気だるげにそれを眺めると、カツカツと淡々と黒板に名前を書いた。

「………久城くしろ水樹みずき

 男の子───久城君はそう名乗った。

「えーっとお前の席は………空いてる後ろの席使ってくれ」

 久城君はこくんと頷き、窓際の一番後ろの席に座った。

 久城君との出会いはこれが初めてだったな。

 それからはクラスの皆が話しかけて、彼に鬱陶しがられて、皆彼に興味をなくして、私が勝手に話しかけて、いつも鬱陶しがられて、それでも話してくれて───。

 ───水、おい、起きろ

 ああ、でも彼に名前を呼ばれた事はなかったな───。

 ───い、起きろ。起きろって

 いっつも委員長って。私は委員長なんてしたことないのに───。

 ───きろ、おい、起きろ!

 ちゃんと名前を呼んでくれる時はくるんだろうか───。

「おい!起きろ治水おさみず!」



 誰かに名前を呼ばれたような気がして清香は目覚め、驚愕した。

「………どこ、ここ」

 そこは恐らく外だった。周りを見通せない程濃い霧が出ている。

 清香は学校から帰っての行動を思い出す。が、確実に自分は寝間着に着替えて布団に入ったはずだ。しかし自分は外にいて、さらに学校の制服に着替えている。

 以上の事から清香は答えを導きだした。

「………まだ夢の中なんだ」

 現実ではあり得ないが夢ならばあり得る。ならばこのあり得ない世界を楽しもう、と清香は考える。

「………?」

 どこからか、音が聞こえた。金属同士がぶつかり合うような、硬く鋭い音が。霧ではっきりとは分からないが、恐らく前方から鳴り響いている。

「………なんだろう」

 清香は音の鳴る方へと駆け出す。と、霧の中から遮断機が現れた。

「この遮断機………って事はここは学校の真下ね」

 リアルな夢だなぁと思いながらも場所を把握し、駆け出す。幼い頃から暮らしてきた町故に大体の場所は分かる。坂を駆け上る。音が段々と大きくなる。

 刹那、

「がっ!!」

 上から人が降ってきた(、、、、、、、、、、)

「大丈夫ですか!?」

 思わず駆け寄る。

「は!?治水!?」

「え!?久城君!?」

 降ってきたのは水樹だった。

「どうしたの!?そんなボロボロになって!しかも上から降ってくるし!」

「五月蝿い話は後だ!」

 水樹は早口で言い、清香の手を掴む。

「■■■■■■■!!!!」

 フェンスをガシャガシャと鳴らしながら、正体不明の黒い何かが聞き取れない声で叫ぶ。

「な、何あれ!?」

「いいから、逃げるぞ!」

 清香の手を引きながら水樹は走り出す。正体不明の黒い何かはフェンスを飛び越え二人を追いかけてきた。

「チッ!!」

 水樹は盛大に舌打ちし、

「走れ!」

 清香の手を離し、クルリと回転して右手から何かを飛ばした。それは正体不明の黒い何かに命中し、

「Gyaa■aaa■■■a■■aa■a!!」

 正体不明の黒い何かは絶叫した。

「おい!なに立ち止まってんだ!行くぞ!」

 顔らしき部位を両手で押さえ、ゴロゴロと地面を転がる正体不明の黒い何かを呆然と眺めていた清香に水樹は叫び、二人はその場を離れた。



「………で、お前はなにやってんだ」

「君こそこんな時間に何やってるの」

 住宅街を駆け巡り、江戸時代頃に使われていたという高瀬舟の陰に身を隠した二人はとりあえず話し合う。

「別になんだっていいだろ」

「よくないよ。私も巻き込まれちゃってるし」

「………お前には関係無い事だ」

「関係あるよ。だってこれは(、、、、、、)私の夢だし(、、、、、)

 水樹は唖然とした顔で清香を眺め、

「………そうかよ」

 一言だけ呟いた。

 そして煙草でも吸うかのように空を仰ぎ、語り出す。

「そんなに知りたきゃ教えてやる。この霧上町きりがみちょうは盆地で霧が出やすい地形だ。それとは別に妖気………よくないヤツらが集まりやすい土地にもなっている。濃い霧が出た夜には異形のヤツら………『鬼』が出てきやがる」

「鬼………赤い肌に虎のパンツの?」

「そんな可愛らしい連中じゃない。子供が粘土で作ったって説明がしっくりくるようなヤツらだ。それでだ、たまにヤバい鬼共もここに来やがる」

「さらにヤバい鬼………?」

 と、清香が尋ねると同時に、

「Aa■aaa■■aaa■a■■■!!」

 駐車場に、先程の黒い何かが落ちてきた。それを見ながら水樹は、

「『吸血鬼ヴァンパイア』だ」

 苦々しく答えた。

「お前はここに隠れてろ」

「君はどうするつもりなの」

「戦う」

「やめなって!逃げた方がいいよ!」

「うるせぇ!」

 水樹はピシャリと言い放つ。そのいつもと違う態度と鬼気迫る表情に清香はビクリとする。

「アレは吸血鬼じゃねぇ。血を吸われた人間の絞りカスだ。それでも普通の人間じゃ二秒で食われる。お前もあんな化物になりたくないだろ」

 水樹は船の陰から身を出す。

「そ、それは………」

「だから僕がやるんだよ」

 その言葉と共に、水樹は自らの指先を思いっきり咬む。歯は爪を貫通し、真っ赤な血が垂れている。

「な、な、な」

 その光景に清香は言葉を失う。

「なにやってんの!?君は自分の体の事を分かってるの!?」

「あ?」

「君は………君は!白血病なんだよ!?」

 白血病。それは遺伝子変異の結果、病的な血液細胞が骨髄にて無秩序に製造される疾患であり、感染症、貧血、易出血症状などが引き起こされる厄介な病気である。

「うるさいな………自分の体の事ぐらい分かってる」

「分かってないよ!君は白血病で内出血なんて起こしたら命に関わるんだよ!?だから体育の授業もいつも休んで学校でも安静にしていて………!」

「だーかーら、うるさいっての」

 水樹は血の滴る右手を横に振る。

「自分の体の事ぐらい、分かってるっての」

 右手の出血は既に止まっており、血液は固まり、鉤爪のようになっていた。

「え………なんで………なに………それ………」

 清香は目の前の光景が受け入れられず、呆然とする。

「Kuaa■aa■■■aaaa■■aaa!!」

 そんな事はお構いなしに飛び掛かってくる人間の絞りカスを手刀にした右手で迎え撃つ。

「僕は、半吸血鬼ダンピールだ」

 半吸血鬼。それは、人間以上吸血鬼以下のどっち付かずな存在バケモノであり、大抵の者は半吸血鬼に変えられた恨みで吸血鬼ハンターになる事が多い。

「だから、多少の無茶はできる!」

 人間の絞りカスの攻撃をいなし、その腹部にローリングソバットを叩き込む。

「Gua■aaaaa■■■■aaaa………!!」

 腹部を押さえ苦しむ人間の絞りカス。この攻撃で頭に来たのか、

「Uu………uA■aaaa■aa■■aaa!!」

 両腕を大きく開き、抱き締めるが如く水樹に突進する。

「がら空きなんだよ!!」

 水樹はその喉元に手刀を叩き込む。サクッと小気味よい音が鳴り、人間の絞りカスの頭部は宙を舞った。頭を無くした胴体は、両腕を水平に上げギクシャクと歩きだす。

 水樹は丁寧に心臓を貫き、四肢を付け根から切り取る。

「後はほっとけば塵になる。さて、絞りカスがここにいるってことは少なくとも吸血鬼が一体」

 刹那、水樹の身体が貫かれた。

「つまらぬ事をするなぁ。人間の少年よ」

 シルクハットに片眼鏡、黒を基調としたスーツに身を包んだ英国風の老人が口を開く。

「だ………っれだ………テメェ………!」

「私はしがない吸血鬼だよ。あの元人間を放置しておいたらどれだけの被害が出るか、楽しみにしていたのになぁ」

「知る………かよ………クソ吸血鬼が………!」

「言葉に気を付けたまえ。特に楽しみが少なくなった老人の娯楽を奪った後はね」

 その言葉と共に水樹を投げ捨てる。水樹は数回跳ね、清香の前まで転がった。

「ヒッ………」

 息を飲む清香に老人が気づく。

「おや、そこのお嬢さん(レディ)私が呼んだ(、、、、、)娘じゃないか(、、、、、、)

 その言葉で、清香の脳裏に下校途中の風景がフラッシュバックした。



 ───数時間前、下校中。


 既に星が輝きだした空の下、清香は自転車を急がせる。いつもよりも遅い時間なので親は心配しているだろう。

 と───

「………?誰だろ………」

 電灯の下で、こちらを真っ直ぐ見つめる人影が。

 清香は無言でペダルを回す。

「そこのお嬢さん(レディ)

 突然その人物は口を開いた。

「………私、でしょうか」

 清香はブレーキをかけ、律儀に停止する。

「そう、君だ。美しいお嬢さん(レディ)

「………は、はぁ………。何か、ご用でしょうか」

 少し警戒しながら、清香は問う。

「うむ、いや、あまりにも美しいお嬢さん(レディ)だったのでね。その美しい顔をもっとよく見せてくれないか」

 人影はゆっくり近付いてくる。

 ───関わっちゃダメな人だ。

 清香はそう判断し、ペダルを回そうとする。が、

「止まりなさい」

 低く、ドスが効いた声で言われると、清香の身体は石のように動かなくなった。

 ───!?なんで!?

 清香は全力で脚を動かそうとする。が、その努力は無駄に終わった。

「あぁ………やはり美しい………」

 人影の指が、清香の頬をねっとりと撫でる。

「いいかねお嬢さん(レディ)。今晩、ここに一人で来るように。いいね」

 眼を真っ直ぐ見つめられる。その眼は、まるで何かを吸い込むように紅く、黒く、深く───。

 そこで清香の意識は途絶えた。



「………思い………出した………」

「忘れていてくれて構わなかったのにねぇ。お嬢さん(レディ)、君が早く来てくれなかったから一人食べちゃったよ」

 清香は一瞬言葉を失い、

「………ど、どうして私を呼んだの」

「んん~?そんなの当たり前だろう?」

 老人は首を傾げながら、

「食事は美味で見た目も美しい方がいいだろう?」

 さも当然のように言った。

「耳………貸すんじゃねぇ………」

「久城君!」

 水樹は風穴が開いた胸部を押さえながら立ち上がる。

「ふぅむ。まだ立てるか。いやはや、若さとは良いものだねぇ。それとも………」

 老人は手に付いた血をベロリと舐める。

「君のご主人様(、、、、)の血が良いのかな?」

「ざっ………けんな………!」

「この味、君は白血病を患ってるようだねぇ?ご主人様に感謝しなさい、少年。この血のお陰で君はこうして生きてるんだから」

「バケモノなんざに………誰が………礼を………!」

「吸血鬼を一方的に悪と決めつけるのは良くないねぇ。もしかしたら、頼まれて血を吸ってる同族もいるかもなのに」

「うっせぇ!バケモノはバケモノだ!がっ………」

 限界が近いのか、胸を押さえ踞る。

「久城君………!」

 清香は水樹の隣にひざまずく。

「わりぃ………治水………。頼みが………ある………」

 小声で水樹は言う。

「なに?私に出来ることならなんでも」

「じゃあ………先に言わしてくれ………許せ」

 その言葉と共に、水樹は清香に飛び掛かり、馬乗りになる。

「え、ちょっ!」

 慌てる清香の両腕を掴み、その白い首筋に噛み付いた。

「あっ、やっ!」

 ビクンと清香の身体が跳ねる。そんな事を気にせず水樹は清香の首から吸血する。

「や、やぁぁ………っ」

 清香の口から甘い声が溢れる。どうやら痛みはなく、快楽だけがあるようだ。

「………っぷはっ。助かった」

 水樹は首から犬歯を抜き、ペロリと唇を舐める。顔を赤らめながらぐったりとしている清香の腕を解放し、ゆっくりと立ち上がる。

「な………何の意味があるのこれぇ………」

「僕は人間だ。だけど、半分はバケモノだ。人間は人間の飯を食えば良いが、バケモノにはバケモノのエサを喰わせないといけない」

 水樹は自らの胸を撫でる。既にそこに風穴は無く、傷跡すらなかった。

「要約すると………?」

「バケモノにはバケモノぶつけんだよ!」

 水樹は右肘から指先まで一気に傷付け、腕の皮を剥ぐ。赤い筋肉が露出し、血がじわじわと流れ出す。

 左手は先程のように爪を貫通させ、血を滴らせる。

 両腕を同時に思いっきり振る。左手は鉤爪のように、右腕は太刀のように凝固した。

「さてじいさん。命乞いなら今のうちだぜ?」

「若者は血気盛んだねぇ」

 二人の視線がぶつかる。瞬間、既に勝負は始まっていた。

 水樹の太刀と老人の拳がぶつかり、ギリギリと音を立てながら火花を散らす。

「知ってるかな、少年」

「何をだよ」

「吸血鬼には、変身能力があるのだよ」

「らしいな」

 事実、老人の拳は鉄のようなモノに変化していた。

「君の血液凝固能力はこれの下位互換のようなものだ」

「だからどうした」

「吸血鬼は、こういったこともできるという話さ!」

 老人は後ろに飛び退き、左腕を振るう。腕は無数の蝙蝠に変化し、水樹に襲いかかる。

「おりゃあぁぁぁ!!」

 水樹は出鱈目に鉤爪を振り回し、蝙蝠を切り刻む。

「ふむ、なかなかやってくれるね」

 老人は蝙蝠を腕に戻し、静かな目で水樹を見る。

「自慢のスーツが台無しだ」

「気にすることはないさ。もうじきあんたは僕に殺されるんだからなぁ!」

「さて、それはどうだか」

 再び、二人の視線がぶつかる。今度は二人ともゆっくりと構え、激突する準備をする。

「さぁて」

「よし、では」

 二人の脚に力が入る。

「「行くぞォ!!」」

 一瞬のうちに、二人の立ち位置は逆転していた。

 二人とも、彫刻のように微動だしない。

「………名前を聞こうか、少年」

「………久城水樹だ」

「水樹君。なかなかのセンスだ」

「バケモノに誉められても嬉しくないが、今は喜んでおこう」

「ふっ………しっかり護ってやれよ」

「アンタに言われるまでもねーよ」

 水樹は左手に握っていた心臓を潰す。老人はボロ布のように倒れ、ピクリともしなくなった。

「………ったく、手こずらせやがって………」

 水樹は忌々しそうに呟き、両腕の得物を打ち鳴らす。血で作られた得物はサラサラと赤い灰になって散り、傷付けた腕は完治していた。

「明日は貧血だな………」

 水樹は親指の皮膚を咬み切り、老人の遺体に血で十字架を描いていく。そして、

「───汝、罪を背負いし者よ、どうか汝の魂に救いがあらんことを───」

 跪き、両手を握りしめ、祈りを捧げた。

「………それ意味あるの?」

「いや、ただの気休めだ」

 少なくとも、僕の罪悪感は薄れる。ボソリと水樹は言う。

「さて、お前もそろそろ………」

 水樹は清香の耳元にスッと顔を近付け、


「起きろよ」


 その瞬間、清香は飛び起きた。心臓の鼓動は早鐘のようにバクバクと鳴り、額には汗がうっすら浮かんでいる。

 そこは清香の部屋で、清香の布団であった。ピッチリ閉じられたカーテンは、射し込んでくる日射しでうっすら透けていた。



「おはよ~清香。今日は珍しく遅いわね」

「おはよ、アヤ。今日は珍しく早いんだね」

「昨日は珍しく爆睡できたので」

「いつもちゃんと寝ようよ」

「いつもちゃんと寝れればいいんだけどね」

 アヤといつもの挨拶を交わす。昨日のあれは本当に夢だったのだろうかと清香は考え、窓際の水樹を見る。

 水樹は既に机に伏して眠りについていた。



「ごめん清香!また先生に呼び出された!」

 勢いよく元気よく、アヤは教室から飛び出して行った。時間は既に放課後であり、教室には清香と水樹以外誰もいない。

「………」

 清香は未だ眠っている水樹の前の席に座る。暫く眺めた後、人差し指で水樹のつむじ辺りを十字架を描くように撫でる。

「えっと、確か………『汝、罪を背負いし者よ、どうか汝の魂に救いがあらんことを』───」

「それ微妙に恥ずかしいから止めろよ」

 怪訝な顔をしながら、水樹はむくりと身を起こす。

「やっぱり夢じゃなかったんだね」

「………巻き込んで悪かったな」

「仕方無いよ。あのお爺さんに目を付けられた私にも原因があるんだし」

「………それもだけど………」

 水樹は口ごもり、顔を少し背ける。

「言ってよ」

「………いや、その………お前の血、かなり僕と相性良いみたいだから今後も吸わせて欲しい」

「………え?」

 何を言ってるのか分からない、そう言いたげな顔で清香は水樹を見る。

「だから、今後もお前の血を」

「いやいやいやいやいや、待って!?君が吸血鬼だってことは」

半吸血鬼ダンピール

「………半吸血鬼ダンピールだって事は知ってるし秘密にするけどなんで!?」

「血を飲まないと禁断症状が出るんだよ。ニワトリとかの血でもいいけど三日も保たない。人間の、特にお前の血なら少なくとも一週間は保つ」

「だからって!!ニワトリでいいでしょ!!」

「案外馬鹿にならないんだよニワトリ代!毎朝毎朝鳴き声五月蝿いし!近所迷惑だし!懐いてきて殺しにくいし!」

 水樹は席から立ち上がり、力説する。

「だからさ!頼むよ!一週間に一度でいいから!」

「嫌だよ!毎回あんな………変な気分になるの!」

「唾液が麻酔代わりになって痛覚を快感に変えてんだよ!しょうがないだろ!」

「………じゃあ、1つ条件」

「………なんだよ」

 清香は手を後ろで組み、水樹に顔を近付け、

「私の事、名前で呼んで?」

「………は?」

「私、委員長じゃないから。名前で呼んでくれるなら協力するよ?」

「な………はぁ………!?」

 水樹はすっとんきょうな声を出し暫く黙った後、困惑した顔で

「お、治水………」

「それは苗字。ちゃんと清香って呼んで」

「なっ………!」

 水樹は顔を赤面させ、しどろもどろした後、

「さ、清香………さん………」

 ポツリと呟いた。

「うん、水樹くん」

 清香はそれに、満面の笑みで返した。






































































































 やや薄暗くなってきた茜色の空の下、徒歩通学の水樹に合わせて清香も自転車を押しながら下校している。

「家、同じ方向なんだね」

「途中までだけどな。さ、清香………さん………」

「あ、もう別に苗字で呼んでもいいよ?」

「え、でも交換条件………」

「あんな真っ赤な顔の君が見れたからいいよ」

「………呪われてしまえ」

 たわいのない話をしながら角を曲がる。すると、

「お兄ちゃーん!」

 笑顔で大きく手を振りながら、こちらに駆け寄ってくる小学生と思わしき背丈の白髪の少女が一人。

「よぉ水華すいか。今日は遅いな」

「そう言うお兄ちゃんは今日は早いね」

 水華と呼ばれた少女は、水樹の隣に清香がいることに気付き、水樹の体の影に隠れる。

「………この人だぁれ?」

「同級生」

「こんばんはー」

「………彼女なの?」

「ふふふー、どうでしょ?」

「違うだろ、治水」

 じゃあ僕、家ここだからと水樹は水華と共に一軒家に入っていく。

「ばいばーい」

 清香は二人に手を降る。水樹は振り向かずに手だけを振り返し、水華はじっと清香を眺めていた。

 さて、私も帰るかと自転車に乗った瞬間、

「また会おう。小娘」

 小さな少女の声で、そう聞こえた気がした。



 カーテンが全て閉じられた暗いダイニングに、少女と少年が立っている。

「まさかお前が人間の血を飲むことにするとはな。やはり私の血はお前を完全な吸血鬼に変えようと必死になっているようだな」

 白髪の少女はぶつくさと独り言を言い、

「そこに座れ」

 紅い目を光らせ、少年に命令する。少年は感情を無くしたかのように虚ろな目で、静かに座る。

 少女は少年の学生服の首元のボタンを外し、白い首筋を露出させる。

「では、私の血を少し吸い出してやろう」

 少女はそう言い、少年の首筋に噛み付く。少年は呻き声一つあげず、ただ黙って血を吸われ続ける。

 ぷはっと少女は口を離す。噛み付かれていた傷口は、もう既に治りかけている。

「───いつか私を、殺せるといいな」

 少女は少年の頭を抱き締め、ポツリと呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ