バロックロック
全てを斬り払う。
それが、私に課せられた罰。
厳密に言えば、私の罪じゃない。
それでも、私の罪。
私だけに、背負える罪───。
♂♀
何かが潜んでいると思われる布団の横で、目覚まし時計がけたたましく鳴っている。短針は八、長針は十二を指していた。
突然、布団から腕が、まるで獲物を狙うカメレオンの舌の如く伸び、目覚まし時計のアラームを止め、布団の中に引きずり込んだ。
………十数秒後。
「みぎゃあぁぁぁああ!!!!!」
絞め殺されているミーヤキャットの断末魔のような叫び声と共に、一人の少女が布団から飛び出た。ドラッグレースさながらな勢いのまま、襖を開け、廊下を駆け抜ける。
「なんで起こしてくれなかったのよぉ~!」
食卓に至るまでに学校指定のブレザーに着替え、三面六臂かと錯覚させる速度で朝食を頬張り、胃袋に納めていく。
そして、
「ごちそうさま!いってきます!」
鞄を手に取り、玄関から出ていった。
鳥居をくぐり、わりと長い階段を駆け下りる。そしてもう一度鳥居をくぐり、駐車場に停めてある自転車に飛び乗り、
「遅刻だぁ~!」
ツール・ド・フランスのゴール前スプリントの如きスピードで学校へと急いだ。
♂♀
「うおぉ………」
満身創痍という言葉の手本のような疲れ具合で少女は自分の席に付く。
「おはよ、アヤ。今日もわりとギリギリだね」
「おはよ~清香。学校の立地が悪いのよ。なんで山削ってまで学校建てようと思ったのか………」
「そんな立地が悪い学校を選んだのはアヤでしょ?」
「う」
「自業自得だね」
「うるさい」
アヤは机に突っ伏しながらぼやく。
「だいたい地形も悪いのよ………盆地だから夏は蒸し暑くて冬は凍えるほど寒いし………」
「しかたないよ。そういう地形なんだから」
「なんでそう菩薩みたいに全てを受け入れれるのよ………」
「菩薩ですから」
「ホント?」
「嘘だよ。あ、先生来たよ」
「ん………私眠るからあとよろしく………」
「せめてホームルームは起きとこうよ」
♂♀
───四時間後、昼休憩
「お帰り、アヤ」
「ただいま~清香」
菓子パンと牛乳瓶を抱えてアヤが教室に戻ってきた。
「呼び出しお疲れ様」
「ホント疲れたよ………うるさいのよ『如月ィーーー!!』って。授業の殆どを寝て過ごしてただけなのに」
「充分怒られる理由になってるよ」
弁当をもぐもぐと食べながら清香は言う。
「そっかなぁ………」
椅子に座り、菓子パンの袋を開けながらアヤはぼやく。
「そういえばさ」
「何?」
唐突にアヤは話を切り出す。
「なんか最近、変わったこととかなかった?」
「えっ………なんで?」
「いやその首の絆創膏」
アヤが指差した先、即ち清香の左首筋には、確かに絆創膏が縦に貼ってあった。
「普通そんなところ怪我しないじゃん」
「あ、えっと、これは、その………」
狼狽する清香。もしかして、とアヤは口を開く。
「キスマークってヤツか!」
「ふぇえっ!?」
「いやー清香にもついに男が出来ちゃったかーそりゃ隠すよね。清香人気あるし」
「ちちちちち違うよ!!そんなんじゃない………あ、ごめん、私行かなきゃ!」
「男のとこ~?」
「だから違うってー!」
顔を赤らめながら清香は教室を出ていった。
一人残されたアヤは、牛乳を煽りながら渋い顔をしている。
「………やっぱ、ちょっと匂いがしたな………」
♂♀
───数時間後、放課後。
アヤと清香は共に自転車を押しながら下校している。
「やっぱりさー、ホントは男関連なんでしょ?」
「だから違うって!この傷はちょっと引っ掻いちゃっただけなんだってば!」
「ふ~~~ん………」
「絶対信じてないでしょその顔!………あ、こんにちは」
「こんちは~」
教会前を掃除していた神父に挨拶する。
「こんにちは」
黒服の神父はにこやかに挨拶を返し、掃除へと戻った。
「………ま、冗談はさておき、ホントに何か困ったらいつでも相談してよね。これでも一応巫女ですし」
「心霊的な困り事でも大丈夫?」
「物理的に解決可能な困り事でお願いしまーす」
「あはは………了解。それじゃあまた明日ね」
「うん。ばいばーい」
二人は自転車に乗り、自分の家へと帰っていった。
♂♀
───十数分後、如月神社駐車場
いつも通りの場所に自転車を停め、朝もくぐった鳥居をまたくぐり、わりと長い階段をゆっくりと上る。そしてようやく上の鳥居にたどり着き、またくぐると、
「あらーもう可愛いわねぇこの子は。うちの子にならない?」
「あらやだ、この子は私の家に来るんですよ?」
「煎餅食うかい?」
「あ、あの、ちょっと!」
奥様方の雑談が聞こえてきた。
「………またか」
やれやれ、と言いたげな顔でアヤは奥様方に近付き、
「あーすいません。コイツはウチの所有物なので~」
奥様方に取り囲まれていたそれをひょいっと抱き寄せる。
それは白い髪の少年だった。顔つきは幼く、少女と言われても納得するものだった。
「あ~らアヤちゃん、お帰りなさい」
「はい、ただいま」
「煎餅食うかい?」
「まだ家にあるので大丈夫です」
「こぎつねちゃんうちにくれないかしら?」
「何度も言ってますが、コレはウチのなので不可能です。私が死んでから検討してください」
「それじゃあ無理ね~」
「アヤちゃんが死ぬ前に私達が寿命で逝っちゃうだろうしね~」
「煎餅食うかい?」
あっはっはっはっはと皆が笑う。
「あ、そうだ。今日畑で採れた野菜、持ってきたから食べてね」
「ウチも葡萄とトマト持ってきたから」
「煎餅食うかい?」
「いつもありがとうございます」
申し訳なさそうな顔で、アヤはペコリとお辞儀をする。
「いいのよいいのよ~一人暮らしは大変だろうしね」
「その代わりにこぎつねちゃんを撫でれたら私達はいいのよ~」
「煎餅食うかい?」
「それじゃ、私は用事あるから」
「あ、私も買い物行かなきゃ」
「それじゃあ、またね」
「はい、さようなら」
降りていく奥様方を、アヤとこぎつねは見送った。
「そういえば、お煎餅貰った!」
「結局貰ったのかよ」
♂♀
───午前二時。
アヤの布団の横で丸くなっていたこぎつねが、むくりと起き上がる。
「アヤ、起きてアヤ」
ゆさゆさと、布団の塊を揺らす。
アヤは起きない。
「アヤ!起きて!アヤ!」
げしげしと、蹴りを交えて揺らす。
アヤは起きない。
「………遅刻するよ」
「みぎゃあぁぁぁああ!!!!!」
絞め殺されるミーアキャットの断末魔のような声をあげながらアヤは起きた。そして部屋が真っ暗で、遅刻どころか朝ですらないことを確認し、ほっと胸を撫で下ろし、
「いふぁい」
こぎつねの頬をむいっと引っ張った。
「 出たよ。商店街付近に二匹、教会付近に三匹、近くの橋に一匹」
「なんでこう毎日出るのよ………こっちは眠りたいのに………」
「それだけ人間は負の感情が多いんだよ。仕方無いよ」
「納得いかない………」
「ボクを斬り殺してなければこんなことにはならなかったんだ。仕方無いよ」
「呪ってやる………」
ぶつくさ言いながらも、アヤは寝巻きから学校指定のブレザーに着替える。
その様子を見ながら、不思議そうにこぎつねは問う。
「ねぇ、前から気になってたけどさ、なんでいっつも制服に着替えるの?」
「んー?そりゃ決まってるでしょ」
アヤはくるっと回り、
「制服は、女の子の戦闘服なのよ」
♂♀
「しっかし相変わらず濃い霧ね」
「地形が地形だし、仕方無いよ」
階段上の鳥居の前で、二人は雑談する。
「じゃ、行きますか」
アヤがそう言うと、こぎつねは無言で手を差し出す。アヤはその手をぎゅっと握り、ずんずんと歩き出す。
五里霧中が実現したような、一寸先すら見通せない濃霧が二人を包む。視界全てが真っ白な状態で、ゆっくりと、ゆっくりと階段を下る。
ようやく駐車場に辿り着く。
「えーっと確か………まずは橋ね」
誰もいない道路を二人は歩く。Y字路を右に進み、川沿いに進んでいく。
「相手さんまでどのくらい?」
「あと三百………いや、二百五十………」
突然立ち止まるこぎつね。
「どうしたのよ」
「ちょっと待って………まずい。向こうからどんどん近づいてきてる!」
「距離は!」
「あと百!」
きょろきょろと周りを見回すアヤ。しかし霧で見通せない。
「方角は!」
「今調べてる!………五十………三十………!」
突然、こぎつねはアヤの腹部にタックルをぶちかまし、
「川だっ!!」
アヤと共に、路上をゴロゴロ転がった。
刹那、
「■■■■■■■■■!!!!!」
人間の耳では聞き取れない声をあげながら、それはアヤ達が数秒前まで立っていた道路を拳で粉砕した。
二メートルを越える巨大な岩を思わせる赤褐色の肉体、睨み付けたモノを恐怖で縮み上がらせるギョロっとした眼、そして額から逞しく生えている一本の角。それは鬼だった。否、鬼としか形容できないモノだった。
「出たわね………結構大物ね」
「アレは殺意の塊だね。誰が誰を怨んだのやら」
「誰に殺意を抱こうが、とりあえず破壊行動は控え目にしてほしいわね」
誰が直すと思ってんのとぶつくさ言いながら、アヤは立ち上がる。
「いくわよ!こぎつね!」
「うん!」
「百木こぎつねの名に縛られし者よ。我、如月アヤの名の下に告ぐ。汝の真なる名と共に、汝の真なる姿を現せ!『白鬼・小狐丸』!!」
アヤがこぎつねの真名を叫んだ瞬間、こぎつねの姿は消え、代わりに一振りの白く美しい刀がアヤの手に握られていた。
『準備はいいか!』
刀───小狐丸は叫ぶ。
「おう!」
アヤは鬼に向かって跳んだ。
鬼は右腕を大きく振り上げ、飛び込んでくるアヤを潰そうとする。
右腕が降り下ろされる。
衝撃音と共に、アスファルトが粉々に砕かれる。
「どこ見てんのよ!」
鬼の背後からアヤの威勢のいい声が聞こえる。鬼がゆっくりと振り向くと、そこにアヤはいた。
鬼は両腕を大きく振り、アヤの方へと突進する。
「あら、それはもう使えないわよ!」
アヤが叫ぶと同時に、鬼の右腕が飛んでいった。綺麗に斬られた断面からどす黒いどろっとした液体が吹き出している。
「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!」
鬼は叫ぶ。衝撃で、隣の市民体育館の窓ガラスが割れた。
「うるっさいのよ!!いい加減───」
アヤは跳躍し、
「くたばれ!!」
鬼の脳天へと小狐丸を振り下ろした。
「■■■■■………!!」
鬼は呻き、膿が潰れるが如く霧散した。ドロドロとした液体は周りに飛び散ったが、霧となって消えた。飛んでいった右腕も既に消えている。
「一丁上がり!」
『慢心している暇はない。次は商店街だ』
「………わーってるわよ、うっさいなぁ………」
『早く行け!』
「わーってるわよ!」
アヤは、小狐丸を握ったまま駆け出した。
♂♀
───数分後、商店街。
「あんたのお陰で強化されてるとはいえ、周りがさっぱり見えない中を走るのはやっぱりキツいわ………」
『ごたごた言うな。見つかるぞ』
「わかってるっての………」
全てのシャッターが閉まっている商店街はアーケードがあるお陰が、少しだけ霧が薄くなっている。
「で、距離は?」
『………お前がやってみろ』
「は?何言ってんの?」
『そろそろお前でもできるだろ。五感を研ぎ澄ませろ。そうすりゃ見えてくる』
「………わかった」
アヤは両手で小狐丸を握り、目を開き、耳を澄ます。
「………」
アヤは目を見開く。
「……………」
アヤは目を見開いている。
「………………………だぁーーー!!ぜんっぜん分かんない!!」
『………お前、目しか使ってないだろ』
「しょうがないでしょ!五感なんざ研ぎ澄ませることないんだから!」
『………目を閉じろ。俺に感覚を乗せろ。それで感覚を掴め』
「………感覚を乗せるってどーするのよ」
『イメージしろ。お前はラジオで、オレはアンテナだ』
「………」
言われた通り、アヤは目を瞑り、小狐丸に感覚を乗せる。
「………見えた」
『距離は?』
「二百。十二時の方角」
『御名答。できるじゃねぇか』
「匂いでギリギリ分かった」
『………まぁ、毎日鬼共の匂いを嗅いでりゃ少しは覚えるか。………いけるか』
「当たり前田の」
『クラッカー。早くやれ』
「わかってるわよ」
アヤは足音が立たないように、ゆっくりと歩く。
………百五十………百四十五………百四十………。アヤは頭の中で距離を計り続ける。
百………九十………八十………七十………。相手との距離が近づいていく。
五十………四十………三十………。ぎゅっと小狐丸を握り直す。
十………九………八………。鬼の姿が見えてきた。背丈は人間とほぼ同じくらい、角は二本生えているのが確認できた。
五………四………三………二………!
「獲ったァ!!」
『待てアヤ!』
小狐丸は振り下ろされ、目の前の鬼は文字通り二つになった。
「………ねぇ、小狐丸」
『なんだ。アヤ』
「商店街には二匹って、あんた言ったわよね」
『ああ、言ったな』
「………今、二匹になったわよ」
『ああ、二匹になった』
アヤ達の目の前で、斬られた鬼はそのままプラナリアのように二匹に再生した。
『ありゃ偽物だ。やられたな』
「なんで言わないのよーーー!!」
『言う前にお前が突っ込んだんだろ!!来るぞ!!』
二匹の鬼は、二匹とも両腕を振り上げ、鋭い爪の生えた手を振り下ろす。
アヤは小狐丸でそれをいなし、二匹を横に斬り払う。
腹から真っ二つになった二匹は、やはり再生し四匹に増えた。
「どーすんのよこれ、埒が明かないじゃない!」
『偽物は斬り殺せば増えるようだ。本物を狙え!』
「じゃあ本物はどこにいんのよ!」
『偽物に通信妨害のようなものをされている!オレじゃ分からん!』
「じゃあ、」
『お前がやるしかない!』
「………分かったわよ!!」
アヤは、半ばキレ気味で答える。
───目に頼らず、耳に頼らず、匂いで見分ける。
目の前の鬼共を斬りながら集中する。
───?こいつら、同じ匂いがする!
ならば、と、アヤはまた集中する。
───!
「見つけた!」
『どこだ!?』
「隣のッ!アパートのッ!」
アヤは鬼共を蹴散らし、
「屋上ッ!!」
一階のベランダの手すりに足をかけ、一気に跳躍し、軽々と屋上へ辿り着いた。
そこには、下の鬼共と同じ背格好の真っ黒な鬼が立っていた。
「今度こそ本物!?」
『これだけ近けりゃ分かる!間違いねぇ!!』
「もらったァァァ!!」
小狐丸を斜に振り下ろす。
「■■■■■………!!」
鬼はロクに防御もせず、ただ斬られ、そして金切り声をあげながら霧散した。
「こいつはなんだったのかしら………」
『多分、人手が沢山欲しいヤツだったんだろ』
「迷惑すぎるわ。さて、後は………」
『待て、アヤ』
「なによ」
『終わったらしい』
「ホント!?」
『ああ。もうすぐ霧も薄くなる』
「………『同業者』、かしらね?」
『だろうな』
「………私が毎回出る必要やっぱ無いんじゃ………」
『それで『同業者』共も出てこずに、町や人が傷付いて悲しむのはお前だろ』
「う」
『………じゃ、いつものやるぞ』
「う………」
『町、直さねーといけねぇだろ』
「ぐぅぅ………」
唸りながら、アヤは屋上から飛び降り、地面に小狐丸を突き刺す。
「町を守護りし鬼神よ、汝の力にて、町の傷を癒したまえ!」
アヤが叫ぶと、小狐丸が白く光った。光が収まると小狐丸は言う。
『終わったぞ』
「うん。じゃあ帰ろう!」
『待て』
とっとと帰ろうとするアヤを、小狐丸は止める。
『まだ、血を貰ってないぞ?』
「いーじゃないいーじゃない!たまには吸わなくても大丈夫でしょ!?」
小学生のように駄々をこねるアヤに対し、
『いいや、そうはいかんっと』
小狐丸は軽く爆発した。とはいえ、爆発四散はしなかった。
霧の中で煙が立ち込める。煙が消えると、そこには和服姿のすらっとした格好の狐耳が生えた青年が立っていた。
「では、血を貰うぞ」
白髪の青年───小狐丸はアヤを抱き寄せる。
アヤはぎゅっと目を瞑り、顔を赤面させ震えている。
小狐丸は、にやっと静かに笑い、アヤにそっと口付けをした。
「~~~~~!!」
アヤは声にならない声をあげながら、口の中を舌で蹂躙され身悶える。
三十秒近くその接吻は続いた。
「~~~ぷはっ!」
ようやく唇と舌から解放されたアヤは、妖艶な息遣いととろんとした目で目の前の小狐丸を眺める。
小狐丸はアヤの首筋に歯で傷をつける。そこからじわじわと溢れ出てくる血を少し眺め、首筋に噛みついた。
「あっ………」
喘ぎ声をあげるアヤ。振りほどこうとするが、快楽で力が入らないのか、或いは固く抱き締められているからか、必死に小狐丸の胸を押すという足掻きは無駄に終わった。
血をある程度吸うと、小狐丸は首筋から口を離し、そこにある傷口を舌で舐める。すると傷口は、少々の煙を出して完全に治癒された。
「───うん。力が戻った。相も変わらず旨い血だ」
すました顔で告げる小狐丸に、アヤは軽く痙攣しながら文句を言う。
「毎回毎回………血を吸われるこっちの身にもなってよ………」
「仕方ないだろ。何度も言うが他人の身体能力を向上させるのは結構力を使うものであるし、町が壊れたら直さないといけない。さらに力を回復するには契約者の体液を貰うしか方法がない」
「じゃあ………せめてキスしてくるのはやめて………」
「これも何度も言ったことだが血を吸うときの麻酔にもなっているのだアレは。あと快感も与えるし、悪い事ではないだろ?」
「もう………アンタ………ほんと………ふざけ………」
プツンと糸が切れたように崩れるアヤ。小狐丸はそれを受け止める。
「………全く。今日もオレが担いで帰らねばならんとはな」
ぶつくさ文句を言いながら、小狐丸はアヤを横抱きし、神社へと帰っていった。
♂♀
───数分後、如月神社。
制服を脱がし、寝巻きに着替えさせたアヤを布団に寝かせた後、小狐丸はまた軽く爆発した。少し煙が漂ったあと、そこには百木こぎつねが立っていた。
「………さて、少し休んでから仕事しますか」
そう呟き、こぎつねは台所へ向かう。そして米びつから二合米を取り、米を研ぎ、炊飯ジャーにセットし炊き込みを開始させ、椅子に座り眠りについた。
約一時間後、米が炊けたことを知らせる炊飯ジャーの合図でこぎつねは目を覚ました。
時計を見ると、既に六時を回っている。
「さて」
軽く呟くき、味噌汁と焼き鮭を作る。味噌汁は葱と油揚げと豆腐が入れてあり、少し味を濃い目に作られている。焼き鮭にも塩が振られており、米を食べるのに丁度合うように作られている。
二品完成させ、こぎつねはアヤが寝ている寝室へ向かう。
「アヤー起きてー朝だよー」
ゆさゆさと布団の塊を揺らす。
アヤは起きない。
仕事は果たした、とでも云いたげな表情でこぎつねは台所へ戻る。
時計はもうすぐ七時を指そうとしている。
こぎつねは四角い形のフライパンを火にかけ、卵を二つ割り、銀のボウルでかき混ぜる。混ぜながら塩コショウを振り、味付けをする。フライパンから白い煙が上がるのを確認すると、フライパンに油を敷き、卵を半分だけ流し込む。フライパン全体に卵を行き渡らせ、少し固まってきたら箸でくるくると巻き、一方に固まらせる。そして空いたスペースに残った卵を全て流し込み、先程と同じように一つの塊にしていく。
こうして卵焼きも完成させると、全ての食品を皿に移し、食卓へと運ぶ。もう一度台所へ戻り、今度は炊飯ジャーからお櫃へ米を移し、また食卓へ運んだ。
時計は七時少し過ぎをさしている。
こぎつねは茶碗に白米を注ぎ、一人で朝食を食べる。もぐもぐと、淡々に食事を済ませ、使用した食器を台所に持っていき洗った。
そして冷蔵庫を開け、昨日の夕食のあまりのレバニラ悼めとほうれん草のお浸しを取り出し、食卓へ運ぶ。
やりきったとでも言いたげに一回伸びをし、玄関から外に出た。外に置いてある箒を手に取り、庭掃除を始める。………が、あまり庭は散らかっていなかった。
「よし、終わった」
こぎつねは家に入り、台所から緑茶と和菓子を持って再び外に出る。そして屋根に跳躍し、ひそかなお楽しみのお茶の時間を過ごした。
神社の屋根の上から町を眺める。かつて自らが護っていた町は、静かで少し寂れてきたが、それでも平穏を保っている。
「………今日も、平和な一日であるように」
こぎつねは静かに呟く。屋根の下から、アヤが絶叫する声が聞こえてきた。