クイーン・オブ・スポーツ 第6幕
第6幕
翌日の火曜日、昼休み、園子と給食を食べていて、プリンセスからガールズに戻る話をしていた。すると山城のバカが近づいてきて、早速降格か、などと嫌味を言ってくる。事情を話すのも億劫なので、適当に流していたが、山城よりはサッカーの上手い吉岡が、
「高校生に混じってプレーするのは大変なんだ。お前も進学校の高校生ほどは勉強できないだろ?」
とかばう。吉岡は最近ベラトリックスに理解を示すようになってきていた。
しかし山城も引かない。冷笑を浮かべて
「桐原は何かとなでしこジャパンに入る、と言ってるじゃないか。高校生よりもはるかに高いレベルのはずだろ?」
「お前なあ……。そんなにちやほやされないと嫌か? 高校に入れば、女子も彼氏を作ってお前の前でほかの男といちゃいちゃするんだぞ?」
「別に。生意気な女が嫌いなだけだ」
「そんなこと言ってて期末テストでは桐原に逆転されるかもしれないぞ」
「フン、やれるものならやってみな」
言い捨てて山城が去っていく。吉岡はすまなさそうな表情を浮かべて
「あいつ、難攻不落な女がいる……とか言っているんだぜ」
「そうなのか? どうでもいいじゃん」
「お前もそっち方面の話には鈍いなあ。まあいいけど」
ん? 何の話だ?
「希ちゃんは前しか向いてないんだよ」
園子も何か言いたげな表情を向ける。期末テストなら言われるまでもなくトップを狙っているけど。
「そういえば希ちゃん、最近スカートの下にジャージ穿かなくなったよね?」
「いや、さすがに暑いでしょ」
「理由それだけ?」
「ほかに何があるってんだ?」
園子はまた苦笑を浮かべる。
「オレも部活は引退したし、勉強一本だ。夏休みは塾通い。桐原は進路決まってるの?」
「担任と相談してる。休みの取りやすい高校にする。東京は選択肢があっていいな」
この辺だと清麗とかだったら文武両道だし、かといって勉強をキリキリする高校じゃないし、自由な校風かな」
「吉岡は狙ってるの?」
「まあな。でもオレの偏差値だと厳し目かな」
「ふうん。担任も名前を挙げてた」
「でも山城も狙ってるんだよな」
「げええっ! それは嫌だなあ」
「あいつの成績ならもっといい高校も狙えるんだけど、あいつは超進学校で並みの成績よりも、自分がトップクラスでいられる高校がいいんだよ」
「ホントにスケールの小さい奴だな」
「希ちゃん、そんなこと言っちゃ嫌われるよ」
「別にいいんだよ。あたしは学校は勉強だけする場所だから」
「う~ん、ホントにサッカーしか考えてないんだね……」
☆
放課後、いつものように図書館で1時間勉強してからベラトリックスの練習場に向かう。
松原さんが先に来ていて練習用具を置いている倉庫を開けていた。
「ちわーす。また今日からお願いします」
「こんにちは。話は聞いている。また一からポジションを争うつもりで頑張りなさい」
「はーい」
更衣室で着替えて、ストレッチを始める。瑶子と香苗が連れ立って来る。
「ちわーす」
「ちわーす。ウチは全国制覇するつもりなんだから、ヌルい気分でいると承知しないからね」
瑶子らしい声の掛け方をする。ガールズが緊張感を持つ上で瑶子の存在感は欠かせない。
「分かってるよ。あんたこそ攻撃面を何とかしたんだろうな?」
「言われるまでもないわ。守り倒されてもゴールするだけの攻撃力はある」
「まあ楽しみにしてるよ」
瑶子たちが更衣室に消える。ストレッチをしている間にガールズのメンバーが懐かしい土のピッチに集まってきた。一言二言会話して、バラバラにアップする。最後に来るのは鎌倉から来る詩織だ。
「こんにちは」
「ちわーす。詩織がいない間、彩音がゲームを作っていたみたいだし、主導権奪われないようにしろよ」
「それは楽しみね」
不敵な笑み……ではない。どこまでも楽しみにしている表情だ。こういうところ、変わらないな。
☆
詩織もアップが終わり全員集合になった。松原監督が軽く指示を出し、5対2のボール回し、パス練習、シュートのパターン練習、などすっかり慣れた練習が進み、いよいよミニゲームだ。
ミニゲームといっても20人しかいないプリンセスと違ってガールズでは11人対11人になる。あたしと詩織はサブ組に回された。レギュラー組のセンターバックは奈美と有紀。奈美は相変わらず自信なさ気だ。奈美は167cmあるし、素質はあるのに琴美さんのようなメンタリティーが足りない。有紀はメンタルはしっかりしているけど高さが足りない。しかし奈美に指示を打出してあたしをマークさせ、空中戦のこぼれを狙ってくる。あたしが引いてボールをもらいにくれば、ボランチの瑶子と彩音にマークを受け渡す。サブ組は下級生主体なので、上手くボールをつなげず、あたしにロングボールを放り込んでくる。しかし孤立してはさすがのあたしもどうしようもない。そんな時、サブ組のボランチに入った子がボールを落ち着かせ始める。
彩音がゲームを作っている間、この子がボランチに入っていたらしい。そして左右にボールを散らし始める。詩織も下がってゲームメイクを助ける。五分五分、とは行かないまでも、四分六分程度に盛り返す。
そしてついに詩織が左で受けて突破を図る。レギュラー組の右サイドバック碧は守備が弱い。抜かれて瑶子がカバーする前にあたしにクロスを上げる。ヘッドで有紀に競り勝ち、味方のフォワードにフリーで撃たせる。惜しい! わずかに枠を外す。
そしてレギュラー組は中盤で瑶子が奪い、彩音のスルーパスを受けた梨奈が決める。やはり先制された。
でもサブ組もロングボールにあたしと奈美が五分の競り合いでボールが真上に上がり、落ちてきたボールをあたしがバランスを崩さず左足反転ボレー! これもわずかに上。結局ミニゲームはレギュラー組が2対0で勝った。
「ちっ、負けたか」
彩音が近寄ってきた。
「少しは頭使ってサッカーするようになったじゃない」
「こんなの慣れだ、慣れ」
詩織も近寄ってくる。
「だいぶ強くなったみたいね。あまり突破できなかったわ」
香穂も親しげに語りかける。
「詩織さんが復帰してくれれば、私も攻撃参加できるし百人力っすよ」
松原監督が、
「そこ! おしゃべりしてないでクールダウンする」
と言われて軽く走ってストレッチして練習終了。そしてあたしと詩織は呼び出されて、
「明日からレギュラー組でプレーするように」
と言われたのだった。
☆
期末テスト期間中は練習に参加できない。あたしは普段から勉強する習慣があるから特にテスト勉強する必要はないけど、放課後は図書館で園子と勉強、帰っても自室で勉強した。
あたしにとって勉強とは義務とかいい高校に入るためのものじゃない。海外で生活するための準備だ。だからたとえ英語圏の国に行かなくても語学を勉強すると、ほかの外国語習得に役に立つし、日本と海外の社会とか歴史を知ることも大切だ。それに海外に移籍しても地元の大学に編入なり聴講生になるかもしれないし。
英語と社会には自信あるけど、理数系はそこそこ出来るかな? という程度なので重点的に勉強した。その甲斐あって満足の出来るテストだった。数日後結果が発表され、あたしは山城を上回り学年トップに立った。吉岡は
「あいつも必死に努力してるんだ。スカしてるだけで」
と庇ったが、山城の残念そうな表情をあたしは見逃さなかった。
☆
全日本女子ユース(U❘15)選手権は7月最終週の週末から大阪の堺で行われる。広大な敷地に天然芝と人工芝のピッチが13面も取れる施設だ。そこに全国から32チームが集結する。クラブチームもあれば、中学サッカー部もある。前評判ではなでしこリーグ連覇中のレオーネ神戸の下部組織、レオーネ神戸U❘15が本命視されていた。ほかには関東予選優勝の大宮シャウトや日本一のサッカーの町のクラブ、清水エルドラドの名前も挙がっていた。ベラトリックスも知名度の高さから、一応警戒はされているみたいだけど、何しろ関東9位、最下位での予選突破だ。優勝候補、と言われるほどマークされていない。
練習場では緊張感あふれるミニゲームが続いていた。誰もが点を取りたがっている。加奈はもう右サイドでドリブルすれば満足な単なるウイングではない。梨奈はゴール前でパスが来るまで待ってるだけの点取り屋ではない。守備にばかり気を配っていた瑶子はどんどんゴール前に現れるようになった。そして詩織は点を取りつつ、下がってボールを受けて組み立てるなど、与えられた役割をこなすだけでなく、チームの中心選手として、ピッチ内のどこにでも現れる存在になった。そしてあたしにはみんなからボールが集まり、味方のボールを預けて動きなおし、楽な体勢でラストパスを待つようになった。
☆
夏休みに入り、昼間の暑い中での練習。それでも積極的に水を取り、お互いに指示の声を絶やさない。下級生の香穂も遠慮なく怒鳴っている。詩織は怒鳴らないが、ボールが来なければ、手を広げてアピールし、小まめに声を掛けている。この暑くて熱い季節がこのまま続けばいいのに、などと思った。前から技術面だけ指導して、細かいことは言わない松原監督も、いよいよ選手にまかせっきりになった。ベラトリックスのトップチームのサッカーはこうやって自主性を重視して伸ばしてきたのだろう。
☆
大会二日前の木曜日、新幹線で大阪に移動した。富士山が鮮やかに広がり、香穂が
「祝福してくれてるようですね」
と言ったが、
「関東勢はみんなこの景色を見てるんだよ。第一、富士山が祝福なら、清水エルドラドなんて毎日祝福されてるだろうが」
と瑶子が突っ込んだ。
そして大阪市内のホテルに荷物を置き、練習会場にもなっている堺市内の中学のグラウンドで軽く練習する。もちろん大会は芝の上だけど、日本のサッカー環境では練習会場まで芝と言うわけには行かない。移動の疲れもあるし、感覚をつかむだけなので、パス練習とシュート練習、それにセットプレーの確認だけだった。あたしがガールズに戻ってからの秘策も練習した。
大会前日の金曜日は涼しい、いやそうでもないか。朝に練習。大阪の夏は暑い。
「パス、どっちの足に出すか意識して。プレーしやすいイメージを共有しなさい」
松原監督の指示が飛ぶ。細かいパスワークが身上のベラトリックスにとって、わずかなパスの狂いがリズムをおかしくさせる。
「瑶子! 詰まったら逆をよく見て大きく展開!」
ミドルパスの精度が増した瑶子は安心してボールが集まるようになった。
「彩音! そこは頭から飛び込む!」
ユニフォームが汚れるダイビングヘッドは彩音が苦手なプレーだ。
「梨奈! 強引過ぎる。でもチャレンジはいいよ」
梨奈もあたしにパスを出すようになった。あたしが入ったときには、ほかのチームメイトとは息があったパスワークを見せるものの、極力あたしにはパスを出さなかったのにな。
「加奈! 中に入ってゴールを狙う! 一人だけ外に開いて待ってない」
ドリブルに特化した加奈は、詩織とは違った意味で得点意欲が低かった。しかし右サイドバックの碧の攻撃力を活かすべく中に入ってのプレーが増えてきた。
☆
短いながらも緊張感のある練習が終了し、ホテルに戻ってシャワーを浴びて、昼食を取る。暑い午後は各々昼寝するなり、夏休みの宿題をこなすなり、自由に過ごす。自習室と決められている部屋で、あたしは勉強をした。詩織と有紀もいる。
有紀はクレバーな守備が持ち味だ。だから真面目に勉強しているのだろうとは想像がついていた。
「私はたぶんプリンセスには上がれないと思う。奈美みたいに身長が無いし、ポテンシャルが低い。だからしっかり勉強して高校の推薦入学の選択肢を広げないと」
詩織が真面目なのは知っているが、チラッと宿題をみせてもらって驚いた。
「鎌倉のお嬢様学校って、こんなに難しいことしてるのか? 高校の内容なんじゃないか?」
「成華女学院は中高一貫教育だから、高校の内容も中学生のうちにするの。高校に入ったら、第2外国語も選択であるわよ」
「そんな中学でサッカーやっているといったら顰蹙買わないか?」
「ウチ、昔は女子サッカー部、あったらしいわよ。もう潰れたけど」
「お嬢様学校で? もともとサッカーは上流階級のスポーツだったけど、日本で女子サッカーってそう古い話じゃないだろ?」
「成華は伝統的に変わった部活が多いの。先生も外国の方が多くいらっしゃるし」
「そういや、詩織は地元でも男子に混じってサッカーしてたんだよな? 案外あの辺りはサッカー盛んだし」
「そうね。成華小学校時代は何人もサッカーしてた子がいたわ」
「日舞とかピアノとか習字とか、そんなイメージだった」
「まあお嬢様にもいろいろいるのよ」
そんなもんか。あたしも長野では中学でも男子に混じってサッカーしてるなんて変わっているとかよく言われるけど、案外「女子サッカー」ではなく、男子に混じってサッカーしている女子は多いのかもしれないな。
☆
夕方、松原監督が、大会の代表者会議に出かけていった。富山コーチが残り、会議室として借りた広い和室でストレッチをする。そして夕食。油分少なめに、とお願いしていたらしい。肉を食べた。野菜も摂る様にしてるけど、あたしは肉を食べないと満足できない。松原監督は代表者会議後の懇親会で食べてきたらしく、顔を赤くして帰ってきた。
☆
翌朝、5時に起きる。そしてホテル周辺を軽く散歩。近くの公園でのんびりリラックスして過ごす。瑶子や奈美はピリピリしていたが。瑶子はテンションが高いのでピリピリ、奈美は緊張していてピリピリ。本当にビビリだな。香穂が奈美に馴れ馴れしく話しかけてリラックスを図っている。瑶子にはボランチでコンビを組む彩音がマイペースで話しかけている。
6時に朝食。胃もたれせず、すぐエネルギーになるパスタだ。ボンゴレ? なんだそりゃ?
7時半に集合してホテルのバスで会場に向かう。8時に到着。キックオフは9時半から。もちろん更衣室もあり、屋根つきのフットサルコートがアップ会場として指定されている。
二人一組で柔軟をはじめる。足を開いて腰を下ろして、もう一人が背中を押して前屈。あたしは頭がぺったりくっつく。コンビを組んだ詩織も柔らかい。こいつも毎日柔軟を欠かさずやってるな。十分身体をほぐしてからジグザグ走などで身体を温めてボールを使ってのアップ。いつものように5対2のボール回し。一人がボールを投げて、もう一人がヘッドで返したり、胸トラップで返したり。
試合開始45分前にピッチに移動する。それにしても広大な施設だ。スタジアム一面、よく整備された天然芝4面、人工芝8面、陸上トラック付きの人工芝一面、レストランやサッカーショップ付きのクラブハウス、合宿所まである。
そして大会プログラムの一般販売まである。こんな大会初めてだ。プログラム自体は参加チームには配布されているが。
ベラトリックスの会場は天然芝ピッチだ。そばに4mくらいの小高い丘があり、ウチのほか、ライバルチームのビデオ係が3台ほどカメラを構えている。
そして驚いたことにサポーターがいる。普段はベラトリックスのトップチームをサポートしている人たちらしいのだが、試合前から太鼓をたたき、チャントを歌っている。一般のサッカーファンも何人もいる。メモを取っている人までいる。
1回戦の相手は広島レディースFC。中国予選1位だ。格から言えばウチのほうが上だが、トーナメント戦では勝負が付くまではメンバーを落としていられない。
ゴールキーパー・下田香苗、右サイドバック・村田碧、右センターバック・林田奈美。左センターバック・神崎有紀、左サイドバック・立石香穂、守備的ミッドフィールダー・七里遥子、水沢彩音、右攻撃的ミッドフィールダー・山之辺加奈、左攻撃的ミッドフィールダー・高柳詩織。フォワード・黒木梨奈、そしてあたし、桐原希。
試合開始30分前になり、ピッチ内アップを始める。芝が見たこと無いほど綺麗だ。グラウンダーのパスがまっすぐ転がる。気持ちいいのでグラウンダーのパスを何本か出し、詩織と組んでパス練習を始める。やがて浮き球のミドルパス練習を行い、仕上げにシュート練習。そしてキックオフ15分までに練習を終え、ベンチに引き上げる。相手の情報はほとんど無いので、松原監督からは立ち上がりから飛ばして行けだの、集中に関することばかり言われる。
ピッチの周囲には週末ということもあって保護者が取り囲んでいる。そして両チーム控え部員も応援に駆けつけていたりする。広島レディースも控え部員が10人ほどでチャント歌っている。ベラトリックスはサポーターの声が大きい。ウチの控え部員は声の大きさで負けている。「仕方ないよ。あの人たち応援のプロだから」と悟ったようなことを言う。サポーターのチャントはトップチームのチャントと同じだけど、ガールズの選手はよくわかっていないので、プログラムを見ながらの即興の歌詞になる。控え部員が歌い出せば、それに合わせる。
そんな中、審判が選手証で本人確認して用具も確認してピッチ内に入る。女子サッカーの大会は基本的に女性審判が務める。今回も例外ではなかった。ピッチに一礼して入場し一列に整列する。そして本部、観客に向かって一礼し、ベラトリックスのほうから、広島レディースに歩み寄り、一人一人と握手を交わす。この時点ではリラックスしている。そしてキャプテンの遥子がコイントスしてキックオフは相手から。数分間アップしている間に、副審がゴールを確認し、やがてあたしたちはピッチの感触を再確認して、ボールを蹴りだし、円陣を組む。広島レディースが先に気勢を上げる。ウチは基本的に相手より後に円陣を組んで、その勢いで試合に入るタイプだ。遥子が大声で
「飛ばしていくぞ~」
「絶対勝つぞ~」
「全部潰すぞ~」
と声を上げて気合を入れる。
キックオフ。あっという間にベラトリックスがボールを支配し始める。広島レディースは引いて守るのみ。地方のチームは地域内では圧倒的に強かったりするので、いつもは攻めてばかりで守備に慣れていない。高校生とは練習試合を組んでいるだろうが、公式戦と練習試合では訳が違う。ベラトリックスのリズミカルなパス回しについていけず、ただ振り回されるだけだ。
そして7分、梨奈と加奈のパス交換から右から切れ込んだ加奈が苦手だった左足シュートを決めて先制! これで勢いに乗ったベラトリックスは詩織のスルーパスに反応した梨奈が決めて2点目。あたしのポストプレーで彩音がミドルシュートを決めて3点目。30分ハーフの前半で3❘0と点差をつけた。どうだ! 凄いだろう。サポーターは詩織コールばかりしていたが。すぐに目につく華麗なプレースタイルだし、ボールも集まるし、すごさはすぐに伝わる。おまけにサポーターは全員男だから、美少女に目を奪われるのも無理もない。でもチームとしても凄いだろう。ベラトリックスのサッカーは! 小高い丘の上のライバルチームの偵察隊もざわめいていた。ウチは何も隠さないからもっと驚け。徹底的に細かくつないで中央突破して崩し、詰まったら逆サイドにふって、やはり細かくつなぐサッカーが出来ていた。
ハーフタイム、松原監督は後半もボールをつないで攻め続けること、無駄なファウルはしないこと、ピッチ内でコミュニケーションをとりつつ個々がアピールすることを指示した。あたしはサポーターに憶えてもらおうと、得点でアピールすることを心に誓う。
後半はあたしの独壇場だった。梨奈とのパス交換から中央を抜け出しキーパーと1対1を決めるシュートで4点目。女子には珍しい30mの強烈なシュートを叩き込んで5点目。詩織のコーナーキックを打点の高いヘディングで相手の上から叩き込んでハットトリックで6❘0。最後は詩織があたしにボールを当てて、リターンを浮き球で広島ディフェンダーの裏に出したところを左足ダイレクトボレーで7❘0。圧勝で試合を終えた。。
どうだとばかり丘の上を見ると、見たことのある顔がある。元なでしこジャパンでスターだった景山麻美さんだ。サッカー協会関係なのだろうか?
☆
クールダウンを終えて、ミーティングで反省点を挙げて、シャワーを浴びて、ホテルに戻る。まだ第2試合は続いているけど、体力の回復が先だし、ライバルチームの偵察は控え選手のビデオで判る。
朝は炭水化物中心のメニューだったので、昼に肉にありつけるのもありがたい。試合前はエネルギーになって消化の良いものを食べるが、試合後は傷ついた筋力の回復に役立つものを食べる。そして昼寝。2回戦・3回戦で当たる可能性のあるチームのビデオはあたしたちが寝ている間にスタッフが行っている。
昼寝から回復後、軽く身体を動かし、勉強時間をはさんで夕食。そして2回戦の相手の分析。みんな真剣だ。それもそのはず、2回戦の相手は優勝候補の一角、東海予選1位の清水エルドラドだからだ。有名選手もいる。
ビデオを見るとやたらデカいディフェンダーがいる。175cmあるらしい。身体能力も高い。佐々木日菜というらしい。あたしのジャンプ力でも空中戦に勝てるだろうか?ジャンプ力で高さそのものでは対抗できてもパワー負けするかもしれない。
「希、あんたは今まで体格や身体能力で相手より優位に立っていたけど、そんなことでは、世界を見れば通用しないんだからね。世界では男子の195cmのフォワードだって相手と駆け引きして味方とのコンビネーションがあって、初めて活躍出来るんだからね」
いつもは突き放して、情報だけ与えて、後は自分で考えなさい、というスタンスの松原さんが
珍しく踏み込んだことを言っている。
清水は攻撃陣も強力だ。失点は覚悟しなければならないだろう。ベラトリックスのディフェンダー陣は攻撃陣と比べてやや弱い。あたしが一番信頼しているのは有紀だけど、身体能力が高くないので、スケールの小ささは否めない。頭のよさと精神力でカバーしているが、本人の言う様に、上のレベルでやれるかどうか?
奈美は167cmあって高さはあるんだけど、曲者ぞろいのベラトリックスの中で自信を失って声が出せていない。有紀がリーダーシップを持って指示を出して動かしている間はいいんだけど、自分で考える局面では怪しい。
右サイドバックの碧は練習でいつも詩織に抜かれている。攻撃力は高いけど守備力は低い。単純にスピードで抜いてくる相手には強いけど、細かくボールタッチして技巧的に抜いてくる相手には対抗できないだろう。
左サイドバックの香穂はやはり攻撃型の選手だ。スタメン唯一の2年生で才能は一番あるだろう。練習では加奈の突破を止めるなど1対1に強く、カバーもしっかり出来る。とはいえパワー不足は否めず、競り負ける。
この守備陣で何失点するか。やはりあたしが佐々木日菜に勝てなきゃいけない。
☆
ミーティングが終わり、自室に帰る。相部屋は詩織だ。浴衣に着替えるなり言ってきた。
「知ってる? 今日の試合視察されていた景山さんがU❘15(15歳以下)代表監督に内定しているって?」
「そうなのか? 昨日は16試合を同時に4試合ずつ並行してやって、夕方まで4連戦、合計16試合したけど、第1試合ではウチに注目していたってことか!」
「申し訳ないけれど、広島レディースが目当てだったわけではないと思うの」
「じゃあ、あたしはアピールできたかな?」
「ハットトリックだものね」
「まあ勝負がついた後だったけど」
「まあ明日次第だと思うわ。佐々木さんは日本女子サッカー始まって以来の逸材という人もいるようだし。175cmで身体能力も高いディフェンダーなんて今までいなかったの」
「じゃあ、あたしが点をとって勝てばいいんだ」
「サッカーは誰が点をとってもいいのよ」
「あまり変わらないな、詩織は。自分が決めてやる、と思わなきゃ、決まるもんも決まらないだろうが」
「佐々木さんに勝てる?」
「最初は高さで対抗してみる。無理ならそれからさ」
クーラーを効かせ過ぎないようにして、ベッドに入る。浴衣がスースーする。あたしはこういうのが嫌いで、浴衣の下に短パン穿くといったら詩織に猛反対された。よく分からんな。
☆
翌朝も5時起き。今大会は真夏開催でなるべく涼しい時間帯に試合できるように、キックオフ時間は早めだ。だから早く起きて頭をしっかり目覚めさせる必要がある。そのため散歩。朝から大阪は暑い。Tシャツ短パンで出る。もちそん既に太陽が出ている。昨日と同じ公園に行くとせみが鳴いている。そして詩織や彩音は虫除けの匂いがぷんぷんしている。蚊を警戒してだろうけど。それにしても詩織は真夏になっても肌が白い。日焼け止めに高価なものでも使っているんだろうか? 彩音の茶髪もいつ見てもムラが無い。
香穂がブランコに乗っている。朝からテンション高いな。無茶するなよ。
周りを見ると表情が少し硬い。今日の相手は優勝候補。だけど上を目指すあたしにとっては、願っても無い対戦相手だ。ここでサッカー協会の関係者にアピールしてやる。
☆
朝食はうどんだった。やはり炭水化物か。少し物足りないけど満腹にするわけにも行かない。そして7時半に出発して8時に会場に到着する。天然芝ピッチ4面で試合を行う。この日は2試合同時開催を4試合分行う。幸いレオーネ神戸とは別の時間帯だった。つまり代表監督がベラトリックスの試合を見に来る可能性は単純計算で50パーセント。対戦カードから言って、大して強くないもう一方の試合ではなく、ベラトリックス対清水エルドラドの試合を見るだろう。
フットサル場でストレッチを始める。するといきなり清水の巨大ロボット・佐々木日菜が近づいてきた。梨奈に向かっている。
「今日も潰してあげるから、泣いて帰るといいわ」
なんか因縁があるらしい。それになかなか強気な奴だ。梨奈は無視している。佐々木は続ける。
「大会ナンバー1フォワードはあんたでもレオーネの長谷川さんでもない。ウチの河村よ」
「そうなるといいけどね。それにベラトリックスはどこからでも点が取れる」
「まあチビのあんたは点を取れないけどね。今日の試合、楽しみにしてるわ」
言い捨てて悠々と自分のチームの元に帰る。勝気な奴だな。そのほうが燃えるけど。
試合開始45分前にピッチに移動。今日も9時半からの試合だ。今日は昨日のピッチとは反対側の端で小高い丘の上からは見下ろせない。遥子が声を出して香穂もあわせて盛り上げる。ウチは出鼻をくじかれた形だけど、もともと自信過剰なくらいな集団だからな。
ピッチ内アップを終えて周りを見れば、すっかり落ち着いた表情になっている。観客は昨日よりだいぶ多い。ベラトリックスと清水の家族だけでなく、他の試合目当ての家族まで集まっている。
試合前の最終ミーティング。守備面での確認だけだ。そして円陣を組んで気合を入れる。
「勝つのはどっちだ~~!」
「ベラトリックス!」
「絶対勝つぞ~」
「勝つぞ~」
「おしっ」
整列して、審判が本人確認をしてピッチに入る。本部に一礼をしてピッチに散らばる。
そしてついに……キックオフ!
いつもの試合と違うのは、ベラトリックスがなかなか支配できないことだ。ボールテクニックとパスワークでは清水もなかなかのものだ。中盤での潰しあいが続き、やがて遥子があたしにロングボールを放り込んでくる。あたしには佐々木日菜がついている。高さ勝負!空中であたしはバランスを崩され、競り負けた。このあたしが! 女子相手に!
琴美さんに負けたときはパワーと上手さで負けたので、いずれ追いつける、競り勝てるようになる、と思っていた。でも佐々木日菜は単純に高さで負けている。
「あんた、高さに自信を持っていたみたいね。でもそれも今日限り。上には上がいるということを教えてあげるわ」
ふん、あたしのサッカーは高さだけじゃない。プリンセスで琴美さんを相手にした経験も活かせる。まあ見ていろ。
しかし15分、清水が左サイド、碧のサイドを破り、エース、9番の河村が決めて清水が先制する。そのとき詩織が叫ぶ。
「加奈! 碧のサイドは碧に任せていていいから中に入ってパス回しに関わって! まずは中盤勝負に勝ってからだから!」
ベラトリックスの中盤は逆台形型といわれる、両サイドに大きく開かないスタイルだ。詩織と加奈は中に入ってボールを支配する。詩織がリーダーシップを発揮するのは初めて見た。
そして直後に中でのパス回し、加奈からあたしにパスが出た。ペナルティーエリア右寄り。スピードに乗ってマーカーの佐々木日菜を振り切りにかかる。なかなか速いけどあたしのほうがもっと速い。振り切って右クロスを上げて梨奈へ。これはカットされる。
佐々木日菜の顔色も変わった。身体能力とは高さとジャンプ力だけじゃないんだよ。
「梨奈よりもあんたのほうを警戒しなきゃならないみたいね」
「今頃気づいた? ベラトリックスのエースストライカーはあたしなんだから」
不敵な笑みを浮かべる。
徐々に中盤をベラトリックスが支配し始める。こうなると攻撃力自慢のウチのサイドバックも活きる。特に詩織と同じサイドの香穂は猛スピードで左サイドをアップダウンし始めた。
あたしも身体を張ってポストプレーをこなす。ガッチリ身体を入れれば、パワーで劣っても起点にはなれる。そして落としたボールを加奈が強烈なミドルシュート! わずかに外れるがいい雰囲気だ。しかし終了間際の28分、彩音が梨奈にボールを入れる。前線からダッシュで下がった梨奈に佐々木日菜が追いすがる。そして急停止した梨奈に後ろから佐々木日菜がまともにぶつかる。絡み合って倒れる二人。
「っっっ、痛った~い」
梨奈が大声で苦しむ。プレー自体は仕方ないファウルだ。しかし梨奈は右足首を押さえている。どうやら捻ったみたいだ。担架が出てピッチ内から梨奈を出す。残り時間帯は梨奈抜きの10人でプレーするしかない。このFK。30mくらいある。ほぼゴール正面。詩織の左足か、彩音の右足か。精度なら普通詩織が蹴るところだ。しかしあたしは目配せして二人の後方に構える。そしてレフェリーの笛で試合再開。彩音が助走、ボールの上を通り過ぎる。詩織が続くが通り過ぎる。そしてあたしがロング弾を蹴る! チーム1のキック力を持つあたしならではの、取って置きの秘策だ。壁を越えて右上隅に突き刺さる。同点! やった!
「あんたって奴は本当に……」
加奈が飛びつく。
「おいしいところを持っていくよね」
彩音が背中に覆いかぶさる。
「まだ同点だから。でもノッていこう」
遥子が手を叩く。
「まさか本番で決めるなんて」
香穂が手を握る。
そして詩織とはガッチリ握手だけする。
☆
ハーフタイム、どうやら梨奈はプレー続行不可能のようだ。
「みんな、ゴメン」
梨奈は泣いて謝る。軽い捻挫らしい。ベラトリックスの控えのフォワード1番手は土屋美森だ。しかし松原監督は武田早紀を指名した。あたしと詩織が怪我したり、プリンセスに上がっていた間、左のハーフに入っていた子だ。そして松原監督は驚愕の提案をする。
「詩織、フォワードに入りなさい」
えっ? あたしと詩織の2トップ? 詩織はシュート撃つようになったとはいえ、ゴール前で身体を張ったりするプレーには慣れていないし、相手のディフェンダーは強烈だぞ。
「松原さん、マジっすか?」
「大真面目。梨奈が怪我したことで清水の佐々木さんは、希、あなたに集中できる。美森ではパワーが無いからもう一人のセンターバックに任せられる。でも詩織なら168cmあるし、佐々木さんは注意を分散させなきゃいけない。詩織、あなたはヘディングで競り勝ちなさい。優雅なプレーなんてかなぐり捨てなさい」
☆
後半開始。あたしには策があった。すぐにスペースに流れ始める。ベラトリックス・ガールズに入ったとき、梨奈、あんたとゴール前のポジション争いするのは嫌だったよ。いつも点を取りやすいポジションを奪い合っていたな。でもおかげでプレーに幅がついたよ。
加奈から右のスペースにボールが出る。佐々木日菜が寄せてくる。スピードを警戒して距離をおいて付いてくる。なかなかクレバーなようだ。しかしあたしにはテクニックもある。切り返し二発でスペースを作りクロスを上げる。逆サイドのポスト際に詩織が飛び込む。168cmが跳躍する。ヘッドは見事ゴールネットを揺らし、逆転!
しかし清水も黙ってはいない。ベラトリックスがリードして、碧と香穂の両サイドバックが自重するようになったと見るや中央からの攻めに切り替えた。そして彩音のパスをカットして一気にエース河村へ、奈美が潰しきれないところを味方のフォワードに落とされて決められた。2対2。
一進一退の攻防が続くが、徐々にベラトリックスが攻め込むようになってきた。瑶子と彩音は攻撃力がついた。どんどんあたしと詩織にパスを通す。そして20分ごろ、詩織が下がって受けて、あたしにパスを狙う。もう阿吽の呼吸だ。佐々木日菜もついてくるが斜めに走ってオフサイドをかいくぐりながら引き離して左ポストよりから左足シュート! キーパーも触るけど、あたしのシュートはキーパーの手を弾き飛ばす。決まって3対2。
そして終了間際にはカウンターから引いたあたしの足元に入る。前を向くと佐々木日菜一人だけ。ドリブルを仕掛け、完全にあたしの間合いに入った。さあ、抜くぞ、一気に加速するぞ、左から抜くぞ。そして左に加速。長身佐々木日菜はバックステップワークが怪しい。バランスを崩して転倒。まだペナルティエリア外だが、落ち着いて左隅に決める。4対2! 2試合連続ハットトリック!
結局ベラトリックスは2回戦も突破した。佐々木日菜は大きな身体で号泣している。詩織が心配そうに傍に寄る。
「いい勝負だったわ。佐々木さんとは前から勝ったり負けたりね。また試合しましょう」
「ううっ~。あたしは背が伸びてボディバランスが狂っていて……。でも高校生になったら負けない。優勝してよ」
そこにあたしが近づく。
「ベラトリックスは詩織だけのチームじゃないし、梨奈じゃなくあたしがエースストライカーっていうのに甘く見たな。次は徹底的に研究して来い」
佐々木日菜は一瞬むっとした表情を見せつつも
「今日は負けたけど、次は負けない。あんたこそ成長期でボディバランスを崩さないでよ」
目に涙を浮かべつつも不敵に笑った。
サポーターに挨拶する。
「ベラトリックス!サンキュー」
とコールする。そして詩織に話しかける。やはりあんたら詩織が目当てか。
「君、凄いね。今すぐトップでもやれるんじゃない?」
「いえ、私なんかまだまだです。でも最近少し自信がついてきました」
「自己中心的にプレーしたらもっと点取れたんじゃない?」
「前は周りの人のおかげでサッカーが出来て、いいプレーもできるものだと思っていました。でも最近本当の意味で周りのおかげで勝てることが少し分かった気がします」
「周りを上手く使っていたしね」
「いえ、そうではなく、自分を出して、その上で本当の連携があるということです。たぶん私はベラトリックスの女王じゃないと思います」
「女王?どういうこと?誰?」
「18番の希です。彼女は本当にすごい選手になると思います」
取材者用のビブスをつけている人もいる。松原監督に話を聞いている。新聞とか雑誌とかにに記事は出ないんだろうけど、最近はネットメディアが凄いから、そんなところだろう。松原監督は適当にはぐらかしている。
3回戦、つまり準々決勝の相手は同じ時間帯にもう一つのピッチで行われている試合の勝者。つまりレオーネ神戸だ。