愛していないから、付き合おう。
「愛していないから、付き合ってください」
そんな文字を見たのは初めてだった。
これでも存外モテたほうで、メッセージにはたんまりと、付き合ってくださいだの、好きですだのばかりだ。
それでも、僕がかっこいいからとかではなく。
僕は成績がそれなりに良くて、運動もそれなりにできて、スクールカーストが割と上の方だからだ。
僕が特別努力したわけじゃないし、大体付き合ってくださいと言う奴は、スクールカーストの頂点にいる、僕の幼馴染み目当てだったりする。
そいつはかっこよくて、お世辞じゃなくても良い奴だからな。
だが、成る程、愛していないから、という直球勝負は面白い。
興味が沸いたから、直接通話した。
「もしもし?」
「もしもし、今お時間大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だよ。ところでどうして、愛していないのに付き合いたいんだ?」
「私、思ったんです。世の中結局100%理解されることなく、人生って終わるじゃないですか。その時、隣にいる人でさえ、自分を理解してくれることってないんですよ」
「まさか、そんなことないだろ」
「いいえ、決して理解されませんよ。好きだの可愛いだのは、間をつなぐ言葉です」
「――面白いことを言うんだね」
「それでね、自分をどうせ理解してくれる期待を持つだけ損だって気付いたんです。だから、その期待を絶対的に持たない人って、好きじゃない人でしょう?」
この子は、どうやら恋愛に絶望しているらしい。
それなら、と好奇心が沸いた。
「君にそれならイエスと答えるよ、僕の条件を飲んでくれるなら」
「条件は何ですか?」
「人生の終わりまで、僕の傍にいること。まぁその間に君や僕が心変わりしたら、それはそれで縁として、ね」
「構いませんよ」
僕はそれから毎日彼女と話した、お互いに好きだの愛してるだのは言わない。
クリスマスもバレンタインもホワイトデーも一緒にいたけれど、ただ勉強やゲームをしたりしただけ。
そんなこんなで、大学までいくと、「お前経験ないのか」と先輩に茶化されて、彼女とそれなりのことを一回だけして、その一回が奇跡を生んだ。
二人から三人になったことは、笑顔を運んだ。
三人で過ごす時間は穏やかだった。
穏やかに過ごしたり、反抗期で五月蠅かったり。
それでもこの三人という形を絶対に崩したくなかった。
ある日気付いた。
「お父さん、娘さんを僕にください」
三人から二人にまた減るんだな、っていうことに。
二人になった時間はまた寂しいけれど、穏やかだったからよしとした。
だけど――。
「あなた、お話しがあるの」
「難しいことかい」
「私ね、もうすぐ寿命みたい、お医者さんに余命言われちゃいました」
だけど、ある日一人になる宣告をされる。
「嫌だ」
「子供じゃないんですから」
「嫌だ、だってまだ君は恋愛を楽しんでいない」
「そんなことないですよ」
「嫌だ――嫌だ」
あの日彼女が言ってた言葉を思い出す。
「好きだ」
「はい、私も」
「愛してる」
「はい、私も」
本当だ、全部間をつなぐ言葉だ――。
僕はその日から、彼女に沢山千羽鶴を折った。一日十羽くらい渡して。
歪な鶴は彼女が受け取ると、かっこよく見えた。
千羽もいかないうちに、彼女の容態は悪くなり、死期が近づく。
今夜が峠だと言われた、涙で目が破れるかと思った。
「あなた、情けない顔ですね」
「五月蠅い。どうして、そんな」
「やっぱり、理解されないんですね。あなたのこと、私、好きでした」
「死ぬ間際だからそんなことを……」
「私ね、100%理解されることこそが幸せだと思っていたんです。でも、貴方は理解しようと努力し続けてくれた。それは紛れもなく、愛情でした。貴方には、伝わらなかったけれど、それでも私は理解してくれないあなたが好きでした」
「……そん、な」
「――後を追うも、生きるもご自由に」
最期まで、かっこいい女性だと思った。
不思議と後を追おうことは考えなかった、微塵たりとも。
何せ、娘に孫が出来、孫が笑顔で笑いかける。
「じぃじ、だいすき」
それしか、まだ言葉を覚えぬ子であるのに、100%理解できぬ子であるのに。
それは、絶対的な愛情なのだと理解し、妻は幸せだったのだと、最後に僕は判ったのでした――。
たまには短編楽しいですね。