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Dream 〜明るい夜の夢〜 後編

遅くなりました。Light of Night,やっと完結です。

明かされなかった過去は、後日番外編で全て出します。

楽しみにしていてください。

本当にこれを書き終えられたのも、読者の皆様がいてこそです。

本当にありがとうございました。

 城のコンコースは、吹き抜けとなっている。天窓が開けられ、黄金の満月の光が差し、床のサルビア家の家紋を煌々と照らしている。

 コンコースの中心には立派な祭壇が置かれ、横には白いひげを蓄えた牧師が立っていた。普段にはない景色だ。そして、祭壇の前にはすでに、今日の主役の1人――サルビア家の領主、そして、ここの王である、キーマ・サルビアが立っていた。黄金のひげを蓄え、堂々とした姿だった。黄金の冠にはサルビアが巻きつけられ、周りにはダイアモンドがあしらってある。それをかぶり、青い礼服を着ている。顔は期待に溢れ、貪欲に輝いている。

(ベテルス様――いや、父上に似ている)

 そのベテルスは来ていない。病気にかかったらしい。昨日は強制的に部屋に連れ戻され、一晩中見張りが戸についた。やろうと思えば扉を吹き飛ばして衛兵を気絶させ、逃げ出すことも出来たのだが、リオンはそれをしなかった。そのせいでグレンダとアリスの身になにかあったら、取り返しがつかない。

突然、正面玄関の扉が開いた。重々しい音を響かせ、外の月明かりが部屋中にあふれてきた。七色の、いや、もっともっとたくさんの、色とりどりの花びらと芳香――コンコース、いや婚礼会場を満たし、会場のたくさんの人々は自然と笑顔になった。

 その花びらと香りに彩られ、レインは入ってきた。白いウェディングドレスをまとい、ベールを優雅にたらし、俯き加減に入ってきた。顔には微かに笑みが浮かんでいる。髪は、ベールの下から見て、束ねられていることが分かった。

 一言で言えば、美しかった。

(こいつが、俺の妹――俺がひどいことをしたらしい妹。覚えていないが)

 垣間見せる残酷性。不気味なこともあったが、それとは裏腹に明るく優しく、という部分もあった。「妖術師レイン」としての記憶が、頭を走馬灯のように駆け巡った。

 でも、こいつはシルクだ、と思うと、納得できる部分もあった。

(会った時から、どこか似ていると思っていたんだ。そば猫を連れて、術が使えて、髪の色やら目の色やら、大体似ていて・・・・・・)

 ふと、こいつをこれからどう呼べばいいのだろうと思った。シルクと呼ぶより、レインと呼んだ方がしっくり来るのだ。慣れないのも理由の一つだ。兄妹という実感がさっぱり湧かない。そして、妹が叔父と結婚しようとしているという事実も。

(正式に結婚したら、シルクと呼ぼうか)

 そんなことを考えていると、レインはもうすでに花婿の前までたどり着いた。

「おお、シルク・・・・・・何年たっても、美しい」

 レインは静かに、恥じらうように微笑んだ。

「叔父上・・・・・・いいえ、あなた。父上がこられなくて、残念ですわ。この喜ばしい日を目の当たりにできなくて」

「ベテルスもきっと喜んでおるわ。さあ・・・・・・誓おうぞ」

 牧師さんが、祭壇から聖書を取り出した。古びてはいるが堂々とした雰囲気の、皮の分厚い本だ。

「新郎様より、手を置いて、誓ってください。お分かりかと思いますが、この聖書には呪いがかかっていて、嘘をついた方は即座に」

「分かっておる。わしが嘘をつくとでも思っているのか?」

 この国の王は下卑た笑みを浮かべ、手をぞんざいにおいて誓った。確かに聖書に嘘はつけない。そして、ここら辺の地方の習慣により、誓いの言葉は人それぞれ違い、そして長いのだ。

「我は、ここにおる姪、シルク・サルビアと一生を共にし、一生大切にし、愛し、世継ぎを産んで立派に・・・・・・」

 王は長々と、レインと自分が結婚したらどうするかを話し始めた。とんでもなく激しくて細かい妄想に、リオンは吐きそうになるのをこらえながら、震える心を抑え、じっと聞いていた。

 10分経っただろうか。やっとレインの番になった。細くて白い手をそっと聖書に置き、彼女は語り始める。

「私は、世界征服のために、夫を利用することを誓います。そして、いずれ夫を操ることも誓います」

 ・・・・・・。

 冗談だろう。そんな笑顔で・・・・・・笑顔で?

 そうだ、こいつ、笑顔の方がやばいんだった!

「別に、夫なんかこれっぽっちも愛してませんし。亡き父上も絶対、反対だと思いますよ、この結婚。まあいいけど。世界征服できるんなら、なんだってやるわ」

 レインの片目に、ちらちらと赤い光が灯り始めた。表情も凄みが出ている。

「聖書なので嘘はつけませんから、仕方なく本当のことを言ったまでですけど、だって死んだら世界征服できないんですもの。皆さん、何か?」

「何か、じゃねえっ!!」

 ついにリオンがこらえきれなくなって通路から飛び出し、衝撃で凍りついた一同の中を進み、花嫁の前に出た。誰も声を出さなかった。それだけ、リオンの全身から恐ろしいオーラが出ていた。

「亡き、ってどういうことだ!父上は病気じゃなかったのか!」

「ああ――知らなかった?勘違いしないでね、私は殺していないわ。精神的に追い詰めたのは王様のほう。もっともそうさせるために仕組んだのは私だけど」

 さっとリオンの顔から血の気が引いた。

「おっ・・・・・・お前、どういうことをしたか分かってるのか!」

「自害に追い込んだといった方がいいわね。王からの圧力と絶望と狂気と恐怖の中、さぞや悶え苦しんだんでしょうね。だってこの計画に1年費やしたんだから」

「……」

 硬直したリオンに、レインは小さく言い捨てた。

「母上を死なせたのだから、それくらい当然の報いよ。これで復讐を果たせたわ」

 さらりと言うレインに対し、やっと周囲が色めき立った。

「ベテルス様が死んだと?」

「王様を利用する?」

 ばたばたと周りが立ち上がり、レインたちのほうに向かってきた。ざわざわと周囲の喧騒は一段と大きくなる。

「あーもう、本当のこと言っただけなのにな・・・・・・誰が趣味でこんなおっさんと結婚するのよ?」

 扉が開き、兵士がなだれのごとく駆け込んできた。周りの警備兵も一緒になり、リオンとレインを取り囲む。

「反逆罪で、お前達を粛清する!」

「……なんで俺も数に入ってるんだ?」

 勇ましい叫び声を上げ、一気に彼らは斬りかかってきた。銀色の疾風が辺りを駆け巡る。その場は岩でも崩れたような、轟音に包まれた。

 そして疾風はすぐに、赤い飛沫へと変わった。

「勇気の使い方が間違ってるのよ。一歩間違えればただの馬鹿」

 兵士達が倒れている。周りを見回すと、爪を深紅に染めた嬉しそうなレイン、無数に落ちているくない、引っかき傷をたくさん作ったグレンダとアリスがいた。

「お前ら!」

 グレンダがナイフを倒れている兵士の袖でぬぐっている間に、アリスがそっけなく言った。

「シルク、いえレイン。やっぱりあんたはまだ、あたしがいないと生きていけないみたいね」

 レインは優しげに言った。

「あらアリリン、まだそのブーメランくない使ってるの?」

「ブーメランくないじゃないって何度も言ってるじゃない!これは『疾風の――」

 リオンは我に帰り、レインに詰め寄った。

「レイン、いやシルク、分かってるのか?お前、結婚式を台無しにしたんだぞ!周りの客まで巻き込んで、いったいどういうつもりだ?お前、王族として、しかも王妃としてそんな行い」

「だってめんどくさいもの。一人一人丁寧に殺せって言うの?王族に手を上げた罪で、そしてそれと近親相姦を傍観した罪で、粛清してやっただけ」

「お前、自分の立場を――」

「訂正するわ。世界の帝王に反逆した罪。私が法律、私が世界よ」

「ふざけるな!!」

 リオンは深紅の会場から目をそむけるように叫んだ。

「あれ、リオン・・・・・・やる気?」

 レインはいまや太陽の槍を取り出して構え、まっすぐリオンの心臓に向けていた。

「やってみなさいよ。父上の仇、とれば?」

「俺は武器は使わない」

 静かにリオンは言った。殺気が彼を冷静にさせた。

「妖術勝負?きれい事言ってちゃ、私には勝てないよ――リオン・サルビア」

 手ぶらで、リオンは一歩前に出た。

「俺は――」

 彼は、目を見開いた。灰色の目が、人生最大であろう、怒りにたぎっていた。

「リオン・シルヴィーだ!!」

 地を蹴って躍り上がったリオンは、静かに風に話し掛け、両手から突風を巻き起こした。周りのたいまつが一斉に消えた。

「俺は妖術師じゃない」

「現実から目をそむけてんじゃないよ。あんたはどうせ、どうあがいてもサルビア家なのさ」

 彼女は太陽の槍をゆっくりと、徐々に早く、回転させだした。金色の渦は、風をもかき消した。

「ほら!ほら、どうしたの?武器を使えば?」

 軽やかな身のこなしで、ドレスを着ているのに――ベールは脱げていたが――レインは太陽の槍でリオンに突きかかった。リオンは必死になってかわすが、それに精一杯で術を使えないように見えた。

 頬に生暖かい物を感じた。左頬が切れていた。

「次はあんたの首がこうなるのさ!」

 レインは今やとんでもない速度で槍を回転させ、リオンを容赦なく攻め立てた。その黄金の渦は、周囲の赤の中で、ひときわ輝いていた。

 リオンは必死になって呼びかけた。

(この城の何でもいい!近くから、こいつに勝てそうなやつ、力を貸してくれ!)

 大理石の、返り血を浴びた壁から、何かが取れた。猛スピードで回転し、レインの背後から突っ込んできた。

 間一髪でレインは気づき、頭をそらせた。しかし、それは、レインの束ねた髪を切り落とした。たったそれだけで、レインは、目を見開いた。

 一瞬が永遠に思えた。ばさりと一束、白い髪が床に散った。そして、その横に、交差した剣が音を響かせ、落ちた。

 壁から取れたのは、飾られていた剣だったのだ。

 レインはかっと目を見開いた。そして、みるみるうちに悲鳴をあげだした。

「ああああああぁぁぁっ・・・・・・ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!」

 悲鳴が、不思議なことに、少女の甘い声から少年の低い声に変わっていった。

 そして、レインの全身にも変化が起きだした。

 まず、身長が10センチぐらい伸びた。そして、体のふっくらとしたやわらかい線が引っ込み、男のようながっちりとした線に変わった。服装のドレスは引き裂かれ、茶色い革の上衣にズボンとなった。華奢な体は変わらないが、やはり少年は少年だ。そして、顔がつりあがった眉に、目を隠していた髪を払い、赤い目をむき出しにした。

「せっかく幻影でドレスを作ったのに。この姿は何年ぶりだろうな・・・・・・やってくれるじゃねえか、お前」

 リオンはぞわっとした。この声――甘くて低くて、残酷性を秘めた声はどこかで聞き覚えがある。

「レイン・・・・・・?いや、お前、誰だ・・・・・・?」

「やはり、お前、記憶断片消去術をといていたんだな。演技が意外とうまいやつだ・・・・・・思い込みによる『幻影』をとく鍵は、髪だという事を知っていて、わざとやったんだろう?え?――シルク」

 全ての音が消えた。リオンにはそう感じた。

「何を・・・・・・言っているんだ?何と言った・・・・・・?」

 少年は、いらいらしたようにため息をついた。

「しらばっくれてんのか、本当に偶然だったのか・・・・・・まあいいや」

 彼は今までずっと状況がわからないのか、固まっていた王を一瞥し、指を鳴らした。金縛りが解けたように、王は目をぱしぱしさせた。

「お久しぶりです・・・・・・叔父上」

「リ・・・・・・リオン?」

 この二人は、何を言っているんだろう。呆然とした頭で、リオンは思った。

「約束通り、シルク・サルビアをつれてきました。というわけで、次の王位は俺なのでよろしく。どうぞこいつは勝手にしてください」

 少年はまっすぐにリオンを指差し、言った。王も呆然とした顔になった。

「シルクは・・・・・・どこだ?」

「レイン、お前、何言ってるんだ?」

 少年は大げさにため息をついた。

「だから、いいかげんにしろよ、シルク」

「はあ?」

 つかつかと彼はこちらに矢のような勢いで歩いてきた。そして、リオンを冷たい目で見下ろし、黒いマントを剥ぎ取った。

 あまりに突然だった。何も抵抗できなかった。

 下にはかつてリオンが騎士だった時に使っていた、黒いズボン、白いゆったりとした袖を結んだ襟付きシャツだった。茶色い編まれた革ベルトの留め金は三日月形。そして、ベルトには繊細な彫刻をされた鞘が差してあった。

 少年はふんと鼻を鳴らし、シャツに手をかけ、それも引き裂いた。

「なっ・・・・・・」

 下に着ていたのは、銀色のような、水色のような、ベストが見えた。

「白銀の月の光で織られたベスト。シルク、お前のためにわざわざ作らせたんだよなあ」

「違う!これは、体温調節がしやすかったし、高そうだから捨てるのも・・・・・・」

 リオンは焦りだした。何でこれを着ているのかなんて、思い出せるはずもない。

「往生際が悪いぞ。――まあ、見せてやるよ、お前の本当の姿を。そして思い出すがいいさ」

 少年は凶悪な笑みを浮かべ、太陽の槍を掲げた。目の前の空間が鏡になった。向こう側の景色もうっすらと見える。

 そして――突然、自分の髪が腰まで伸びた。リオンが驚愕したのと同時に、彼の全身が変わり始めた。

 色がもっと白くなり、片目を覆っていた前髪が払われ、青い目があらわになった。右目の灰色の目は変わらない。服装が例のベストの下に、袖を結わえた半透明のシャツになり、長めのベストと同じ色のスカートになった。

 胸がふっくらと、女とはっきり分かる程度にふくらみ、腰が締まって以前より華奢になった。

 そうして変身を遂げた時――リオンは自分の姿を目の当たりにし、息を呑んだ。紛れもない少女だ。そして、これが幻影だとは思わない。思えない。本当の――自分の姿――

 記憶が奔流のように渦巻きだした。この服装は、城を飛び出したときと変わらない。今の自分が、昔の自分に押しつぶされそうで、リオンは悲鳴をあげた。

「ああ・・・・・・ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 その声は完全に少女の、澄んだ高い声だった。その事実にまた震撼する。

 少年は楽しそうに言った。

「銀色の長い髪・・・・・・片目の、『人の死ぬ時が見える』青い目・・・・・・月の光で織られた服。間違いなくシルクだな、叔父上」

 王――キーマは、懲りずに目を貪欲に輝かせ、こちらに迫ってきた。

「おお、シルク・・・・・・会いたかった・・・・・・待ち望んでいた・・・・・・」

「く、来るなぁっ!」

 リオンは後ずさりした。スカートが邪魔で、まともに下がれなかった。

「いや、シルク、もう事実を受け入れろよ。その様子だと、記憶断片消去術とけたみたいだし、まあ、俺がといてやったけど」

 楽しそうに、本当に楽しそうに、少年は――本物の「リオン」は笑う。

「髪の毛と衣装は俺の生み出した幻影さ。でも本当の自分の姿を見ちまったんだから、解けるんだよな――じゃあ、本題に入ろうか」

 リオンは自分の兄、つい一日前まで旅の仲間だった人を見た。

「ムー・・・・・・」

「リオン!約束が違うぞ!」

 「リオン」はうるさそうに、この国の王を見た。

「なんだ。殺されたいのか?」

「シルクはすぐにわしの物になるといったではないか!なのに、なぜここまで待たされなければならぬ!」

 「リオン」は、鼻を鳴らした。

「すぐなんて言ってないぜ。世界を俺が手に入れたら、くれてやるといったんだ」

「人を物みたいに扱うな!」

 リオンは限界だとばかりに叫んだ。

「シルク、お前女なんだから、女言葉使えよ。お前がお前だと思い込んでいた『リオン・シルヴィー』ってのは、お前が作り出した――記憶断片消去のせいで思い込めた、幻なのだから」

「・・・・・・」

 リオンは非難の言葉が喉元で消え去った。

「違っ……ちが……」

 弱々しくかすれた声は、果たしてこの世に出たのかどうか。

 「リオン」は愉しそうにこちらから目をそらした。そして、キーマに向き直った。

「叔父上ー?んで、どうするんですか?」

「みっみっ皆の者……誰か、誰かおらぬのか!警備兵はどこにいる!何をしているのだ!?」

 「リオン」は、ふうと息をついた。

「みんな死にましたが。というか、俺が殺しましたが。今になって約束を違えるのなら、俺は、いつでもあんたを殺せる」

 一歩、一歩と「リオン」はキーマに近づいていく。怯えた顔で下がるキーマは蒼くなっている。

「父を殺され、圧政に耐えかねた王族の者が反乱を起こした。もともとお前は民からは人気ないしな、税とか高いし、暴君だし。俺は王位継承権第3位だから、正統な理由になるな。もっとも今は第2位だ。元2位は死んだからな――お前のせいで」

 鼻歌でも歌いだしそうな、しかし赤い殺気を帯びている「リオン」についに壁際まで追い詰められ、キーマは顔をゆがめた。

 父上にどことなく、こういうところが似るものか。そう思ったリオンは、一瞬で否定された。

「違うぜシルク。父上はこんな情けない顔はしない」

 心を読まれたことにはっとして、リオンは心を自衛しなおした。その後再び彼らに目を向けると、

 一瞬だった。

 キーマの体から、いくつもの赤いすじがふき出した。

 よく見たら、細い糸が、キーマの体を貫通している。何箇所も、何箇所も。

 張り巡らされた細い糸は、白く冷たく輝いていた。

「私の髪の毛に包まれて、死ぬのなら本望でしょう」

 床に落ちた白い一房の髪が、なくなっていた。おそらく長く伸ばして使ったのだろう。銀髪にしなかったのはわざとだと、麻痺したような意識の中、リオンは思った。

「ねえ、そうでしょう?……あなた」

 甘い声色は、甘く赤い目は、最後まで容赦なかった。

「シルク……シルク……」

 キーマは、口から血を流しながら、それでもなお名を呼びつづけた。ふとみると、「リオン」は姿をシルクそっくりにしていた。妖術のせいだろう。

「あなた……」

 愛しげに、青く変わった目を瞬き、糸をよりいっそう強く張る。

 キーマの苦悶の叫びを聞きながら、服を紅く染めながら、凄惨な笑みを浮かべて、悪魔のような笑みを浮かべて、シルクの姿をした「リオン」は、「リオン」本来の姿に戻っていった。

「あの世で母上に苦しめられればいい」

 小さく呟いた一言は、恐怖で目を見開くキーマに届いたのだろうか。

「リオン……許して……く……」

 もはや声というより獣の呻きを発するキーマの心臓に、紅く染まった髪が入り込んだ。

 化け物のような形相で命の火が消えていくキーマを楽しそうに、愉しそうに見物していた「リオン」は、こちらに向き直った。

「さーて、ようやく話ができるな。俺の望んだ素晴らしい場所で」

「……狂ってる」

 リオンが口に出来たのは、たったそれだけだった。

「狂ってようが狂ってまいが、もうすぐどうでもよくなる。この世界は、俺の、俺だけのものになるのだから」

 全身と片目が真っ赤なリオンは、目をぎらぎらと輝かせた。

「さあ、総仕上げだ――月光夜剣ムーンナイト・ブレードはどこだ」

 シルクでなくても、それはいやというほど知っている。

「知らない。知っていても、お前には言わない」

「どうしてだ?俺たちは兄妹だろう?そうだ、月光夜剣を手に入れれば、俺たち二人で世界を思うがままにしよう。どうだ、シルク、いい提案だろう。この俺が、お前に世界をくれてやるといっているんだ」

「そんな歪んだ世界、俺はいらない。この世界は――歪ませない」

「そういうと思っていたんだ。お前だからな」

 突然、背後で轟音がした。はっとして振り返ると、金色の槍が背後の壁に突き刺さっていた。これだけ広いコンコースを横切って刺さるということは、よほどとんでもないスピードで突っ切ったのだろう。

「グレン!」

 グレンダは尻餅をついていた。頬が切れ、紅い線が生々しい。

「かすり傷だ。こんなことでやられる俺じゃない」

 いつもの不機嫌な面をぶら下げて、グレンダは立った。

 次の瞬間、緑色の稲妻が、「リオン」めがけて放たれた。そば猫の、そして名家の魔力の強大さを改めて思い知るほど、それは強力だった。

(兄を攻撃したと俺を責めるのは、後にしろよな)

 心の中でグレンダの声が響いた。それと同時に、稲妻は跡形もなく消えた。

「アリリン、おい、アリス、こういうときに俺を守るのが、お前の役割じゃないのか。あ、もしかして裏切り?」

 「リオン」はアリスに軽薄な視線を送った。俯いているアリスは目に見えて動揺していた。

「……グレンダ」

 グレンダは驚いたように、横にいる少し離れたアリスを見た。たぶん、初めて名前を呼ばれたのだろう。

「……ごめん」

 そしてその次には、水がどこからともなく現れ、怒涛の勢いでグレンダに襲い掛かった。グレンダは一瞬で雷の結界をつくり、それを食い止めた。

「お前、どっちの味方につくべきかなんて分かっているだろう!」

 グレンダは激しい閃光の先にいるアリスを見据え、叫んだ。応えるように水流は強くなり、グレンダは舌打ちをして結界を二重にする。

「グレン!」

 駆け寄ろうとしたリオンの前に、結界が張られた。

「まあ、邪魔するなシルク。面白いじゃねーか」

「……くそっ!お前……」

 アリスは顔を上げた。光を通してでも分かる。その美しい青い目は、揺れていた。

「分かってる!どっちが正しいのかなんて分かってる!それでもあたしはそば猫なの!心を決めた主人がどう在ろうと、それについていくのがそば猫の使命なの!運命なの!オレオーサ家、いや、そば猫の誇りを失うなんて、あたしには出来ない!!」

 悲痛な声は、そのままアリスの決意を表していた。

「馬鹿な奴だ……でも、分かった」

 グレンダの低い声が聞こえたと思った刹那、雷光を放つ結界が消えた。

「……っ!グレンダ!!」

 気がつけば、目の前にあった結界も消えていた。

「終わったな」

「お前がな」

 何の前触れもなく、緑の雷光は再び「リオン」を襲った。

「いろいろと痛い目にあいたいみたいだな」

 唖然とした顔で突っ立っているアリスに、そしてリオンに見せつけるように、緑の雷は「リオン」に届くほんの一歩前のところで跳ね返った。そして、そのまま放った相手を襲った。

「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 グレンダは自らが放った技を食らい、悲鳴をあげた。その悲鳴はリオンの心の中でも頭の中でも響き渡った。どちらが叫んでいるのか、どちらが痛みを受けているのかも分からなかった。苦痛で霞む視界の中を、一本の水流が横切った。

 そしてそれは、もう1人を襲う。

「あああああああぁぁぁぁっ!」

 アリスも悲鳴をあげた。体中を強大な水圧に囚われ、苦悶の表情をしている。

 「リオン」は楽しそうに苦痛にあえぎつづける二人を見下ろしていた。雷も水も、一向に止む気配を見せない。本当はアリスが苦しんでいることで、彼も苦しいはずなのに。

 ついに止んだ時、二人はぐったりと横たわっていた。ぴくりとも動かない。

「この役立たずが。主人を守れないそば猫なんて要らない――まあ、俺はそば猫なんて要らない。邪魔だ。俺のほうがよっぽど強力な魔力を持っている」

 まったく情け容赦ない発言をぼんやりと聞きながら、リオンは不思議な力を感じていた。苦痛とはまったく別の感情を自らに感じる。炎のごとく、内側から湧き上がる感情。

「今は黄金色の満月が出ている。このときの俺は、絶好調なんでね」

 黄金色の……月……?天窓が開いているので、空へ向かって吹き抜けとなっている状態のコンコースを通して空を見上げると、月は確かに金色……金色?

 あの日と同じ色。

 それがわかると同時に、リオンは体の底から、湧きあがる力を感じた。感情と共にそれをぶつける。

 それは――怒り――

「うおおおおおおおおっ!!」

 「リオン」の心の中、絶頂となっている彼の心、力を持つのは自分だけだと慢心しきっている心の、隙間をついた。

 (外側からの攻撃が効かないのなら、内側からだ!)

 それは、奇跡といえるのかもしれなかった。

 彼の無防備だった心の防御が崩れた。

 リオンの視界が、白く弾けた。「リオン」の叫びを聞きながら――。


 リオン、お前は騎士になれ。

 嫌です、父上。

 何故だ。王家を支える物として、男ならば騎士になるのが当然というものだろう。

 俺は妖術師になりたい。母上のように。いや、母上を超えてみせる。

 何を言っているのだ!そんな邪悪な者、わしは断じて認めぬ!

 シルクはよくて、何で俺はだめなんだ!

 あの子は……あの子は……


 あなた、シルクはね、特別な才能があるわ。

 何だ?妖術とやらのか?

 妖術というより、魔術――いえ、特殊能力、といえばいいのかしら。

 あの子は、そんな汚らわしい者ではない!

 一言も汚らわしいなんていってないわ。もう、妖術師である私はどうなのよ。

 ギルダ……お前は、妖術師はやめたのでは……

 はいはいそうでした。それはそうと、シルク、あの子はね、なんにでも会話できるの。

 どういう意味だ?

 例えるなら、壁と意思疎通したりとか。うまくいけば壁に命令して、崩れるようにいうこともできる。

 あの子は、そんな子ではない。

 わかってるったら。これはあくまでも例え。あの子は命令というより、お願い事をしているって感じだけど。身の回りの全てと友達、っていうか。

 とにかく、あの子は上手く育てれば、あの子の才能を上手く伸ばせれば、一流の、ひょっとしたら私より強大な、妖術師になれるのよ。

 そんなこと、わしが許さん!

 妖術師にするなんていってないわ。魔術を覚えさせて、そうね、その後の道はあの子が決めるでしょう。

 わしはシルクに……そんな……


 なあ、シルクお前、なにやってるんだ?

 わあ兄上。このことは内緒にして。

 素振りなんかやって、何が楽しいんだ?手、マメだらけだぞ。女の子は城の中にでも入って、

 兄上までそんなこと言うの?

 いや、別に俺は、

 兄上はいいなあ。大きくなったら騎士になるんだよね。

 お前までそんなこと言うのか?

 違うの?

 俺は……妖術師になりたい。誰よりも強く、誰よりも強大な。

 わあ、すごいね。

 ……!?

 兄上ならきっとなれるよ。私、応援する。

 お前、お前はどうなんだ?

 私は妖術師なんかなりたくない。魔力も何も要らない。

 この目も要らない。人がいつ死ぬかなんて見たくない。

 いやでも、お前、母上に見込まれるほど才能が……

 ? 何の話?

 いや、気にしないでくれ。

 私ね、わかるの。母上は基本的な魔術を習得させるだけって言ってるけど、私を妖術師にしたいんだわ。

 だって兄上、魔術を習ってないもの。きっと父上が、騎士にしたいのね。いいなあ。

 私、騎士になりたい。父上みたいに人を助けたい。みんなのために働きたい。

 あ、やっぱりこの目は要るかも。人が死ぬ時がわかれば、死なないように助けてあげることだってできる。それに、目が片方なかったら、剣を揮えないでしょう?

 ……。

 だから兄上も、妖術師になって、人を助けてね。他の妖術師みたいに、人を傷つけるために、妖術なんて使わないでね……


 なあ、シルク、交換しないか?

 何を?

 立場を。

 どういうこと?

 俺がお前になって妖術を母上に習う。お前は父上に武道を習えばいい。

 でも、どうやって?

 俺が妖術で容姿を入れ替える。

 わあ兄上すごい、そんなこともできるんだね。

 お前なあ、どんだけやる気ないんだ。習っただろう?

 覚えてない。やる気ないもの。

 俺も武道に関しちゃ一緒だけどな。だから入れ替わろう。そしたらなりたいものになれる。みんな幸せになれる。

 うん、そうだね!


 リオン。

 ……っ!

 伝説の妖術師である私の目を、ごまかせるとでも?

 私もなめられたものね。

 くっ……。

 まあでもそんなに妖術を習いたいのなら、やってみなさいな。

 ただし、元の姿に戻って。さあ、炎を呼び出しなさい。

 できるのなら。

 

 あら、結構できるじゃないの。

 シルクに教えてもらったんだ。

 あの子は教えるほど上手くないと思うけど?

 真面目にノートに取ってたんだよ。あいつは。そういうところがあるから。

 だから俺も、武道の中でも剣術を教えてやった。

 あなたも教えるほど上手くないと思うわ。そうね、大方、私が教えている時にボーっと窓の外を眺めていたのは、そのせいね。

 そうだったのか?

 だって、ベテルス様の声は、ここまで響くもの。


 兄上!

 おう、どうだったか?

 楽しかったよ!全然気付かれなかった!いつもより断然上手いって、褒めてもらった!

 ははっ、そりゃな。

 兄上、本当にありがとう。

 ……!?

 兄上、大好き!!

 ……俺はただ、お前が妖術に興味ないのがやきもきして、そのっ、時間の無駄だと思って、そんなに剣をぶん回したいなら俺の代わりにやったほうが、だからそのっ、俺のほうがお前より妖術師にふさわしいっつーか、俺のほうが妖術の才能あるだろ!!別にお前なんかに――

 ふふっ。

 何で笑ってんだよ!


 シルクを、兄上の嫁にする。

 !! 父上、何故!

 兄上はお妃さまが亡くなられてからご乱心だ。こんなようじゃ、この国は滅びる。

 だから、何故シルクを!

 あの子しか、条件に当てはまる子はいないのだ。

 父親として、無垢なあいつを守ってやろうという気はないのか!

 しょうがないではないか!お前に何がわかる!

 父上にシルクの何がわかる!


 もっともっと強くなってやる。

 もっともっと強くなれば、俺はシルクを守れる。

 もっともっと強くなれば、あの時、簡単にあの部屋を追い出されなかったはずだ!

 父上付きの妖術師など、簡単に倒せたはずなんだ!

 くそっ、くそっ!!


 シルク、お前、叔父上に嫁がされるの嫌だろ?

 もちろん、いや。近親相姦なんてあってはならないことなのに。というか、どうせ嫁ぐなら、もっといい人がいいな。

 じゃあ、いいことがある。

 何?また、兄上が私を助けてくれるの?

 そうだな。おまけに母上が企んでいることからも逃げられるぞ、きっと。

 記憶を消されちゃうんでしょう?それも嫌だもの。

 いいか?もう時間がない。もうすぐ追っ手が来るはずだ。

 だって、今日が婚礼なんて言われても、一言も結婚するって言ってないもの。

 だろ?だったらシルク、俺と結婚しろ。

 俺の物になれ。

 ……? 兄上、何を……?

 俺とならいいだろ、シルク?俺とお前で、世界を征服しよう。もう誰にも邪魔されない。なりたいものになれる。いやなことを無理強いされる必要もない。

 もう少ししたら、俺は月光夜剣を父上から受け継ぐ。太陽の槍は持ってるだろう?そしたらもう、無敵じゃないか。

 じゃあ、あげる。

 ……!?太陽の槍、いらないのか?

 いらない。

 兄上は人を傷つけるために月光夜剣を使うの?私もこの手で人を苦しめるために太陽の槍を使わないといけないの?私は何かを呼び出して操ったりとか、したくない。

 だから、いらない。あげる。

 どうしてだ、シルク?月光夜剣と太陽の槍を二つとも手に入れた俺は、俺たちは、最強になるんだぞ?

 なんなくていい。それに父上は、月光夜剣を兄上にはくれないよ。そうやって使うなら。月光夜剣は、人を助けるためにあるって、私は信じてる。

 ……くそっ、シルク、お前もか。お前まで俺を馬鹿にすんのか?

 してないよ!

 じゃあ、俺の物になれ!

 いやっ!

 何で泣くんだよ、シルク?何で逃げるんだよ!?

 俺のこと、大好きじゃないのか?お前、前、そういっただろう?

 なあ、違うのか!?

 おい、待てよ、シルク!


 シルク、もう逃げられないぞ。

 その服じゃ走りにくい。それに、俺のほうが足も速いし、もう後ろには柵しかない。

 あきらめろ、シルク。

 悪くないと思うぞ?

 なあ、シルク、俺の物になれ。

 いやああああああああっ!

 !! シルク!


 あいつ、まさか、身を投げるなんて。

 俺と一緒になるくらいなら、死んだほうがましと言うのか?

 ……なっ!

 お前は……!

 お前の妹は預かる。

 もう誰も、こいつを苦しませないようにする。

 捻じ曲がったお前らから、こいつを解放する。

 まさか、こいつ、シルクのそば猫!?

 あいつ、もう自分のそば猫まで手に入れたのか!?

 俺の目を欺きやがって。やっぱり妖術師になりたかったのか。

 あの輝きは、月光夜剣!持ち出してやがった!やはりな……。

 くそっ!絶対に許さない。

 だったらこの場で消してやる!!

 俺のほうが、お前より、妖術は優れているのだから。

 ……ぎゃああああああああっ!

 緑の雷光……ちくしょう、ちくしょう!

 もっと強くなってやる。

 この手で俺が、世界を征服する。

 世界を俺の物にしてやる。

 そして、シルクを手に入れる。

 世界の皆が、俺の元にひざまずく。

 誰も俺に命令なんかしない。

 誰も俺を蔑まない。

 俺はもう独りじゃない。

 そうすれば、きっと、シルクだって俺に振り向いてくれる!

 またあの笑顔を俺に見せてくれる!

 絶対に……絶対に……

 世界は俺の物になる。見てろよ、シルク。お前もな。

 ただお前らは、見ていることしか出来ない。

 世界は、シルクは、俺のものだ!!


 やっとみつけた……。

 髪を切ろうが、名前を変えようが、容姿がちょっと変わってようが、お前はお前なんだよ。

 シルク……。俺がこの手で、お前を手に入れる。

 たっぷりいたぶってから。たっぷり苦しませてから。

 俺が苦しんだ分。

 もうすぐお前は、俺の物に……


「ぎゃああああああああっ!」

 二人は同時に悲鳴をあげた。

「俺の心の入るなんざ……やってくれるじゃねえか、シルク。でもな、俺の心は俺だけの物。見たお前は生かしておけない!」

 「リオン」の右手に、太陽の槍が戻ってきた。黄金の光は、頭上の月と反射しあっている。

「死ねええええええっ!」

 太陽の焼け付くような光が一点に集まった。燃え上がる光線を、リオンは間一髪でかわした。光線が当たった床は抉れ、焼け焦げて煙を上げている。

 光線がまた襲ってきた。途中で何本にも分かれ、こちらにつっこんでくる。これでは避けられない。

 しかし、その光線は途中で消えた。

 なぜなら、「リオン」が水流をかわす羽目になったからだ。

「アリス……」

 アリスは立っているのがやっとのようだった。息も絶え絶えに彼女は言った。

「そば猫を……必要と、しない奴に……仕える気はない。仲間を、攻撃する、奴は……許さない」

 サーモンピンクのリボンを取り出し、地面に放り投げる。そしてそのまま、アリスは倒れた。グレンダに折り重なるように。彼を守るように。

「けっ、弱い奴はこれだから。時間をかける価値もない。――さあこれで、お前を守ってくれる雑魚は全部失せた」

「太陽の槍」を回転させる「リオン」とリオンの周りに、突然円状の炎が燃え上がった。

「……」

 リオンの頭の中は真っ白だった。怒りが彼を動かしていた。

「うおおおおおおおおっ!」

 リオンは飛びかかり、「リオン」へ襲い掛かった。何かに話し掛けて攻撃する余裕などなかった。ただただ目の前にいる兄だった悪魔に、痛みを味わせてやりたいだけだった。

「肉弾戦がしたいのか、シルク?――それも面白いかもな」

「シルクじゃ……ない……」

 「太陽の槍」で軽く払われ、後ろに吹っ飛び壁に当たる。一瞬息が止まった。

「武器を使わないだとか、そんなどうでもいいポリシー、捨てたらどうだ」

 そんなんで勝てると思っているのか?俺をなめるのもいいかげんにしろ。

 彼の声が聞こえるようだった。

「無駄なんだよ、シルク――それともお前が本気を出すほど、俺が強くないってか?」

 いっそう金の疾風は強くなっていく。かわしているうちに、また壁際に追い詰められていた。

「あの時とは違って、今回は逃げられないぞ」

 狂った赤い目が燃えていた。

「さて、どうしてやろうかな?

生きているお前が手に入らないのなら、死んだお前を手に入れる」

 飛び退って転がった。はっと気付くと、目の前に炎があった。髪の炎を、とっさに転がって消す。その2センチもない横を、金色の光が突き立った。

 またしても避ける。これでは埒があかない。

(……月光、夜、剣、を、呼び出したらどうだ)

 グレンダの声が、途切れ途切れに心に響いてきた。はっとして彼らの方を見るが、本人は倒れたまま動かない。

 いやだ。武器は使わないと、あの日誓った。だいたいあれを封印している意味がなくなる。

(そっちじゃ、ない……)

 飛んできた矢をかがんて避けながら、リオンは目を見開いた。

(でも、あれで勝てるかどうか)

(月を見ろ)

 分かっているけれど。

(あれは、武器、じゃ、ないだろう)

 でも、俺は、

(お前は、お前……以外の、誰でもない。名前なんて……関係ない。誰かなんて関係ない。

俺にとって、お前にとって、お前はお前だ)

(!!)

 2年前に受けた教え。

(簡単に……忘れてもらっては困る。俺が、お前を、手塩にかけて教育した、意味が……ないだろう?)

 そうだった。

「……グレンダ」

 小さく呟く。同時に、心の通信を切る。目の錯覚か、倒れた黒い影が、わずかに動いた気がした。

「シルク、ここまでだっ!」

「俺は誰でもない!」

 受け入れてやる。シルクだろうがリオンだろうが。

 俺は、俺なのだから。

 腰にあった深い夜のような紺の鞘を、そっと抜いた。使っていなかったのに、この輝きは今もなお失われていない。

「月光夜剣の鞘?無駄だ!」

 太陽の槍が飛んできた。それに合わせて鞘を投げつける。二つはちょうど二人の間でぶつかった。紺と金の火花が飛ぶ。まったく同時に、二つは落ち、持ち主の手に戻ってきた。

「……馬鹿な!今は、俺の力のほうが強いはず!」

「どうだろうな」

 空の上で輝く、西に傾いた月は、黄金と白銀の色が入り混じっていた。

「くそっ!でも、実力は俺がお前より上!上なんだ!!」

 黄金の閃光が頭に振り下ろされた。しかし、紺の鞘がそれを受け止める。微動だにしなかった。

「この鞘は、全てを受け止め、無力にする力がある」

「くそっ!」

 腹立ち紛れに飛んだ赤い閃光を、鞘で消した。

 今は、周りの物に話し掛ける時間がない。手段はこれしかない。

「ちくしょう……っ!」

 今だ!

「はああああああっ!」

 飛び上がって右手を突き出した。しかし、「リオン」いや、リオンも同じ動きをしていた。

「この地に太陽の力を持つ武器を封印する!永久にその力を封じよ!」

「この地に月の力を持つ器を封印する!サルビア家の当主として我が命ずる!」

 リオンの足元には、黄金色に輝く太陽を描いた陣、

 シルクの足元には、白銀色に輝く月を描いた陣。

 どちらの陣も、サルビアの花弁が複雑に絡まりあっている。

 大きさもまったく同じだった。

 時が止まった。

 しかし――

 白銀色に輝く陣が、黄金色の陣を飛ばし、眩い光を放った。

 リオンの手の中の太陽の槍が消え、床が一部抜け、地を揺るがす音と共に封印された。

「馬鹿な……俺の陣が負けるだと……?」

 はっとしてリオンが空を見上げると、空には西に大きく傾いた月が最後の光を放つように、冷たく白銀に輝いていた。

「天まで俺を裏切るのか……だったら俺が天も手に入れる。夜明けと共に、この世界は俺の物になるんだ!」

「させない」

 シルクは前に進み出た。青い目がきらりと光った。

 彼女は運命を、過去の自分を受け入れていた。だから、幻術は解かれ、髪も服も元のままだった。頬の傷もあるが、顔は紛れもなく女――王家の姫の風格が戻っていた。

「兄上は、このままだったら、間違いなく死ぬ。自らの行いで自らを滅ぼす。それが見える。

だから、させない」

 リオンの赤い目が激しく燃えた。

 しかし、周りの炎は消えていた。

「寄るな!……うあああああああっ、ああああああ!」

 しゃむににつきだした手から、爪が長く伸びた。

 それは寸分違わず、シルクの胸を貫いた。

「あ……」

 シルクは視線を落としてそれを見つめた。じわりと広がる血も、痛みも、彼女は全て受け入れた。

「これでお前は……俺の……」

 彼の心の叫びが、彼の目に映るようだった。

 何故抵抗しなかった!何故そんなに落ち着いていられる!

「兄上は……十分、強いと思う。だから、もう、」

 その時、雷を帯びた水流が、リオンの横腹を直撃した。その勢いで、二人は吹っ飛んだ。

「ぎゃああああああああっ!」

「兄上……」

 シルクは静かに話し掛けた。

「兄上、もういいから」

 リオンの動きがぴたりと止まったと同時に、背後から濃紺の鞘が静かに、彼を貫いた。

 痛みはなかった。

 血も流れなかった。

 鞘は、彼の血を吸収した。受け取った。

 夜明けの太陽の光に包まれて、兄と妹は折り重なるようにして、その場から動かなくなった。

 鞘はいつのまにか消えていた。

 それと同時に、城が崩れだした。天井が落ちてくる。壁も崩れる。

 周りで燃えていた炎が、柱や地盤を溶かしたようだった。それだけあの、妖術の炎は強力だったのだ。

 轟音と地響きと共に、全てを洗い流すように、かつてのサルビア家の城は崩れ去った。

 本当に一瞬のことだった。



 森があるのに、そのはずれは不毛の地である。かつては古城だったのだろうが、この廃墟が彼女は好きだった。

「シルクー、戻っておいでー」

「母さん」

 灰色の毛並みを持つ一匹の小さな猫が、すべるように廃墟の中を駆け抜け、軽やかに森のはずれへ走りこんだ。

「アリス、これでいいか?」

 父さんが戻ってきた。

「うん、まあこれで二日は持つでしょう。ありがとう、グレン」

 ねずみをくわえて、シルクと呼ばれる小さな猫は、廃墟へ戻っていく。

「ちょっとシルク!」

「まあいいじゃないか、あそこが好きなら」

 廃墟の中で、ぽっかりあいた何もない、地面だけの場所でシルクはねずみを食べていた。

「ねえ母さん、父さん、ここはなんだったの?」

「城だった」

「それじゃ分かんない!どうして崩れたの?」

「崩れる運命だったのよ、ここは。崩れたから、今があるの」

「ここを崩すために、ちょっと前にあった恐ろしい野望を砕くために払われた犠牲を忘れないために、俺たちはここに住んでいるんだ。何事もないように、見張っているんだ」

 この地に封印された物を守るため、な。

「あなたとあなたのお兄ちゃんの名前もその人たちにあやかって――シルク!」

 一匹の猫を、見下ろしている少女がいた。

(あなたは、誰?)

 心に響いてきた声にびっくりして、シルクは顔を上げた。

(私は、レイン・サルビア。あなたは?)

(私はシルク。父さんも母さんも元そば猫。あなたのお父さんとお母さんは?)

(いないわ。母は病気、父は分からない。母は名前も覚えていないわ、早くに亡くなったから。父は行方不明。名前は、キーマ)

(どうしてあなたは、独りなの?)

(父さん、母さんがいなくなってからおかしくなっちゃってね、なんかされないうちに逃げた。ギルダ叔母さんの案で。叔母さんのそば猫、アイアン・エデュリスが導いてくれた。言葉は通じなかったけど)

 シルクは目を輝かせて言った。

(独りってかわいそう、だって寂しいもの。じゃあ私が、あなたのそば猫になってあげる!だってこうして、話ができるんだもの。これって運命じゃない?すごいわ!)


 こうしてまた、そば猫は誕生する。

 こうしてまた、物語は終わり、始まる。

 満月に、黄金と白銀が混じった優しい月に、見守られながら。

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