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Rose 〜明るい夜の薔薇〜

この話は、ちょっとグロい描写や、少し過激な内容が含まれているかもしれません。見る人次第で違いますが。

でも、なるべく抑えています。耐えられる程度だと思います。あまり出てきませんので。

それでは、どうぞ。

「私、シルク・サルビア」

「……」

「……」

「……」

「……」

 あまりに突然だった。ここまで探して、あまりにもあっけなくはないか。この一年はなんだったんだ。

「……グレン、本当だと思うか?」

「俺に聞くな。リオン、お前のことだろう」

 リオンとレイン、そしてそのそば猫たちが例の村を発って、近くの村ともいえない小さな湖のほとりの集落で一休みしている時だった。まだ1時間程度しかたっていないのだ。

 ぼろぼろの服を着て、肩のあたりで切りそろえられた輝く白髪――銀髪のその少女は一休みしているリオンたちに近づいてきた。そして、必死になってリオンたちに訴えていた。

 きっと、聞き込みしているのをみたのか、うわさにでも聞いたのだろう。このくらいの集落なら、うわさが伝わるのなってあっという間なのだ。

 だって、こんなに苦労して探したのに簡単すぎる。あんまりだろう。リオンはそう思っていた。

 そう、あの村を出てすぐの時、一騒ぎあったのだ。


「……レイン、やっぱり俺は、お前達と旅をすることは出来ない」

 村を出て、近くの無人の納屋で壁に寄りかかってリオンは言った。

 グレンダが横で嬉しそうに鳴いていたのは無視した。

「何でよ?リオン」

 ぷーっと頬を膨らませたレインに、リオンはため息をついて答える。

「――悪い予感がするからだ」

「たったそれだけで?」

「俺の直感はなぜか当たる。最近俺が直感的にやばいと思った村は、2時間後に壊滅した」

 そうなのだ。昨日、疲れて寝てしまった時、悪い夢を見た。


 真っ暗闇の中、声だけが聞こえる。レインの声だ。

「リオン、愛してる。リオン、愛してる。リオン――」

 この繰り返しだ。そんなに俺は、あの時のことの刺激が強かったのか。俺は意図的に忘れるのは得意なはずなのに。

 しかし、その声は、途中で獣のような荒々しい、欲望に満ちたどす黒い声に変わる。

「――リオン、愛してる――お前は俺の物だ」

 その瞬間、暗闇の中に、赤い背筋が震える光が満ちる。ほんの一瞬だ。

 その声は、どこかで聞いたことがある。思い出すほど、強い恐怖と共に、生々しくその声が蘇る。

 レインは確かに不気味だが、やはりあいつは只者じゃない。妖術師であることでもうそれはほぼ決定している。


「――と言うことだ」

 なぜかレインの表情が、キッと張り詰めたものに変わった。ますます悪い予感がする。

「どうしても、連れて行かないつもり?」

「ああ」

 その瞬間だった。

 レインは右手をすっとリオンの顔と高さまで上げた。と同時に、彼女の白く細く、そして長い指から爪が恐ろしい勢いで伸びた。とがったその爪は、リオンの首をかすり、頬を掠めて壁に突き刺さった。薬指と小指の爪は、肩すれすれのマントに突き刺さり、リオンを釘付けにした。

 周囲の空気が凍りついた。音も何も聞こえない。寒気がした。

「させない。私を連れて行かないのなら、いずれシルクを見つけた瞬間殺すよ?絶対に見つけてやるんだから。殺し方は一番残虐な方法で。何がいいかな――爪?いや串刺し……火あぶり……」

 楽しそうな、しかも笑顔のレインを見て、リオンはますます凍りついた。その瞬間、かすった頬が一気に切れ、血が滲み出した。自分の血が流れる音を聞きながら、リオンは真っ青な顔で問うた。

「お前、なぜそんなにシルクにこだわる」

「そっくりそのまま同じ問いを返してやる。答えろ」

 豹変したが、相変わらず楽しそうなレイン。こちらから見て右目が、赤く妖しく光った。夢と同じ光だ。

 爪が首に迫ってきて、リオンは焦り、またレインの隠れた残虐さに呆れながら言った。こいつ、悪魔だ。

「お前に言う義務はない」

「お前がそういう権利もない」

 レインは歌うように言った。

「この赤い目は普段、妖術で黒にしている。この目は人がどこでどうやって生まれたのかが見えるんだ。リオン、お前も例外じゃない。お前は覚えていないのか?」

「何をだ?」

「解いていないのか?――なら、何でもない」

 いきなり男言葉のレインに驚きつつも、リオンは今の言動を訝った。

「どういう意味だ?」

「それは今重要か?お前死にたいのか?これ以上無駄話したら、その首が飛ぶぞ」

 はあとリオンはため息をついた。

「シルクは――俺の妹だ」


「だーかーらっ、私、シルクだって言ってんじゃんっ!」

「リオン」

 レインが息をひそめ、リオンの耳元で言った。

「あんなこと言うと、余計信じられないんだよねー」

「同感」

 二人は元に戻り、少女を見下ろした。

「シルクにしちゃ、背が低いな」

 リオンが言った。

「苦労続きだったからねー。城から逃げたあと、いろいろあったんだから」

「じゃあ、私達が、あなたが本物のシルクだということを証明してもらうために質問をいくつかするね。本物ってわかったら、お城に連れて行くから」

 リオンも言った。

「シルクは王家の血を引いているから、警戒しないと。王家にもしものことがあったら困るんでね」

 少女は不満そうに口を尖らせた。

「ふーん、分かった」

 レインはにっこり笑うと、いきなり質問をはじめた。

「あなたの父親と、母親の名前は?」

 少女ははきはきと答えた。

「父上はベテルス・サルビア。騎士で、王家の近衛隊の総括隊長で、王の弟です」

 レインはますます笑った。

「母親は?」

「ギルダ・サルビアです。妖術が得意でした」

「彼女は妖艶な美女、というので有名ね。じゃあ、ギルダが王家に入る前、なんと呼ばれていた?」

 少女はすらすらと答えた。

「伝説の妖術師です。なぜ母上を、騎士の父上が娶ったのかは分かっていません。人によっては、父上は妖術をかけられた、とも言われています」

 レインは少し首をかしげ、言った。

「正解。じゃあギルダは、あなたのお父さんのことをなんて呼んでいた?」

「ベテルスだから、べッタと。ちなみに王――叔父は、ベティーと」

 リオンは思った。細部まで知っているな。もしかしたら……

「あなたの兄はどういう人かしら?」

「リオン・サルビア。兄は騎士の訓練をさせられていたけど、妖術師になりたかったんです」

「もっとも今は違うけどな」

 少女はこちらを見た。そして、その表情を崩した。

「もしかして――お兄ちゃん?ぜんぜん分からなかった!昔髪の毛は刈り上げだったのに!髪伸びたね!!」

 探したんだよーと屈託なく笑う少女を、リオンは見つめた。

「ねえお兄ちゃん覚えてる?私、騎士になりたくて、お兄ちゃんに剣術習ってたもんね!」

 その笑顔が、リオンの胸に突き刺さった。

「わりい。俺、覚えていないんだ」

「あなたは解いたのね?記憶断片消去術」

 レインは柔らかな表情で、目にちらちらとした妖しい光を湛え、言った。

「覚えていないの?おかしいな。あなたの母親ギルダが、リオンとあなたにかけたはずだけど。『これも試練よ』としか言わなかったらしいけどね」

「そう?覚えてないな。きっとその術のせいね。あなたやけにサルビア家に詳しいのね」

「私は世界征服したいから。月光夜剣って、そちらの家に伝わってるんでしょう?父親から息子に継承される、って聞いたから、ずっとベテルスに見張りをつけてた」

 レインって、とリオンは思った。なんて貪欲なんだ……

「よくあの城にスパイを忍び込ませられたわね」

「私は妖術師よ。なめないで。あの城によくいた鳥とか、なろうと思えばなんだってなれるわ」

 少女はレインを見つめた。レインも少女を見つめた。

「記憶断片消去術というのは、その人に関する記憶を消すこと。でも何かの拍子に記憶につながる物や、事が起きれば少しずつ思い出すことができる。あってるかしら?ギルダに習わなかった?」

「あっているんじゃない?覚えていないわ」

 自分にはちんぷんかんぷんのリオンだった。下でグレンダが、瞬きもせずに聞いていた。

「最後に、あなたとリオンがあの城で2年前にかわした別れの言葉は?これを答えたら私は、あなたをシルクだと認める」

 勝ち誇ったように少女は笑った。

「『お前が逃げ出しても、生きていれば俺はそれでいい。記憶断片消去術をかけられる前に逃げろ』ってお兄ちゃんが言って、私が『お兄ちゃんもうまく逃げて。城に残って戦うなんて、お母さんには勝てっこないんだから』」

 リオンは、よくもこんなに覚えているな、と少女を見た。そしてレインをみた。たぶん、城への道中は、俺がこいつ――妹の世話をするのだろう。

 レインはその少女に向かって微笑んだ。

「あなたはシルクじゃないわ」

「えっ?」

「何を言って――」

 その時だった。レインの爪が伸び、少女の腹に突き刺さっていた。

「王族シルク・サルビアを騙った罪で、私があなたを粛清する」

「レイン!やめろ!」

 レインは残虐な、楽しそうな表情でこちらを見た。左の赤い目が、狂気の光を宿している。

「だって、違うもの。シルクはあの時、城から逃げたんじゃないもの」

 少女は青くなって、血を口からたらしていた。白い頬に赤い筋が一つ、鮮やかに見えた。

「ううっ……うがっ……」

「正しくは城にある塔から、身を投げた」

「そ……それも、結局助かったんだから、逃げた、ってことに……ああっ」

 少女の肌が生気を失っていくのが、目に見えて分かる。蒼白な瞳で、彼女はリオンを見据えた。

「助けて……お兄ちゃん……」

 リオンは足が凍りついたように動かなかった。偽者だとしたら、助けたら意味がない。情に流されて判断を誤ってはならないのだ。でも、もし、本物だったら。

「シルクが、叔父から結婚を迫られただけで、塔から身を投げる?逃げることはあっても、強情なシルクは、そんな簡単に命を捨てない」

 きりきりという音が聞こえてきた。少女の血が、地面に滴り落ちる。薔薇のような深紅で、毒々しいまでに赤だ。背中から、凶器と化した爪が5本突き出していた。

「答えを教えてあげる。兄のリオンは、シルクに迫った――『逃げるところを見逃して欲しければ、俺の物になれ』と」

 リオンは目を見開いた。そんなこと、そんな忌まわしいこと、俺が言ったのか?

「シルクはね、兄と叔父、そして母の、約束していた自分の誕生日に記憶断片消去するという恐怖から錯乱状態になって、逃げるように塔から飛び降りたの」

 リオンは耐えられなくなって下を向いた。視界の隅に入ったグレンダは動かない。石のような表情だった。

 少女は血を思い切り大量に吐いたあと、弱々しくレインを見つめた。

「さすがは黄金の月の妖術師――手抜かりはない、ということか」

「そうよ。姿をあらわせ、化け物」

 レインは冷笑を唇に浮かべ、ぐっと腕を上げた。5つの穴が広がり、ぐしゃりという気持ち悪い音が聞こえた。

「ふん、月光夜剣を狙っていたのがお前じゃなけりゃ、成功したのに」

 声も、目つきも豹変した少女はもはや半分以上が真っ赤に染まっていたが、いきなり首をぐっと上げた。

 すると、白い髪は黒くなり、次の瞬間からだが黒い液体となり、地面に全て落ちた。そして持ち上がり、ぼんやりと人の形をとった。

「あれで俺は、片っ端から人を切り裂いて、この世を俺一人にするつもりだったのに」

 黒い物体はゆらり、とレインに向かって進んだ。

「あら残念。私の手にかかったことが、相当悲運だったようね」

 レインは一切臆しない。リオンは焦り、レインに言った。

「おい!レイン大丈夫か?」

「手を出さないで、リオン。お楽しみを奪い取らないで。あなたの記憶は、あなたが騎士だった時からしかないんだから」

 また心を読まれた。こんな時に、よくもあいつはそういう余裕があるものだ。

 お楽しみとは……レインの深い深い残虐性を、リオンは改めて思い知った。

 黒い物体は、嵐のような音を立てながら、レインを飲み込んだ。

「レイン!」

 リオンは叫んだ。こんなはずじゃない……あいつはこんなことでやられるようなやつじゃ……

 目もくらむような光が、黒い物体を包み込んだ。

「!?」

 黒い物体は金色の物体に貫かれていた――金色のそれは槍で、先端の竪琴型の光り輝く刃が、黒い物体を捉えていた。

 レインはもはや笑っていない。凄みのある顔で、黒っぽい槍の柄を握っていた。

「へーえ、湖の精霊だったのに、ある日見つかり得体の知れないものとして、村人にのけ者にされ、人間を逆恨み、ねえ」

 赤い目と「太陽の槍」は光を強めていく。

「私は呼び出す――太陽の光を。同じ本質を持つこの槍へ、集え」

 恐ろしくまぶしい光のため、リオンは手で顔を覆った。耐えられなかった。皮膚が悲鳴をあげているのを感じた。

「逃れられないはず――光からは。化け物、この集落の人々を殺戮した罪で、粛清する」

 大地を揺るがすような悲鳴をあげ、身を捩る黒い物体は、黒煙を上げだしていた。

 槍を抜かれ、空中にその残骸は、完全に静止した。炎を上げて。

 レインは右手を高々と掲げた。そして、まっすぐに残骸を、その後ろの湖を指す。

「この者を封印せよ――湖の暗き底に、永遠に」

 光がまた、右手に集まっていく。まぶしいまぶしいその光を、レインは突きつけた。

「黄金の月の光により、我の魂により」

 その光は、陣を描いた。黒い物体の真下に。その光は、一瞬、真ん中に満月があり、その周りを取り囲むサルビアの花弁を描いた。周りにもいろいろな文が見えたが、すぐにそれらと共に消えた。

 そして、後に残ったのは、夜の闇と冷たい風だった。リオンは目を恐る恐るあけた。あけられた。

「あー疲れた。リオン出番なかったね。陣を出すって体力いるわ」

「そうだな――陣は嘘をつかない」

「そう。それって、あなたの母親の口癖――」

 リオンはシルクに駆け寄った。いたわるように、その細い体を抱きしめ――

 その拳を、レインの腹に叩きつけた。一瞬の早業だった。

 目を見開き、音もなく、レインはうつぶせに崩れ落ちた。

「俺だって騎士道の心得はある。父上に習っていたらしいし、みんなそういうからそうなんだろう。どのみち俺は、俺だったやつは、元はといえば騎士だ」

 その小枝のような体を、肩に担ぎ上げて抱える。

「おい、グレン、俺は見つけたぞ」

 グレンダは謎めいた目でリオンを見た。

「シルク・サルビアを」

 そう――陣は嘘をつかない。素性を隠していても、全てはあれにでる。隠し通すことなど出来やしない。陣は真実を語る。

「あれは、サルビア家の紋だ」

 あいつがやけにサルビア家の内情に詳しいのも、そのせいだ。容姿だって十分似ている。妖術が使えるのも、これで分かる。

「俺は、今からサルビア家の城に向かう。任務をやりとおしたと。願いをかなえたと」

 グレンダも、そしてアリスも、何も言わなかった、ただ、黙々と足元に寄り、ついてきた。

 月影に照らされながら、一人を抱えた一人の人間と、二匹の猫が夜道を疾る。

 静かに、急ぐように。

 湖面に映る月は、暗く歪んでいて、黄金のようで、そして、もうすぐ完全な、円になるようだった。

次回、Light of Night本編、完結!

サルビア家で起こった2年前に悲劇の真相……

リオンとレインの関係が明かされる!

月光夜剣の行方は?

グレンダとアリスがとった選択は?

物語が始まった場所で、物語は終わる。

夢のように。

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