Butterfly〜明るい夜の蝶〜
前のmoonがプロローグ、これが第一章だと思ってくださいね。
月夜に、一人と一匹は歩いていた。
一人は、白銀の月のような色をした、ぼっさぼさの手入れしていなさそうな髪の毛で、肩につくかつかないかの長さだ。伸びた前髪が、右目を覆い隠している。左頬には赤い傷が、目の少し下に短く一つ、その下に頬からあごにかけて一つあった。どこか愁いを帯びた、何を考えているか分からない目は、雨上がりの池の近くの、霧色――つまり、美しい灰色だった。
その一人は、フードつきの真っ黒なマントをまとっていた。まえをしっかりとかきあわせてあり、足も隠れるほどの、地面に届きそうなな長さだった。首の近くのフード辺りは、少し風を通したいのか、くずしてあった。
一匹は、黒猫だった。首にはサーモンピンクのリボンを巻いている。目は大きく、エメラルドグリーンで、やはりきれいだった。
「リオン」
一人が一匹を見つめた。
「なんだ?」
一匹はだるそうな目でリオンと呼ばれた人を見上げた。
「まだつかないのか?旅籠」
「まだ村に付いてそんなにたっていないぞ。もうちょいがんばれよ、グレン」
グレンと呼ばれた猫は、のびて首をそらした。
「前に焚き火が見えるな。珍しい」
「なんかのお祭なんだろ。行きたいか?」
「俺を殺す気か?お前」
焚き火に向かって歩いていくと、小ぢんまりとした、薄汚れてはいるがそれなりに手入れはしていそうな建物が、徐々に増えていく。木造で、中からは明かりと、ご飯の美味しそうな匂いがもれていた。
「腹減った」
リオンとグレンは、同時に言った。
人もだんだん多くなってくる。みんな気さくに笑っている。友と歓談しあう者、つかみ合いをする子供達、夫婦であろう人たちがおしゃべりしながら通り過ぎる。酒場とおぼしきところは、外にもテーブルといすがあり、たくさんの人たちが酔いしれ、しゃべるしゃべる。
明かりがほんのりと強くなっていく時、右側のぶどうの形をした看板が出ている建物に行き着いた。ぶどうの絵が描かれ、ぶどうの形をした古びた看板にはオータムベリーズ、と書いてある。中からはひときわ大きく喧騒が聞こえる。いい匂いもする。
「肉の匂いだな」
「ここ旅籠だろ」
「泊まれよ、リオン」
「そういうお前は馬小屋に泊まるか?グレン」
「お前マジで言ってんのか?」
その建物と建物の間に、暗い、細い路地があった。
「馬小屋へ行く道だな」
「おいリオン。まさかお前本気?」
その時、押し殺したような悲鳴がそこから聞こえた。
「……?」
リオンとグレンは顔を見合わせ、同時に路地へと入っていった。
じめじめした路地を抜けると、馬小屋が見えた。その横の壁に、黒髪で黒ひげで、そのどちらももじゃもじゃの暑苦しい大男が、紫色のべっとりとしていそうないくつもの触手に押し付けられていた。苦しそうにあえいでいる。
そして、触手を出しているのは……少女のような子だった。リオンと同じくらいの歳の。
「!!」
次の瞬間、リオンに向かって紫色の、その触手が襲いかかってきた。
軽く飛んで横の路地に下がる。
その少女は、男を絡めとっている触手を出している右手とは別に、左手でリオンを襲った触手をするすると戻した。しかも、こちらを見ずに。
「あいつ、ただもんじゃねーぞ」
グレンが横に来て呟く。
「ちっ」
少女が呟いたのが聞こえた。次の瞬間、紫の触手はべっとりとした塊と化し、男を閉じ込めた。
そしてこちらに向き直った。手から大量の水をこちらに向けて放射する。まともに浴びたら窒息だ。
「本当は使いたくないんだけどな」
リオンはぼそりといった。視界は水でさえぎられている。逃げ道はない。逃げる気もない。
大量の水は、矢のような速度で突っこんできた。
バチバチバチバチッ!
しかし、その水はリオンを直撃することはなかった。
リオンが防御しているからだ。――雷の壁で。
まぶしいくらいに輝くその雷は、すぐに水に伝わり、それを包み込む。
そして、水も雷も消えた。何事もなかったかのように。
「ふーん……」
馬鹿にしたような口調で、その少女はこちらに近づいてくる。
「あんたも妖術師なんだ。あ、魔術師の間違い?」
面倒くさそうにリオンは答える。
「どちらでもねーよ」
「うそつき。それならあの雷、どうやって出した?」
「雷に話し掛けた。こっちにこい、って」
「ばっかみたい!そんな話、通用すると思ってる?」
「能力。何にでも話し掛けて、会話できる」
「そう。それ魔術師と変わんないじゃん。操ってんだ、この星」
「いや。頼んだだけだ」
少女がこちらを見上げた時、リオンは背筋がぞわっとした。
目の色が――右目が、赤い?左の目は黒なのに。そう思ったとたん、右目は左と同じように黒に戻った。
この女、不気味だ。
少女を眺めてみる。白髪が鎖骨に触れるくらいに伸びている。が、不思議と整っている。左頬には、大きく紫色の十字の傷痕がある。灰色の、襟を立てて前をしっかりと書き合わせている衣。袖がついている。そこから出ている手は、白くて細い。衣は長く、地面に触れるか触れないか。
「お前、妖術師なのか?」
「ばれたー。あんた、占い師?」
「いや、外見的にもう……」
「そう、あんた邪魔しないでくれない?せっかくそこの男を苦しめてたのに。あ、もしかして私達の敵?」
「いや、お前の敵とかじゃなくて、その人の切なる願いっぽかったから。今日月夜だし」
「は?」
「月夜に切なる願いをしてきた最初のやつの願いをかなえてんのさ」
「めんどくさ。でもこいつ、願ってないよ」
「いや」
壁に押し付けられている男をちらりと一瞥し、リオンは言った。
「悲鳴からして、もう契約成立」
「あっそ」
「というわけで、そいつを放せ」
「やだね」
少女は口元に残酷な笑いを浮かべた。目がちらちらと不気味な光をともす。
「こいつがいけないの。大切な相棒を捕まえて売ろうとしたから」
壁に引っ付いた紫色の塊がみしみしと音を上げ、壁に亀裂が入る。
「いや、だからといって殺すことはねえだろ」
「殺してないさ。意識不明で二度と口が立ち上がれない状態にしてや――」
「それほとんど殺してるよね。とにかく押し付けるな。壁が崩れて馬が逃げる」
「知ったこっちゃないね」
「村の警備隊に突き出せばいい。後で裁いてくれるだろ」
「冗談じゃない。大切なそば猫よ?」
やはりか、と思い、リオンは息をついた。たいてい強力な妖術師はそば猫を持っている。頬の傷は契約のしるしだろう。
陰に隠れていたグレンがでてきた。
「何?大切な同志が――」
「あとでなグレン。人が死んだらそっちの方がまずいから」
「知るか」
少女は即答した。
はあとリオンはため息をついた。こいつ、自分が悪いと思ってねえ。
(おい、そこらへんにいる空気たち。紫の塊に入り込んでくれねえかな)
軽く目をつぶり、声に出さず、話し掛けてみる。彼らが言うとおりにしてくれたのを感じた瞬間、即座に紫の塊が膨張し、弾けた。紫の残骸は、少女の手に吸い込まれていった。すると男が落ちてきて、頭をひどくぶつけた。気絶していたのか、今気絶したんだか、倒れて起き上がらなかった。
(そいつを縛ってくれるか)
壁に張り付いていたツタにはなしかけた。すると、ツタが伸びて男を縛り上げた。
「あんたばっかりにやらせないさ」
少女が出てきた。ぎらりと男を睨むと、くいっと親指で一つの路地を指し示した。男が浮き上がり、猛スピードでそこへ突き進んでいき、消えた。ドンッとか、ガンッとか聞こえてくる。
「曲進にしてやった。いい気味だぶつかれ」
「どこに送った」
「お望みどおり、警官隊さんたちの宿舎の真上に。建物壊れないかな」
「んなことまで望んでねーし」
グレンがイライラと首を振った。
「それはそうと、出してくれ。その相棒のそば猫」
「あれ、あんたもそば猫いるの?かわいいねメス?なんて名前?」
「オスだ!れっきとした!!」
牙をむき出して、グレンが唸る。
「へえ。だから、名前は?」
「グレンダ」
「グレンちゃんっていうんだ」
「いや、グレンダ」
だんだんイライラしてきた。まったく気がつかないのか、少女は続ける。
「え?だって『グレンだ』って」
「あー、グレンダだ」
「グレンダダって名前?」
「……」
めんどくさい。脇からグレン、いやグレンダがいった。
「グ・レ・ン・ダ」
「ああ、そうなんだ。でもさっき君の主人、『グレン』って呼んだよね」
「それはめんどくさいからだ。あだなだ、あだな」
「ふーん。まあかわいいからいいや。じゃあ『グレちゃん』って呼ぶね」
「グレてるみたいだろ、それ」
グレンダの呟きはとりあえず無視する。しかし、無視できたのはリオンだけだったらしい。
「俺はな!グレンダ・エデュリス。正統なるそば猫の名家のエデュリス家の嫡流九代目だ!シャムネコだけどな祖先にミーアキャットの血がはいってっからチビで、そして立てるんだ!あー分かったかなめんなよなめんなよなめんなよ――」
こいつはこういうところには、結構うるさい。
「グレンうるさい。分かったから。お前が実は後ろ足で立てるのとかこの人知らないから。てかチビってどうでもいいから」
ふふっ、少女が笑った。
「おもしろいね、君達。あ、あんた名前何?」
簡単なこの質問に、ぞくりと震えた。問うような少女の瞳を直視できない。
「俺は――リオン。
リオン・シルヴィーだ」
俺、といったとき、リオンは決別した。もう俺は――昔の俺じゃない。
なぜか彼女は、一瞬不可解な表情を浮かべた。口元が歪み、つりあがる。
「あ、やっぱりそうじゃないかって思ってた。私、レイン。レイン・サマリア。あんたなら知ってるよ、『白銀の月の魔術師』さん」
リオンは一瞬言葉に詰まった。
「……。なぜその名を?」
「あなた、有名よ。月夜に願いをかなえる変人」
「……お前は、何?『黄金の月の妖術師』?」
「あれ、何で知ってんの?」
当たってしまった。
「レイン!」
路地から猫が現れた。真っ白な小さな猫――目が青い。きれいだ。グレンダと同じ、サーモンピンクのリボンを首に結んでいる。メスのようだ。
「!!お前は!」
「あんた……!!」
「? グレン、知ってんのか?」
「アリリン、知り合い?」
二匹は前に出てきて、火花を散らすようににらみ合った。
「オレオーサ家の者か!」
「そうさ。あたしはアリス・オレオーサ、正統なるそば猫の名家のオレオーサ家の嫡流九代目よ!ペルシャネコだけどな祖先にミーアキャットの血がはいってっからチビで、そして立てるのさ!毛が短いのもそのせい!エデュリス家のお前、何しにきた!」
「お前こそなんだ!汚らしいオレオーサ。貴様のようなやつにそば猫の資格はない!その首のそば猫の証、剥ぎ取ってやるわァァァァ!!」
「なんだって!もう一度言ってみな!」
「……」
そば猫ってのは、みんなプライドが無駄に高いやつらばかりなのだろうか。
状況がわからなくて唖然とするリオンに、レインが言った。
「そば猫には、二つの名家があって、ずっといがみ合ってきたの。そば猫にふさわしいのは自分たちだ、って」
「それが、エデュリス家とオレオーサ家……」
「そっ」
そんなリアルでダイナミックでドロドロしてそうな世界が、猫たちの間に存在するとは、ある意味世も末だ。
「そいつがお前の相棒?」
「そっ。アリリン、やめなさい」
アリスが尊大な態度で首をそらした。
「私達にはこんなカスと遊んでいるひまはない。レイン、行きましょう」
「カスはそっちだろうがっ!この腐れオレオーサ!」
「グレン、やめろ。もういいだろ、旅籠行くぞ。お前実は馬小屋に泊まりたかった系?すぐそこにあるけど」
グレンダは毛を逆立てて唸り、リオンの足元に戻ってきた。
「あ、あんた願いをかなえてくれるんでしょ」
リオンはレインのちゃっかりした態度に拍子抜けした。
「あのな、最初に会ったやつだけだって。それで月夜っつっても、今日のような白銀の月しか――」
「世界征服したい。今すぐ」
「……」
レインは本当に頭がおかしい。そう確信したリオンだったが、
「それ切なる願いじゃないだろ」
とりあえずそう返した。
「えー、毎日この願いで頭がいっぱい」
「心からの切なる願いには見えねえし」
「心からなんて条件、知らなかった。ちっ」
「……」
早くこの場を去りたかった。疲れた。
「あー、世界征服頑張れよ。じゃ俺旅籠に戻るから――」
「旅の途中か。目的は何?」
お前の知ったこっちゃない、といってやろうとしたが、やめた。この女なら、何か知っているかもしれない。
「あのな、俺にはまだかなえていない願いが一つあるんだ。それをかなえるために旅してんだよ。なあ、シルク・サルビアって娘、知らないか?お前と同じ年頃の」
「知ってる!サルビア家っていったら、王様の弟の家系でしょ?そこの娘、失踪したんだよね」
実は王家おたくだったりするんだよ、私。と得意がっているレインだったら、手がかりを教えてくれるかもしれない。
「そうだ。王様もその弟ぎみも、ひどく悲しがっておられる。2年前に城から出たっきり、戻ってこないそうだ。そのすぐあとに、シルクの兄もいなくなった。そして一年前、母親が亡くなった。不幸続きだ」
「……シルクって呼び捨てしていいの?王様の姪にあたる人なのに」
無視した。たぶんレインは、それ以上の事を知らないだろう。
「私、世界征服のために、あんたと同じ探し物があるの」
俺の場合はものではなくて人だ、というのは時間の無駄のようだ。
「月の光を集め、自在に操ることができる、そして風だろうが波だろうが、何でも切り裂くことが出来る剣――月光夜剣を探しているんだ。それ、代々王様の弟の家系、つまりサルビア家に伝わっていたらしいし、シルクかそのお兄さんが持ち逃げしたみたいだし」
「……」
こいつ、危険だ。リオンは顔色が蒼ざめるのを感じた。
「あんたがシルクを探しているのなら、一緒に旅しない?シルクが見つかったら、月光夜剣も見つかりそうだし」
いきなり態度をなれなれしくしやがって。
グレンダが猛烈に抗議している。でも、場合によっては、この女は役に立つかもしれない。
「何で月光夜剣が欲しいんだ?」
「決まってるじゃない。だから、世界征服だって。何でも切り裂ける剣を持っているなら、もう無敵よ。対になっている太陽の槍はもう持ってるし」
レインはどこからともなく、刃のところがハープの形をした、三叉の槍を取り出した。金色の刃が光るのとは対照的に、柄のところは黒――限りなく黒に近い紺だった。
「何でも切り裂ける剣と、何でも呼び出し、操れる槍。ふふっ、ぞくぞくするわ」
その瞬間、リオンは反射的に言った。
「なあ、シルクを呼び出せるか?それで」
「無理。知っているものじゃないと。そして人以外じゃないと無理」
きっと、こいつはだいぶ戦力になりそうだ。こいつはサルビア家のことについて詳しそうだし、なにより自分の目的のためなら手段を選ばないようだ。
「こいつが必要だ、グレン」
「何!あの穢れたオレオーサ家のものと旅など――」
「頼む、グレンダ」
本名を久しぶりに呼ばれたことにより、グレンダはすねたようにあっちを向いた。
(――勝手にしろ)
直接心に届いた言葉を、リオンは承諾と受け取った。遥か昔と同じように。
「分かった。お前と一緒に旅をする」
「了解。よろしく、リオン」
差し出された手をしぶしぶ握る。足元に感じる二匹の猫の睨みあいを感じながら、リオンはこれから起こるであろうことに思いを馳せた。
新キャラ登場します。もちろん。
ちなみに、私の一番好きなキャラはグレンダですね。
あの性格が好きです。




