壱 対峙(たいじ)
※ひとまず、最初のエピソードは全5章です。
最初以外は、毎週金曜日に更新されていく予定です。
まこと、時代錯誤と言わざるを得ない。
時は平政。
来る来ると噂されていた黒船は、ついに来航せず、
今か今かと身構えていた幕府は、肩透かしを食らう格好になった。
それから、さらに200年。
天下太平の世となってから、400年を数えるに至った。
おかげでこの小さな島国は、世界中を巻き込む大戦を経験することもなく、
よって、それに伴う大変革からも無縁であった。
開国はゆるやかになされ、かろうじて先端技術の恩恵を受けていたものの、
今もなお、サムライの時代は続いていたのである。
松尾文台が、街道の茶屋より姿を見せたとき、
すでに人だかりはできていた。
おまけに多くの町人がスマートホンを出して、こちらへ向けている。
その中にフラッシュを焚いてしまった女があり、
隣の男から、フラッシュや動画の撮影はマナー違反であると注意を受けていた。
フラッシュは目潰しになりかねないし、
動画の撮影は流派の術理を解明されてしまう恐れがある。
こういったルールは、むしろ民衆の側から提案されたものだった。
近年、普及するようになったインターネットのおかげで、
もはや廃れかけていた慣習やマナーまで掘り起こされ、
一般大衆にもこういったことが広く知れ渡るようになっていた。
新しく出てきた物と古くからの決まり事の間に折り合いを付けてくれるのも、
今や民衆であることが多くなったように感じる。
ありがたいことである。
だが、SNSの発達は松尾のような脛に傷ある者にとっては、
厄介な代物でもあったのだ。
そこへ、白帷子に身を包んだ若侍が1人、
正面に停められたワゴン車から姿を現した。
壮年の女性が、その後へ続く。
こちらは恨み骨髄とばかりに松尾を睨みつけている。
やはり白帷子を纏っていることからも、おそらく若侍の母親であろう。
今や、昔ながらの着物姿で出歩く者は少なくなり、
皆、洋服と和服が奇妙に融合した出で立ちをするようになっていた。
それゆえ、母子の格好ははっきりと浮いており、
非日常へ迷い込んだような錯覚さえ起こさせた。
若侍は堂に入った美事な所作で、
一礼してみせる。
「虎流剣術、松尾文台殿とお見受けいたす」
「いかにも、松尾文台殿に相違ござらん」
おおっと、小さくどよめきが起こる。
町人達は、これで松尾が勝負を受けたとみなしたようだ。
もっとも、人だかりのある中へわざわざ出てきたのだから、
松尾にすれば自明のことでしかない。
若侍が丁寧に迎えたのも、
彼に充分な覚悟があると見て取ったゆえであろう。
「どうも面影があるように見受けられるが、
そのほう、新田殿のご子息と思ってよろしいかな?」
「いかにも、新田流剣道、新田玄蕃斎が次男坊、
新田誠志郎と申す」
誠志郎は、懐に仕舞っていた書状をまっすぐに突き出した。
そこには重々しい墨跡で、仇討免状と記されていた。
「我が父、玄蕃斎が無念!
病身の兄上に代わって、今ここで晴らさせていただく。
よもや逃げるということはありますまいが、
いざ尋常に立ち合っていただきたい!」
音もなく、すらりと白刃が露わになる。
鞘擦りさえさせずに抜刀したことからも、
誠志郎が相当な鍛練を積んできたのは間違いない。
なにより、抜き身の刀身がそうさせたのだろう。
この瞬間、二人の他に誰もおらぬような静寂が訪れたのである。
金属の刃には、物言わぬ迫力がある。
なにせ三寸ほどの短刀でも、人を殺すのは難しくない。
内臓まで達する傷を与えるには、それだけあれば充分だからだ。
常人であれば切っ先を向けられるだけでも、平然とはしていられないだろう。
だが日本刀の長さは、二尺二寸八分。
それは抜き放つだけで、
周囲の者さえ思わず息を止めてしまうほどの力を持っていた。
この武器に必殺の威力が備わってると理解するには、
一目見るだけで充分なのだ。
今や野次馬達は、彼らを二重三重に取り囲んでいる。
にも関わらず、しわぶき1つ起こらない。
自然と空気が張り詰めていく。
だが、それでもなお、
この場で平然とヒゲを撫でている者があった。
他でもない、若侍と対峙する、
松尾文台その人である。
「仇討ちなど時代錯誤と申す者もあろうに、
そのほうは真面目に過ぎると思わぬのか?」
「松尾殿とは思えぬお言葉です。
それとも、もしや恐れを成したか!」
「恐れることは恥ではないぞ、誠志郎殿?
恐れて引けば、むしろやり直すことも出来よう。
今一度、考え直してみてはいかがか?
なにせ、あの玄蕃斎殿でさえ、拙者には敵わなかったのだ。
だというのに、可惜若い命を散らせることもあるまい」
「問答無用! いずれ剣を交えればわかること、
この期に及んで逃げ口上とは見苦しゅうござる」
「そうは申しても、出直せば今少し腕を磨くことも出来ようぞ。
そうされてはいかがかな?」
もちろん松尾が口だけではないことは、誠志郎にもわかっていた。
抜刀こそしていないものの、
この浪人者は一縷の隙も見せていない。
それどころか、微笑を浮かべる余裕さえあるらしい。
加えて父・玄蕃斎は、名の知れた武道家であった。
その父を自分が超えたかのどうか、今となっては確かめようもない。
仇討ちというのは、一度きりのものでやり直しは利かない。
万一、返り討ちに遭えば、憎き仇は無罪放免となってしまうのだ。
しかし、誠志郎はそれでも自分の闘志が揺るがないことを確かめていた。
古伝に曰く、
武士道とは、死ぬこととみつけたり。
故に、死を恐れてはならない。
恐れるべきは、恥を掻くことであり、
汚名を雪ぐためには、自ら腹を切ることも辞さない。
それがサムライであり、
若きと言えども、
誠志郎もまた、サムライの血を継ぐ男なのだ。
「松尾殿は、心得違いをなさっているようです」
「なに?」
「仇討ちとは、人の道として人を殺めることにございます。
ならば為さずに去り、後になってもう一度というわけにはいかぬはず。
それでは、義が立ちませぬ。
人の道を外れての仇討ちなど、家名を汚す恥というものです」
初めて、松尾の表情に変化が起きた。
誠志郎の言葉が、彼の行いを暗に批判するものであったからだ。
「松尾殿、ご自身に恥ずべきところがないのなら、
尋常に立ち合ってはいかがか?
刀は、侍の魂。
潔白はおのずと剣が証明してくれるはずです」
「笑止。
1つきりの命を無駄にする気か、誠志郎?」
「侍とは死を恐れぬもの。
ゆえに侍同士が戦うとき、そこに勝ち負けはあれど、
生き死にはございません、どうぞお覚悟を」
これを受け、誠志郎の母親が一歩下がった。
よほど息子の技へ信頼を置いているのか、
早くも勝負あったというくらいに、満足げな気色を見せていた。
松尾も、誠志郎の剣気に当てられてか、
ようやくのように鯉口へ手をかける。
だが、今やそこに微笑はなく、
剥がれ落ちた余裕の下から、静かな殺気が漏れ出している。
互いが互いに、
容易な相手でないと悟っているようだった。
昼下がりの太陽が、じりじりとアスファルトを焼く中、
張り詰めた緊張がいつ弾けてもおかしくないほどに膨らんでいく。