表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

「賭け、ってまた唐突な。何を賭けるっていうの?」

「まぁまずはシルフィの話を聞かせろよ。何があった?誰にも言わねぇから安心して話してみろよ」


 祭も四日目の半ばを過ぎた夕方前。私は、まだまだ傾かない炎天下の日差しを避けるため、店の裏口近くの日陰になっている石段に腰掛け、大きくため息をついてから、隣に座った黒髪の青年にすべてを話した。


 年齢が分かった途端に、ほら、聞かせてごらん?と兄貴風を吹かせてくることは気に食わないが、意外にもソラタは聞き上手でもあった。

 時たま、必要な質問をいれて情報を補完し、相槌を打つほかは黙って聞いている。常識とされていることがなぜだか抜けていることがなければ、この地で料理人以外の職にも就ける気がするくらいだ。


 出会ってたった四日しか経っておらず、出会いの印象は最悪で、ついさっきまで顔も見たくないとさえ思っていた相手なのに、私は、気付けば自分でも驚くほど素直に自分の感情を吐き出していた。

 アサインとのこれまでの付き合い、アサインへの想い、先日見た光景、先ほど確認した事実。

 一つ一つのことをなるべく整理して時系列順に。感情的に泣き出すことがないように想いを籠めずに事実として語る。


 私が訥々と語る間、地面に吸い込まれなかった熱気を含んだ生暖かい空気だけが周りを通り抜けていく。

 話し終えたとき、太陽は少しだけ西に傾いていた。



 話すことで事実と感情の名前は整理されたのに、これから先、自分がどうすべきか、どうしたいかだけが薄もやに包まれたように見えない。

 自分の中でもやもやしていたものを誰かに聞いてもらったらすっきりするかもしれないと思ったのに、あてが外れたな。


 視線を落とすと、ちょうど、地面を這っていたアリが壁際でクモの巣に引っかかって無様に暴れているのが見えた。それが、まるで今の自分のようで、余計に惨めに思える。



「アリが私で、クモの巣はアサインかな。クモがエリィだったりして」

「なんだそれ。例えとか分かんねぇよ。それより、シルフィはその男とどうしたいの?最終的に結婚とかしたいわけ?」


 ぽつりと呟いた私の視線の先を追ったソラタは、手を伸ばし、指でクモの巣をあっさり壊すと、直球で訊いてきた。情緒の欠片もない男だ。


「……分からないわ。嫌いにはなれない。今は、別れるって考えただけで食事が喉を通らない。でも許せないって気持ちも強い」

「まぁどっちにしても、そのエリィって子に取られたくないってことだよな。別れるなら自分の意思で自分から別れを切り出した方がすっきりするだろうし」


 アリは、まだ足にクモの巣が引っかかっていて少し引きずってはいたものの、元々進んでいた方向に歩いて視界の隅から消えていく。それを横目に、ソラタは考えこむ間を置かずに呟いた。


「まとめると、エリィって子がその男から離れて、そいつがもう一度シルフィのことを求めればいいってことか」

「簡単に言わないでよ」

「簡単だろ。少なくとも話を聞く限り、エリィって子をそいつから離すのは難しくない」

「自信満々ね」


 眉を顰めると、ソラタは親指を立てた。


「俺がエリィの興味を引ければ問題ない」

「ちょっと待って。私のことを思いやってくれるのは嬉しいんだけど、その計画には埋められないほどの大穴があるわ」

「なんだよ」

「言いにくいことなんだけど……エリィって、これまであの子が猛撃を仕掛けている男遍歴を漏れ聞くに、とっても、そのー。外見重視というか、外見の好みに左右されやすい子なの。だからその――厳しい、気がする」


 エリィ自身、とても愛らしい容姿の女の子なので、恋人を欠かしたことはない。アサインの前にお付き合いをしていた男性たちは、みんな、たくさんの女の子たちが憧れて、何人もの子が泣かされてきたくらいモテる人たちだった。

 アサインは、筋肉が盛り上がったいかにも男らしいモテるタイプではないから安心していたけど、細身の体はしっかりと筋肉質だし、容姿は整っている。それに加えて、町長の息子で権力があるというところが彼女の琴線に触れたのだろう。もしかしたら、なぜか町に来た時から徹底的に嫌っている私の恋人で、これまで一途に私だけを見てくれていたのが気に食わなかったというのもあるのかもしれない。


 それを踏まえて、目の前の男を見る。

 お世辞を三重にしても彼女のお眼鏡にかなうとは思えない。


 しかし、ソラタは、あーと言ってがしがしと黒く短い髪をかきあげた。出会って以来よく見るこの仕草はソラタが言い訳に困った時の癖みたいだ。


「それについては問題ない。俺、今、多分ハーレムチートがあるから」

「私、なぜかあんたとは最初から会話が成り立たないんだけど」

「分かりやすく言うと、女の子にもてやすい神様の祝福を受けてんだと思う。身に覚えも、なくはない」


 とうとう暑さで頭がおかしくなったか、この男。


「……ごめん。話聞いてもらう間、長いことこの暑い中にいたんだものね。暑さに慣れてない異国人にはきつかったでしょう?」

「可哀想なものを見る目で俺を見るなよ!本当だって!シルフィだって言ってたじゃねぇか、俺の容姿が全然モテるもんじゃねぇって。それなのにこんなに女の子たちに囲まれるのはおかしいって思ってんだろ?」

「まさにその通りのことを思ってるけど、自分で言ってて悲しくならない?」

「初対面の女の子にはっきりきっぱり言い切られたら、もう失うもんはねぇんだよ。信じられないだろうけど、多分そうだから安心しろよ」

「よく分からないけど、まぁいいわ」


 元々現実味のある話だとは思っていないし、ソラタが妙に女の子に人気がある理由なんて、特に興味もない。妄想は、するだけなら自由だ。


「それで、賭けって何の話?」

「そうそう、その話だった。シルフィたちは付き合って四年だったよな?」

「え?うん」

「四年ってそれなりの期間だから、こういうこと言っていいか分かんねぇけど、飽きっていうの?気の迷いが起こることもあると思うんだ。今回のそいつも多分それ。だから、そのエリィって子が誘惑しなくなって、なおかつ俺がシルフィを狙ってるって思わせて現実に返らせれば、その男の気の迷いもなくなってシルフィのところに戻るんじゃねぇかな。そうなったら後は煮るなり焼くなり、付き合い続けるなり別れるなり、シルフィの好きにすればいいだろ?」

「そんなに簡単にいかないと思うわ」

「まぁ信じられないだろうから、賭けにしようってこと。シルフィのところに奪われたもんが戻ってきたら、俺の勝ち。戻って来なかったら、シルフィの勝ち。どう?」


 計画も内容も杜撰すぎてどこからツッコめばいいのか分からない。が、一番気になるのは――


「一体、何を賭けるの?」


 私の疑問に、ソラタは天を仰いでから答えた。


「シルフィが勝った時――つまり俺の企みが失敗したらってことだけど、そうだなー。その時には俺はここを出ていく」

「……それは、惨めな私のせめてもの希望をかなえたつもり?」

「は?何それ?」

「確かにあんたに私の居場所を取られたくはないけど、今は、その。……一刻も早く去れとまでは思っていないわ」


 言い過ぎた自覚がある分、気まずさで半分目を逸らしつつ言い切る。

 ソラタの方は一瞬言われた意味が分からないと言うように首を傾げ、それから破顔すると、ぐしゃっと乱暴に私の髪をかき混ぜた。


「あぁ!はは!さっきの気にしてんのか、ありがとな。でも俺、あんまり疑り深くないし、物覚えもよくないタチなんで、俺は気にしてない。ってわけで外れ」

「じゃあ、引っかき回した挙句にほっぽり出す気?」

「ちげぇよ。話は最後まで聞けって」


 ソラタはちょうど数時間前のお日様のようなからっとした明るさで言った。


「賭けに負けたらその時点で俺は町を出るけど、その時に来たかったら俺と一緒に来いよ」


 ――ん?それは一体どういう意味?


 今度は私がぽかんと口を開けて固まると、ソラタはなぜか一人頬を染め、手を振って慌て始めた。


「あ、違う違う!誤解だ、そういう深い口説き文句じゃなくて!その――俺の計画が上手くいかなくて、二人がくっついちまったら、シルフィはここに居づらくなるだろ。そうしたら、その時はこの町の外に出たくなるかなと思ってさ」

「町の、外に……」

「うん。料理人としての経験年数からいえばちょっと早いけど、それだけの腕があるんだ。歳も若いし、可能性もある。料理の修行をするでもいい。もっと居心地のいい場所を探すでもいい。出て学ぶことだってあるだろ。もしその時にシルフィがそうしたいって思ったら、俺が全力でその手伝いをさせていただきますってこと。その権利でどう?」


 大分重いものを賭けているように聞こえるのだけれど、この男はそれを分かっているのかしら?


「それって暫く私のために自分の人生を費やすってことよ?そんなに自信があるの?」

「自分のものだと思ってる女が他の男にちょっかいかけられたら惜しくなるもんなんだよ、男って。エリィの気を引けるかはさておき、俺が常にシルフィと一緒にいるってだけでも放ってはおけないと思うんだ。だからそれなりに勝算はある」

「じゃあ、あんたが勝ったら?」

「あーどうしよ。考えてなかったな」


 しばらく悩んだ挙句、ソラタはにっといたずらっぽく笑った。


「あ。じゃあさ――」


 こしょこしょと耳元で告げられた言葉に、私は危うくその顔面を殴りそうになった。


「あのねぇ!」

「いいじゃん。賭けなんだし、それなりの対価っぽいものを用意しておかないとつまんないだろ」

「だけどそれはそれで――」

「シルフィ、ラタ。仲良くなってくれたのはいいんだけどさ、そろそろ開店準備を手伝ってくれないかい?シルフィ、旦那がキッピ豆の皮むきを任せたいってさ」


 はっと振り返ると、女将さんが腰に手を宛てて笑っていた。


 女将さんは私とソラタの、いや、私の一方的に険悪な空気を一番に心配していたから、安心したんだろうな。


「はい、ただいま向かいます!」


 立ち上がって店の中に入る直前、座ったままのソラタが私を見上げて問いかけた。


「それで、シルフィ。結構シルフィに分のいい賭けだと思うんだけど、どうする?」

「……乗った」

「よしきた。任せとけ」


 ソラタがにやりと悪い笑顔を見せた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ