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 それから三年後。私は王都のとあるレストランの前にいた。


 お皿は陶器とガラスを使い分け、フォークもナイフも銀製のものを使用。従業員の教育を徹底。建物も貴族の方が足を踏み入れる気になるくらいには小綺麗。それなのに、平民も利用できるという滅茶苦茶な店だ。


 平民が食べるようなところに貴族が来るのか気になるところだろうけど、味が美味しくて負けてしまうのだと聞いた。料理人もしている店長は、当然、平民と同列に扱われることを嫌う貴族からの懐柔、脅迫等様々なことをされたらしいが、

「そういうの、飯まずくなるから嫌い」

の一言で跳ねのけたらしい。

 それが出来たのは、たくさんの商家との繋がりを持っており、一つから食材の供給が絶えても他のところから仕入れたり、別の権力者を顧客にしていたり、平民の集団を味方につけているからなのだと聞いた。

 そんな人気店の入り方は先着順の「予約」を取るか、並ぶかのどちらか。平民も貴族も関係なく平等に決められているのだという。何もかもが常識外れだ。


「ここだろ、評判の店」

「貴族様も入る旨い店、だろう?」

「え、俺、めちゃくちゃ変な店って聞いたけど」

「驚いたことに、店長はまだ年若い青年なんだと」


 遠巻きに眺めるおじさんたち。


「ねぇここだよね」

「あのかっこいい店長さんがいるところでしょ?」

「なんていうの?あの魅力的な笑顔に癒されるのよね」

「厳しいところは厳しいらしいけど、お客さんには優しいよね。私、食べられないものを予めお教えくださいって言われちゃった」


 行列に並びながら黄色い声で囁く若い女の子たち。



 そんな人たちの集まる行列の先頭に三時間ほど並び、開店時間を迎え、店からその黒髪が見えた。最初の客には店長自ら案内をするらしいという評判通りに目の前までその男がやってくる。


「いらっしゃいませ。何名様――」


 笑顔で細められた瞳がこちらを見て大きく見開かれたのを認めたとき、私は思いっきりその男の白い料理人服に頭突きしていた。


「いってぇ!なにすんだ、シルフィ!」

「何する、はこっちのセリフ!逃げるかと思ったのにどうして前進するの!」

「俺はそっちが逃げるかと思ったんだよ」

「わざわざ三時間並んで逃げるバカがどこにいるのよ」

「……あ、そうだった」


 間抜けか、バカか。この男。こういうところも、痩身なところも、三年前とほとんど変わってない。違いは、顔がちょっと大人の男っぽくなった、くらいかしら。


「営業時間に来ないと会えないと分かってるから、並んだの。食べていきたいところだけど、その時間を頂戴。手短に伝える」


 ソラタの反論が来る前に、逃げられるのを防ぐためにその腕を掴んだまま言い切る。


「賭けの清算をして」


 ソラタは口を開けたまま固まった。

 店長、時間が。と隣の若い料理人に言われているのにそれも聞いていない。


「大丈夫ですよ、料理人さん。そんな心配そうな顔しなくても、話はこれで終わりだもの」

「ちょ、ちょっと、待てよ」


 私の方がお弟子さんににこりと微笑み、ひらひらと手を振って列から外れようとすると、ソラタが私の前に立ち塞がった。


「賭けに勝ったのは俺だろ?あいつはシルフィのところに戻っただろ?清算もなにも、俺はもらうだけだろ?!」

「ソラタ、賭けの内容を勘違いしてるわ。あんたは私のところに奪われたものが戻ってきたら、あんたの勝ち。戻らなかったら私の勝ちって言ったのよ」

「だから、あってるだろ?エリィに奪われた、アサインだっけ?あいつはシルフィのところに戻ったんだから」

「アサインはね。あんたがいなくなった次の日に別れたけど」

「――そ、それは、あの時実は俺のこと好きになってた、とかそういうお約束な――」

「違います」

「ですよねー……」


 はっきりと告げると、ソラタは情けない顔で口を閉じる。私の切って捨てるような返事に、後ろの女の子たちが絶句し、隣の料理人さんが哀れみのこもった目で彼の上司である目の前の男を見ていることなんて知ったことじゃない。


「でも私から奪った相手は、エリィじゃない。あんたよ」


 静まりかえって興味津々でこちらに注目する背景を気にしないようにして口早に続ける。


「私は、最初、あんたの料理に対する姿勢に度肝を抜かれた。嫉妬もしたし、嫌いでたまらなかった。それが段々、あんたの生き方に憧れて、共感するようになった。料理バカで子供っぽいはしゃぎ方をするくせに、たまに大人な発言もするところとか、面白いし、尊敬もした。あの時、私はあんたのことを同志とか、仲間とか、そういう括りで見てた」


 息継ぎすら惜しんで早く続ける。

 だって今から私はどこの軟派な男でも言わないタラシ文句みたいなこと言わなきゃいけないんだから。


「あんたがいなくなってからあんたの仕草の一つ一つ、意味の分からない発言も含めて一言一句、調理中、接客中の一挙手一投足――毎日毎日、思いだした。私、あれからあんたのことを思いださなかった日はないわ。あんたのことを毎日考えてるうちに、大事な人って傍にいるものなんだって気づいた。尊敬とか、嫉妬とか、価値観とか、そういうの全部ひっくるめても、あんたこと、気になって仕方なくて…………その」


 言え、言うんだ、溜めるな、吐き出せ!


「好きになってるって!あ、あんたがいなくなって一年くらい経って気づいた。私、あんたに時間と心を奪われたの。あんたに奪われたそれ、返ってきてない!」


 それくらい強烈な記憶を刷りこむことが、「はーれむちーと」とやらを持つ天然たらしのこいつの得意技である「仕込み」だったんじゃないかとさえ思った。私は、それくらい頻繁に、目の前で間抜け面を晒している黒髪の男のことを思い出した。

 もし、あの期間の全てが、こいつが私に仕込んだタネだったんだとしたら、それは時間をかけて見事に私の中で発酵した。


「でもこんな料理人としても……一人の女としても未熟なままじゃ、あんたに会って何か言うことはできないって思った。前みたいに一番大事なところで他人に全部支えてもらって、何もかも半端なまま、何の成長もないまま終わるのはもうごめんよ」


 言ってることを自分でも理解できないように脳の一部を麻痺させながら、流れるように言う。


「だから、あんたの前に出ても恥ずかしくないくらいまで料理人として腕を磨いて、女としても成長したと感じられるようになったら会いに行って賭けを申し込もうって決めたの」


 ソラタがでくの坊のように茫然としたままなので頭を小突いて目を覚まさせる。可愛く呼びかけるとか揺するとかより効果的だというのはたった四日の経験でも分かっている。こいつは、料理が絡まないとものすごく寝汚かった。


「そ、そうだった……賭けって?」

「前回のは痛み分けでしょう?細かい意味で言うならあんたの勝ち。あんたの出した条件に従えば、私の勝ちよ。だから、清算。今度は私が持ちかける賭けに乗ってよ」

「ど、んな……?」


 えぇ、分かってるわ。興味津々だった周囲の視線が、悲痛さと期待の入り混じったものに変わってきてるのは。

 知ってる、分かってる、非常識なのは。私も自分が営業時間に押しかけてこんなことをする厚顔無恥な人種になるとは思ってなかった。


 でもこれでも三年待ったから、三年の間努力はし続けたから、ほんの数文言うだけの時間をください。

 公開告白ってやつ、させてください。


「これから四日、時間をもらって、その間に私があんたを好きにさせられたら私の勝ち。あんたの残りの人生、私に頂戴。できなかったら、私の負け。どう?」


 ここでふるふる震えたら可愛いのかしら。上目遣いをしたら愛らしいのかしら。

 でも残念。自他ともに認める通り、私は可愛くないわ。震える拳は握り込んで見せない。涙だって流さない。


 可愛くないならないなりに、無様にかっこつけるしかないじゃない?


「……対価は?俺が勝ったら、もらえるもんって何?」


 ソラタは、さっきまでの動揺が嘘のように落ち着いた声で私に尋ねた。

 くっ、ソラタも損得勘定ができるようになったのね。


「こ、この三年で私が編み出したレシピをまとめた料理ノート全巻セット……以外ならなんでも」

「それを除くのかよ!つくづく仕事女だな!」


 ソラタはぶはっと勢いよく噴出した。


「それがいいわけ?さすがにそれはあげられないわ。私の三年間の集大成だもの」

「いらねぇ」


 一刀両断された。

 そりゃ異国を回ってたソラタの方がいろんな調理法やら知らない知識やらを持っていそうだけど、そこまでばっさりいらないって言われると妙に腹が立つ。


「じゃあ何ならいいの?」

「俺、手紙に書いてたと思うけど」

「私、多少は話せるけど、文字は習わなかったから、異国の文字で書かれても分からないわ」


 突然、ソラタはその場で頭を抱えて座り込んだ。これはあれか――


「お手洗い?早く行ってきなさいよ」

「違うわ!なんでそうなる!」

「頭抱えてしゃがむから。頭とお腹が痛いのかと」

「ちげぇよ。俺の迂闊さに泣きたくなっただけだよ。俺の書いた手紙なんか誰も読めないのを忘れてた。いやもうこうなったらいいけど……」

「何を一人でぶつぶつ言っているの?」


 ソラタは立ち上がってはぁ、とため息をついてから立ち上がって私を見た。

 別に殊更容姿が整っているとかじゃないはずなのに、黒い瞳が日の光を浴びて輝いていてとても綺麗で、かっこよく見えた。


「賭けだけどさ。乗るよ」

「ほんと!?」

「まぁ、最初っからシルフィの負け確定だからな」


 一瞬宙に浮くような心地がしたのに、瞬間、叩き落とされた。頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。

 そうよね。よく考えればこの顔でソラタは二十六歳。男性だって結婚していておかしくない歳だ。結婚していなくても恋人くらいいるだろう。こいつは無駄に女の子たちにモテていたし、どうやら今も変わっていないようだから。


「対価を言われる前に退散するわ」

「乗った方が先だったろうが、逃げんな」


 そそくさと行列から離れようとする私の腕をソラタが強く掴んで引き止める。


「なに?笑い者にするならそれを対価にするわよ?」

「んなことしねぇよ。好きな女にそんなことさせてたまるかっての」

「ほうほうお優しいことで。寛大なソラタ様に私の心も慰められる――うん?」


 今、こいつなんて言った?なんで周りの心の悲鳴が音声になってるの?


「もう一回言って」

「悪魔か!お前、分かってやってねぇか?」

「だって、さっき私の負けって言ったじゃない。本気で意味が分からない」

「くっ。……負けっていうのは、四日間っていう期間に好きにさせたらって条件だから。俺は、ここからの(・・・・・)四日の間にお前を好きになるんじゃなくて……も、元々だっての。俺の気持ちは三年前から変わってねぇんだよこっちはお前よりもっと長いんだよ片想い期間は!だからつまり――」


 ソラタは以前と変わらず、初心な少年のように一気に頬を染めた。最後なんて息継ぎの間を惜しむどころか息継ぎをせずに、やけくそのように言った。

 そして、睨みつけるようにこっちを見据えて叫んだ。


「俺は、お前が、好きだ!」


 店のど真ん前、店に並んでいたお客さんの他に物見遊山でやってきた人たちが集まり人だかりができたそのど真ん中、周辺の観衆の前で言い切った。

 ソラタらしい単純さが光る、誤解なんて微塵も入らない告白に、あたりがしんと静まり返る。ソラタはその間隙をぬって、私に詰め寄って、少し恥ずかしくなったのか、小さめの声で続ける。


「んで、俺の勝ちってことで俺が要求する対価だけど、シルフィと同じものを……」

「まわりくどいのは店長らしくありませんよー。はっきり、きっぱり、大きな声で!」


 こそっと聞こえた一言の野次に、ソラタが律儀に大きな声で言い直した。


「シルフィの今後の人生の全てを要求する!勝ったんだから、拒否権はなし!俺はシルフィの疫病神だからシルフィは全て奪われて当然!以上っ!つぅわけで、手伝えシルフィ!」


 急に店内に向かって腕を引っ張られて、たたらを踏むと、ソラタが

「ああこれ俺やっていいの?俺、そんな少女漫画なヒーローじゃねぇけどいいの?」

という謎の言葉を呟きながら、私を抱き上げた。


「ちょっと!」

「一世一代の大告白大成功でお祝いモードだから誤魔化せてるけどよ、今絶賛営業時間ひっ迫中なんだよ!お客さんをこれ以上待たせるわけにはいかねぇだろ」


 一拍遅れてやってきた大歓声から逃げるように厨房まで走りこんでそこで私を下ろし、私に白い料理人服を投げて来る。息が上がってはいるが、へたり込む様子はない。

 衛生に気を使っているのか、ソラタも服を着替えると、手早く手を洗い、私に挑戦的に言い放つ。


「シルフィの上達具合、俺に見せてみろって」

「……言ったわね」


 ソラタの挑戦状を受け取った私も、手早く渡された服を身に着け、レシピに目を走らせる。


「甘いのは終わった後でな」

「分かった。デザート作り、任せておいて。デザートは苦手だったけど腕磨いたんだもの」

「違う……違ぇよそっちじゃねぇよ。仕事モードに切り替わった途端これだよここは空気読めよお願いだから!」

「なにをぐちゃぐちゃ言ってるの。お客さん待たせられないんでしょ」


 ざっとした手順を頭に叩き入れ、細かいグラム数を目に焼き付け、調理器具を手にすると、ソラタは苦笑する。


「ま、いっか。それはおいおい。てことで、失敗すんなよ。シルフィ」

「誰に物を仰っているのかしら?」

「疫病神の将来のお嫁さん。違った?」

「……違わない」


 お互いに目を合わせ、にっと笑う。

 さぁ、始めよう。


「いらっしゃいませ!」




おしまい。


 じめっとしたテーマですが、それを吹き飛ばすような、ちょっと肉食なお仕事女の子とお日様な男の子のボーイミーツガール恋愛ものを書きたくなり、書かせていただきました。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

 ご読了ありがとうございました!

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