情報提供者
お久しぶりです
「情報提供者は王宮魔導士の女だ」
店内の柱に縛り付けられ、憔悴した顔のダンテが言った。あの傲慢さは微塵も感じられない。
王宮魔導師とは、文字通り、王宮に仕えている専属の魔導師のことだ。そしてそいつは、俺のことを知っている。
「俺のことは貴族どもにどれくらい知られている?」
「おっと、言う約束だったのは情報提供者の話だけだろ?それ以上は何も言えねえよ」
奴はこの状況でまだ虚勢をはることができるのか。大した奴だ。
だが、その顔から見え隠れする恐怖の念は大きかった。
「話せ」
剣を奴の首にかざす。
「話しても話さなくても、結局俺を生きて帰すつもりなんか無いんだろ?なら話さずに死んだ方が、まだ国の為にもなる」
「そんなこと……ただ正直に言ってほしいだけだよ。ね、シヴ」
ククルが歩み寄ってきた。ククルはダンテを見つめ、少し不安そうな表情を浮かべている。
「ククル様……あなたは優しい。すごく優しい人だ。だからこそ、その転生者からは離れて下さい。その者はあなたが思っている以上に危険な生き物です」
「違うよ。シヴは私とちゃんと話をしてくれた。確かにシヴは人を殺すこともあるし、変わった力を使う。でも、それでも感情があって、いろんなことを考えて……。シヴは一人の人間だから。危険とかじゃないよ、絶対に分かり合える」
ダンテが俯く。短い沈黙が走る。
「そんなことで俺の仲間たちが救われるとでも思ったのか!!!」
ダンテが叫ぶ。その言葉には、怒りの感情とともに悲しみの感情が込められていた。
「俺は必死に努力して転生者討伐部隊の隊長になったんだ!それなのに、部下を一人も守ってやれず、その転生者に全員殺されたんだ!あいつらにだってかけがえのない、家族がいる、仲間がいる………なのに、全部失われたんだよ。奴のせいでな!!!なんだ?そいつが人間だったら今までのことは全部許されるのかよ!!今更話し合えって言うのかよ!!ククル様、あなたには死んでほしくない!だからそいつから、そいつから…………!」
ダンテが微かに手を動かす。すると一瞬で白煙が上がり、部屋を包み込んだ。白煙のせいでら目の前が全く見えなくなる。
「ククル様、ご無事で」
「待て!」
ダンテの走る靴の音が聞こえたが、しだいにそれも聞こえなくなった。
どうやら逃げられたようだ。
その後ダンテを拘束していた縄を確認すると、そこにはナイフのようなもので切られた跡があった。
「不覚だった、すぐに殺しておけばよかったか」
せめて持ち物も確認した方がよかったのかとも思う。だが、逃げられた今となっては仕方がない。情報提供者の王宮魔導士の女も気になる。
破られた壁から外を見ると、もう日が落ちかけていた。
「これ、どうするの?こんなに死んだ人転がってるし、騒ぎにならないかな?」
ククルは杖を握りしめて言う。
その言葉を聞き、ハッとして店の入り口を見る。だが入り口の外には誰もいない。そして、人の気配もしない。
「ククル、こういう時はな、人が来る前に」
「人が来る前に?」
「とりあえず逃げる」
「なんか逃げすぎじゃない!?」
「覚醒使うと結構体力消耗するからな、これ以上大人数と戦うと疲れる」
俺はククルの手首を掴み、店の外に出ようとした。
すると、背後から微かな声がした。
何かと思い、振り向く。
そこには、この店の店主の老人が倒れている。だがよく見ると、口が動いている。何かを訴えかけようとしているようだ。
「老人、生きていたのか」
老人へ歩み寄る。
「……………」
俺は老人の言葉をはっきりと聞いた。小さな声だが、語調は強く、感情のこもった声だった。
ー この国を救ってくれ。
そう、聞こえた。
思い返せばこの老人の発言には何か引っかかるものがあった。「ここから立ち去れ」「じきに奴らが来る」など……。これはまるで、この国の国民は………………。
「おじいさんがどうしたの?」
「いや、なんでもない。行くぞ」
老人は息絶えた。
俺たちは早急に店を離れた。
「頑張れよ」
また、声が聞こえた気がした。
「どこか休めるところは無いか?」
「宿ならあるけど」
「泊まれるものなら泊まりたいものだが、さすがにそれはな」
「偽名使って顔隠したら大丈夫だよ!」
「リスクは高いが野宿よりはましか…」
「いざとなればシヴが全部やっつけてくれるから大丈夫!」
「お前を守るかは保障はしない」
「そこ保障してよ!」
「静かにしろ」
俺たちは街の中を歩く。時はすっかり夜。人通りは少ないが、まだ街は明るい。そこで、通りすがりの人間たちが、「あそこの魔法道具屋で人がたくさん殺されてたらしいぞ!」「本当か?」「この国も物騒になったな、気をつけないと」と、話しているのが聞こえた。
ふと、俺の頭に水滴が落ちてきた。
空を見上げると、そこは厚い雲に覆われていて、夜の空を一層暗くした。その水滴が雨だということはすぐにわかった。雨はしだいに強まっていき、街の地面に敷き詰められた石畳を黒く染めていく。
早急に宿を見つけなければならない。無意識に歩みを速める。
しばらく歩き、俺たちは細い路地裏に入った。そこは大通りより人通りと灯りが少なく、暗くて寂しい場所だった。
だが、俺は路地裏の奥に一つだけ、店の灯りを見つけた。灯りを目指し、急ぐ。
店は宿屋だった。小さいが、綺麗な佇まいだ。静かに扉を開けると、若い女が立っていた。
「いらっしゃいませ。こんな時間にお客さんなんて珍しいわね。お二人ね、お名前は?部屋はどうする?」
女は明るい笑顔で言った。
「名前は……………カミーユ」
こんなところで本名を出してしまう訳にはいかない。名前すらもすでにわれているかもしれない。ここでまた追いかけられるのは御免だ。なので、知り合いの名前を出しておいた。
「わかったわ。はい、鍵。ところでその娘、彼女とか?」
女はにやにやと顔を綻ばせながら呟いた。
「違う」
そそくさとその場を後にし、部屋の鍵を開けて中に入る。
そこは六帖ほどの小さな部屋で、中には小さな燭台が幾つかあり、そこにはすでに炎が灯っていた。部屋の隅にあるベッドは、なかなか質の良さそうなものだ。試しに掛け布団を上から押してみると、かなり深く沈んだ。
「はー、疲れたね」
ククルが頭に巻いた布を脱ぎながら、ベッドの端に腰掛ける。
「ならさっさと寝るぞ」
「ねえねえ、枕投げしない?」
ククルは目を輝かせながらこちらを見つめる。その手には枕が握りしめられている。
「そもそも枕一つしかないだろ」
「突っ込む所はそこなんだね!」
俺は部屋の壁にもたれ、その場に座る。
「あれ?ベッドで寝ないの?」
「俺はいい、座って寝る方が慣れている」
ククルがこちらに近づいて話す。
「それじゃなんかシヴが可愛いそうだよ!だから一緒に寝…」
「黙れ」
腰から剣を即座に抜き、それをククルの首にかざす。何故かはわからないが、こいつに剣を向けたのは初めてだ。
「……あはは、寝るときくらい剣は置こうよ……」
ククルは引きつった笑みを見せた。目は、いつものようには笑っていない。
「いいから黙って寝ろ」
「お風呂も入りたいのに…」
ククルはそう言いながらも、ベッドに寝転がる。そういう俺も急激な睡魔に襲われ、すぐに眠りについた。よほど疲れがたまっていたのだろう。こんな場所で睡眠をとるのはかなり久しぶりだ。今日こそは何も起こらないといいが。
燭台のロウソク火も消え、窓からは月明かりが射し込む。雨は止んでいた。だがその月雲に隠れ、やがて見えなくなる。外の様子はほとんどうかがえないほど、夜空は暗くなる。
どこからか、何かの気配を感じた気がした。