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堕転生  作者: 菜柚月
あの人を探して
3/7

好敵手

 ククルの魔法は、なぜあれだけの威力しか出せなかったのか。

 それを考えるため、俺は静かな森の中を歩いていた。

 まだ魔法の使い始めだからか?否。

 慣れていないからか?否。

 どれも違う。

「早く強くなってもらわないとな…」

 ククルは、ここに置いていくには惜しい人間だ。足手まといだけにはなってほしくない。


 俺は何気無く足下に落ちていた小石を拾い、はるか前方へと投げつけた。

 あいつが強くなる、何か良い案が思いつけば良いのだが。


「何悩んでるのー?」


 ハッとして後ろを振り向くと、不思議そうな顔をしたククルがこちらを見つめていた。

「…何故来た」

「やっぱり一人じゃ暇だった」

「だからといって来るな。もし道に迷ったりしたらどうするつもりだったんだ」

「そ、それは考えてなかった…。ところで、何考えてたの?」

「それはお前の魔法のこと……あ」

 俺はククルとの会話の中で、重要なことを思い出した。


 まずは町に出なければならないじゃないか。


 現在は深い森の中で、食料も水も集めるのにかなり苦労している。

 このまま毎日野宿をしていては、まともな生活などできない。

 ククルの魔法のことを考えるよりまず先に、町に出よう。地図は昨日の兵士たちから奪ったものがある。

「……まずは森を抜けようか」

「そだね」

 地図を取り出し手で横に広げ、持っていたコンパスを使い方位を調べた。

 地図を見てみると、現在自分たちがいるのは、町まであまり遠くない場所だった。

「意外と町に近いみたいだな。今はまだ昼間だから、今日中には出られそうだ」

「そうなの!?じゃあ早く進もう!」

「だが休む暇はない。一気に進む」

 そして俺たちは、町に向かうための一歩を今日も踏み出した。



「ねぇシヴ」

 今俺たちは、早足で森の中を進んでいる。

「まずはその師匠さんを捜そうか。どんな人なの?」

 俺はすぐに、師匠との記憶を遡る。

 剣の稽古、食事、狩り、会話…。師匠は親ではないので、遊んだ記憶などは一切無い。

 ただひたすら、強くなるために毎日を過ごした。幸せな家庭に育った子どもと違い、家族と共に遊んだり楽しんだりする余裕は無かった。


「師匠は厳格な人だ」


 前に言ったことができていない、話を聞いていない等、怒鳴られたりすることはよくあった。

 だが、優しさが無かった訳ではない。

 上手く剣を振れたときには、笑いながら頭を撫でてくれたこともあった。

「だが優しさも持ち合わせていて、俺の尊敬すべき人だ」

「特徴は?」

「金色の長い髪に、二丁の魔法銃を持っている。それくらいだな」

 師匠は魔法銃使いだった。

「かっこいいね」

「…まあ…そうだな」

 強くて、どうしても敵わなくて、優しくて。

 師匠は俺にとって、憧れの存在だった。

「どこに行ってしまったんだろう…」

 どれだけ捜し回っても、師匠の手がかりさえ見つけることはできなかった。

 師匠が姿を消し、もう二年が経つ。


「……師匠を見つけたら、お前ともお別れだな」

「え!?なんで?」

「俺の目的は、師匠を捜し、王族どもを根絶やしにすることだと言ったはずだ。なら、お前は家族や仲間を殺せるのか?」

 師匠を見つけるまではまだ、ククルと一緒にいてやってもいい。

 だが師匠を見つけると、残る俺の旅の目的はただ一つ。忌々しい王族どもを片っ端から殺戮すること。

 ククルは貴族。俺と共にいれば、家族や仲間と敵対することになる。

「…それは嫌……だけど、シヴとも戦いたくないよ」

 ククルは悲しげな表情を見せた。

「戦う人間は、必ずしも非情にならなければならない。そんな甘いことばかり言っている人間に、戦いはできない」

「…でも…」

「今は味方でいてやる。だが師匠を見つけた後は、俺について来るな。俺の味方でいると、お前にとって悲しい結果を生むだろう」

「………じゃあ、シヴの師匠見つけてあげないもん」

「…何?」

「結局敵になるかもしれないんだったら、最初からシヴと会わなかったら良かった!」

 ククルは突然、俺を置いて走り始めた。

「シヴは本当は私のこと嫌いなんだね。シヴなんて知らない!」

「っ……待てよ!」

 とっさにククルを追いかけたが、俺はすぐに追うのを止めた。


 結局敵になるんだったら、最初からシヴと会わなかったら良かった。


 確かにそうだ。間違っていない。

 このままククルが去った方が、ククルにとっては幸せだろう。

 しかし、自分から勝手についてきたくせに突然拗ねてどこかへ行くとは、なんとも身勝手なものだ。少々腹が立つ。こんなことになるのなら、初めからついてくるな。

 よく考えてみれば、追いかけなくてもいい。

 だがククルは、強い魔力を持っていた。手離すには惜しいか…?いや、戦闘なら自分一人でも充分だ。

 そんなことを落ち着き無く考えているうちに、時間は過ぎてゆく。

 ククルは無事だろうか。



「そんなにあの女のことが気になるのかい?」



「!!!」


 すぐさま背後を振り返ると、高い木の枝の上に、青く目の光る一人の男が佇んでいた。

「お前……!」

「久しぶりだね、シヴ君!君の親友、キアランだよ!」

 馴れ馴れしく俺を呼ぶ男の名はキアラン。現在は違うが優しげな目をしていて、ぱっと見は好青年だ。

「親友じゃない。あと、そこから降りろ。お前の立場が俺より上みたいじゃないか」

 キアランは、決して俺の親友ではない。簡単に言えば、腐れ縁というものだ。

「それもそうだね。僕と君は対等な関係でないと」

 やつはそう言い、軽快な足取りで俺の前に降り立った。

「それにしてもあの女、誰?君、妙に気にかけてたけど」

「お前には関係ない。あと、勝手に心を読むな。気持ちが悪い」

 すると、キアランの目の輝きが消えた。

「…そっか~……仕方ないな…」

 キアランは悲しげな表情を浮かべた。

 だが次の瞬間。


「じゃあ、死んで?」


 キアランは即座に腰から二丁の銃を抜き取り、こちらに向けて発砲した。


「君の相棒は僕だけのはずだよ?何他の人間と一緒に歩いてるの?君の隣を歩いていいのも僕だけのはずだよね?そんなことしたら殺すって前に言ったと思うけど」

 間一髪でその銃から放たれた魔法をかわし、背から剣を抜くことができた。

「お前こそ死にたいみたいだな。お前の魔法銃は厄介だから、今すぐ殺しておこうか」

「君に殺されるなら本望だけど、まだまだ一緒に戦いたいから、死ぬわけにはいかないよ」

「…今度こそ決着をつける」

 首の痣が輝き、剣を持つ腕が黒く変形を始める。

「知ってるだろ。転生者が負の感情を糧に覚醒することは」

 腕が完璧に剣と同化するまでには、そう時間はかからなかった。

「うん。もちろんシヴ君のことならね。まあ…」

 やつは少しずつ俺との間合いを詰め、左手につけている革手袋に右手で触れた。

 革手袋は徐々に手から離れて行く。

 外した手袋を口に咥え、その手の甲をこちらに向けてきた。


 そこには、俺の首にある痣と同じものが刻まれていた。


「僕もシヴ君と一緒だけどねっ!」


 キアランの両手が徐々に黒く変形し、手首までが銃と結合する。

 見た目は自分とさほど変わりがない。

 またも、やつの魔法銃から二つの光が放たれた。

 俺は剣でその攻撃を受け流し、地を駆けた。

 そして一気にやつの目の前まで詰め寄ると、大きく剣を振り下ろした。


 魔法銃は専用の銃から魔法を放つ魔法道具。魔法銃から放たれた魔法のことを魔法弾と呼び、撃った後の反動が大きく、連続で魔法弾を撃つ事が出来ない。なので一般的には、二丁の銃を持って交互に銃撃をする。だが、やつは交互に銃撃はせず、二丁同時に銃撃する。その戦い方は効率が悪く、あまり戦闘では用いられない。

 ではやつはなぜそんな戦い方をするのか?


 それは簡単な話。同時に撃てば、一度の銃撃の威力が増すからだ。

 身長があまり高くなく身のこなしの軽いキアランは、銃の反動を受けた瞬間を敵に狙われても、素早く敵の攻撃をかわすことができる。なので、銃の反動を気にする必要はあまりない。

 つまり、自身の体格に合った戦闘スタイルなのだ。


 案の定、俺の斬撃はいとも簡単にかわされ、剣は虚空を切り裂いた。

 あの魔法銃は厄介だ。威力が高い上に、こちらの攻撃も届かない。


「シヴ君どうしたの?まだまだ本気出してないよね」

「お前もな」

「じゃ、もうちょっとスピード上げるよ。しっかりとついてきて!」

 キアランは大きく後退しながら、銃撃を再開した。

 俺も負けじと剣撃を始め、受け止めかわされのほぼ互角の戦いが続く。

 魔法の発射音、風の切れる音、激しい足音が鳴り響く。


 どうやってこの戦いに決着をつけるかは、始めから考えついていた。

 やつの腕を丸ごと切り落とし、うまく魔法を使えないようにする。

 それが一番手っ取り早い手段だろう。


 だが相手も簡単に攻撃を当てさせてはくれない。いくらこちらが剣を振っても、全て紙一重でかわされてしまう。

 しかし、キアランの『あの能力』を発動されては、戦況は一気にこちらが不利になる。

 それを防ぐには、能力の発動が出来なくなるくらい、相手に魔力を消費させなければならない。


「やっぱりシヴ君の魔力の減り遅いなぁ。本気出してって言ってるでしょ。そんなに僕に遊んでもらいたい?嬉しいな」

 剣士である俺だが、魔力を消費していない訳ではない。そもそも〈覚醒〉を使っている時点で、少しずつだが魔力を消耗しているのだ。

 そして魔力というものは、それを持つ者の体力が減れば減るほど、同時に減りが早くなる。

 今俺は持久戦に備えて、できる限り魔力の消費を抑えながら戦っている。

「そろそろ僕の能力、発動させちゃおっかな。見ててね〜!」

 そう言うと、キアランは目を閉じた。

 キアランは、目を閉じていながらも俺の攻撃を全て機敏にかわす。


 しばらくしてやつが目を開くと、眼球は先ほどの青い輝きを取り戻していた。

 これはキアランの能力、〈絶対的侵入(アブソリュートインベイジョン)〉だ。

 この能力は、術者が指定した人物の感情や考えを読むことができる。先ほどのキアランの目の青い輝きも、〈絶対的侵入(アブソリュートインベイジョン)〉を発動していた印。

 その能力は相手に直接的な害が無い。だが心を読まれているということは、次にどのような行動をするのかが相手に伝わっているということ。

 つまり、やつは俺の行動を先読みして攻撃ができる。

「この能力は魔力の消費結構凄いんだけど、シヴ君相手に使えるならぜーんぜん苦しくないね」

 恍惚とした表情で襲いかかるキアランは、その青き瞳の奥に確かな狂気を隠し持っている。

 だが恐怖ではない。戦況は現在相手が有利だが、だからといって攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

「あんまり戦闘中に喋るのはよくない。舌を噛んで死ぬぞ」

「あははっ、強がっちゃって…」

 するとやつは今までの体勢を変え、より素早く動き始めた。

 今度はこちらが銃撃を剣で受け流し、守りを続けている。

「………ッ!」

 突如脇腹に痛みが走った。そこに目をやると、魔法弾がかすったのであろう。僅かだが衣服に血が滲んでいる。

 剣撃の一瞬の隙を突き、キアランは銃を放った。

 心を読んでいるだけあって、的確にこちらの隙を突いてくる。

 しかし、この一撃には不可解な点があった。

「ちょっと焦ったかな?」

「なぜだ」

「何?ま、シヴ君の心読めるから何を聞こうとしてるのかはわかってるけど」

「……なぜわざとかすめさせた?」

 先ほどの隙、キアランの魔法銃の腕なら腹に一撃を簡単に喰らわせられただろう。なのになぜそれをしなかったのか。

「なんでって…そんなの決まってるよ」

 こんどは右肩を魔法弾がかすめた。

「ちょっとずつ傷を増やしてあげたら、君の考えもそのうち変わるかなって思ったんだ。僕と一緒に来ると言ってくれるまで、やめないよ」

「…そこまで俺に執着する必要はないだろ」

「いや、『新しい世界』と僕に似合うのはシヴ君だけだからね!」

 …そろそろこちらも『技』を使うべきか。

「……そろそろ終わらせる」

「…!あの技だね!」

 するとキアランは銃撃の手を止めた。

「君のためにここまで来たんだ!君の技、受け止めてあげる!!!」

 キアランは動きを止め、両手を広げる。本当に俺の技を自分から受けるつもりだ。正気の沙汰ではない。

「馬鹿げた真似を……なら、遠慮なく」

 剣は、徐々に現れた炎に包まれる。

 俺はゆっくりと炎の剣を構え直すと、身体全体に力を込めた。

 この技を使うのは久しぶりだ。魔力の消費も多く、あまり使いたくはなかった。


「死ね」


 一気にキアランのもとに駆け寄った。剣はやつの腹を裂き、一瞬のうちに貫通した。

 勢いでやつの身体は吹き飛び、血を撒き散らしながら、木々を何本も薙ぎ倒す。


 剣が刺さったときのキアランの顔は、歓びに満ち溢れていた。



 キアランは殺せたはずだ。

 今聞こえるのは、自分の呼吸の音だけ。やつは遥か遠くまで飛ばされ、起き上がる気配はない。

「……ククル、そこにいるんだろ」

 ガサガサと、背後の背の高い草たちが音を立てる。

「……」

 ククルは不服そうに草むらから這い出て、こちらに歩み寄ってきた。

「…やっぱシヴがいないとダメだなって思って。そしたらシヴ、誰かと戦ってたから隠れたの」

「そうだな。お前は魔法もろくに使えないし地図も読めないし食料も集められないから、一人だといつか死ぬ」

「……そう、私はまだ弱いから……時間は短いかもしれない…けど、やっぱり一緒に行く!」

「…勝手についてこい」

 キアランも倒したことだ。とんだ邪魔が入ったが、早く町へ向かおう。


 だが、キアランについて何か引っかかる。あのとき見せた表情は…。



 首筋に冷たい金属のようなものが触れる。

 ゆっくりと振り返ると、そこには禍々しいオーラを纏ったあの男の魔法銃が。

「ま……だ…終わっ……てない………でしょ……?」

 狂気に満ちたその血だらけの顔は、人の気配がしなかった。

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