力
貴族の姫、ククル=ミュラーと出会った日の翌日。
獣を狩って朝食を済ました後、二人でゆっくりと話すことにした。お互いのことを理解し合うのに必要だと考えたからだ。
お互い向かい合って、河原の石に直接座る。
先に口を開いたのは、ククルだった。
「えっと…シヴの旅の目的って結局どんなことなの?」
「……旅の目的…か。一つは、王族や貴族を倒し、復讐を成し遂げること。それと、俺が昔世話になった師匠を探すこと」
「師匠?」
「俺実は、八歳までの記憶が消されてて、ほとんど無いんだ」
これを人に話すのは初めてだ。何故話そうと思ったのかはわからない。
「そうなんだ。それで?」
「俺の中に残っている消されるまでの記憶は、『師匠に魔法で記憶を消してもらったこと』『王族や貴族をとてつもなく恨んでいること』『自分が<転生者>であること』。師匠曰く、俺の記憶を消した理由は『残しておくと危険な記憶だった』かららしい。どう危険なのかはわからないが、いつか記憶は師匠が返してくれると言っていた。記憶が消えた後はしばらく師匠と二人で暮らしてきたんだが、俺が一六のとき、突然いなくなったんだ」
「じゃあシヴの記憶はもう元には戻らないの?」
「…わからない。だから消えた記憶を返してもらうためと、何故師匠が俺の前から姿を消したのかを本人に聞くため、師匠を捜している。いなくなった日に旅を始めたから、かれこれ二年経った」
「二年も!?しかもまだ見つかってないんだよね…」
「ああ。旅の途中に、何度も<転生者>を討伐する国の部隊がやってきた。昼夜場所を問わず。昨日の部隊はまだ弱い方だ。いつもより倒すのが楽だった」
「…なんか…ごめん。昨日の敵は、私のせいだよね」
ククルは申し訳なさそうにそう言った。
「……でも、ついて来ていいって言ってくれたよね。ありがとう」
ついて来ていい……?
………言ってないな。断じて言ってない。言ってない言ってない。
思い返せばククルが勝手について来ただけだった。
「…で、シヴはなんで記憶を取り戻したいの?」
「なんで…か。それは未だに自分でもよくわからないが…」
何故自分が過去の記憶を欲するのか。それはまだ考えたことがなかった。
ただ欲しい。意味は特に無いのかもしれない。
ただ不思議と、心の中にぽっかりと大きな穴が空いているような感じがするのだ。
その心に空いた穴は、記憶を取り戻すと埋まるのではないだろうかと思っている。
「…そっか。まあ、わからないならいいじゃん。無理に考えなくても」
ククルは優しい笑顔を浮かべた。
その笑顔は、荒んだ心を持つ自分にとって、とても暖かいものだった。
「じゃあ、次は俺がお前に聞く番だ。お前の旅の目的は?」
「んっと〜……城から逃げて自由になって、シヴと出会って……。あれ?私の目的ってなんだろ」
「なんだろって…考えておけよ。なんのために旅をするのかがわからなくなるだろ」
「シヴだってわからないって言ってたじゃん」
「それとこれとは話が違うだろ」
ククルは心底悩んでいる様子だった。
「夢とかないし、ただ貴族としての生活とかが嫌で、悪い王様との結婚が嫌で……。特に目標はないかな」
「じゃあ質問を変える。旅の中でしたいことはなんだ?」
「したい…こと……」
少し悩んでいる様子だったが、意外と答えが出るのに時間はかからなかった。
「シヴと一緒に、いろんな世界を見てみたいかなぁ…」
「なら、それでいい」
「え?」
「今はそれを目的にして、旅を楽しめ。明確な目的は、少しづつ考えていけ。まぁ、『シヴと一緒に』は別としてな」
「…そうだね。ちょっとづつ考えていけばいっか。…って、あれ?シヴって結局なんで私と一緒に旅始めてくれたんだっけ」
「…なんとなくだよ」
俺は話題を逸らす。
「そういえば、お前はどんな能力が使えるんだ?」
ククルはきょとんとしている。
「能力なんか使えないよ。訓練とか受けたことないし」
人間は皆それぞれ、魔力を持っている。その魔力の種類は、大きく二つに分けることができる。
一つは、戦士系魔力。これは剣などの武器を使うのに適していて、俺や魔法戦士の魔力に当てはまる。
この型の魔力をもっている者は、物理的な攻撃に魔力をこめることができる。よって、ほとんどが国などの騎士となる。
ちなみに俺は、この戦士系魔力を持っている。
そしてもう一つは、魔導士系魔力。これは主に魔法を得意とする魔力だ。
この型の魔力をもつ者は、戦士系魔力を使う者とは反対に、遠距離の攻撃を得意とする。
魔力というものは特別な修行などの努力で少しは高めることはできるが、それはあまり意味を成さない。魔力とは、持って生まれたものが全てと言っても過言ではないのだ。
もしかすると、ククルには才能があるのかもしれない。
立ち上がり、ククルに歩み寄る。
「どしたの?」
「手、貸してみろ」
「…どうして?」
「お前の魔力を測る」
俺は、人の手に触れるだけで、その人間の持つ魔力を測ることができる。これは幼いときに教わった、特別な技だ。
ククルに能力があれば、ククルが足手まといとなりにくい。すると、俺の旅もまだ楽に進む。
ククルと旅をすると認めたのは、利用するためでもある。そもそも俺の憎き相手。能力が無ければ、ここでククルを置いていくことも考えている。
ククルに近づけば、王族貴族を根絶やしにする目的を達成しやすい。そんな思いもあり、あまり気の進まない二人旅の話に乗った。
本当の俺は人間ではないのだ。人間の皮を被った、悪魔だ。人の心を知らない。
「じゃあ、はい」
差し出された手に、軽く触れる。二つの手を、明るい光が包む。
「どうだった?魔力強かった?」
しばらくして手の光が消えたとき、俺は唖然としていた。
ククルの魔力は魔導士系で、強さは想像をはるかに上回るものだった。通常の人間より、何倍も強い。
これは、練習をさせれば戦闘も容易いだろう。
「お前の魔力は魔導士系魔力で、それもかなり強い。練習次第で、強力な魔法が使えるようになる」
ククルの表情が、ぱっと明るくなる。
「やった!私、シヴと一緒に戦えるね!」
「そうだな」
「うん!早速練習しよ!」
「じゃあ、杖がいるな」
「そうなの?」
「初心者は杖を持たないと、魔力を制御できないからな」
杖は四大魔法道具と呼ばれる道具の一つである。
四大魔法道具とは、杖、魔導書、魔法銃、魔導石の四種類の魔法道具のことだ。
この四つ以外にも魔法道具は存在しているが、ほとんどの魔導士はその四つのどれかを使用する。
この中でも杖は一番使い易く、初心者はまずこれを使う。
杖無しで魔法を使えるのは、熟練の魔導士だけで、初心者は魔力の使うのに慣れておらず、魔力が暴走し、うまく使えない。
杖があると魔力が一点に集中し、魔力の暴走を止められる。
「杖ってどこにあるの?」
「……とりあえず、今は木の枝を使おう。ちゃんとした物より使いにくいかもしれないが、今はそれで我慢しろ。じゃあ、使えそうな枝を拾ってこい」
「はーい」
ククルはすぐに立ち上がり、森の中に消えていった。一人にしても大丈夫かと少々心配もしたが、何かあったら悲鳴で分かるだろうとすぐに思い、俺はその場に残った。
「持ってきたよー」
しばらくして、ククルが戻ってきた。手にしていた木の枝は硬くも柔らかくもなく、魔法の杖として最適な強度と形だった。
「これならいい」
その一言には、何事も無くて良かった、という意味もある。
「そうそう、杖探しに行ったときに思ったんだけどね」
「なんだ?」
「シヴってなんでそんなに魔導士のこと知ってるの?シヴは魔導士じゃないよね?」
「…俺は魔導士じゃないが、さっき話した師匠が魔導士だったんだ」
師匠はなんでもできる人間だった。魔導士であるにもかかわらず、剣の扱いにも長けていた。しかも強力な魔法を使い、<転生者>という魔力の強い生き物の俺でさえ、何度立ち向かっても敵わなかった。
俺の持つ魔法の知識は、全て師匠から教わったもの。
まさかその知識が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
「へぇ。で、これどう使うの?」
へぇ。って、そこまで興味がなかったのか。なら聞くな。
「まずはこう構えてだな…」
「ふむふむ」
「そして気を手の先に集中させる」
「気…気か……そうか気だね…」
珍しく難しそうな顔をしている。
「……分からないなら聞け」
「ふえっ!?わからなくなんかないよ!気を集中させるくらいできるよ!」
「お前って考えてること顔に出るタイプだな」
すると今度は、焦った顔をする。
「そんなことないよ」
「今はそんなことあるって顔してるぞ」
「むっ…」
「頭の中で、集中集中って思えばいい」
「む……教えてもらわなくてもわかってるよ」
口では反抗しながらも、ククルは言ったとおりに集中した。
しばらくすると、杖の先に白い光の玉が現れた。
「できたよ!」
吞み込みが早く、思っていた以上にすぐにできた。
飛び跳ねたりしながら、こちらに顔を向けてくる。嬉しさの感情表現が、まだまだ幼い。
「嬉しいのはわかるが、気を抜くな。消えてしまうぞ」
「えっ……あ」
案の定、先ほどまであった光の玉が消えていた。
もう一度、もう一度……と、焦っているククルは、やはりこどものようだ。
しかし今度は平常心を保とうとしているのか、あまり喋らず、表情も変えない。
「できた」
「早いな」
「で、これどうするの?」
「前にある木に向って撃て」
俺は、俺たちのいる場所から数メートルほど離れた木を指差した。
「撃つって、どうやって撃つの?」
「その感覚まではわからないが…とりあえず杖を木に向けて、光を前に飛ばそうと思ったら、飛ぶんじゃないか?」
ククル杖の先をゆっくりと、的である木に向けた。
すると、杖の先の輝きは一層増し、辺りに強い風が吹いた。
気がつくと、光は木に向って飛んでおり、光の当たった場所は広くへこみ、薄い煙が起こっていた。
だが、予想していたよりは威力が弱い。高い魔力を持つククルなら、木を簡単にへし折るくらいの威力の魔法を使えると思っていたのだ。
予想が外れ、残念な気分になる。
「……す、すごい!」
一方ククルは、あっけにとられている様子だった。
「おかしい……お前ならもっと強い力を使えるはずなんだが…」
「?よくわからないけど、成功したからいいよね!」
ククルの魔法について、何かが引っかかる。
「…ここに座って休憩しておけ。俺は少し独りで散歩でもしてくる」
「わかった!」
少々、独りで考えてみることにした。
あけましておめでとうございます。
久しぶりの投稿です。長らくお待たせいたしました。
シヴは正直なところ、あまり良い人ではありません。ククルと旅を始めたのも、半分は利用するためです。
しかしもう半分は、実は一話でのククルの発言が嬉しく、ククルを仲間として認めたいという気持ちもあるのです。
シヴは今まで過去に様々な経験をし、自分の気持ちに素直になれない場面もあります。
まだまだつたない文章力ですが、これからも堕転生をよろしくお願いします。