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堕転生  作者: 菜柚月
あの人を探して
1/7

転生

 とある、四方を崖に囲まれた城の、最深部。天井は無く、奥には豪華な金の玉座。王たる者が座るに越したことはないが、そこにはいるはずの王はいない。

「命をかけて戦った、<闇人やみびと>の戦士たちよ」

 暖かい風が吹く。それは、春の訪れを告げる風。

「そなたらの勇姿、しかと見届けた」

<英雄>の長である鎧の女は、手を胸に当て、目を閉じる。傍には、横笛を持った少年が。

「戦いは終わった。……葬いの歌を授けよう」

<闇人>の長の遺体の前で、彼女は少年の笛の音色に合わせ、その美しい歌声を、辺りに響かせた。彼女の仲間たちは、固唾を呑んでそれを見守っている。

 歌声は、戦に疲れた兵士達に届く。それはまるで、傷が癒えていくような、暖かみのある歌声。

「やはり変わり者だな」

 仲間の男が彼女に歩み寄り、話しかける。

「人間を恐怖に陥れた、悪魔だぞ?そんな奴らに葬いの歌なんてな」

 男は笑う。だが彼女は男の言葉を聞いても尚、歌うことを止めようとはしなかった。

 歌の終わりに連れ、空を覆っていた厚い暗雲が引き、青い清々しい空が見え始める。兵士達は、感嘆の声をあげた。


 歌が終わった。

 女は伏せていた瞳を開け、振り向いた。彼女のその真っ直ぐな瞳に、誰もが惹きつけられ、思わずため息を漏らす。

 彼女は、どこか物憂げな表情を男に向けた。

「彼らも我々と同じなのだ。己の志を高く持ち、全うしようとした。限界まで誇りを失わず、必死に剣を掲げた。いくらそれが間違いであっても、私は彼らの勇姿をを否定することはできない」

 男はしばらく話に聞き入っていたが、やがて優しげな笑顔を浮かべる。

「お前が言うのなら…そう……なのかもしれないな」

 しばらくして訪れた静寂。今度は女だけでなく、他の<英雄>たちや兵士も、ゆっくりと瞳を閉じる。

「…どうか、そなたらの来世に、神の御加護がありますように」

「「「神の御加護がありますように」」」

 その場にいる者全員で、死者に葬いの言葉をたむけた。彼女らに、それはそれは美しい光がまとったという。



 兵士達が徐々に部屋を後にする中、女はただ一人、<闇人>の遺体の前に佇む。男に「帰らないのか?」と問いかけられたが、「少し一人にしてくれ」と言い、今そこに残っている。

 女は遺体に目をやる。

 遺体は見るも無惨で、腹部に剣を突き刺した跡があり、表情には、まだ生きているかのような生々しい人間味がある。

「もし道を違えなければ、良い戦友となれただろう。<黒龍>を操るお前達ならば」

 一言ずつゆっくりと、女は言う。

「……来世というものが本当にあるのならば、また遭おう」

 来世を信じるか信じないかは、宗教的な違いがある。女は、どちらかといえば前者だ。

 そして振り返り、歩を進めた。


「今は安らかに眠れ………敵ともよ」



 *



 今から一五〇〇年前のことだ。

 この世界は<闇人>と呼ばれる十人の悪魔により、約四〇〇年間支配されていた。

 闇人は邪悪な力を使い、悪徳の限りを尽くし、人々を恐怖に陥れた。

 しかし長い戦いの末、人々は聖なる力を持つ<英雄>たちを使い、闇人を滅ぼすことに成功する。

 英雄たちは後に王や貴族となり、世界を豊かにすることを誓った。


 だが現在の王族と貴族は何不自由無い生活を送り、堕落している。そして闇人の生まれ変わりたちを<転生者>と呼び、それらを自分たちに仇なす悪魔として扱い、殺すような存在なのだ。



「……朝か」

 かの有名な深い森、ルダークは、モンスターが頻繁に出没する地帯。一人で歩いたり、夜間に訪れると、かなり危険だ。

 俺はその森で、今日も朝を迎えた。

 このような危険な森に、地図も仲間も食料も持たずに立ち入るなど、言語道断。ましてや俺のように野宿をするなど、一般人から見ると、死にに行っているようなもの。頭がおかしいとしか、言い様がない。

 良いのだ。誰になんと言われようが、関係の無いこと。

 伸びをしながらハンモックから降り、旅の準備を始める。

 この森に滞在して、何日経っただろうか。<飢えた狼ダイアウルフ>を何頭か狩り、自然に実った木の実を食べ、なんとか生活している。水は、時折降る雨や、川や湧き水で済ます。我ながら、かなり苦しい生活状況だ。何日持つかすら、明確には分からない。

 今日もモンスターの群れに遭遇してしまうかもしれない。前は<小鬼ゴブリン>の群れで助かったが、もしそれが<石化鳥コカトリス>だったら、苦戦を強いられていただろう。


 寝ているときにも剣を肌身離さず背に携えている。身の回りの支度は終わったので、鞘から剣を取り出し、研磨を始める。

 剣の手入れは、毎日欠かさない。手入れを怠ると、斬れ味、振りやすさ、斬る際の力の入れ具合が、格段に悪くなる。俺は剣の腕より、剣の性能に頼っている。

「よし」

 大きな布を、いつものように首に巻きつけた。

 眩しすぎるほど明るい太陽に、顔をしかめる。歓迎されているのかそうではないのか。

 そして一歩を踏み出した。すると、鳥の甲高い鳴き声と、草木をガサガサとかき分けるような音が、近くで聞こえた。鳴き声からして、今一番遭遇したくない相手、<石化鳥コカトリス>の群れかもしれない。剣を鞘から抜き、構える。どこだ?どこにいる?こちらに気付かずに去ってくれるのならありがたいが。

 辺りを見回す。だが、音が聞こえるだけで、動くものや影は一切見当たらない。

 しかし、いつまでもここでじっと警戒していてはいけない。動かなければ、前には進めない。

 一歩ずつ、ゆっくりと歩を進めた。


「キャー!!!」


 はっとして、すぐに振り返る。自分から見て後ろの方向から、人間の叫び声が。

 そもそもこんなところに人間など、いるはずがない。ましてやここは、広大な森の奥。

 何か嫌な予感がし、声のした方向に走る。きっと声の主は女だ。叫んでいるのもあり、武器は持っていないだろう。モンスターの群れに襲われたら、ひとたまりもない。

 草木を剣で切り裂きながら進む。そう距離はないはずだが、障害物が多く、なかなか先に進まない。

 少しすると、切り裂いた背の高い草の間から、向こう側を見ることができた。

 木々の間に佇む、若い一人の女。後ろを向いているせいで、表情は見えないが、かなり良い身なりをしているのはわかる。

 女の周りで、複数の<石化鳥コカトリス>が、美しい虹色の羽根を大きく広げ威嚇し、何羽かは、低い鳴き声を発している。

 危険な状態だ。威嚇しているということは、敵と見なしているということ。しかも、<石化鳥コカトリス>は、技をかけたものを一瞬にして石化する力を持つ。

「おい!」

 咄嗟に声をかけた。女は驚いた顔でこちらを向く。

「ひ、人!?え!?」

 状況が把握できていないのか、戸惑っているように見える。顔をよく見ると、今にも泣きそうな顔をしていた。

 俺は人間と言葉を交わすのがあまり好きではない。もう一度何か言おうか否かと、迷う。

「……ッ!」

 身体が勝手に動いた。嫌いだ。こういうのは。

 俺は女の前に飛び出す。そして身を翻ひるがえし、一頭の<石化鳥コカトリス>の頭上から、一気に剣を振り下ろした。すると<石化鳥コカトリス>は頭から真っ二つに切り裂かれ、大量の血を流して崩れ落ちた。

「意外と弱いんだな」

 剣を虚空で軽く一振りし、血を落とす。地面は更に赤く染まり、降り注ぐ強い日差しに生々しく照らされる。一瞬で倒したので、剣は石化していない。

 女を一瞥すると、いつの間にか腰をぬかしていた。

「どうした?」

 女は返答しない。

 周りをよく見ると、他の<石化鳥コカトリス>たちが、さらに怒りを増していた。

「…話している場合じゃないな」

 他より一回り大きな<石化鳥コカトリス>が、低いうなり声を出す。群れのボスだろうか。

 すると他の<石化鳥コカトリス>達が、女の方を無視し、一斉にこちらに向かって飛びかかってきた。

「あ、危ない!」

 女が短く叫ぶ。だがその瞬間、<石化鳥コカトリス>達は空中で一斉に切り裂かれた。

 グチャッという鈍い音がし、空から血と肉片が、ボトッボトッと落ちてくる。まるで血の雨だ。

「……はぁ」

 またやってしまった。こうすると、返り血が酷くて、服を洗うのが大変なのだ。

 案の定、先ほどの何倍もの量の血を浴びてしまった。

「怪我はないか?」

 俺は女に問いかけた。またも返事はない。こんな場面を見せて、怯えさせてしまったのかもしれない。こんな惨状を見て正気でいられるのも、逆におかしい。

 女は伏せていた顔を、ゆっくりと上げる。

「お兄さん強いね!」

 …何?

 女は目をきらきらと輝かせて、見上げてきた。とにかく意外だ。

「ねぇ、お礼をさせてよ。助けてくれたんだしっ!」

 明るい笑顔を浮かべ、立ち上がる。こいつ、正気か?

「お前…」

「お金はいっぱいあるからさ、とりあえず町に出て、何か食べない?全部ご馳走してあげる!」

「………はぁ?」

「え?お兄さん、旅の人だよね?地図とか持ってるんだよね」

「持ってない」

「……え…?」

 女は目を大きく見開き、落胆した様子で俺を見てくる。何を期待してたんだ。

「ここはたぶん、森の中心部だ。今日中には出られないだろう」

「嘘…」

 女はまた、今にも泣きそうな顔になった。

 歩き始めた俺の隣に、着いてくる。

「とりあえず、食べ物でも探すか。今日は野宿だしな」

「……野宿って何?食べ物って、こんなところにあるの?」

「は?」

 女は、朱色の長い髪、緑の目、見たこともないような豪華な服装をしている。どこかで見た気がする。だがもしこいつが本当に貴族だったら、なぜこんな森にいるんだ?貴族とは、怠惰で欲深い人間ばかりだと聞いたことがある。しかも、町という人の多いらしい場所で、たまに見かけることがあるくらいだそうだ。そんな良い身分の者が、こんな危険な場所に一人で来るはずがない。何か訳でもあるのだろうか。

「野宿とは……まぁ、経験すれば分かる。食べ物は、木の実や獣の肉だ。そんなことも知らないで、よくこんなところに来れたな」

 世間知らずにも程がある。

「今日逃げてきたばっかりだしね。なーんにも知らない」

「逃げてって……お前」

「あ、ごめん!今の聞かなかったことにして!」

 顔の前で手を合わせ、まいった顔で見上げてくる。何から逃げてきたのだろうか。

「ね、お兄さんは何で旅してるの?」

「……」

「…あ、なんかごめんね」

「なぜ謝る?」

「お兄さん、暗い顔したから」

 はっとして、思わず顔を手で抑える。無意識のうちに、感情が顔に出ていたのかもしれない。

「…じゃあ、お兄さん、何歳?」

 俺の表情を伺ってか、無理矢理話題を変えてきた。

「そこ、自分の名前が先じゃないのか?」

「…そうか。えっと、私はククル。ククル=ミュラー。十七だよ」

「俺はシヴ。正確な年齢は分からないが、たぶん十八くらいだ」

「一つ上か。シヴ、よろしくね」

 ククルは満面の笑みを浮かべ、手を差し出す。だが、俺はその手を取ろうとはしなかった。

「…?」

「……お前とよろしくする気は無い」

「…何か悪いこと…したかな……」

 ククルは笑顔を消し、俯向く。

 先ほどまでの明るい雰囲気とは一転し、静寂があたりを包み込む。空気を悪くしてしまったようだ。

「……私、実は追われてるの」

 彼女の突然の言葉に驚いた。

「……貴族の生活が嫌だったんだ。窮屈で、ルールがたくさんあって。しかも最近、私は王子様と結婚することになったの」

 どうやらこいつは、本当に貴族だったようだ。

「うん。私ね、絶対に嫌だったんだ。だから、館を抜け出してここまで逃げてきた」

「そんな危険なこと……」

「危険なのは分かってる。でも、危険をおかしてでも、自由になりたかったんだ」

 自分自身が経験したことがないのもあり、なぜその結婚をそこまでして拒むのか、理解できない。

「なぜ結婚をそこまでして拒む?」

 するとククルは目を伏せ、静かに言った。


「……<転生者>って………知ってる?」


 …<転生者>……!

 俺は驚き、目を見開く。

 まさかこいつから、そんな言葉を聞くことになるとは。

 それにしても……<転生者>…懐かしい響きだ。

「昔話によく出てくる<闇人>の生まれ変わりで、身体のどこかに悪魔の痣が付いてて、強い闇の力を使うんだって」

「…そうか」

「……王様がね、その<転生者>の捜索を一般の人達にもさせて、捕まえたら民衆の前で拷問して殺すって言い始めたんだ。…そんな人を物みたいに扱う人なんて、大っ嫌い。いくら権力のある王子様でも、結婚なんて絶対に嫌!」

 ククルは、先ほどとは一変、強い口調でそう言った。

「…お前、<転生者>のこと人だと思ってるのか。変わった奴だな。でもその話、間違ってるぞ」

「…?」


「それは、今に始まったことじゃない」


 ガサガサガサッ!


 森を歩いていた俺達の周りを、取り囲むようにして、大剣を携えた屈強な兵士達が佇んでいた。

「あなた達…!……来たのね」

 その言葉は、どこか憂いを帯びていた。

「ククル様、その男は何者ですか?」

 一人の鎧の騎士が、ククルに話しかける。ククルは少し、怯えている様子だった。

「…剣を構えろ」

 騎士が全体に命令する。どうやら、奴がリーダー格のようだ。部下達が一斉に剣を構える。

「抵抗せずにククル様を返すのなら、刑は多少軽くなるぞ?」

 威圧するように言ってくる。

「……シヴ…!」

 ククルは、俺が守ってくれないかと悟ったように、か細い声で助けを求めた。

「俺がお前を守る義理はない」

「……そんな…」

 ククルを一瞥すると、また泣きそうな顔をしていた。


「…だが、奴らは倒してやる」

「え?」


「……お前たち、<転生者>って知ってるか?」

 俺は騎士たちに静かに問いかけた?

「<転生者>…?それがどうした」

「<転生者>というのはな、お前たち貴族を恨みながら生きているんだ」

「…そのケースは稀だな。<転生者>の大半は産まれてすぐに我々が処分するからな」

「その処分から逃れた奴は、今もこうして生きている。お前らに復讐するためにな…!」

 まただ。また自分の感情を抑えられなくなる。

 怒り、憎悪、殺意……自分の中にある溢れんばかりの負の感情全てが、いっぺんにこみ上げてくる。視界が赤黒く染まっていき、身体じゅうから力が湧いていく。


 そして俺は、首に巻きつけていた布を投げ捨てた。


 長く白い髪が、風にたなびく。


「……貴様……まさか………!」

 兵士達は、思わず何歩も後退する。

「その、まさかだ」

 露わになった首には、目の様な形をした、黒い痣が。

「全員だ。全員殺してやる。<転生者>の一人としてなぁ!!!」

 剣が銀から黒へと形とともに変化し、両腕も黒く形を変え、剣と一体化する。髪が逆立ち、目はさらに赤く輝き、全身に黒いオーラをまとう。これは、<転生者>特有の力、<覚醒>だ。

 そして剣を構え、リーダー格の男との間合いを一気に詰める。

「や、やめ……」

 相手が抵抗する間も無く、一瞬にして頭を掴み上げ、鎧の間から見える首に、剣を強く突き刺した。

 目を疑う速さで殺されたリーダーを見て、部下達は皆短く悲鳴をあげ、何人かは逃げ出そうとした。

「逃げられるとでも思ったのか?」

 逃げようとする兵士達を追い、一人一人血祭りにあげていく。

「おおおおおお!」

 背後から声が聞こえ振り向くと、兵士の一人が、俺の頭の上で剣を振りかぶっていた。兵士は勝ち誇ったように、にやりと笑う。

「だが遅い」

 俺が身体を右に避けると、兵士の剣は地面に深く刺さった。必死に剣を抜こうとする兵士の顔は、焦りと恐怖の両方の色を浮かべている。

「ひっ……」

 少しずつ歩み寄る自分。相手はさらに焦る。

「剣を捨てて逃げた方が良かったんじゃないか?」

 剣を引き抜こうと伸ばす両腕に向かって、剣を振り下ろす。

「ぎゃああああああああああああ!!!」

 切断された両腕は、大量の血を噴き出しながら宙を舞った。

 叫ぶ兵士の姿は、まるで矢が刺さった獣のようだ。

「そのまま苦しめ。殺してしまっては、楽になってしまうからな」

 それからも、兵士達を殺しにかかった。何度も何度も刺し殺した。

 腕を斬ってやった兵士は、出血多量で勝手に死んでいた。



 静寂があたりを包み込む。

 敵の兵士はすべて死に絶え、血と肉片が散乱している。

 俺は覚醒を解き、剣に付いた血を落としていた。

 俺の後ろで震えるククルは、何も話そうとしない。

「………俺は<転生者>。命を狙ってくる貴族や王族を憎み、奴らを根絶やしにしようと旅をしている」

「…うん」

「お前は立ち去れ。この俺がどんなに危険な存在か、分かっただろ。負の感情を糧に、強大な闇の力を使う。しかもお前は貴族。お互い敵同士だ」

「じゃあ、なんで私を殺さないの……?恨んでるんでしょ?」

「さっきの話からすると、お前は今まで、<転生者>のこと何も知らなかったんだろ。しかも、<転生者>のことを、一人の人間として扱ってくれた」

「じゃあ、私のことは恨んでないんじゃないの?」

「……それは…」

「なら、私と一緒に来てよ。私と一緒に来れば、あなたは私の追ってを倒せる。そして私は自由で楽しい旅に出られる。どう?お互い特じゃない?」

「な………」

 こんな人間を見るのは、久しぶりだ。

「たとえ一緒に来てくれないとしても、着いて行くから」

 ククルの、曇りなき真っ直ぐな瞳に見つめられる。

「……変な奴。仲間を殺した殺人鬼と一緒に旅に出ようなんて、よく考えるな」

「あの人達はもともと仲間じゃないし。しかも、今まで何度も人を殺して苦しめてる。それに、シヴは私のこと守ってくれたんでしょ」

「違う」

「違うくないくせに」

「…まぁいい…………足手まといだけにはなるなよ」

 ククルの表情が、パッと明るくなる。

「やったー!着いて行っていいんだね!」

「着いて来ていいとは一言も言ってないぞ」

「言ってるようなものじゃん」

「……とりあえず今日は野宿だ。もう日が暮れる」

「りょーかい!」

 こうして、貴族のお嬢様と転生者の俺の旅が始まった。



「ごっはん、ごっはん」


 ククルは、モンスターの焼いた肉を、一口一口丁寧に口に運ぶ。貴族というのもあり、食べ方が綺麗だ。だがそうとう腹を空かしていたのか、食べるのが異様に速い。

「木の実の採り方すら分からないなんて、俺がいなかったらお前腹空かして死んでたぞ」

「いやいや、それほどでも」

「褒めてない」

 夜の真っ暗な森に、焚き火の光で、二人の顔は照らし出される。ククルには木の実の採集、俺はモンスターを狩るという役割分担の予定だったのだが、ククルが木の実の採り方を知らないようだったので、結局俺が両方ともやることになった。

 俺もククルに負けじと、肉にかじりつく。味付けが無いので、なんとも言えない味だ。

「それにしてもさ、地図見つかって良かったね」

 ククルを連れ戻しに来た連中の持ち物の中から、森の地図が見つかった。明日は、その地図を使って町の方に出る。

「明日は朝起きたら、すぐに出発するぞ」

「うん。……あ、シヴの服、乾いてるよ」

 今日はあれだけの敵と戦ったのだ。返り血で服がかなり汚れたので、今日の野宿地の河原で、血を落とした。

 おかげで、転生者の印である痣を隠すためにいつも首に巻いていた大きな布も、取らざるを得ない。少し落ち着かない。

「そういえば、その首…」

「ああ、これか。産まれた時からあるんだ」

 目のような形をした、黒い痣。これは『悪魔の印』とも言われ、この世界にいる十人の転生者たち、全員の身体のどこかに刻まれている。俺達の命を狙う政府の人間は、この痣で転生者かどうかを見分けている。俺は政府の人間に転生者であることがばれないよう、布を常に首に巻いていた。

 そして、転生者が世界で十人しかいないのは、かつて世界を支配していた闇人が、十人だったからだ。

 転生者が死ぬと、次の転生者が産まれる。またその転生者は死んだ転生者の生まれ変わりではなく、闇人の直接転生者。つまり、転生者が転生者に転生することはないのだ。

 ちなみに俺は、俺が闇人の中の誰の転生後かは知らない。

「ちょっと触ってみてもいい?」

 俺のすぐ隣に座り込んでいたククルが、俺の首に手を伸ばしてくる。

「やめろ」

「えー」

 基本的に、痣に触られるのは嫌いだ。特に理由がある訳でもないが。

「それに、触っても特に何もないからな」

「そうなんだ」

 自分で触れてみたことは、もちろんある。だが感触は、普通の皮膚といたって変わらない。

「ふわぁ」

 ククルがあくびをし出した。

「もう眠いのか。貴族の生活はいつも早寝早起きなのか?」

「貴族貴族って言わないでよー。そうだ、今日からは二人とも、身分が対等ってことにしよう。そうしたら、気を使わなくて済むし」

「お前、意外と良いこと言うな」

「あ、嬉しいんだね」

「嬉しいとは言ってない」

「嬉しいくせに。ま、そういうことで。私は寝る!」

「寝るって急に言われても、ハンモックは一つしかないが」

「……うーん、一つか…」

 もともと旅の仲間が増える予定など無かったので、最低限の物しか持ってきていない。ハンモックも一つだ。

 しかし、女に地面で直接寝させるのも、流石に気が引ける。

「…俺が地面で寝るよ。ハンモックは好きに使え」

「本当?ありがとう!!」

 河原から少し移動し、俺は荷物の中から、ハンモックを取り出す。そして両端を二つの木に結んでやった。

「そこで勝手に寝ておけ。俺は下で座って寝る」

「うん」

 少し間をおいてから、洗って乾いたばかりの布を、無言でククルに差し出した。ククルはきょとんとしている。

「…これ、かぶるといい。い、嫌じゃないなら……」

 しっかり洗ってはいるが、洗うまでは人の返り血を大量にかぶっていたのだ。ましてやククルは女。気持ち悪がられても仕方がない。

「………ありがとう」

 ククルは微笑みながら、布を受け取ってくれた。俺は安心し、ほっとする。

「…あ」

「…どうしたの?」

「お前って、なんで血とか大丈夫なんだ?」

 突然思い出したのだが、ずっと疑問だった。あんなに血と肉片の飛び散る様子を見て、なぜ平気でいられたのだろうか。戦いの様子など、見たことない筈なのに。

「………さぁ?分かんない」

「さぁって……」

 本人でも分からないものなのか?

「じゃ、もう寝るね。おやすみ」

「……ああ」

 気づくと、ククルはすでに寝息を立てていた。

 俺も、急な眠気に襲われた。今日、いろいろあって疲れたからな。…あいつも、疲れていたのだろう。

 目をゆっくりと伏せた。

作者の菜柚月です。

人形操士NOAと同時進行で、こちら堕転生も書いていこうと思っています。

こんな文章力ですが、これからもどうぞよろしくお願いします。

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