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遠闇の記憶

作者: 椿ひまり

 おはようパーサー。

 今日はとてもいいお天気ね。

 え?ちょっと暑い?

 仕方ないじゃないあなたぬいぐるみなんだもの。


「……里沙、あなたもう16歳なのだから、いい加減ぬいぐるみと見つめ合うのやめてちょうだい」

「お母さん、見つめ合ってるんじゃなくて会話してるのよ」

「いくら友達いないからってなにもぬいぐるみとお喋りしなくてもいいのに


 お母さんったら酷い。

 確かにこの歳でぬいぐるみと会話をしてる娘は心配にもなるでしょう。

 でも、仕方ないでしょ?

 だって、私は、私は……ぼっちなんだもの!


「お母さん。今日こそ私、友達作るわ!」

「はいはい。今度こそ人間のお友達にしてちょうだいね」

「当たり前よ。行ってきます!」


 思い返せばこの世に生を受けてから16年。

 友達といえる存在は私にはいなかった。

 最初は仲良くしてくれても、何故か気がついたらいなくなってしまうのだ。

 故に、私はぼっちだった。

 仕方なくぬいぐるみと会話するという痛い女子になってしまったが、今日でそれも終わりにしよう。

 そう、今日こそ友達を作るのだ!


「みんな、おはよう!」


 教室の扉を開け放し、大声で挨拶をする。

 まず挨拶から、とどこかの本に書いてあったのだ。

 しかし、誰からも返事はない。

 当然だろう。

 なにせ……教室には誰もいなかったのだから。


「は、早く来すぎた……!」


 どうやら張り切りすぎたみたいだ。

 皆が来るまで待たなくては。

 席について、足をブラブラさせながら待つこと数分。

 次第に眠気が襲ってきた。


 ……ちょっとだけなら、寝ても大丈夫だよね?


 5分だけ寝よう、と机に突っ伏した。


「都築さん、起きなさい。ホームルームが始まりますよ」

「……えっ!」


 先生に声をかけられ、ガバッと起きると既に皆は着席してこちらを見ていた。


「では、ホームルームを始めます」


 そんな先生の言葉で事態を把握する。

 私は、寝過ごしてしまったのだ。

 朝の挨拶をキッカケに仲良くなろう作戦は見事に失敗してしまった。

 しかし、ここで挫けてはいけない。

 今日こそは友達を作ると決意したのだ。


「さて、今日は転校生を紹介します。入ってきてくれださい」


 突然の先生の言葉にクラスがざわついた。

 扉が開き、少女が入ってくる。


「中野、自己紹介しなさい」

「中野愛梨です。これからよろしくお願いします」


 ぺこりと挨拶をした少女は、まごうことなき美少女だった。


「じゃあ中野は、都築の隣の席な。都築、手を挙げなさい」

「は、はい!」


 まさかの隣の席だなんて!

 まぁ確かに空いてる席はここしかないですけどね……!

 みんな友達同士でくっつきたがるから誰もぼっちな私の隣になってくれないんですけどね……!!


「よろしくね、都築さん」

「う、うん、よろしく!」

 

 天使だ。

 この子天使だ。

 微笑みの破壊力半端ない。


「あの、良かったらお友達になってください!」


 思わず息込んで言った私に、中野さんはちょっと驚いた顔をして、でもすぐに笑みを浮かべた。


「もちろん、喜んで。仲良くしてね?」


 お母さん。

 苦節16年。

 とうとう私にも友達ができました。


「よかったな、都築。感動するのは分かるが一限移動教室だからな」

「は、はいっ!」


 先生の言葉に慌てて立ち上がる。

 その拍子に机を盛大に倒し、クラスの失笑を買ってしまった。


「中野さん、大丈夫?」

「う、うん。ごめんね、ありがとう」


 急いで机を直し、中野さんを見る。

 中野さんは笑っていた。

 その笑顔を見た瞬間、何かが私の背中を駆け抜けた。

 それが悪寒だと気付いたときには、私は既に彼女に手首を掴まれていた。


「な、中野さん……?」

「都築さん。早く行かないと遅れちゃうよ」


 微笑みながら言う中野さんは、天使のように可愛らしい。

 しかし、先程感じてしまった悪寒のせいで、その微笑みすら不気味なものに思えてしまう。


「そ、そうだね。行こっか」

「いーなぁ、都築さん。いきなり中野さんと友達になっちゃうんだもん」

「私も中野さんと友達になりたい!」

「都築さんいつも一人だったから、一人が好きなのかと思ってたけどそうじゃなかったんだね」


 移動しようとしたとき、わっとクラスの女子に囲まれた。


「ねぇ、中野さん。私たちとも友達になってくれる?」

「うん、いいよ」

「ありがとう!」

「都築さんも、友達になろう?」

「え……いいの?」

「もちろんだよー!」


 あんなに友達ができなかったのに。

 今日だけで四人も友達ができてしまった。

 転校生の中野さんに、藤崎さん、山口さん、田辺さん。

 信じられないくらい嬉しいはずなのに、嬉しいという気持ちになれなかった。


「これからよろしくね」


 作った笑みをなんとか浮かべ、平静を装う。

 叶うことならこの場から走って逃げ出したかった。

 そんなことできるはずもなかったのだけれど。 



「またあいつ鹿山くんに話しかけてるよー」

「うわ、本当だ。身の程知らずだね、鹿山くんは愛梨の彼氏なのに」

「ねぇいいの愛梨。このまま放っとけば彼氏取られちゃうよ?」


 中野さんが転校してから3カ月。

 彼女はクラスの中心になっていた。

 そして校内で一番モテる男子、鹿山くんと付き合いだした。

 誰もが認める美男美女のお似合いカップル……のはずが、最近鹿山くんに近づく人がいた。


「うん……嫌だけど、松谷さん可愛いから、鹿山くんも松谷さんの方が好きなのかも」


 泣きそうな顔を作り、声を震わせか弱い女の子を演出する中野さん。

 皆はそれにすっかり騙されて、愛梨の方が可愛いよ、松谷サイテー、と憤慨している。

 私はそれらの一連の流れを冷めた目で見ていた。

 松谷さんも鹿山くんも、それどころか他のクラスメイトが注目しているのが分かっててやっているのだ。


「ねぇ……愛梨の敵はみんなの敵だよね」


 一人が呟く。

 不穏な空気が流れた。


「……うん。そうだよ」

「松谷は、みんなの敵」

「愛梨はどうしたい?」

「私、私は……鹿山くんを取られたくない」


 とうとう涙を零した中野さんに、私は半ば感心しながらことの成り行きを見守る。

 松谷さんは中野さんの敵認定された。

 それはつまり……彼女がイジメのターゲットとなったということだ。

 それまでこのクラスに表面化されるイジメはほとんどなかった。

 だが、中野さんが転校してきたことにより、リーダーが生まれたのだ。

 リーダーに背く者は敵。

 敵は皆で排除する。

 単純なその公式は、いとも簡単にイジメを生む。


「ねぇ、里沙はどう思う?」


 中野さんの言葉に皆が私を見る。

 ここで同意したら、イジメを容認したことになるだろう。

 ここで否定したら、ターゲットが松谷さんから私に移る。

 イジメるか、イジメられるか。

 表向き同意して傍観者に回る?

 こっそり先生に告げ口する?

 何を選んでも良い結果は起きそうにない。

 ならば、せめて……私らしい選択をしよう。


「私は、中野さんは凄く可愛いと思う。でもね、中野さん」


 可愛いらしい、天使のような彼女を見据える。


「あなたの内面は、ぶっさいくよ!」

「なっ……!」

「松谷さんを敵認定してどうするつもりなの。皆でイジメようってこと?」


 それってサイテー、と吐き捨てる。


「だって、松谷は愛梨の敵だよ?」

「人の彼氏取ろうとする奴なんて何してもいいじゃん!」

「言い訳あるか、この馬鹿共っ!!」


 教室中に響き渡る怒声に、皆が目を見開いて驚いている。


「大体中野さん、あなた別に鹿山くんなんて好きじゃないでしょーが。一番モテるから侍らせて優越感得たいだけじゃないの?」

「ひ、酷い里沙……」

「そんな泣き真似いらないよ。あんたの内面のブサイクさなんて最初から分かりきってたから」


 そう、あの日。

 中野さんが転校してきた日。

 私は聞いてしまった。

 皆と友達になって、歩き出したあの時。

 ポツリと呟かれた言葉。

 私にだけ、聞こえてしまった彼女の本心。


「〝友達ごっこなんて、気持ち悪い〟……あなたはあの時、確かにそう言ったわ」


 中野さんの表情が強張る。

 まさか聞こえてたなんて思わなかったのだろう。

 思わず漏れたその小さな声は、きっと彼女の本心だった。


「いい子のフリして生きるのは大変そうね。でもその腹いせに周りを掻き回すのは止めて。迷惑だよ」


 誰も、何も言わない。

 私の変わりっぷりに驚いているのだろうか。

 普段私は、何を言っても笑顔で返し、何を言われてもされても、文句も言わなければ怒りもしない。

 能天気でどんくさい愚鈍なバカ。

 そんな人間に、見せていた。

 演技をしてたのは私も同じ。

 私が演じてたのはその方が楽だったから。

 でも、彼女は違う。


「さて、どうするの中野さん。里沙酷い、そんなこと言ってないのに……って泣き喚いてみる?」


 ニヤニヤしながら彼女を見る。

 皆は伺うように彼女を見てる。

 もしかしたら、皆も心の片隅くらいで疑っていたのかもしれない。

 でなければ、私があんなこと言い出した時点で速攻反論してるだろう。

 彼女は蒼白な顔で押し黙っている。

 事実無根なら怒るなり悲しむなりすればいいのに、そんな反応をしたら認めてるのと一緒だ。


「そうだ、一個聞きたかったんだけど。ねぇ、中野さん。あなたなんで前の学校から転校させられたの?」


 びくっ、と彼女の肩が震えた。

 掠れた声で、なんで、と呟く。


「なんでだろうねぇ。なんとなくそう思ったからかな」

「……知ってるの?」

「私の回答は、あんたの行動によって変わるよ」


 深い笑みを作り、一瞬松谷さんを見てから視線を中野さんに戻した。

 その意味を正確に理解したのだろう。

 私の目をじっと見て、彼女はゆっくり口を開く。


「……私、鹿山くんと別れる」


 静かな宣言を、教室にいた全員が聞いていた。


「な、なんでよ。鹿山くんのこと好きなんじゃなかったの?」


 口を開いたのは他の誰でもない、松谷さんだ。


「もう、いいの」


 全てを諦めたような声は、彼女らしくない。

 突然ふられた彼は可哀想に事態を呑み込めず呆然としていた。


「あ、そう。サイテーね」


 鼻で笑って、斬り捨てる。

 そんな松谷さんを責めようとする者はもういない。


「こんなはずじゃ、なかったのに……」


 彼女がポツリと呟いた言葉は、誰の耳にも届かないまま消えていった。



「ただいま、お母さん」

「あらお帰り、里沙……相変わらず帰るの早いわね」

「いやー、なんたってぼっちですから」

「威張って言うことじゃないわよ、情けない」

「お母さん酷い……」


 ねぇ、パーサー。

 あんたも酷いと思わない?

 勇気を出してイジメを止めたのに、友達いなくなっちゃうなんてさ。

 またしてもぼっちだよ。

 しかもなんか皆に恐がられて以前より距離開いてるよ。


 実はね、中野さんが転校させられた理由なんて知らないんだ。

 でも、あの時の悪寒は本物だと思ったから、中野さんのことよく観察するようにしたんだよ。

 そしたら、あの人が本気で笑ってないことに気づいちゃって。

 違和感が確信に変わったの。

 だから、きっと彼女は演じてるんだなって。

 いい子の中野愛梨を。

 その理由を考えたら、過去になにかあったんだろうなって。

 引っ越しだなんて本来親の会社の都合が大半だろうけど、もしかしたらって。

 結果は大当たりね。

 それが良かったのかは今でも分からないけど。

 少なくとも、私のクラスにイジメが発生することはなくなった。

 それだけは、良かったと思う。


『ねぇ、里沙。僕思うんだけど……君本当はぼっちが嫌なんて思ってないでしょ』


 あらやだパーサー、気づいてたの?


『そりゃあね。なんたって僕は、里沙の最初の友達だもの』


 ぬいぐるみはカウントしないのよ、世間じゃ。

 でも、そうね。

 本当はぼっちが辛いなんて、思ってないのかも。

 でも、それでも。


「ちょっと、里沙!」


 いつか、本当の友達ができたらいいなって。


「あんたの友達っていう子が来てるのよ……凄く可愛い子!」



 ほんの少しだけ、思うんだ。





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― 新着の感想 ―
[一言] ぼっちカッコイイ!!!とんでもなく主人公気質を感じました。良い意味で裏切られました。楽しませて頂きました、有難う御座います。
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