第十話 惨状
残酷な描写があります。気を付けてください。
あまり気分のいい話ではありません。
その町に着いた時はもうすでに手遅れでひどい惨状だった。
状況から察するにオーガだろう。来るのが一歩遅かったようだ。
そのあまりにもひどい惨状にメイとエレナは顔色を変え、青ざめていた。そして耐えられなかったようで吐いた。
元は人間だったものが何かの肉片へと変わり、もはや原形を留めていないそれらがいたる所に転がっていた。
あまり気持ちのいいものではなかった。
「あなた達…!」
僕達の姿を見つけて女の人がこちらに駆け寄って来たかと思うと、勇者に向かって感情をぶつけた。
「何で来たのよ!?」
「えっ?」
思わず、僕やエレナさんは女の人の予想外の言葉に驚いた。
「何で今頃来たのよ!?遅いわよ!何でもっと早く来ないのよ!?もっと早く来てたら彼は助かったかもしれなかったのに!何でよ!?何で!何で彼は死ななくちゃいけなかったのよ!?おかしいでしょう!?あんたのせいだ!あんたが早く来なかったからみんな死んだんだ!あんたがみんなを殺した!あんたは彼らを見殺しにしたんだ!」
激情に駆られるままに勇者に詰め寄った彼女の言葉は支離滅裂だった。ただ勇者に憎しみと恨みをぶつけていた。
それなのに勇者は胸ぐらをつかまれても何も反応しなかった。何の言葉も行動もしなかったのだ。
「ちょっと…!」
他の町の人が気づき、慌てて女の人を止めた。
勇者から離れても彼女の罵詈雑言は続いていた。
「すみません。彼女、恋人を亡くして気が立っているんです。あまり気にしないでください」
「いえ、大丈夫です。私達も手伝います」
「ありがとうございます」
女性は深々と頭を下げた。
町は怪我人よりも亡くなった人のほうが多かった。そのせいか風当たりが強く、特に勇者に対してはひどかった。
気持ちはわかるが納得いかなかった。
「…何で…あの時、何も言わなかったんですか?」
いつもより静かな食事の際に尋ねた。
チラッとこちらを見た勇者はいつも通りの表情だった。
「それが事実だからだ。否定しようがない」
「だからって…!」
「私は勇者だ。私が受け止めるべきだろう」
「……謂れのないことでもですか…」
「……はぁ…。騎士ならわかるだろう。力には責任と義務が付きまとう」
「でも…」
「……ダンは若いね〜」
この時、初めて勇者の口調が崩れた。
「それは馬鹿にしてるんですか?」
「いや?……私達が彼らにできることは何だと思う?」
話を逸らされたと思ったが渋々答える。
「オーガを倒すことですか?」
「それは当然だろう」
「……じゃあ、何なんですか?」
勇者に真顔で言われ、イラッときた。
「吐き場所を与えること」
「……吐き場所?」
「感情を吐き出させて今を見られるようにすることだ。まぁ、生憎、この容姿のおかげで謂れのないことをぶつけられるのは慣れているからな」
「……そんなこと慣れるものじゃないでしょう!あなたが納得しても僕は納得できません!」
「……ダン、この世界はな、残酷で理不尽の連続だ。納得できる、できないの話ではない」
聞き分けの悪い子供に言い聞かせてるようだった。
「だから僕達は抗うんじゃないですか!」
「…………そういう考え方もあるか。これは一本取られたな」
勇者は少し目を見開き、驚いた顔をした。
勇者はずっと平静で、まるで僕だけが子供みたいに喚いているようだった。
「この世界に抗う、か。悪くはないな」
そう言って勇者はまっすぐに僕の目を見た。この時の言葉を僕は一生忘れないだろう。
「ダン、さっきも言ったようにこの世界は残酷で理不尽だ。だから、そこから目を逸らすな。現実をきちんと見て何でもいい。思ったこと、感じたことを忘れるな。大事なのはそれを見て自分がどうしたいか。そしてどうすべきか、だ」
「どうしたいか?……どうすべきか……?」
「そうだ。…まぁ、先は長い。ゆっくり考えればいいさ」
勇者は酒の瓶をつかむと、外に出て行った。
勇者とダンの問答は聞いていてなかなか面白かった。勇者に聞かされた感じがしたが。事実、誰も口を挟まなかった。
カリスマ性。人の上に立つ資格。彼女はそれを持っているのだ。
勇者の考え方がよくわかる言葉だったと思う。勇者という役割と立ち位置をよく理解していた。特に最後のダンを導いていた言葉は心に響いた。
メイは勇者の言葉に思うところがあったようだし、エレナも珍しく静かに考え込んでいる。
「はぁ…、あれは何だ。一体何なんだ…」
年齢にそぐわない言葉を少し不気味に思った。
酒を飲みながら暗闇の中を歩く。
場所はもう知っているのでしっかりとした足取りで進む。この暗闇はアルカにとって障害ではなく、昼間と何ら変わりない。
「ここか…」
目的地に着き、立ち止まる。そこは墓標がたくさん並んでいる墓所だった。
酒の瓶を墓の前に置き、息を吸うと歌い始めた。それは鎮魂歌だった。
その澄んだ綺麗な歌は夜風に紛れ、暗闇の中へと消えていった。