第九話 小さな変化
少しずつ変化していきます。
ゴブリンを殲滅し、村に戻ると村長が話しかけて来た。
「本当にありがとうございました」
深々と頭を下げられた。
「いえ、当然のことをしたまでです。それよりも亡くなった方の弔いをしましょう。エレナ、ここら一帯浄化できますか?」
戦闘が終わったからか、アルカの口調が元に戻っていた。
「はい!もちろんできます!」
「じゃあ、お願いします。村長、ゴブリンは殲滅しましたが、まだ生き残りがいないとは言えません。しばらく滞在してもよろしいでしょうか?」
「はい、それはもちろんです。むしろ留まってもらえるのはありがたいのですが、よろしいのですか?」
「構いません。お世話になります」
アルカは頭を下げた。
それからしばらくダン達は村に滞在した。
ゴブリンの生き残りが襲って来た時もあったがすぐに対処でき、問題なかった。
村の中で勇者は人気者だった。特に子供達に。子供達にとって彼女はヒーローだったのだろう。
群がる子供達に嫌な顔一つ見せず、相手する彼女は感情豊かで、初めて見た年相応の表情にひどく驚いた。
セリカ殿は薬草の知識を村人に教え、ガルドは青年に対して武器の使い方など護身術を教えていた。エレナ殿は女性に混じって楽しそうに会話していた。
僕はというと、ただひたすら鍛練していた。
「精が出るわね」
「メイ殿」
剣の素振りをしていたらメイ殿が話しかけて来た。
「その、殿って付けるのやめてもらえる?メイでいいわ」
「ではメイさん」
一応、年上である。呼び捨ては憚られる。
「……まぁ、メイ殿よりかはいいか…」
「村人と交流しないので?」
チラッと彼らを見る。
「いいわ。そういう柄じゃないし。あんたこそどうなのよ?」
「私は鍛練をしてますので」
「鍛練ね〜」
メイさんはしばらく黙り込むと唐突に尋ねてきた。
「勇者についてどう思う?」
その言葉にピタッと素振りを止める。
「勇者ですか?」
メイさんからそんなことを聞かれるとは思っていなかったので戸惑う。
「そう」
「……思った以上に強い方だと思いましたが…」
「それは私も思った。……本気だったけど全力ではなかった…」
「えっ?」
最後のほうが聞き取れず、聞き返した。
「その鍛練、勇者の強さを見たからでしょ?」
図星だった。
あの高い技量は素直にすごいと思った。僕にはあのなめらかで無駄のない綺麗な動きできない。そこまでの技量はない。
そう痛感してしまったのだ。
旅に出てメイは予想よりも旅がきつく、見通しがいかに甘かったかを痛感させられた。
ガルドは傭兵だから当然旅慣れしている。セリカさんは薬剤師ゆえに森に入ることも多く、ダンは騎士だから行軍したことがあるだろうし、軍事行動の訓練の際に野宿した経験がある。エレナはなぜかすぐに順応した。勇者はというと、よくわからないが旅に慣れているようだった。
それに対し、私はこのメンバーの中で足を引っ張ってる。
私には魔法しかない。それが強みでもあり、弱みでもあるとこの旅で実感させられた。このままじゃ、足を引っ張るだけだ。それは私の矜持が許さなかった。
「本当にありがとうございました」
村人総出でお礼を言われ、アルカは苦笑する。
「最後に言っておくことがあります。浄化をしたことでこの土地には魔力が宿ってます。植物の成長が早かったり、傷の治りが早くなるかもしれません」
エレナの魔法はかなり強力で予想以上だった。
聖魔法特化型、未来の聖女か…。なるほど、神殿が必死に囲う訳だ。
「本当ですか!?」
「ただ感謝を忘れないでください」
「それはもちろん!」
「いえ、私達にではなく自然にです」
「自然にですか?」
「この恵みをくれる自然に、大地に感謝することを忘れないでください。その間、この土地は豊かになるでしょう」
忘れない限りは豊かな土地になるだろう。
「わかりました。重ね重ねありがとうございます」
「では、私達はここで」
「はい」
アルカ達の姿が見えなくなるまで頭を下げて見送られ、その律儀さにまた苦笑するしかない。
『しばらくはあそこにいるよ。アルカのお願いだし。でも、気が変わったら移動するよ?』
肩にはいつ間にか手よりも小さい男の子が座っていたが、アルカは気にせずに答える。
「別にそれでいいわ」
『まぁ、彼らが僕達に感謝するならいてあげてもいいかな?彼らが僕達に感謝することを忘れない限りはね』
「うん、ありがとう」
『アルカのお願いなら喜んで聞くよ。じゃあ、またいつでも呼んでね』
そう言って男の子は消えた。
その後、あの村は勇者によって救われた村として豊かになり、町へと変わった。
彼らは勇者が言った言葉を忘れずに感謝し続けたと言う。
あれからパーティーメンバーの中で一番変わったのはメイだろう。彼女は実戦をこなし、経験不足を補おうと積極的に戦闘に参加し出した。また実戦向きの魔法を開発し、実験しては改良するを繰り返した。
次に変わったのはダンだろう。意地と見栄、緊張などで張っていた気が抜けたようで程よく力が抜け、自然体になっていた。ぶっきらぼうな口調から敬語へと変わった。いや、元に戻ったというべきか。ガルドや年下の勇者にも敬語を使うようになっていた。これが普段のダンなのだろう。
エレナもまたたくましく、図太くなりつつあった。
ガルドも面倒見が良く、セリカもさりげなくフォローとサポートをするようになった。
アルカは他人行儀なところがだいぶましになったように感じられた。
メンバー内の空気が当初に比べて柔らかくなっていた。
そんな時に彼女らは現実を知ることになる。この世界の残酷さと醜さを。そして勇者という存在意義を。真実を知るのだ。