表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

4話 アーティファクト

金棒をアーティファクトへと名称を変更しました。

 学園都市には何も勉強施設や研究施設だけでない。

 人が住んでいる以上、当然娯楽施設も完備されている。

 遊園地や動物園、映画館やショッピングモールといった施設がある中、最も人気のある施設といえば。

「やっつけろおお!!」

「うおおおおお!!」

 ――闘技場ならぬコロシアムである。

 しかもイタリアにある世界遺産をそのまま持ってきたような形の建築物。

 太陽が照り付ける中、その中心で戦士達がバトルロワイヤルを繰り広げていた。

 鬼人という人種は衝動の塊。

 最も強い衝動の一つに挙げられるのは闘争心。

「きゃー! きゃー! カッコイイ!!」

 焔も例外でなく、大多数の観客と共に熱狂していた。

「虹神君! 今の見た!? あんな速さでの攻撃を良くできるわね、そして良く避けられるわね」

「ああ、見た見た。間違っても対峙したくない鬼人だ」

 目を輝かせて同意を求める焔に虹神は苦笑を浮かべる。

 虹神も楽しんでいることには楽しんでいるが、焔達観客が戦闘に興奮しているのと比べて幾分か醒めている。

 虹神は戦闘という行為に喜びを見出していない鬼人だった。

「虹神君、ずいぶんと冷静ね?」

 虹神の雰囲気に勘付いた焔が口を尖らせる。

「ほら、君ももっと盛り上がって。今度の組み合わせは無敗同士よ、どっちが勝つか賭けない?」

 焔は虹神をヒートアップさせようとする。

「負けた方が夕飯おごってね?」

「それはそれはきついな」

 戦闘は性に合わないが賭け事はその限りでない。

 虹神はその賭けに勝つために頭をフル回転させ始めた。

 なお、余談としてこの学園都市では賭博行為が禁止されている。

「あー、くそ。負けた」

 対戦が終わり、虹神は頭をかきむしる。

「途中までは良かったんだ。最後まで慢心せずに戦っておけば勝っていたのに」

「ふっふーん。鬼人に冷静さを求めちゃ駄目よ。こんな血沸き肉躍る場で予定通り事を運ばせるなんて出来っこないわ。序盤が劣勢だった時、すでに勝敗を決していたのよ」

「……それにしては逆転するまで声を枯らして叫んでいた記憶があるが」

「――っ、忘れなさい!」

 図星を差された焔は顔を真っ赤にして虹神にそう注意した。

「只今の試合を持ちまして午前の部を終了いたします。午後からは一般参加の部です、まだ挑戦者を受け付けておりますので、腕に覚えのある方はご参加ください」

 と、同時にかかるそんなアナウンス。

「なお、今回の条件は二つあります。一つはアーティファクト持ちであること、二つ目は第二段階の能力を使わない、の二点です」

「今回は結構優しいな」

 それが虹神の感想。

 条件を揃えるために制約を課すことは良くある。

 今の条件なら新人でも勝つ可能性があった。

「どうした、焔」

 途端に黙り込んだ焔に虹神が語り掛ける。

「もしかして参加したいのか?」

「当然」

 そう答える焔は歯切れが悪い。

「けどねえ、条件が満ちていないわ。アーティファクトなんて私は持っていな――あ、あれがあったけど使うのはちょっとねえ……」

 口では諦めの弁を発するものの、その瞳は悔しさで一杯のようである。

 そんな焔を見た虹神は。

「――ほら」

「何の真似?」

 虹神は己の腰に差してある刀を焔へ手渡した。

「この刀の名は『千変万化』といってな。ある高名な鬼人の鍛冶師が作った逸品だ」

 虹神は試しに一度振るう。

 先ほどまで脇差程度の長さだったのにいつの間にか両手で持たなければならない長刀へと変貌していた。

「この刀にはその鍛冶師の念が込められている。素人が持っても達人クラスの腕前を振るえるだろう」

 それは妖刀と呼ばれる類のアーティファクト。

 この刀を握れば刀を握ったことのない素人なのにベテランを次々と屠っていく現象を引き起こせる。

 そのための代償は、時に命で支払わなければならないほど高価だが、未来のことを度外視するとこれほど強い武器の類も無かった。

「百聞は一見に如かず、あれこれ述べるより体験した方が早い。君なら刀に乗っ取られることはないだろうから、後先考えずに振る舞うと良い」

 そう述べた虹神は焔の背を推す。

「え? ――うん、分かったわ。必ず期待に応えてみせる!」

 何か言いたさそうにした焔だが、ハッと何かに気付いたかのように口を閉じる。

 そして振り返らず、虹神から借りた刀を掲げて登録場へと進んでいった。


「凄いわ、この刀!」

 焔は興奮した表情で捲し立て始める。

「刀を握った時の高揚感に敵を切り捨てた際の興奮! そして何よりも勝利した時の爽快感! 今までに経験したことのない喜びだわ!」

「ああ、僕も見ていた。まさか斬馬刀まで許可するとは思わなかったよ」

「ん? どういうこと?」

「この刀の名は『千変万化』その名の通り形状は一つじゃなく、無数に変化する。が、それには刀が使用者を気に入らないと変化しないんだ」

「へえ、じゃあこの刀は私を大分認めてくれたのよね?」

「まあ、そういうことになる……なあ、焔」

 虹神は一つ咳払いして沈黙する。

 苦悶に満ちた、しかしそうすることが正しいと信じている表情。

「……」

 虹神の只ならぬ雰囲気を察してか焔は彼の次の言葉を待った。

「この刀を……貰ってやってくれないか」

 虹神は続ける。

「君が刀を振るって戦っていた姿はとても美しかった、あれこそ君が本来あるべき姿、君の活躍に一花添えられるのなら僕としても嬉しいことはない」

 焔の戦績は第五位。

 百人近くいた中で、しかも前世代の鬼人が混じっていたことも鑑みると称賛に値する戦果。

 しかも、最も敵を屠った者に贈られる撃墜王という奨励を頂いており、戦い方がもう少しうまければ優勝を狙えていた。

「けど、良いの? この刀は年季が入っているけど丁寧に整備されている……君がどれだけ大事にしているのか十分伝わるほどにね」

「しかし、君に渡すことが正しいのだろう。刀は使ってこそ刀。見せ物のためにあるのでなく、かといって格下相手に振るうのではない。焔の様な強者と戦い続ける鬼人こそ持つべきだ」

「……そっか、分かった。なら受け取らせてもらうわ」

 虹神の覚悟を知った焔は峻厳な面持ちで頷く。

「今からこの刀の持ち主はこの時風焔となる――どんな時でも私を導いて頂戴」

 焔はそう厳かに宣言し、刀に対する想いを馳せた。


 刀を渡した後はそのまま解散となるかと思いきや焔が虹神を呼び止めて。

「ちょっと待ちなさい。さすがに貰いっぱなしというのは私の矜持が許さないわ。虹神君に渡したいアーティファクトがあるから私の家に寄りなさい」

 と、いうことで虹神は焔の家に御邪魔していた。

 焔の家はマンションの一室。

 セキュリティーが高く、常駐鬼人がいることから相当グレードが高い。

 内装も三LDKと一人で住むには大きすぎる敷居だった。

「まさか私の家に異性を入れることになるとはね。フフフ、昔の私が知れば驚くでしょうね」

 焔はこの家を寝起きしか使っていないのか、ほとんど物が置いていない、というか埃が積もっている箇所も多く見受けられる。

「掃除していいか? さすがにこれだと家が泣く」

「後にしなさい、渡したいのはこれ――黒蝶よ」

 焔が持ってきた木箱に封じられていたのは全長五十センチほどの鉄扇のアーティファクトだった。

「これは戦闘狂で有名な鬼人が愛用していた品物でね、その鬼人が死んでも戦い続けたとされるから相当強い念が込められているわよ?」

「……」

 言われなくとも分かる。

 箱を開けた瞬間、怨念の域に近い念が発せられ、それに感化されてか虹神の血がうずいた。

「持ってみると良いわ」

 焔は肉食的な笑みを浮かべる。

「君なら血を求める黒蝶を使いこなせられるでしょうね」

「……」

 虹神は袖を捲り、無言で鉄扇を手に取る。

(殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺――)

「っ!」

 途端に虹神の脳内が殺意一色で染められ、思わず顔を顰めた。

「へえ、落とさないのね」

 焔が感嘆の吐息を漏らす。

 確かに虹神は手が触れた瞬間に硬直したが、それだけ。

 その後はごく自然に手のひらに乗せ、扇を開いたり畳んだりと黒蝶の動作を確認していた。

「確かにこれは恐ろしいアーティファクトだな、これほどまでに僕の心を乱す代物は初めてだ」

「……あんた、本当に鬼人? そんな他人事みたいに評論できるなんて」

「逆を言えば他人事みたいに論評しか出来ないことだ。もし僕に余裕があれば君が気に入らない態度を取らなかった」

 強者と弱者の違い。

 それは選べるか否か。

 強くなればなるほど選択肢が増えるというのが虹神の持論である。

「でも、衝動に身を任せて暴れる選択肢もあったのでしょう? それを選ばなかったのは君が強いからよ」

「確かにその通りだが、一般鬼人と比べられた僕としては余り嬉しくないな」

「やれやれ、傲慢だと呆れるべきか、謙遜だと笑うべきか迷うわね」

「好きに選べ、君には選ぶ権利がある」

「それ? 私を馬鹿にしてんの?」

「もし橙や黄泉に同じ問いかけをすれば後者しか選択肢がなかっただろうね」

「その通りだけど、君の意見に同意するのは癪だからノーコメントでいくわ」

「はいはい、好きにしろ」

 そっぽを向いた焔を見た虹神は呆れたように肩を竦めた。

 「……」

 虹神は開いた状態の黒蝶の先に注目する。

 先端には刃が仕込まれているほか、何本もの溝が走っている。

 そして開けたままにしておくと、その溝に液体が滲み始めて終にはポタポタと垂れてきていた。

「毒か?」

「正確には使用者の意志を具現化した液体。意志の質と量によって液体の性質が変わるわ。例えば相手を動けなくするのが目的ならしびれ薬を、相手を眠らせたいのなら眠り薬を」

「つまり傷を癒したければ治療薬が滲み出てくるのか?」

「理論上はそうだけど、実際にできるのかしら? 黒蝶から迸る殺意を受けてもなお相手を思いやれたら出てくるかもしれないわ」

「……」

 虹神は再び沈黙する。

 これは確かに強力な武器だ。

 使い方も千変万化より虹神に向いている。

 ただ、惜しむらくは。

「この殺意はどうにかならないのか……」

 この脳内に響き渡る血を求める声。

 こんな呪詛に一時間も身を晒していれば狂ってしまいそうだった。

「とりあえず貰っておく」

 虹神は黒蝶を閉じて封印のひもを巻く。

 すると呪詛の声は大分和らいだ。

「これを使いこなせるまで一週間か一ヶ月か……頑張って――」

 苦笑交じりにそう答えていた虹神の口が止まる。

「と、時風焔? どうした?」

 焔は何かを抑えている。

 恍惚な表情で、絶頂寸前で敢えて止まっているかのよう。

「……ごめん、虹神君。駄目なのは頭で分かっているのよ。けど、そのアーティファクトを、封印されているからといって近くに置いておいてごらんなさい。倫理だとか法だとかどうでも良くなってくるわ」

 上ずった声音の焔は続けて。

「私……もう我慢できないの」

 虹神はこれ以上焔の傍にいるのは危険だと判断した。

 身の危険を感じた彼は後方に飛び、開いていた窓へと身を投げ出して地上へと落下する。

「はっ」

 虹神は鬼人、これぐらいの高さなど障害に値しない。

 難なく着地した虹神は次に起こりうる場面を想像して唇を固く結ぶ。

「このアーティファクトは本当に素晴らしいと思うわ」

 地面へと降り立った焔は満面の笑みで。

「だからこそ、前の使い手を上回らなければいけない。虹神円一、君を殺して名実と共にこの千変万化を私のモノとするわ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ