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現実だけ見てる

作者: 大体怠惰

 俺は今日会社をクビになった。

 経営が危ないとかそういう話を聞かなかった訳じゃない。

 ただ、その事と職を失う事が結びつかなかった。ただそれだけだ。

 数十年間勤め続けた自分を切るとは考えてなかった。

 いや、これは違うな。

 考えないように目を背けてた、逃げていただけだ。

 その結果が、これだ。

 もう四十になる私に再就職が出来るだろうか。

 蓄えはあると言ってもそれだけで生活できるほど多くはない。

 家に帰っても寂れたアパートの誰もいない寂しい部屋が待っているだけだ。

 このまま私が帰らなくても誰も気にはしないだろう、せいぜい大家に面倒をかけるだけだろうな。

 会社では飲み仲間などはいたものの、特に親しい友人などがいなかったことに今更ながら自分でも驚く。



 十二月に入り、寒さが厳しくなり始めた道を歩き続ける。

 この道も随分と慣れたものだ、毎日起きて、電車に乗り出勤して、仕事して、帰り、寝る。

 パターン化していた自分の生活。

 今思えば特に趣味等もなかったな……

 自分の仕事人間っぷりに嫌々する。



 仕事人間から仕事を引いた場合、一体何が残るのだろうか?

 今の私には何が残っているのか?

 問いかけても応えてくれるものなどいない、ここまで孤独であったことに苦笑する。


 ……笑えない、笑えないなぁ。一体どうしたらいいのだろう。

 この世に神とやらが居るのならそいつは私に何を望んでいるのだろうか。

 いや、こんだけ大量の人間一人一人に何かを望むなんて流石に神でも無理なことか。

 私の様に大量生産された機械の部品のような人間は誰の目にも触れずに、いつの間にか無くなっているものなのだ。


 夜の道を歩き続ける、月が煌々と私を照らしている。

 こう思うとまるで私が何かの物語の主人公の様に感じてしまう……

 実際は平等に光が降り注ぐうちの一人だというのに。


 きっと主人公になるようなやつはなるべくしてなるのだろう。

 きっと神とやらに決められている。そうなってないやつが、いくら頑張ろうと、そいつの物語に関係するのが精一杯なんだ。


 ふと視線を下に向けると地面にマンホールほどの穴が空いていた。

 辺りを見てもマンホールの蓋が転がっている様子はない。

 私はそれを大きく避けて駅へと歩く。

 工事でもやっていたのだろうか……それにしては管理が杜撰だな。

 誰かが落ちたりしたらどうするんだ。


 思えば今まで何回かあったな……空いたマンホール。

 この辺の会社は大丈夫なのだろうか。

 即座に訴えられてもおかしくはなさそうだな……


 駅の周辺に近づくにつれて人通りも増えてくる。

 雑多な人の隙間を縫うように歩き続ける。

 昔は良く人にぶつかっていたものだが、今はもう慣れたもので他人とぶつかることなく歩く事が反射的に出来るようになってしまった。

 要らない技能が増えたものだとしみじみ思う。


 もうこの辺りを来ることもなくなると思うと、この周辺をよく見たことがなかったな……

 毎日通勤に使うだけ、少しばかりブラつくのも良いだろう。


 改札口でUターンし、外に出て行ったことのない方向に歩き出す。

 その時上のホームの方から電車の急停止する甲高い音と悲鳴が聞こえた。

 ……自殺か、酔っ払いか、なんだかは分からないがご愁傷様だ。

 これでしばらくは電車は復旧しない、今日はタクシーを使うことになりそうだ。


 しばらく歩いていると閑静な住宅街に出た。

 家庭の明かりが何とも言えない暖かさを心に伝えてくれる。


 6時を過ぎたばかりからかまだちらほらと子供達の姿を見かける。

 これから各自の家に帰っていくのだろう……ふと、昔のことが、子供の頃のことが懐かしくなり感傷に浸る。


 信号が赤になってしまったため待つのではなく違う道を選ぶ。

 特に目的も無いのだ、わざわざその道を行く必要もあるまい。

 道を変えてすぐ、背後から急ブレーキの音が聞こえた。

 人だかりが出来て慌ただしく騒いでいる。

 聞こえてくる声を元に状況を整理すると、どうやら少女が赤信号の車道に飛び出して、丁度よく、いや、悪くトラックが来て、轢かれそうになったところ、歩道から青年がその少女を庇うように飛び出して救ったそうだ。

 しかし、代わりにその青年はトラックに轢かれて意識不明の重体……いや、見た感じの出血量だともう助からないだろう。


 そんな勇気や度胸のある青年がいたことが驚きだが、こんな事になるなんて、神とやらはやっぱり世界を見ている、見守っているなんてことは無さそうだ。

 青年の来世が良い事になるように祈ろう。


 しかし、帰りに事故2件に遭遇するなんてついていない……いや、仕事が無くなったんだ、ついてないのは朝からか……


 そこから逃げるようにして離れると住宅街から少し離れた静かなところへ出た。

 この辺はあまり人が住んでいないからか、先程までほどの声は聴こえない。

 だが、代わりに何やら男女の言い争う声が聞こえてきた。

 随分と女性の方興奮しているのか話の内容までは聞き取れないが、早口で大声になっていくのが分かる。

 対して男のほうはあまり声が聞こえない。動揺しているのはさっきまでの声で分かったが今は女性の方が一方的に話しているだけのようだ。

 本能的にそっちには近づきたくないと感じ、直進から左折して離れる。

 最後に女性の高笑いが聞こえた気がしたが、正気を失ってそうな声など好んで聞きたくはなかったので走って逃げる。


 女性関係のもつれかどうか知らないが怖いものだ。

 こんなものを体感するとモテるのもモテないのも一長一短なんじゃないかと考えてしまうな……いやこれはただの僻みかな?

 これまでモテるなんてことに縁のなかった男はそんなことを考えるものなのだ。


 そんなことを考えて歩いているとふと靴の裏に違和感を感じる、足を上げて見るとガムを踏んでしまっていたようだ。

 道の端に寄って、ポケットからティッシュを取り出してガムを取り除く。

 作業を苦戦しつつも行っていると道の端でうずくまっているのを心配してくれたのだろうか、高校生くらいの女の子が声をかけてきてくれた。

 大丈夫、ガムを取っていただけだ、と返すとホッとした様子で前の角を曲がって行った。

 今時あんな風に人の心配をしてくれる高校生もいるのかと感心しているとガムがとれた。

 ティッシュを丸めて、角を曲がると道の真ん中に微かに光のともった不可解な丸い図形が描かれていた。

 複雑な記号と文字のようなものが入り交じったそれは、まるで、そう……魔法陣の様に見えた。

 落書きにしては随分と手間がかかっているな、と半ば関心しつつ踏まないように先を急ぐ。


 5分ほど歩くと、もう隣駅の近くに来たのか繁華街の騒がしさが戻って来た。

 そこにあった居酒屋のボードにはある高校の同窓会が行われていることが書いてあった。

 今は確かに親しい友人など居ないが高校生の時は何人かいたものだ、しかし在学中にその内の何人かは家出かどうか知らないが突如行方不明、変わった奴は部屋でゲームをしていたはずが消えていた……なんてものもあったな。

 あいつらは元気なんだろうか……

 同級生でもやたらと交通事故が多かったな卒業までに何回学校集会が開かれて黙祷したか…………

 一緒に卒業式を迎えた奴らも年々音信不通が増えていった。

 遺体の無い葬式も行った、見つからなかったがもう生きてはいないだろう、とのことで行ったそうだが、案外どっかで生きてるかもしれないなぁ。


 近くの道でタクシーを呼んで家に帰ることにする。

 この頃あまり運動してなかったせいか足が痛くなってきた。

 時間も出来ることだし、ジムにでも通ってみるのもいいかもしれないな。

 しばらくして止まったタクシーに乗り込み行き先を告げる。

 行き先はもちろん自分のアパートだ。

 乗り込んで窓の外を見ていると睡魔が襲って来た。

 まだ着くまでかかりそうだと判断し、運転手に一言断って仮眠を取ることにする。

 目を閉じると、軽い運転の揺れと疲れ……多分体力と精神的にと両方だろう……からかすぐに意識が遠のいてきた。

 ふと、軽く瞼を開けると草原が広がっていた、身体の感覚はまだタクシーに乗っているままだが草の香りや顔に感じる風は夢には思えない。

 ぎゅっと固く目をつぶり首を軽く振ってから目を開けると、今度はヨーロッパの町並みの中、人々の喧騒が遠くから近づいてくるように聞こえる。

 目を閉じてもだんだんと感覚がリアルになってくる。

 俺はどうなるのだろう……不安な気持ちが大きくなってくる。


 だが、「お客さん、お客さん、着きましたよ」と言う声と身体を揺すられることではっ、とする。

 目を開いて見ても草原も町並みも見えず、タクシーの車内と少しの煙草臭さを感じるだけだ。

 きっと夢を見ていたのだろう。

 それほど疲れていたのかと内心で驚きながら料金を払って降りる。

 降りて身体をほぐすために伸ばしていると自分の腹が空腹を訴え始めた。

 そう言えば夕飯を食べていなかったことを思い出し、最寄りのコンビニエンスストアまで買いに行くことにする。

 家に帰ればカップ麺の買い置きくらいはあったと思うが、たまにはコンビニ弁当でも良いだろう。

 カップ麺よりは豪勢な食事が出来るだろう……たとえ五十歩百歩だとしても。

 そんなことを考えながら弁当をカゴに入れていく。

 夜食用にとスナック菓子を何個か突っ込んで会計を済ませる。

 すぐに食べられるように弁当を温めてもらおうとしたら、少し前に故障してしまったらしく、温めてもらうことはできなかった。

 家に帰れば電子レンジはあるし、そこで温めようと考えながら帰路へつく。


 アパートの前まできたところでふと、思い出す。

 そう言えば……箸を入れて貰ってない!

 確認したが、やはり袋の中に入っていない。

 その場で反転してコンビニに戻ろうとした時、視界の隅に小さな女児の姿が見えた気がする。

 辺りを見ても誰もいない、冷静に考えてこんな時間に一人で出歩くなんてほぼありえないだろう……やはり疲れているのか。

 箸は諦めて、今日は飯を食って寝よう。そう決めて二階の部屋への階段を登る。

 とっとと部屋に入って、弁当を温め始める。

 物の少ない部屋はいつもよりさっぱりとして見える。

 いい具合に温め終わった飯を静かに喰らい、ゴミを片してから寝る準備をする。

 風呂は面倒だから今日は入らない。

 歯を磨き、着替えてとっとと就寝する。



 朝、いつも通りの時間にセットされたいた時計によって目が覚めた……

 こんな時間に起きてもする事がない事に寂しさを感じる。

 そういえば変な夢を見た……何も無い真っ白な空間にいる夢だ。

 何故かそこには俺と、見た目が仙人みたいな爺さんがいた。

 あまり何を話していたかは覚えていないが、転生がどうとか、トリップがどうとか言っていた気がする……

 仏教の人かクスリでもやってる人だったのだろうか?

 どちらにせよロクなものじゃないな。


 昨日コンビニで買っておいたパンを食べると、

 少し外を散歩することにする。

 少し眠いが、歩いているうちに覚めるだろう。

 カーテンを開けると外は明るく涼しい過ごしやすそうな気候だ。


 ここから俺の第二の人生が始まる。

 そう思って始めよう。


 意気揚々と玄関のドアを開けるとそこは何も無い荒野が……おっと財布を忘れた、やっぱりうっかり幻覚を見たり忘れ物したりと寝ぼけているのだろうな。


 ゆっ〜くりと玄関を開いて鍵をかけて階段を降りる。


 家の周りを十分で一周出来るくらいの道を歩く。

 涼しいと寒いの半ば位の風が顔にあたる。


 しばらくゆっくりと散歩を楽しんでいると後ろから走ってくる音が聞こえた。

 ジョギングしている人もいるんだなと関心しつつ振り向いた瞬間、すぐ真後ろに女性の顔が、綺麗だな……と思うとほぼ同時に腹に衝撃。

 自らの腹部に目をやると、RPGに出てきそうな立派な剣が生えていた……ていうか刺されてた。

 すぐさま霞んでいく視界と熱くなる腹を感じながら俺は、自分を刺した女性の言葉を聞いた。


「……貴方が悪いのよ……私は悪くないわ…………せっかくのフラグを全部へし折る貴方が悪いのよ…………

 どんな方法を試しても絶対に引っかからないんですもの………………大丈夫よ…………スグに転生させてあげるから……」


 瞬時に俺は理解した……これで俺は死んで転生する。

 まるで昔読みあさったネット小説のように。


 今度はどんな人生になるのだろうか。

 

 次の人生には期待しよう...俺は思考を閉ざした。








 


 

 目を開くとそこは何も無い空間............

 ではなく病院のベッドの上だった。


 どうやら俺は生き延びたらしい。

 今度こそ異世界に行けると思ったが中々上手くは行かないものだ。

 次の神様とやらには期待しよう。



 さて、仕事でも探すかな。


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[良い点] 言葉にし難い面白さがありました。フラグ全スルー。こういう一発ネタはありだな、と。 [気になる点] 最後の方で主人公が「瞬時に俺は理解した」と言っている部分について、タイトルやそれまでの主人…
[一言] どうやっても転生できないのは、運が良いのか悪いのか。 神様も大変ですね。
[一言] やっぱり転生をさせようとしてたんですね それを全部へし折るなんて... なんか新感覚でした 最後は結局転生しなかったんですね
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