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月光浴  作者: 田中しう
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ルナパーク

――ルナパークのあの話って知ってる?

――ルナパークって、あの新世界にある遊園地の事か?

――そうそう。 最近、あそこで子供が何人も消えてるらしいわ。

――消えてるて。どう言う事や?

――聞いた話なんだけどな。決まって新月の夜やと言う事や。家族仲良く回転木馬なんぞを楽しんでたと思たら、気づくと、子供の姿が見えない。パーク内だけやない。新世界一帯、通天閣も必死になって探すけどまるで神隠しに遭うたみたいに、子供が忽然と姿を消す。そう言う話らしい。

――気持ちの悪い話やな。

――そうや。そう言えば、今日も新月だったんと違うか?

――今日もそんな事が起こったら、これ、大事件になるで。

――くわばら。くわばら。うちは、絶対に新月の夜にルナパーク行くのはごめんや。

――そら、うちもや。


 新世界ルナパーク。

 明治36 年に開催された内国勧業博覧会の跡地に、それは造られた。

 中央にパリのエッフェル塔を模した高い塔を有し、動物園、活動写真館、動物園、遊園地などを包含した巨大な遊戯場であった。昼ばかりか、夜でもあまたのネオンで昼のように光で飾られていた。

 モダンであった。

 西洋文化のイミテーションをイミテーションと重々承知で手軽に愉しめる場所であった。真実でも虚構でも目の前にある華麗さに人々の目は奪われる。光が眩かった。

 その眩さゆえに、ひっそりと近づく影に人は気づけないのだ。

 そして、新月の夜。

 その日、またもや子供が一人いなくなった。

 三人目ともなると、新聞も放っておくわけには行かない。大新聞から婦女向けのゴシップ誌まで浮かれ騒ぎ、姿を消した子供たちの親らの地位や近所の評判、果ては個人的な趣味に至るまで暴き立て、まるで子供たちが居なくなったのはこの親たちの責任だと言う様に書き立てた。


――まったく、彼らの何と露悪趣味たる事か。

 他人を責めながら、自らの醜さを露呈する。露悪趣味と言わずして何と呼べば良いのか。

 新世界ルナパーク。夢の空間である。私は最初から魅了された。心地よいのは、その夜だ。淡い、偽物の昼。

 特に気に入ったのは、回転木馬――メリーゴーラウンドである。舞台はあくまで美しく虚しく、甘ったるい音楽を響かせては、回転する。ランタッタ。ランタッタ。無表情の木馬たちが永遠かと思えるほどに何度も何度も私の前を回る。

 もの好きなモガたちが嬌声を上げ、私の目の前から去って行く。良い歳の大人がこんなものに喜ぶのか。これは、自分が乗って遊ぶよりも、眺めるものだ。

 子供が一人、私を見詰めている。

 どうした? 珍しいのかな?

 触ってみたいのかな。この衣装にかい。それとも帽子かな。

 私はにっこりと笑って、その子供に風船を差し出した。女の子らしい、赤い色。

「ありがとう」

 その言葉に、するすると手足を躍らせて見せた。

(どういたしまして)

 周囲の大人たちは道化になど興味も示さず通り過ぎて行く。だが、その子供は楽しそうに私を見詰め続けた。

 穢れの無い瞳だ。

 私はそう言う瞳に無条件で惹かれ、そして必要とする。私が私の生きるべき世界で生きて行く為に。

 ランタッタ。ランタッタ。

 メリーゴーラウンドが煌びやかな光を放ちながら、私を誘う。

 空を見上げると、そこに赤い月があった。

 新月ではなかった。

 少女が笑っている。

(お嬢さん)

 私は身を屈めた。

(回転木馬に乗りたいかい?)

 道化の指差した方向に少女は視線を向ける。

 決められた円をなぞって走る、無表情な馬たちに少女の興味が移るのを見て、私は少女を抱き上げた。ひょいと柵を飛び越え、一番手前に来た木馬に飛び乗る。これくらいの芸はお手の物だ。

 ランタッタ。

 虚無が胸のうちに広がる。

 少女が問いたげな目で見上げる。

「どこへ行くの?」

 私は彼女を安心させるように優しい笑顔を返した。

「夢の世界さ。本物のルナパークへ――」

 そう囁くと、メリーゴーラウンドに赤や白や青の光が溢れ出した。少女は声を上げて喜ぶ。

 木馬が、定められた軌道を外れた。

 そうだ。木馬の案内のままに、あの世界へ――


 そして、四人目の子供が消えた。


 それは、満月の夜。月の赤さが不吉だと街中で囁かれた夜だった。

 新月であろうと満月であろうと子供の消えると言う噂が広まると、子供を連れてルナパークへ足を運ぶ者はもう誰も居なくなった。やがて客足は遠のき、あれほど物見高い遊客たちで賑わったルナパークもいつしか閉鎖された。


 子供たちの行方は、おそらく月だけが知っている。




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