時にはヒロイン気分で
アルファポリス様より、「恋をするなら」と改題して2014年11月に書籍化されることになりました。実里と桜井の恋を応援していただいた皆様、ありがとうございましたm( )m
「もしかしてこれは、私の愛読書によくある『王道』な展開ですか。
読むのはともかく、ソレを実践したいと思ったことはありません」
実里はフォーマルブティックの前で足をぐいと踏ん張った。
たまにはホテルでゆっくり食事でもどうだ、と誘われて、
仕事を急いで切り上げてきたのに。
さっきまでのちょっとウキウキした気分を返せ。
桜井はニヤリと笑いながら、その腕を強引に引く。
「まあ、そう言うな。
レストランの予約まで、まだ時間がある。
ついでだから例のパーティー用のドレスを、
俺が見繕ってやろうというんだ」
「見繕うもなにも、私は着物で行くからいいんですよっ!」
「夏場にか」
「絽の着物で、涼やかに装ってみせますとも」
「会場に着くまでに、蒸し暑さにやられて気力を削がれそうだな」
「……」
一ヶ月ほど先の七月末に予定されているパーティーは、
春先に変わった企業トップの顔ぶれを披露する意味合いのものである。
実里はそこへ、桜井の婚約者として同行することになっていた。
つまり実里にとってもお披露目の場なのだ。
迂闊な格好で乗り込むわけにはいかない、というのは承知している。
ついでに、精神的にも万全な状態で臨む必要がある、と覚悟している。
始まる前に疲れているなど、論外だ。
何となれば、それは昨年千速が武勇伝をひとつ追加したのと、
同じタイプのパーティーなのだから。
桜井の「食事会」のお相手であった令嬢たちと、
間違いなくそこで顔を合わせるはずであった。
「実技」を求められるようなシチュエーションにはならないことを願っているが、
何事もなく済むと考えるほど、実里は楽観的ではない。
むっつり押し黙った実里に降参の意を汲み取ったのか、
桜井は意気揚々と彼女を店内に引き摺りこんだ。
「いらっしゃいませ」
店の前でのちょっとした揉め事などまるで目にしなかったように、
上品な物腰のマダムが、にこやかに近付いてくる。
ついでに、今も桜井にむんずと掴まれたままの実里の腕も見えていないらしい。
「すみません、お騒がせして」
桜井が、全然すみませんと思っていない口調で言う。
するとマダムは優雅に微笑みながらこう答えた。
「どうぞお気になさらずに。
場所柄、色々なことがありますのよ、ここでは」
老舗ホテル内のフォーマルブティックともなれば、さもありなん。
ロマンス小説ばりのヒーローは、案外巷にあふれているのかもしれない。
「今日はどういったものをお探しでしょう?」
マダムの問いに、桜井がパーティーの種類や規模を説明し、
婚約者としてのお披露目に相応しいドレスを、と告げた。
実里は小声でぼそりと付け加えた。
「――必要なのは戦闘服ですよ」
「承知しましたわ」
マダムはにっこりと微笑み、自分も一緒に見立てるとごねる桜井を
応接セットに案内してから(追い立てた、とも言う)、
実里の元に戻ってきた。
「王道」とはいささか異なる展開だ。
愛読書によれば、こういった際は俺様ヒーローが、
ヒロインの意思を無視して、
ドレスをとっかえひっかえ試着させたりするのだ。
口をへの字に曲げる桜井と目が合ってしまい、実里は笑いをかみ殺した。
本人より選ぶ気満々だったのに。
「――さて!」
その辺の微妙な空気を意に介さず、
マダムは手を打ち合わせると、実里を店の奥に案内する。
「実は、ここにあるものは全部『戦闘服』なのよ。
ある意味ではね。
それで、あなたが求めているのはどんなタイプかしら?」
実里の呟きを聞き洩らさなかったらしいマダムが、
棚にずらりと掛けられたドレスの肩を、指先ですっとなぞりながら、
問いかけてきた。
「あなたを守るためのもの?」
そして、ローズピンクのオーガンジーで、
ふんわりとしたデザインのドレスを取り出して見せる。
これを着たら誰でも、思わず守ってあげたくなるような雰囲気になりそうだ。
「それとも、誰かを倒すためのもの?」
数歩進んで次にマダムが手にしたのは、深いワインレッドのドレスだ。
シャープなデザインのシルクサテンのそれは、
「私を見て!」と主張するような華やかさ。
「あるいは」
更に奥に進んでもう一着取り出し、首を傾げる。
「誰も寄せ付けないためのもの?」
アイスブルーのシルクタフタのドレスは、
今年流行の某雪の女王のように、ノーブルで近付き難い印象を与えそうだ。
実里は、目の前に次々と並べられたドレスを目を瞠って眺めた。
雰囲気は違えども、どれも実里に似合いそうなものばかりだ。
さすがプロ。
「どう戦うかによって、選ぶ『戦闘服』のタイプも変わってくるのよ」
マダムは、笑みを深くして付け加える。
「誰と戦うかでも」
実里は目を瞬かせた。
誰と戦うか――……
今までどんな場に出ても、
実里は「秘書」という役職のフィルターを通して眺めていられた。
向けられる興味からも悪意からも、心理的に距離を置くことが可能だった。
しかし、「桜井誠の婚約者」という立場で表舞台に出れば、それは適わない。
とはいえ、そんなもの塵芥のように払い除けることが出来るはずだ、と
少し前まで思っていたのだ。
ふと――桜井の横を通り過ぎて行った女たちを思い出すまでは。
皆一様に、背が高く、スタイルが良く、美しく、
いかにもといった女性的なタイプであった。
実里は、そういった枠から外れるような気がする。
「私が戦わなくちゃいけないのは――私自身と、かもしれません」
着物を着ることにこだわっていたのは、
もしかしたら、そういった女たちとは敢えて一線を画したかったからなのかも。
同じ土俵で戦うことに、尻込みして。
「そういうことなら」
マダムは頷くと、反対側の棚に足を進め、一着のドレスを手に振り返った。
ピーコックグリーンのシルクサテン。
余分な装飾がない、着る人そのものを際立たせるかのような、
シンプルなデザインのドレスだ。
――素敵。
実里は思わず手を伸ばして触れた。
「――それがいい」
背後から、桜井の声がした。
振り返ると、足を組んでふんぞり返り、
椅子の腕に頬杖をついてこちらを見ている。
「それがいい」
もう一度そう繰り返してから、言葉を継ぐ。
「ピンクのはダメだ。
今更余計な奴の気を惹くことはない。
ワインレッドもいけない。
そんな挑発的に装う必要がどこにあるというんだ」
それから、椅子からゆっくり立ち上がり、
実里の方へとやってきた。
「アイスブルーのは悪くない。
悪くないが、お前らしいのはそれだ」
そう言って、ピーコックグリーンのドレスを眺めた。
実里は目を伏せ、ドレスを撫でながら呟く。
「――私らしいって何ですか?
誠さんがいつも連れていた方たちは、どちらかと言えば、
あのワインレッドのドレスを着こなすようなタイプでした」
桜井は苦笑した。
「あれはアイコンだ。
本気じゃない、本気にはならない、そういったわかり易い女たちだ。
まあ、褒められた付き合いじゃなかったとは思うが」
マダムからピーコックグリーンのドレスを受け取った桜井は、
俯き加減の実里に当ててみる。
「俺がどうでもいいと思って付き合った女たちのせいで、
お前の自信が揺らぐとは皮肉だな」
彼は、着物にこだわる実里の心情に薄々気付いていたのかもしれない。
実里は、キッと顔を上げた。
「別に、自信喪失しているわけじゃありません。
誠さんは、私を選んだんですから。
それに、選択権は私にもありましたから」
桜井はゆっくりと口角を上げた。
「そうだ。
それでこそ、谷口実里だ。
このドレスは、そういった凛としたお前に相応しい。
ついでに、『手出し無用』な雰囲気が出て、なおいい」
試着して来い、と言って実里にドレスを押し付けると、
桜井は席に戻って行った。
「『手出し無用』ってなに……」
「見せびらかしたいけど、手を出されたくない、ということかしらね」
マダムは訳知り顔に頷くと、
さあ、試着してみましょう、と実里を促した。
* * *
「やっぱりこれは、私の愛読書によくある『王道』な展開じゃないですか。
さっきも言いましたけど、読むのはともかく、実践してみたいとは……」
「そんな格好でグチグチ言ってると目立つぞ」
「――っ! め、目立つ格好させたのは、どこの誰ですかっ!」
そう。
ドレスの試着をして、靴とバッグを選び、アクセサリーを誂えると、
桜井はとてもいい笑顔で、こうのたもうたのだ。
「レストランの予約の時間を変更しておいた。
せっかくだから、予行練習で全部仕上げてもらえ」
「――っは?」
そういうわけで実里は今、所謂「フル装備」である。
髪をアップにし、メイクを施され、
ピーコックグリーンのドレスにボレロを身に纏い、レストランに向かう。
チラチラと、視線があちらからもこちらからも向けられる。
「皆、お前を見ている」
「……目立ちますからね」
実里が口を尖らすと、桜井は耳元に顔を寄せて囁いた。
「違う。お前が美しいからだ」
それから、盛大に赤くなった実里のこめかみに、
そっと唇が寄せられた。
「ギ、ギリシア人だと思ってましたが、イタリア人ですかっ。
路線の変更は予め言って頂かないと、対応が出来ませんっ」
「何を言ってるんだ、お前は」
――時には。
時には、ヒロイン気分で。
俺様ヒーローの隣を軽やかに歩いてゆこう。
このマダム名前は出てきませんが、察しの良い方はおわかりかも。そう、「王子」に出てきたマダム百合です。ここでも大活躍?(笑)