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獣耳娘の初恋語  作者: からくりモルモット
第4章 拳は突然に
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8 ごめんなさい

 衝撃で崩れ落ちる魔王。しかし、その首筋をセリに捕まれ、むりやり立たされる。

「何考えてんだ、あぁ?」

 セリの口から飛び出たのは、先ほどとは打って変わって地の底から湧き上がるような声だった。

 物語やおとぎ話の恐ろしい化け物でも、こんなに殺気立つような唸り声は上げないだろう。タイムの隣に立つアロエが恐ろしさから身を震わせていた。

 ようやく体の自由が戻ったバームが、片手で顔を覆う。そして小さく「やっちまった」と呟きを漏らした。こうなる事は予想していたらしい。

「セリ、その……こ、れは……」

「聞こえん。腹から声を出せ、腹から!」

 フェンネルの首をガクガクと揺らし、まるで脅迫しているかのようにセリが怒鳴る。思いっきり首を揺さぶられ、フェンネルの顔色が赤紫色に変わっている。

「何勝手に決めてんだ? 王妃? シトロネア家の仲間入り? 知るかそんなモン」

 吐き捨てるようにセリは言う。

「しかも、タイムの結婚だって? あの子らの人生はあの子ら自身で決めさせるって約束を忘れたのか!」

「セ……リ、た……のむ、落ち着……け」

「タイムの気持ちを考えてみろ! あの子はまだ十二になったばかりじゃないか」

 その言葉に、父は一瞬言葉に詰まった。すぐに彼の体から微弱な魔力が溢れた。回復の術を使ったらしい。みるみるうちにフェンネルの顔色は元の白磁色に戻る。

 体力を取り戻した魔王は、未だ自分の胸元を掴む勇者の腕を片手で握った。そして、まっすぐに彼女の顔を見つめて口を開く。

「これは決められたことだ。お前に発言権は無い」

 きっぱりとフェンネルはそう言い放った。静かに、だが迫力を込めた彼の声音にセリが怯んだようだった。魔王の胸元から手を放した。同時に魔族たちを縛る、法力の拘束も解けたようだ。周囲は安堵の息を漏らしている。

 それを見て、フェンネルは軽く頷く。

「分かればいい。皆の者、今日はもう下がるがよい」

 魔王の閉幕の言葉に、魔族たちは従おうとする。

「……父さん」

 小さな声だった。だが、その声に周りの者たちは動作を止めた。

「タイム」

 父が名前を呼んだ。が、それはいつもの声ではない。優しく慈しむような甘い声。そんな声じゃなく、突き放すような声だった。

 タイムは初めて父に恐怖を覚えた。

 震える身体を押さえ、タイムはフェンネルを見つめる。向かってくる視線の強さに、目を逸らしたくなる。だが、タイムは懸命に耐えた。

「やだよ、私。こんなの」

 鼻が詰まった聞き取りずらい声だ。これでは、ただわがままを言っているみたいだ。

 だが、涙を堪えてタイムは訴える。

「私が、父さんを嫌がるから、父さんは私を嫌いになったの?」

 心当たりは山ほどあった。父が家にやって来る度に冷たい態度で接してきたのだ。おみやげをいらないと言い放った。家を出る父の見送りをしたのは数えるほどしかない。

 父は絶対に自分を嫌ったりしないという甘えがあった。現にタイムがどんなに父を遠ざけても、父は変わらずタイムを溺愛してくれた。

 そんな父の愛情を素直に受け入れるには、照れがあったのだ。一度遠ざけてしまえば、後はもうずっとつれない態度で接し続けてしまった。

 今になって、激しい後悔がタイムを襲う。

「ごめんなさい、父さん……ごめんなさい」

 最後は嗚咽になり、言葉にならなかった。しゃっくりが勝手に飛び出してきて、何も言えない。まるで、タイムが声を出すのを邪魔しているかのようだ。

 父からの応えは無かった。彼はただ黙ってタイムを見下ろしているだけだ。彼は苦い物を噛みつぶしているような表情を浮かべていた。

 ああ、父さんは本当に私のことが嫌いになったんだ。

 父の顔を見て、タイムはそう実感してしまった。それが悲しくて辛かった。だんだんと意識が遠ざかってゆく気がした。

 震えるタイムの右肩を、誰かが触れた。

「大丈夫でしょうか? タイム王女」

 冷たい声。

 背筋が凍るような、冷たい声。タイムのすぐ傍から聞こえた。それなのに、それがくぐもって耳に届く。

 声の主がフキだと気付いた時には、タイムの意識は闇に沈んだ。 

「タイム!」

 母の悲鳴のような声が遠くで聞こえた気がした。


  * * *


 崩れ落ちたタイムの体をフキが支えた。マロウとアロエは突然の出来事に体が動かなかった。

「タイム!」

 すぐにセリが娘の側へと駆け付けようとする。が、それは他ならぬ彼女の夫によって遮られる。

 眼前に立ちはだかるフェンネルを、セリは強く睨みつける。

「どけ」

 金の瞳が強制力を持って光り輝くが、フェンネルには効かなかった。彼の白銀の瞳もまた、鋭い輝きを放ってセリの力を打ち消していたからだ。

「セリ、お前には話がある。私と共に来い」

「嫌だね。誰があんたなんかと……」

「何をしている! 誰ぞ手を貸さぬか!」

 稲妻のような迫力のある怒鳴り声が、セリの言葉を遮った。

「タイム王女を静かな場所へお運びしろ! 早くするんだ!」

 バームの命令に、後方に控えていた兵士たちが慌ててやって来た。フキは彼らにタイムを手渡そうとした時だった。

「やめろ! タイムを放せよ!」

 羽根を広げて飛び出したマロウが、フキの腕にしがみついた。が、フキが何か小声で呟くと、マロウの体が地に落ちた。

「くそ、いってえ」

 悪態を吐きながらも、マロウは再び羽を羽ばたかせようとするが動かない。ただ背中が痺れる感覚がするだけだ。

「何したんだよ!」

「いえ、私は何も」

 涼しい顔でフキはマロウをあしらう。目の前の人物に敵わないと悟りながらも、マロウは尚フキに食らいつこうとした。が、その前にバームがマロウの体を持ち上げた。

 肩に担がれながらも、マロウは手足をばたつかせて暴れる。しかし、鍛えられたバームにとっては何の抵抗にもならない。

「放せっ。放せよ!」

「すまん。今はちぃっとばっかし堪えてくれ。頼む」

 小さくそう言ったバームの声は、いつもの彼の声だった。横目で彼の顔を見れば、赤銅色のその瞳は懇願するような視線を放っていた。

「マロウ……」

 バームの足元にはアロエがいた。彼もまたすがるようにマロウを見上げている。

 顔を上げれば、タイムはすでにバームの部下に抱きかかえられて謁見の間から出ていかせられようとしていた。他の魔族たちも慌ただしくこの場から立ち去っている。

「……分かったよ」

 渋々といった様子でマロウは大人しくなった。バームは小さく「すまない」と告げると、玉座へと目線を動かす。

「魔王陛下、王子様方は我々がお部屋までお連れいたします」

「あぁ、頼んだぞ」

 一礼をすると、バームは兄弟を連れだって扉の方へと向かう。その後ろ姿が消えるのを確認すると、フェンネルは改めてセリに向かい合った。

「さて、語り合おうではないか。我が妻よ」

 それにセリは応えず、ただフェンネルを睨みつけていた。


  * * *


「すまん! 本っ当に悪かった」

 人通りのない廊下まで来ると、バームは土下座をしそうな勢いでアロウとアロエに謝りだした。アロエが何度も気にしてない、と首を横に振ってもバームは頭を上げない。

「謝るより先に、こんな事になった理由を言えよ」

 マロウが苛立ちを露わにさせながら、バームに詰め寄る。しかし、それにはバームは首を横に振った。

「今はまだ待ってくれ。必ず説明はする」

 到底納得が出来なかったが、バームはそれ以上は語ってはくれない。魔石の光に照らされた長い廊下を歩きながらも、彼の口を割らせようとマロウは粘る。

「教えろよ、バーム! 一体父さんは何がしたいんだよ」

「……仕方ないことなんだ」

 それだけ言うと、バームは口を閉ざしてしまった。


          【続】

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