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獣耳娘の初恋語  作者: からくりモルモット
第4章 拳は突然に
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7 どうすんだよ

 重く巨大な鉄の扉が開く。ゆっくりと音を立てて、開いた先には謁見の間。

 人間界で自分たちが暮らしていた家が、何十も入りそうなとても広い広間。紫の絨毯が、玉座までの長い道のりを案内する。灰色の柱が立ち並び、その周りを光り輝く魔石が浮いている。その両端には、ずらりと魔王城の重臣たちが並んでいる。緊迫した空気が肌に伝わる。

 彼らは全員、静かにじっとタイムたちを見つめている。──ただ、セリとアロエの姿を確認すると、あからさまに目を逸らす者が何人かいる。魔族はバームのように人間を親しく思う者もいるが、フキのように嫌悪感を持って接する者もいる。

「アロエ、平気?」

 タイムは心配して聞く。アロエは、少し無理して笑う。居心地が悪いのだろう。気弱な弟は少し顔を青ざめていた。

「うん。大丈夫だよ」

 その声も、心なしか元気が無い。

「低俗な奴ほど、やけに自分の鼻を高くして差別したがるんだ。バッカみてぇ」

 マロウが、わざとらしい大きな声で吐き捨てる。

 少しのざわめきが場に沸き立ったが、すぐに静まる。子供の発言だということで大目に見てくれたらしい。

 軽くあしらわれたことを察したマロウは、わざと大きく鼻息を吐く。

 不機嫌なマロウを横目に見ながら、タイムは父の姿を見た。

 魔王フェンネルは、鋭角に切断された紫水晶で彩られた黒の玉座に、深く腰掛けていた。

 灰色のスーツに黒地の外套。額には、人間界の王の冠と同じ意味を持つ黒銀細工のサークレット。まるで闇色の蔓草が額に巻きついているようにも見える。額部分には魔力の高い紫色した魔石がはめ込まれていた。

 左手には、硝子で出来た大振りな杖。魔法文字がびっしりと細工されている。

 それらの装飾に加え、魔王としての威厳が今のフェンネル自身から感じられる。放たれる魔力の強さに、タイムの肌がひりひりと痛んだ。

「我らが魔王陛下、フェンネル・シトロネア様! ご命令通り、妻セリ様並びにご子息方を早急に魔界にお連れいたしました!」

 バームが声高らかに奥の玉座に向かって宣言する。いつものふざけた態度が嘘のように見えるほどの、とても堂々とした凛々しい声だ。

 フキもバームの隣に肩を並べ、それに続く。

「フキ・クランベリー、レモン・バーム・ガルバナム両名が確かにご命令を完遂したことをここにご報告いたします」

 バームと比べ、静かな宣言。だが、それでも、この広い謁見の間の隅々にまで行き渡る声量だ。

「大義であった」

 彼らの声に、魔王フェンネルが応じた。その声音にタイムは驚く。普段の父のものとはまるで真逆なものだ。自分たち家族に接するような優しげな雰囲気はまるで無い。さわやかな印象を与える涼やかな父の声は、今は威厳溢れる重低音のものになっている。

 実の娘であるのに父の前にひれ伏してしまいそうになる。そんな強制力を感じさせる声だった。

 心細くなり兄弟たちの表情を|窺≪うかが≫えば、二人ともタイムと同じ様相を浮かべていた。あのマロウですら、父に怯えのような視線を向けているのだ。

 アロエは完全に威圧され切ってしまったようだ。大きな両目が涙で潤んでいた。彼の不安さがタイムにも移る。身震いをしながら、すがりつくように母を見上げた。そして、タイムは硬直した。

 硬直するタイムに気付いたのか、つられてマロウも母の顔を見て凍りついた。

 母は口元に笑みを浮かべていた。が、その瞳は笑っていなかった。さらに彼女の瞳は通常の練炭色したものから、輝く金に変化していた。

 爛々としたその瞳は、まっすぐに玉座に座る人物を見つめていた。

 この状態の母の腹の内を、子供たちは手に取るように分かる。間違いなく母は、キレていた。こうなったら、自分たちの手で負えない。

 最悪なことにバーム、フキの両者はセリに背を向けており、バームの部下もタイムたちの背後に控えているので母の様子に気付く者はいなかった。

「どうすんだよ、タイム」

 マロウに肩ひじで突かれたが、タイムに母を宥めさせる手段は思い浮かばない。唯一頼れるとなるとアロエなのだが、彼は現在平静ではない。

 そんなタイムたちの動揺を知らずに、周囲はとんとんと事を進めていく。魔王と部下たちの長い長い口上が終わり、タイムたちは前進するよう指示された。

 恐る恐ると母の顔を見上げれば、彼女の顔色は変っていない。彼女は黙々と長い絨毯の上を歩く。

 そしてついに、タイムたちは玉座の前にまでたどり着いた。

 バームとフキはフェンネルに向かって一礼し、その場で跪いた。この時、彼らが振り向くことがあれば、母の異変に気付いただろう。タイムはそれを望んでいたのだが、願い空しく彼らは背を向けたままであった。

 フェンネルは玉座から立ち上がり、両腕を広げる。

「よくぞ参った。我が妻、そして我が子供達よ」

 その声と同時に、母が動いた。その体からは、魔力とは別の力が発せられていた。法力と呼ばれる、魔力と相反する力だ。

「おい、セリ?」

 バームが制止するが、すぐにその動きが止まる。セリの力の前に、彼の体は拘束させられてしまったのだ。彼の顔に焦りの色が浮かんでいる。

 フキは機嫌が悪くなるよりも先に、驚きの感情が出たらしい。唖然とした表情でセリを目で追っている。真面目実直の彼は、まさかセリが公の場で力を露わにするとは思いもよらなかったらしい。

 いや、フキだけでは無い。この広い謁見の間にいる人々全員が、セリの突然の行動に驚き、戸惑っている。だが、彼らのどよめきはすぐにかき消される。無意識に発せられているだろうセリの法力により、身動きが取れなくなっている。

 そして誰も止めることなく、悠々とセリはフェンネルの前に立った。

「フェル」

 セリの声は、不自然なくらいに穏やかなものだ。遠目からフェンネルの口元が引きつっているのが見える。

 次の瞬間、痛々しい打撲音が、静寂に包まれた謁見の間に響き渡った。


           【続】

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