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獣耳娘の初恋語  作者: からくりモルモット
第10章 剣士
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22 あからさまに嫌そうな顔をするなよ

 タイムはその日、朝から浮かれていた。朝食を食べ終えると、自室でくるくると舞っていた。弾む気持ちが溢れてしまったためだ。

 理由は昨日、オレガノの口から放たれた一言だった。

『クミンくん、明日は休んでもいいぞ』

 ここに来てからと言うもの、タイムは休みなしで働き続けている。体力が付いてきたといっても、そろそろ疲れがたまる頃だろうとオレガノは言う。

『給金も少し出してあげよう。それで街みでも遊びに行くと良い』

 戸惑って遠慮しようとするタイムよりも先に、彼は不器用なウィンクを送った。

『気にするな。子供は遊ぶことも大事な仕事だ』

 そうして降って湧いた休暇にタイムは胸躍らせた。どう過ごすかは昨夜のうちに決めてある。サイプレス領内の街だ。屋敷から歩いて数分ほどの距離にある。そこを散策する予定だ。

 思えば一人で街を歩くということは、今まで経験したことは無かった。人里まで向かうことはあまり無かったし、たまに行ったとすれば母や兄弟たちと一緒だった。欲しい物をじっくりと眺める時間なんて勿論無い。

 文机の上に乗せられた布袋をチラリと一瞥する。今朝貰ったばかりのお給料だ。

「あー何買おうかなぁ。美味しい物、有るかな」

 くつくつと笑いを零していると、扉が叩かれた。

「おい、遅いぞ。寝てるのか?」

 外から掛けられた声に、タイムは驚く。すぐさま扉を開ければ、いるはずのない人物がいた。

「ヨモギ、どうして……?」

 普段ならば、彼はこの時間帯はサイプレス邸内で仕事をしているはずだ。顔色の良さから体調不良のため病欠という風でもないようだ。

 目を丸くするタイムに対して、ヨモギは不機嫌そうな表情を浮かべる。

「お前、聞いてなかったのか? お前一人だと道に迷うから、僕も一緒に行くって朝言っただろう」

「え……」

「……あからさまに嫌そうな顔をするなよ」

 若干声に苛立ちを込めながらヨモギは言う。

「じゃあ、聞くがお前一人で街に行ってここに戻ってくることが出来るか?」

 出来る──とタイムは言おうとして沈黙した。

 ここに来て以来、タイムの行動範囲はシトロネア邸の敷地内だけだ。ただでさえ彼女は方向音痴の気があるのに、見知らぬ街を迷わずに進むことなど不可能に近い。

 タイムが押し黙っていると、ヨモギは深くため息を吐いた。

「準備が出来たら下に下りて来いよ。待っててやるから。あと、帽子被って来るの忘れるなよ。お前の耳、目立つんだからな」

 そう言ってヨモギはさっさと部屋を出ていった。一人残されたタイムは、静かに口を尖らせた。

「……そりゃあ、ヨモギの言う通りだけどさぁ」

 先ほどまでの高揚感は見る影もなくしぼんでいた。

 ここしばらくヨモギと共に過ごしたのだが、やはりヨモギは意地悪だ。

 タイムの一挙手一道にいちいち口を挟んでくるし、嫌みもばんばん言ってくる。マロウなんか目じゃないほどにだ。

 何故ここまでヨモギが自分に突っかかって来るのだろか。いろいろ考えてみたが、結局思いつくのは一つだけだ。

「やっぱりいろいろとおかね出してもらったのが悪かったんだろうなぁ」

 染髪剤に衣服、それに目の色を誤魔化す腕輪。これだけでかなりの金額を使ったと、あの時ヨモギは愚痴っていた。

 そのお金はヨモギが貯金していたもので、姉の捜索費用に使いたかったらしい。

 タイムが無理やり付いてきたせいで、それが全て空になってしまったのだ。やはり罪悪感はある。

「なんとか出来ないかなぁ」

 ふとペパーミントの顔が頭に浮かんだ。彼にもヨモギの姉、スグリの捜索を依頼されている。

 彼に頼んで費用を出してもらおうか。しかし、タイムはそれ否とした。理由があれど、お金をせびりに行くのは気が引けたからだ。

 ちらりと文机にある給金を見る。小さな麻袋に入っているだけでは、とてもじゃないがヨモギの持っていた金額には届かない。

 それに実は昨夜ヨモギに給金を渡そうとしたのだ。自分のために使った分を返したいと伝えて。

 しかし、ヨモギはそれに首を振った。

 ──その程度で足りるわけないだろうが。

 そう言って彼は受け取ろうとはしなかった。

 ならば少しずつ返済すると申し出たが、それでもヨモギは頷かなかった。このままでは借りを返せない。

「あ、そうだ!」

 タイムの頭に妙案が浮かぶ。すぐさま彼女は小さなクローゼットを開けた。いくつかの衣装をかき分け、最奥に仕舞ってあった服を取り出した。

 そこにあるのは、薄紅色したドレス風のパジャマ。

 タイムが魔王城を脱走した際に着ていた物である。結局その後、処分することも出来ずにクローゼットに封印しておいたのだ。

「これを古着屋さんに売れば、結構なお金になるかも」

 それをヨモギに渡せば、きっと幾分か彼のタイムに関する心象もよくなるだろう。古着屋はきっとここの街にもあるはずだ。タイムの私服として使われている男の子用の服は、オレガノが街の古着屋で買ってきてくれたものだ。

 方向性は決まった。

 タイムは手提げ鞄にパジャマと給金入り麻袋を詰め込むと、急いで部屋を出た。

 スキップのリズムで階段を降りる。

「お待たせー」

 椅子に腰かけるヨモギに声をかければ、彼は眉をしかめた。

「何だよ、その荷物……」

「秘っ密! 私行きたいところがあるんだけどいい?」

 身を乗り出してお願いすれば、ヨモギに顔を逸らされた。

「何でそっぽ向くのさ」

「……お前の顔が近いからだろうが」

 ボソボソとそう答えるヨモギにタイムは頬を膨らました。

 ──顔を真っ赤にしてまで嫌がらなくてもいいのに!

 心の中でタイムは文句を言った。口にはしない。したところで、また喧嘩になるからだ。


  * * *


 サイプレス邸から街までは下り坂を下ればすぐだ。しかし、この坂が結構な距離があるため、運搬用の荷馬車に乗って移動するのが一番早い。

 食糧配達に来た荷馬車に乗せてもらい、二人は坂を下ってゆく。当然、王宮用の馬車よりも豪勢なものではないため結構な揺れを体感する。木床に直に座っていたため、タイムはお尻に痛みを感じることになる。

 街に降り立てば、人の多さにタイムは目を丸くした。一瞬、臀部の痛みも忘れるくらいにだ。

 二人がいるのは街の中心部で、ここは広場になっている。

 広場をぐるりと囲むように飲食店があり、店と店の間には放射線状に小道が引かれている。小道それぞれに業種によって違う店が並んでいる。そのため、小道の手前には通りの名が記された看板が立てられている。鍛冶関係なら『鍛冶通り』、衣服関連なら『服飾通り』といった具合だ。

「すごい……!」

 人間界の街とは違った造りにタイムは感嘆の声を上げた。

「ねぇ、ヨモギ! あれは何? ねぇ!」

 ざわめきの中でタイムは声を張り上げる。しかし、ヨモギは顔を赤らめて声を潜めて怒る。

「はしゃぐな。恥ずかしいやつだな、お前は」

「だって、初めて来たんだもん。前通った時は夜だったし、じっくりと見れなかったし」

 ヨモギの嫌みも軽く流せるぐらいにタイムは浮かれていた。見たことのない建物、食べ物、人々。どれもが新鮮で刺激的だった。

 はしゃぐタイムに、ヨモギが釘を刺す。

「いいか? 絶対に僕から離れるなよ。今の時期は特に外部から人がたくさん来てるんだからな」

「どういうこと?」

「薔薇の収穫が近いからだ」

 サイプレス家の薔薇の収穫。

 それは薔薇の持つ魔力を土地に還元すること。その光景は幻想的でため息が漏れるくらいに美しいそうだ。

 なので、それ目当てに観光に来る者も多く、領民はここぞとばかりに商売に精を出す。

 そして、人が多く集まるということはそれだけよろしいくない素行の者も増えるということだ。

「何かあってからじゃ遅いんだからな。誘拐されないように気をつけておけ」

「もう誘拐されているようなものなのに?」

 タイムのツッコミに、ヨモギが言葉に詰まる。が、すぐに咳払いをして誤魔化すように早口で言う。

「それよりも、お前はどこに行きたいんだ? 行きたいところがあるって言っていただろう」

「うん、古着──」

 しかし、タイムの言葉は最後まで続かなかった。


  【続】

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