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獣耳娘の初恋語  作者: からくりモルモット
第1章 子供たち
2/26

1 それはこっちのセリフだっ

 その日、タイムは朝から憂鬱だった。

 試しに使った仮病も、母にあっさりとバレてしまった。

「私を騙そうたぁ、十年早いよ」

 と、ニヤニヤしながら母は言う。母のこういう意地悪なトコロは、あんまり好きではない。

 長い銀の髪も結わず、寝巻のままで遅い朝食を取る。愛らしいその顔にあからさまな不機嫌の色を浮かべながらパンを頬張ると、バタンッと、ドアが勢いよく開いた。入ってきたのは、一人の少年。

 タイムと同じ白銀の髪と瞳。その造形は、まだ幼いのに完璧と言えるほどに整っていた。誰もが、見惚れてしまう程の顔立ちだ。背中からは、触れたら壊れてしまいそうな薄い半透明な羽根が生えている。

 椅子に座るタイムの不機嫌な顔をまじまじと見ると、彼はにんまりと笑う。この彼の笑みは母の意地悪な笑みと、とてもよく似てる。

「あっれー? 腹が痛いんじゃなかったのー」

 その挑発的な言い方に、少し腹が立ったが、タイムは無視をする。

 そんな彼女の反応が不服だったらしく、少年は眉を歪ませながらイヤミを続ける。

「大体さぁ、少しは喜んだら? 一ヶ月ぶりの再会なんだから」

「……」

「たまには涙を流しつつ、『会いたかった!』とか言って、感激させてみたら? どこぞの三流小説みたいに」

「……」

「その可愛いお耳をピンッと立てて、甘えてみたらぁ? お父様に」

「マロウ、黙れこのバカ!!」

 ついにこられ切れなくなり、朝食のパンを投げ捨ててタイムは彼に飛びかかった。

 マロウと呼ばれた少年は、背中の羽をはばたかせ、天井に逃げる。タイムが机の上に乗っても、到底届かない。その場で飛び跳ねるが、全然届かない。

 結局、その場でマロウに怒鳴りつける。

「何なんだよ! いつもいつも嫌がらせばっかり!」

「えー? 俺は暗い気分の可愛い可愛い妹を励まそうとしてるのに」

 のらりくらりとタイムの怒りをマロウはかわす。それがさらにタイムの神経を刺激した。

「あれ? 耳が後ろに寝てら。ひょっとして、怒ってる?」

「あったり前だっ!」

 再びタイムはマロウに飛びかかる。しかし、バランスを崩し机から派手に落ちる。

 食器の割れる音。椅子がひっくりかえる音。さまざまな騒音が部屋中に響き渡る。

 マロウは、その凄まじい音に耳をふさぐ。

「ど、どうしたの? 凄い音が──タイム!」

 マロウが開けっ放しにしていたドアから、一人の少年が飛び込んでくる。

 彼もまた、タイムたちと同じ白銀の髪と瞳。

 しかし、タイムやマロウとは違って彼はごくごく平凡な顔立ちをしていた。そして、どこか気弱そうな印象を受ける。

 少年はタイムの足から流れる血を見ると、たちまち顔を青くする。

「タイム、足! 痛い? 大丈夫? ど、どうしようどうしようどうしよう!」

 怪我をした本人より、少年の方が悲壮な表情を浮かべている。その白銀の瞳からは、大粒の涙がポロポロと流れ落ち始めた。

「アロエ、そんなに痛くないから……」

 見かねたタイムが、なるべく平気そうにささやく。

「でも、血が出てるんだよっ」

 アロエと呼ばれた少年の涙は止まらない。彼はハンカチを取り出し、必死にタイムの足を使う血液をぬぐっていた。その手はガクガクと震えている。

 このままではアロエの方が倒れてしまいそうだ。

「本当に大丈夫だって。こんな傷、すぐに治るから」

「そーそー。タイムが自分でドジしたんだから。お前のせいじゃないって」

 ここぞとばかりに、頭上から傍観していたマロウが口を挟む。

「てか、マロウのせいでしょ!」

「何言ってんだ、タイム。机から落下したのは、お前の不注意じゃないか」

 いけしゃしゃあと言い放つマロウにタイムは怒鳴りつける。

「けど、落ちたのはマロウのせいでしょ! マロウが私の事を、からかってきたせいじゃんかっ」

「なーに言ってんだか。タイムが勝手に怒ったんだろ? 人のせいにするな」

「それはこっちのセリフだっ」

 両者、一歩も譲らず。

 取り残されたアロエは、二人を見比べ、ただオロオロするしか出来ない。そんなアロエを放置ぢて、兄姉の言い争うはますます熱がこもってゆく。

「大体、タイムはいつも突発的に行動するから、こんな事になるんだって」

「マロウだって! いつもいつもネチネチうるさいんだよ! ……あーもしかして、本当は女なんじゃないの?」

 その言葉に、ついにマロウの表情が一変した。

「──っんだとテメェ!!」

 マロウのその反応を見て、タイムはニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。

「数えてみようか? マロウが女の子に間違えられた回数! 絶対百は超えるてるよねー、アロエ」

「えっ、うん」

 つい、はずみといった様子でアロエが同意した。すぐに彼は後悔を顔をしたような表情を見せたが後の祭りだった。マロウの視線はアロエに向いている。

「アロエ、テメェ……」

「マ、マロウそののののっ」

「ホーラ、アロエだって、こう言ってる。私の味方だもん。だから、私の勝ち!」

 論争の内容が変わっているが、その事を指摘する程の勇気はアロエには無い。

 マロウの顔が怒りで歪む。元が整っているだけに、更に凄みを増す。だが、すぐさま彼は何かを思い出したかのような表情をしてタイムの方へと首を向けた。

「俺、知ってるんだぜ。お前、こないだ魔界に行った時、迷子になったんだってな」

 勝利を確信していたタイムの顔から、笑顔がスッと消える。

 代わりに、マロウの顔に例の意地悪な笑みが浮かぶ。

「十二歳にもなって、ピーピー泣いたんだってな。『おかーさーん、おとーさーん』って」

 タイムの手が、怒りで震えだす。それを見てしまったアロエは、マロウを止めようとする。しかし、マロウの口の方が早かった。

「城に着いた後、大泣きしたんだって? お父様の腕の中で」

「うるさいっ」

 マロウ目掛けて飛びかかったタイムの手は今度こそ彼を捕らえた。タイムはマロウの両肩を掴み、体重をかける。完全に油断していたマロウは妹共々床に落ちた。

 大きな打撲音にアロエが反射的に目をつぶる。

 痛みに眉をしかめるマロウの上に、タイムがのっかかる。

「どけっ」

「やだ!」

 そのまま二人は取っ組み合いのけんかへと発展してゆく。怒号が飛び交い、上に下にと入れ替わり、激しい取っ組み合いを繰り広げる。

 アロエはただ一人、泣きながら二人を必死になだめている。

「何してるの!」

 混沌する空間に鋭い一喝が響き渡った。そのたった一声で、子供たちは一気に押し黙った。

 タイムとマロウはすぐさま硬直し、アロエは安堵と恐怖を足して割ったような表情になる。

 声の主は、つり目がちな黒い瞳を、さらにつり上げる。彼女の背から「激怒」という文字が浮かび上がっていた。

 タイムとマロウは、同時に言った。

「母さん……」

「二人とも。なぁに、この部屋は?」

 先ほどとは打って変わって落ち着いた声音で、三つ子の母は問う。ただし、目は笑ってはいない。

 三つ子は同時に部屋を見渡す。

 割れて粉々になった食器。飛び散ったサラダ、パン。倒れた椅子。

「ごめんなさい」

 やはり同時にタイムとマロウが謝る。しかし、母の怒りは鎮まらない様子だ。

「マロウ」

「はい……」

 呼ばれてマロウが、首を縮める。

「どうして、いつもいつもタイムをからかうの?」

「ごめんなさい」

「私は理由を聞いているんだけど」

 たちまちマロウは口を閉ざした。

 理由は聞かなくても、母は息子の思考を理解していた。

 からかいの言葉など無視していればよいのに、タイムはマロウの一挙一動全て反応する。それがおもしろくて、マロウはタイムをからかうのだ。

「タイムも! 腹が立ったからって、すぐに暴力を振るうんじゃない」

「はい……」

 タイムの獣耳が、頭にペタンとくっつく。

 マロウが口が先に出るのに対し、タイムは手が先に出る。そして、二人ともかなりの意地っ張り。

 結果、このような騒動がひき起こされる事が多々ある。

 その度に、母が説教をするのだが、なかなか二人は態度を改めない。

 そんなにケンカをするのなら、傍にいなければなければいいと思うのだが、何故だかこの二人はよく一緒にいる。


      【続】

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