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獣耳娘の初恋語  作者: からくりモルモット
第6章 水面下の裏工作
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13 私はここにいたい

 タイムの部屋まではフキが先導した。彼の後を続く子供達は、不気味なくらいに無口だった。その後ろを、バームが祈るような心持で続く。こうなったからには、もう流れに身を任せるしかない。なんらかの異変を感じ取られたら、すぐに自分が動こうとだけ決意する。

 そして、フキの足が止まった。その先にある扉は、この落ち着いた配色で出来た城の中で一際異質を放っていた。

 黒を基調とした廊下の突き当たりに見える、あからさまに場違いな鮮やかな桃色の扉。周りを彩り豊かな花々が飾られている。

 近くまで寄ってみると、扉には可愛らしい妖精達が精巧に彫られていた。異空間、そんな単語が全員の頭によぎる。

「ここが、王女の部屋です」

 あくまで無表情にフキが言った。

 マロウがうんざりとした口調でバームに訊く。

「これってさ」

「全部、フェルの考案したものだ。内装から何から何まで」

 子供達は、同時にため息を吐く。答えたバームも、苦笑しか浮かばない。

「あの、開けても大丈夫ですか?」

 アロエが、恐る恐るフキに尋ねる。

 フキはそれに答えず、小声で何かを呟く。瞬間、フキの片眼鏡が淡く光り、パキリと何かが割れる音がした。

「結界を解きました。これで入れます」

 それを聞くや否や、マロウが勢いよく桃色のドアを開ける。一歩部屋の中に足を踏み入れたところで、彼の体は硬直した。

 まず目についたのは、大量のクマやウサギなどの動物のぬいぐるみだ。窓辺に設置された薄い赤紅のカーテンにはこれでもかと、薄いレースが縁取られている。テーブルクロスは桃色に、その上に乗る茶器は薄水色の洒落た形のものだ。そして、部屋に設置された小物類は、年頃の女の子が喜ぶような物が溢れかえっていた。

 見るからに、少女趣味な内装だ。これら全てをフェンネルがいそいそと買いそろえていたのを、バームとフキは知っている。当のタイムの趣味とは真逆の物なのだが、フェンネルは聞かない。

 タイムは椅子に座っていた。ちょうど本を読み終えたところらしく、そっと視線を上げた。

 彼女はいつものような動きやすい軽装ではなく、ゆったり造りの白いドレスを着ていた。髪も三つ編みではない。長い髪を後頭部で一つに縛り、黄色の花飾りを髪に散らしている。

 本を机の上に置くその仕草は、静かなものでいつもタイムとはまるで別人に見えた。例えるのならそう、物語に出てくるようなお姫様のようだった。

「タイム、だよな?」

 マロウが確認するかのように尋ねた。タイムはそんなマロウを見て、笑った。いつものような、無邪気な表情で。

「二人とも、来てくれたんだ」

「お、おう。お前が閉じこもってるって聞いたから、わざわざ来てやったんだぞ」

 いつも通りのマロウは言うが、その声はどこか怯えているようだった。

 アロエはじっとタイムを見つめていた。何らかの違和感を覚えているのかも知れない。

 これはマズイかと、バームは舌打ちをする。

 固まっている兄弟を見て、タイムは首を傾げる。肩にかかっている銀髪が、ふわりと揺れた。

「どうしたのさ、二人とも。そんな顔して」

「こっ、ここここここっ!」

 マロウの口から言葉にならない単語が飛び出す。ニワトリかお前、と思わずバームは後ろからツッコミを入れてしまった。

 一度止まって、深く呼吸をし、改めてマロウが口を開く。

「こっちが『どうしたの?』だ。何だよ、その格好は? へ、変だぞ、お前すっごく!」

「これ?」

 くるりと、タイムはその場で回る。ドレスの裾が、フワリとなびく。

「私だって本当はさ、いつもみたいな服がいいよ。でもさ、この部屋にはこれしか服が無いんだ」

 残念そうに、タイムが言う。

「そんな事を言う、マロウはどうなのさ。そっちだって変な格好じゃん」

 言われて、マロウも言葉に詰まる。

 今日のマロウの服は、銀糸が複雑に編み込まれた、青い絹の服。どっからみても、『王子様』の衣装だ。こちらも、普段のマロウなら、頑として着そうにない服だ。

「うっ、うるせぇな! いいの、俺は似合ってるから!」

「そうだね。すごく似合うよ、マロウ」

 タイムの言葉には悪意はなかった。普段なら、からかうように言うだろうに。

 マロウが苦い物を噛んだような表情になる。いつもなら、ここでタイムと喧嘩になるのだが、今日はそんな気になれない様子だ。

「あのさぁ、お前」

「何?」

 考えるのが面倒になったのか、マロウが本題を切り出す。

「お前、このままここにいるつもりか? いいのか、結婚なんて」

 マロウの口から『結婚』という単語が出ると、タイムの顔がたちまち曇る。

「……嫌、だよ。結婚なんて」

 沈んだ声が、タイムの口から飛び出す。

「なら、家に帰ろうぜ! 母さんも一緒にさ」

 マロウが嬉々として、タイムに近寄った。そして、彼女の手を引っ張る。

「父さんなんか、どうだっていいだろ。あんな勝手なことばかり言うんだ。いつまでも俺たちが子供だと思っていい気になってるんだぜ」

 そして、そのままタイムを連れ出そうとする。が、タイムは動かなかった。

「ごめん、マロウ」

 タイムの手はするりとマロウの手から抜けた。

「少し、もう少し一人で考えていたいんだ」

 顔を下に背け、タイムが泣きそうな声で言う。小さな肩が小刻みに震えていた。

「父さんが、本当はどう思っているか知りたいから」

「タイム、そんなこと言っ」

「私はここにいたい」

 はっきりと断言するタイムに、先ほどのような弱さは見られなかった。決意を秘めた、という感じではなくそうすべきだと思っているようなそんな口ぶりだ。

 ここまで強く出られてしまうと、マロウは押し通すことが難しくなったようだ。ほどかれた手を浮かせて、そのままゆっくりと下におろした。同時に、毛羽立っていた彼の翼も見る見るうちにしぼんでいった。

 このぶんなら大丈夫そうだ。バームはそっと胸を撫で下ろした。横目で隣に立つフキを見れば、ふてぶてしい笑みを浮かべていた。杞憂だっただろう、とそんな言葉を言いたげな顔だ。

「さて、そろそろ戻るぞ。朝の鍛錬がまだだからな」

「え、もう……」

 マロウが不満げな声を上げたが、バームは首を振って急かした。

「ダーメだ。時間は有限だ。ほれ、さっさと行くぞ」

 頬を膨らませながら、マロウはバームも元へと戻ってきた。後ろ髪引かれる思いなのだろう、何度もタイムのほうを振りかえる。

「今度はお前が会いに来いよ」

「はいはーい。じゃね、マロウにアロエ」

 手を振るタイムを、マロウは舌を出して背を向けた。ずっと無言だったアロエも彼に続く。

「じゃ、フキ。後は頼んだ」

 バームの言葉にフキは頷く。

「あぁ。分かっている」

 そして、扉が閉められた。


  * * *


 鍵をかけ、足音が聞こえなくなって数分待つ。

 フキは懐から乳白色の石を取り出す。そして、小さく呪文を唱える。瞬間、辺りの色が反転する。窓を叩く風の音ですら消えてなくなる。

 強力な結界を張ったのだ。結界の中はフキの空間となる。わずかな魔力の痕跡も、これなら見つけやすいはずだ。

「フン。人間の子風情が、手を焼かせてくれる」

 そうは言いつつも、フキは感心していた。

 魔王には及ばないとは言いつつも、フキもまた強大な魔力を持つ者だ。並の魔族の行方を追うのならば、半日もかからずとも追跡魔法で見つけだすことが出来る。そんな彼をここまで欺けるほどの力を、タイムは持っていた。

 少し侮っていた、と素直にフキは反省する。と、同時に闘志を燃やす。

「逃げれるものなら、逃げてみるがいい。必ず見つけだして見せる」

 いつの間にか傍らまでやって来ていたタイムの頭を撫でる。

 タイムは無表情でフキを見上げていた。

「有るべき姿へ」

 小さくフキがそう言うと、タイムの姿は消え去った。代わりに、フキの手に白銀の髪束が握られていた。


  【続】

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