12 行くに決まってんだろ
マロウとアロエの部屋に行ってみると、なるほど、バラバラになった椅子の残骸が、部屋の中央に捨てられていた。木屑が部屋中に散っており、数人の侍女達がそれを細かく手分けして掃除していた。
「あのな、俺は誰かさんと違って鼻で笑ったり冷たい目で見やしないから、正直に言ってみ?」
目線を子供たちと同じ高さに合わせ、バームが悪戯めいた顔で訊く。そして少し間を空け、笑える理由だったら許すと付け足した。
マロウとアロエはお互いに視線を交わしながら、やがて喋りだす。
先に口を開いたのは、意外にもアロエだった。
「タイムに、会いたくて」
次に続いたのは、マロウ。
「ドアが開かねぇから、窓を壊そうとした」
最後に同時に。
「壊れたのは、椅子だった」
納得がいかない態度が見え見えの返答を聞いて、バームは思いっきり愉快な気持ちになる。こういう理不尽な話がバームは好きだったからだ。
「あのな、お前達の部屋全体にフキが対侵入者用の結界を張ってっから。椅子やら魔剣やらをぶん投げようが無意味だぞ」
試しにと、バームが腰に下げた長剣を抜く。装飾など一切ない、幅広の剣。斬るためだけに作られた軍刀だ。
バームはためらいもせず、呼吸一つでそれを窓に向かって振り下ろす。ガツンという打撃音が部屋に響く。
「な、無駄だろ」
刃を当てた部分は、ヒビ一つ入っていない。剣を鞘に戻し、衝撃が残る手をヒラヒラを振りながらバームは得意そうに言った。
周囲の侍女たちから、拍手と歓声が沸き起こる。
「お美しいお嬢さん方、ありがとな。……分かったろ? 例え破壊魔法ぶっ放しても、この部屋はビクともしねぇよ」
アロエが不安げな表情で訊く。
「タイムの部屋も?」
予想外の質問にバームは思わず息を詰まらせた。途端に子供たちから不信感が溢れる視線が注がれる。彼の背後からは咳払いが聞こえた。フキのものだろう。振り向かなくとも、型物の親友が冷たい眼差しをしていることを悟る。
とりあえず笑顔をとりつくろって、バームは誤魔化す。
「同じだ。だから、この部屋を脱走してもタイムの部屋の中には入れないってことだ」
とりつくろっても、もう遅いようだ。先ほどのバームの反応を、子供たちは疑っている様子だ。
「本当に?」
マロウがあからさまに疑惑の目で訊く。隣にいるアロエの目も、そういう意味合いをしている。
「本当だって」
「嘘だろ」
マロウのちっとも信用していない声に、バームは泣き崩れる真似をする。
「ひどいわ、マロウくんったら。こんなに気のいい正直者のお兄さんを疑うんだなんて……」
「自分で言うなよ、そんな事」
容赦なくマロウが突っ込んでくる。
「大体バームのどこが正直者なんだよ。あと裏声、キモい。やめろよ」
「いやだわ、どうしてこんな子になってしまったの? 昔はあんなにバーム、バームとまとわりついてきたのに。俺がオムツを換えてあげた時代が懐かしいわ」
途端に、マロウの顔が真っ赤に染め上がる。
「バ、バババ、バカヤロー! 赤ん坊の時の話だろうが、それはっ。今の話と全然関係無いだろ」
上ずった声で、必死にマロウが反論する。その姿を眺めながら、あーコイツやっぱフェルの息子だわー同じ反応してる、とか思いつつバームはからかうのを止めない。
「まだまだちっこい翼で飛ぶ練習をしてて、部屋の壁に顔面からぶち当たって大泣きしたんだよなー。『こんなトコに壁があるのが悪いんだもんー』だっけ?」
ご丁寧に当時のマロウの口真似までして、バームは茶化す。両手の平を、パタパタと飛ぶ仕草も付けて。
部屋の掃除をしていた侍女達は、それを盗み見て肩を小刻みに震わせている。どう見ても、笑いたいのを我慢している。それが更に、マロウの羞恥心を煽る。
「そんな昔の話を持ち出すな!」
「昔かぁ? 七年と三ヶ月十四日前だぜ?」
「十分昔だ! つーか、細かく覚えてるんじゃねぇよ、そんな事!」
「マロウ、少し落ち着きなよ」
アロエが冷や汗をかきながら、マロウの背中をさする。ぜぃぜぃと肩で息をしながら、マロウはバームを涙目で睨み付ける。
バームはそんな睨みには物ともせず、ニコニコしながら、マロウの頭を撫でる。
「だーかーらーっ、何しやがる!」
絶叫しながら、マロウはバームの手を払いのける。それでも、バームは表情一つ変えずにマロウの反応を面白がっている。
余裕を見せるバームの態度に、マロウの怒りは更に深まる。マロウの頭の中にある、バームへの疑惑はすっかり怒りにより、すっかりと消え果てしまったようだ。こっちが思い描いた通りの反応をしてくれる。バームは内心でほくそ笑む。
「マロウ、それよりもタイムのところに行くんでしょ」
あ、やべぇ。
一気にバームは焦りを覚えた。
三つ子の中で一番アロエが頭が回る。単純な兄姉にくらべて、一人冷静でいることが多い。気が小さいから軽視されがちなのだが、彼が一番侮れない。
怒り心頭していたマロウは、アロエの言葉に幾分かの冷静さを取り戻したようだった。
「そうだった。行くぞ、アロエ」
「うん」
バームの横をすり抜け、二人は部屋を出ようとした。慌てて、バームは二人とドアの間に入り、行動を阻止する。
「何で邪魔するんだよ」
マロウが詰め寄って来た。
「いや、そのー。うん、何となくだ」
不自然なほどに爽やかな声音でバームが応える。無論、それで誤魔化せるとは思ってはいない。
「ねぇ、バーム。少しの時間でもいいから、お願い。ちゃんと今日の分の勉強はするから」
アロエが両手を組み、頼み込む。そうだそうだ、とマロウが続く。
「いや、でもな……」
「よろしいですよ」
歯切れの悪いバームの代わりに、意外なところ返事が返ってきた。
声の主を見て、マロウとアロエは驚いた。絶対に、自分達の願いを聞き入れてくれない人物だったからだ。
「フキ、お前……」
勿論、バームもそうだった。大丈夫か、と視線で問う。フキは小さく頷くと、子供たちに視線を移す。鋭い眼光に怯え、アロエがマロウの後ろに隠れる。
「王女様のお顔を御覧になりたいのでしたら、どうぞ。私が御案内致します」
その言葉に、マロウとアロエは更に驚く。何せ、部屋にいた侍女達まで、全員思わず掃除を中断して、目を丸くしたほどだ。
あのフキが。同族以外の種族を嫌っている人が。いくら魔王の子とは言え、人間と魔族との合いの子に恭しく頭を下げているのだ。
「どうしたのです。行かれないのですか?」
どこか自信に満ちた声。フキが嫌味っぽく、クスリと笑う。
「お、お願いします!」
すがるように答えたのは、アロエだった。そんな弟を、マロウは腕を強く引いて問い詰める。
「ななな、何いっ言ってるんだよ! お、おお前はっ」
かなり動揺しているらしく、マロウの声は震えている。
「あ、あいつはフキだぞ? あれだぞ、意地悪いフキ! コイツがすんなりタイムに会わせてくれる訳ねぇじゃん! 絶対何か企んでるって。消されるぞ、俺ら」
真剣に突飛な暴言を吐くマロウに、バームは吹き出そうになる。すんでのところで笑いを堪えられたのは、当のフキがこちらを睨みつけているからだ。
お前は黙っていろ。フキはそう視線で語っていた。
大人たちの思惑を知らずに、子供たちの相談は続く。
「大丈夫だと思うよ、たぶん。あとさ、マロウ。その……そういう事は本人のいないところで言った方がいいと思うんだ」
ゴホン、とフキが咳払いを一つ。
あ、やべぇ、とマロウは慌てて視線を泳がす。謝罪の言葉一つも述べない彼を、フキがじろりと睨み付ける。
「マロウ王子。アロエ王子が仰る通りです。私は貴方の思っているような事など、微塵も持っておりません。……どうしますか、貴方は行かれないのですか?」
「……行くに決まってんだろ」
あくまで視線を逸らしたままで、マロウは悔しそうに答える。
「では、参りましょう」
廊下へと足を進めるフキを、バームが引き止める。
「おいおい、ちょっと待て」
足を止めたフキを、そのままドアの陰まで連れて行く。ちょうど部屋の中の者達には、見えない位置だ。マロウとアロウは不思議そうにお互いの顔を見合わせている。
不服そうに自分を見上げるフキを、バームは小声で問う。
「いいのか? アレが見破られたりでもしたら、マズくね?」
焦るバームに対し、フキは冷笑する。彼の返答は彼らしいものだった。
「大丈夫だ。人間の子などに見抜ける訳ないだろう」
彼は完全に子供たちを格下に見たいた。むしろ、見抜けるのもなら見抜いてみろという風情だろう。
「おい、連れてってくれるんじゃねぇのかよ!」
マロウの怒りが混じった声が飛んで来た。
さすがにこれ以上コソコソしていたら、さらに怪しまれてしまうだろう。渋々とバームはフキを解放した。
【続】




