《真夏の出会い》2
所変わって喫茶店。猛然とパフェを食べる霧香を前に、祐樹は盛大に溜息を吐いた。
「霧香先輩。落ち着いて下さいよ」
そっと美苑が窘めるが、霧香は聞く耳を持たない。目はパフェへ。聴覚情報を排除し、ただひたすら、パフェのために全身全霊を向けている。
「霧香、落ち着け。というより……はしたない」
霧香の手がぴたりと止まった。ぎりぎりと音がしそうな感じで、クリームやらチョコやらで汚れた顔を上げる。美苑が横から拭ってやる。
「だって、美味しいんだもん」
「そりゃあ、二千円もすればな」
「なによ。ケチケチしちゃって。値段ばっかし気にする男ってキライ」
「ケチケチしてないし、値段は気にしてないし、好かれる理由もないし」
「ホントなら、ゼイタクってもんよ。こんな可愛い女の子と喫茶店なんてさ」
「せ、先輩。わたし、別に可愛いくありませんよ……」
首を振って否定して、霧香に額を小突かれる。
「なーに言ってんのよ。あたしはともかく、あんたが可愛いくなかったら、この世界、可愛い女の子なんかいなくなるわよ?」
「そんな……大袈裟です」
美苑は否定するが、先程不良達に絡まれていたことからもわかる通り、かなり可愛い。下ろした背中の中程までの漆黒の髪。清楚な白いワンピースに映えている。顔立ちは人形のようで、長い睫と大きな目。小ぶりな鼻。桜色の唇。装飾品と言えば、胸元にある蒼い華のブローチのみ。
「それはいいとして」
祐樹は視線を霧香に戻し、
「もうちょっとゆっくり食べろ。誰も取らないから」
「だって、クリームが溶けちゃうんだもん」
まあ正論ではある、と祐樹は思い、ストローでアイスティーをかき混ぜる。底に溜まっていたシロップが攪拌された。一口だけ飲み、喉を潤す。
「少しは落ち着けって……」
再びパフェを食べ始めた霧香を窘める。が、もはや彼女も聞く耳を持っていなかった。溶けかかったクリームを制覇し、完食間際。かけなくていいラストスパートをかけ、最後までとっておいたさくらんぼを口に放り込んだ。先程、美苑が綺麗に拭った筈だがそのかいもなく、やはりクリームだらけになっていた。美苑が気付いて横から拭おうとするが、今度は霧香が自分で拭いた。
「ごちそうさまぁ」
幸せそうに言い、別に頼んでいたアイスティーを飲む。パフェが二千、アイスティー三百五十が二つ。美苑は自分で払うと言っているが、祐樹は勿論払ってやるつもりなので、紅茶三百二十。しめて、三千二十円だ。こんなことで財政難になる祐樹の財布ではなかったが、今日のところは財布が軽くなるのは確かだ。そっと財布の位置を確認する。ある。問題ない。これで財布がなかったら、笑い事では済まない。そして、霧香はアイスティーを飲み干し、気合いを入れる。
「さて、行こうか?」
「待て。飲み終わってない。美苑ちゃんもまだまだだし」
「す、すみません」
慌てて美苑は紅茶を飲む。アイスティーではないから、そう早く飲めるものではない。
「慌てなくていい。霧香も座れ」
「わかったわよ」
何故だか、少しむくれた声で言い、椅子に腰を下ろす。
「というより、何処に行く気だ?」
祐樹が訊くと、彼女は目を泳がし、
「えーっと……まあ、遊びに」
「だったら……」
祐樹は嘆息して、
「時間はまだまだあるんだから、そんなに焦らなくたっていいだろ? まだ三時なんだし」
「もう、よ」
彼女は唇を尖らせて言った。
「あの……」
半分まで紅茶を飲んだ美苑が口を開く。
「わたしのことはいいですから、二人行ったらどうですか?」
「だってさ、祐樹」
渡りに船と言わんばかりに、今にも腰を浮かしそうになりながら言う。
「いいのか、美苑ちゃん?」
祐樹が問うと、彼女はこくりと頷き、
「はい。二人、楽しんできて下さい」
霧香が急ぐ理由はわからなかったが、美苑までそう言うのだから、ここは従った方がいいのかも知れない。流されやすい性格だ。自分でもそう思う。
「わかった。じゃあ、行こう」
手提げ鞄を手にし、財布から五千円札を取り出してテーブルに置く。
「これで払っといてくれる?」
「あの、お釣りは?」
美苑は戸惑ったように五千円札と祐樹を見比べる。明らかに合計額よりは多いことに気付いたのだろう。
「返すなら、今度学校で会った時に。あれだったら、使っちゃっていいし」
まあ、返されるんだろうな、とは思ったが、一応言ってみる。
「そんな……すぐに返します」
「わかった。じゃあ、生徒会の時にでも。気を付けて帰れよ?」
「あっ、はい。今日はまっすぐ帰りますから、大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」
祐樹は霧香に付いて店を出る。扉を通る時、ちらりと美苑を振り返ると、細い肩が見えた。背中を向けているため、表情までは見えない。
「ほら、行こ」
霧香に促され、真夏の太陽の下に出た。
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