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WALTZ  作者: 栗栖紗那
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《真夏の出会い》1

「ねぇ……いつまでここに立ってればいいの?」

 隣に立つ新城祐樹の顔を見上げ、新城霧香は頬を膨らませた。苗字こそ二人とも同じだが、兄妹ではない。

 梅雨はとうに過ぎており、この上ないほどの晴天。太陽は燦々(さんさん)と輝き、地上に灼熱地獄を撒き散らす。

 確かに、生徒会の仕事として割り振られている見回りをするには些かつらい状況だ。現に、霧香はふらふらとしていて、今にも倒れそうだ。

「帰るか……これ以上いたら、お前も倒れそうだし」

「ホント? あっ、でも帰る前に何か奢りなさいよ?」

「何で、そういうことになる?」

 顔を明るくし、その後、少し眉根を寄せて霧香は祐樹に迫った。祐樹は訳がわからないという表情を見せるが、それへ彼女は頓着せず、

「だって、喉渇いたんだもん」

 頬をぷぅ、と膨らませる。

「じゃあ、何処か店入るか……」

 まったく、と呟き、祐樹は腕章を毟り取る。手提げ鞄に無造作に押し込み、先に立って歩き出す。

「あっ、待ってよ」

 腕章を取るのに苦労していた霧香が追いすがる。

 祐樹は横に並んで歩く生徒会長の少女を見下ろす。歩くたびに揺れるポニーテール。意志の強そうな、爛々と輝く瞳は今、まだ見ぬパフェを夢見ているようだ。流石に、服装は休日ということもあり、私服である。制服を着ている祐樹の方が変だとも言える。

 この少女を見て、可愛くないと言う者は稀だろう。しかし、一年半になる付き合いで、祐樹はそう言い切る事は出来ない。いや、可愛いのは紛れもない事実だ。否定しようがない。だが、性格は先程の会話からもわかるが、我が儘。それに加え、どこか人を寄せ付けない節もある。

「ねぇ、祐樹」

「何だ?」

「あれって……」

 霧香がある方向を指差す。祐樹はその向かう先を見て、眉を顰める。どこか見覚えのある姿が目に入る。

「美苑ちゃん、だよね?」

 祐樹は霧香へ答えずに駆け出す。人を巧みに避け、不良に囲まれている後輩の元へと。不良の中には身長二メートル超の大男までいる。

 数秒もせずに彼は無音で不良の背後に立つ。祐樹の姿に気付いた美苑が表情を変える。不良達も彼女の表情の変化に気付き、振り返る。

「んあ? ダレだテメェ?」

「何をしている」

 パンチパーマの男の質問には答えず、低い声で問う。

「ナニをって? 見ての通りだ。遊ばないかって誘ってるだけだぜ?」

 にやにやといやらしく笑い、美苑の体に触れようとする。

「やめてください」

 美苑が身を捩り、逃れようとする。が、男たちの嗜虐心を煽るだけのようだ。祐樹は嫌悪の感情を隠そうともせず、男達に言う。

「嫌がってるのがわからないのか?」

「はっ。テメェにゃ関係ねぇだろ。失せな、優男」

「失せるのは」

 祐樹の瞳が凶悪な色を浮かべる。

「お前の方だろうが、クズ」

 吐き捨てるように言う。男達の顔色が見る見るうちに変わっていく。

「んだと、テメェッ!」

 短気な不良が拳を振り上げる。が、動きに無駄が多く、力もさしてない。見かけだけ。

 振り抜かれた拳をわざとぎりぎりで避け、パンチパーマの男を鷹のような瞳で睨む。

「後で文句言うなよ、お前らッ!」

 一瞬で構えられた祐樹の拳がパンチパーマの顎を捉える。鈍い打突音がして、僅かに体が浮く。素早く手を引き戻し、肘を胸に叩き込む。パンチパーマは吹き飛んだ。不良達は揃ってパンチパーマを避け、互いに顔を見合わせ色めき立つ。ごろごろと地面を転がった男は動かない。

「やったなテメェッ!」

 仲間意識など欠片もないだろうが、そう叫び、髪の長い男が祐樹に殴りかかる。

「滓が……」

 祐樹は低く呟き――

 打撃音が連鎖した。祐樹の腕が舞い、顔面、胴体を問わず殴る。殴られたロン毛は鼻血を流して倒れ、動かなくなった。

 通行人がざわめく。しかし、祐樹は止まらない。スキンヘッドと角刈りが両側から襲って来る。

「遅い」

 二人が一度に吹き飛ぶ。残り六人。人数を素早く確認し、唖然とした顔で突っ立っている特徴のない三人組をまとめて片付ける。

「先輩、後ろッ!」

 美苑が祐樹の背後を指差す。身長二メートル超の大男が組み合わせた両手を打ち下ろそうとしていた。振り返って防御するには、体勢が悪すぎる。さらに見ただけで威力は窺えるその攻撃を受ける気にはさらさらなれない。一瞬で判断を下し、祐樹は地面を蹴る。体を前に。

 しかし、その必要はなくなった。

「まったく……無粋だね」

 涼やかな声と共に、誰かが大男に飛び蹴りをし、蹴られた彼の体が車に跳ねられたかのような勢いで吹き飛んだ。地面に顔面を強く打ち付け、沈黙する。

 今まで大男がいた位置に足音も軽く小柄な影が降り立つ。祐樹からすれば背は低い。一五〇センチぐらいだろうか。鍔の広い黒い帽子を被っているのと、身長差のせいで顔が見えない。が、青みがかった銀色の髪はかなり目を引く。服装はこの暑い夏の日だというのに黒いロングコートだ。襟元に太い鎖が付けられ、手首にも細い鎖を巻き付けている。

「でやぁっ。ぎゃふッ!」

 背後から襲おうとしてきた赤シャツの顔面を殴ることで黙らせる。

 黒服も、正面から殴りかかっていったモヒカンの腕を取り、鮮やかに背負い投げ。月色の髪がふわりと舞う。地面に背中を強打した男は白目を剥き、泡を吹いてぴくりとも動かなくなった。

「ふぅ……」

 転がった十人の不良。意識があるのは祐樹が最後に殴った赤シャツぐらいで、他は気絶している。

「君、強いね」

 黒服が口を開いた。鈴を転がすような、しかし落ち着きのある声。帽子の端を押し上げ、視線を祐樹に向ける。祐樹はその人物の底の見えない、深い蒼色の瞳を見、息を呑んだ。性別はわからないが、人形のように小さく整った美貌はかなり人目を惹く。

「名前は?」

 軽やかな声が問う。祐樹は名乗るべきか一瞬だけ悩み、害はなさそうと判断し、

「新城祐樹です」

 名を告げる。黒服は軽く目を見開き、すぐに元の微笑に戻す。

「成る程。覚えておこう」

 帽子の鍔を下ろし、

「警察へはそちらから連絡をお願いする。では、少々用があるので僕は行くよ」

 とっとと背を向け歩き出す。祐樹はその背中に呼び掛けた。

「あの。名前は?」

 黒服は立ち止まり何時の間にか指に挟まれていたカードを手首のスナップを利かせて投げる。カードは回転しながら祐樹の方に向かって真っすぐに飛ぶ。祐樹はそれをキャッチして内容を読む。

 

『幻夢堂店主・九龍寺秋月蒼華神風見』

 

 そう書かれた名刺は無駄にラミネート加工されていて、写真まで貼ってある。

「…………」

 一瞬、偽名かとも思ったが、黒服は先回りして、

「それ本名ね。風見って呼んで」

「風見さん」

 改めて名を呼ぶ。風見は首を傾げ、祐樹の言葉を待った。

「どうもありがとうございました」

「こちらこそ。後、呼ぶ時は呼び捨てでいい」

 二度と会う事はないだろうにそう言って、艶やかに微笑み、再び歩き出した。人々は道を譲り、風見のための道が出来る。その背中が見えなくなるまで見送り美苑の方へ振り返る。

「大丈夫?」

「は、はい……その……ありがとうございます」

「気にすんな」

 祐樹は何でもないことのように言い、不良達を見回した。

 と、気絶していなかった赤シャツが立ち上がり、猛然と駆け出した。祐樹は呆気に取られ、追いかけることを忘れて赤シャツを目で追う。彼は人混みに紛れて逃れようとしているのか、真っすぐに流れに突っ込もうとする。しかし、折り悪く、霧香がようやく人混みから逃れ、一息吐いていたところだった。

「どけどけどけぇッ!」

 怒鳴り、彼女を退かそうとするが、霧香は状況を把握しかねて、ポカンとした顔をして突っ立ったままだ。

「きゃあっ!」

 衝突するかと思われた瞬間、霧香の何が入っているのか知らないが、やけに重そうな大きい鞄が振り回された。それは赤シャツの顔面を殴打し、

「ぶぎゃあッ!」

 情けない上に形容しがたい叫び声を上げ、地面に倒れて動かなくなった。

 何が起こったのかわからず、呆然としている霧香へ祐樹は親指を立てた。

「ナイススイング」

「ど、どうも」

 微妙な顔で頭を下げ、赤シャツを見ながら、彼の体を避けて祐樹の方へ来る。

「だ、大丈夫かな?」

「気絶しただけだ。命に別状はない」

 祐樹ではなく、低い男の声が答えた。祐樹が声の方を見ると、ダークスーツ姿の男が赤シャツの所持品を調べている。

「鈴音警察署、ナグロフだ」

 彼は警察手帳を見せ名乗る。制服を着ていないところを見ると、私服警官らしい。いや、刑事か。

「新城祐樹です」

「し、新城霧香です」

「山田美苑……です」

 それぞれ名乗り、それから顔を見合わせる。

「祐樹。あんた警察に電話した?」

「いや、してない」

 霧香の問いに祐樹は首を振って否定した。揃ってナグロフと名乗った男を見る。彼は赤シャツのポケットに入っていたナイフを抜き取り立ち上がる。

「銀……いや、九龍寺が来ただろう?」

「あっ、ええ……これ名刺です。渡されました」

 祐樹が差し出した風見の名刺をちらりと見て、ナグロフは肩を竦めた。

「何で逃げるんだか……まあ、いい。ところで、こいつらがあそこに入ると思うか?」

 乗って来たらしい黒いセダンを指差す。

「……無理だと思います」

「無理だね……」

 見比べるまでもなく、どう足掻いても無理だとわかった。単純に体積だけ考えれば乗るかも知れないが、一応人である。関節の曲がり方にも限度がある。

 ナグロフが警察であるにも拘らず、軽く舌打ちして何処かへと電話をする。

「ああ、私だ。今、えーっと……アーケードの向かい側の通りにいるんだが。連続強姦事件の犯人達が捕まったのでな。取りに来て欲しい。うむ、わかった」

『強姦』という言葉を聞き、美苑と霧香が青ざめる。祐樹は完全に物扱いとなった彼らを哀れだとは思わない。自業自得である。

「み、美苑ちゃん。良かったね」

「は、はい……そうですね」

 祐樹は不良達を軽蔑の目で見下ろし、吐き捨てる。

「屑が……」

 ここにいたら、嫌な感情ばかり胸の奥に生まれてくる。どす黒い感情を不快それに、これ以上ここにいても仕方がない。そう判断し、祐樹は霧香と美苑の背中を押し、その場を後にしようとした。

 その背中へ、ナグロフが言葉を投げかける。

「新城祐樹。ご協力感謝する」

 顔だけ振り向いた祐樹へ、ナグロフは敬礼をした。

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