虚空の雪空
何日も雪が降り続いた街。雪でぐっしょりと水を吸った靴で歩く人逹で街は溢れていた。
帰路、僕は歩きにくい積雪を不満げに踏みこみ、彼女は僕より体重が軽いからだろうか、無邪気で楽しそうな足どりはすこしだけうらやましく思ったのは、きっと凍える寒さのせいだろう。
いつもの道を彼女と二人一緒に帰る毎日の下校。小学校から幼なじみの君は、車の心配のない雪の積もった車道の真ん中で、どんよりとした冬の空を見上げながら楽しげに言った。
「ずっと、ずっと、雪が降ればいいのにね」
君の白すぎるぐらい白い肌は雪化粧の街に消えてしまいそうで、その何物にも染められない笑顔は寒さのせいか一段と儚く見えた。
そして僕は、ただの幼なじみの君と一緒に帰る平凡なこの日々が、このまま永遠に続くものだと信じてやまなかった。
彼女の問いに、そうだねそれはいい。と、寒さをこらえながらの半ば反射的な返事は声が小さく、彼女の耳には届かなかった。二人の会話はそこで止まった。
小学校から音痴な彼女は、嘆いてもどうせ明日があるさ、といった内容の陽気なフォークソングを独自のテンポで楽しそうに唄う。そして、その日もいつもの足どりで帰路についた。
あれから半年、いつの間にか蝉がひぐらしがせわしく騒ぐ季節、夏。
誰が予言しただろうか。その日から青空が帰ってこないなんて。
どうやら我等が母であり、又は神であり。時には悪魔でもあるそれは、空から消えてしまったらしい。夜になれば現れる何千何万もの美しき無数の煌めき、星。だがそれらを置き去りに、光の主は昨日の二十時ちょうどに宇宙から消えてしまった。
正しくいえば消えてはいないらしい。ニュースで映しだされた人工衛生の映像によれば、この間まで灼熱に燃えいた太陽は温度低下が急激に、三日も起たないうちに収縮。遂には真っ黒で真ん丸の巨大な土の塊になってしまったそうだ。オゾン層で守られた地球自体は急速な温度低下はしないものの、徐々にそして確実に地球上の生命の終演を告示させる出来事となった。
と、臨時ニュースがあったのはつい昨夜のことだった。
ぼくはといえば、日が射し込まない午前七時、目覚まし時計の音に毎度のことながら驚いた。瞳を閉じているのか、覚ましているのかわからない真っ暗な朝。夏なのに薄着じゃいられない異常に冷える部屋。それは太陽が消えた最初の朝。僕はその日、その時になり初めて太陽が消えてしまったことを肌身で感じた。
地球全土で人類が直面した絶体絶命の危機に、僕個人いったい何をすればよいのだろう。途方もくれる問いだったが、考える間もなく体内時計の成すがままに僕は学校へ行く支度を淡々と進める。
「学校やすみかも」
ぎこちなくだが頭が働きだす。しかし動きだしたら答えは早かった。満たされない睡眠欲から早々と暖かい毛布へと手がかかる。と、その時僕はカーテンを開いたことに気がついた。
いつの間にか条件反射で開いていたカーテン。上半身制服とパンツのぼくは、寝ぼけ眼で今一度真っ暗な夜空を覗きこんだ。
辺りは一面の闇、何処と無く深夜零時を思わせる。空に光瞬く星々の中、夜空より黒い球体が星達の光を妨げながらゆっくり頭上を上がってゆくのがなんとなくわかった。それはまさしく、ぼくらが無情の恩恵を受けていた太陽それだった。
こんな手におえない異常気象でこれから先有望な未来などあるのか。空虚な胃と心と空を見ながら思い出すのは、無関係に感じられた今までの人生。あることあることが、全て否定的に感じられ、きっと太陽消失の大事件に地球上で一番無関心に感じているのは人間イレギュラーの僕だけだと思った。
いつのまにか星達はなくなって、闇夜には厚い暗雲が立ち込めていた。
いつの間にか空からゆっくりと、季節はずれの雪が降っていた。あの時のように降り出した白き結晶。外灯に照らされてキラキラと光っていた。そう言えば報道ニュースでふてぶてしい顔の専門家がこれまたふてぶてしく言っていた。
太陽が消失すれば暫くして雪が降りだす、すると瞬く間に雪は止まない。
「ずっと、ずっと、雪が降ればいいのにね」
考え事の最中、あのときの君の言葉が脳裏をフラッシュバックした。
君が好きだった雪が今からこの日から、毎日毎晩終わることなく降り続ける。それが僕の生涯を、人類の地球上の生命の滅亡を告示していてもなぜだろうか、雪はこのまま降り続けるほうがいいと思った。けれど当の本人はそれを見ることは出来ない。この世界全土を巻き込んだ大舞台の特等席を残し、君は今年の春、僕を残して死んでしまったのだから。
病名はわからない。けど、学校を休みがちだった君がそんなに深刻な難病とは知らなかった。ただ、クラス内で肌が白いほうだと、咳が人並みより少しだけでるほうだと思ったぐらい。僕は毎日毎晩終わることない思ったぐらい。僕は毎日毎晩終わることない君との下校する時間を信じてやまなかった。残酷なことに瞳を閉じると君は今でも無邪気な笑顔で僕の前にあらわれ、生々しい声がどこからともなく聞こえてくるみたいで、下校になるといつも、僕は校舎玄関の人気が無くなるのを確認して教室を後にした。いつの間にか君は僕の生き甲斐、君がいなくなった無駄な毎日は、雪が降る季節まであと何日なのかを数えるのが唯一の日課。僕、イレギュラーの唯一生きる存在理由になっていた。
「雪、降るの案外早かった」
頭の上を無情に流れる時間。寒さも忘れ、ぼうと立ち続け、満たされなかった空虚な心が白で埋まっていく気がした。気づけば外は一面の積雪。吹き付けられた吐息は窓を白くする。君に見せてあげたい、君が夢にまでみた素晴らしく美しい世界。そしてもうすぐ僕は君に会いに行く。
君は別れ際に、
「長生きしてね」
と冗談じみてに言い、何も知らない僕は安易に約束した。あの時君の笑顔がどこか真剣だったことを、それを気づかず、ましてや誓った約束をも守れなかったことを、君に恋していたことを……
今、伝えに……
はじめまして、新参者です。
オ氏茸挟といいますよろしくお願いします。
ふつつか者で無礼者ですが暖かく見守ってもらいたく思います。