ミトの恋
「あなたが必要なの!」
そう言い放ったアイツの声が頭で木霊し続けている。
分かっているんだ。俺の一族は、アイツの家に古来からつかえてきた。ずっと昔の先代があの家に押し入りをして返り討ちにされた。もし、それがなかったら…。ともすれば…。俺がつかえることもなかったし…アイツに出会うこともなかっただろう。
どうせ、俺なんてアイツにしてみればただの労働力だ。しかも、大勢の群集の中の一人。
俺が必要だ、なんて…裏が見え透いている。
「ミト!」アイツの声がまた響いた。
「なんだ」
「もう一度言うわ。あなたが、私にはあなたが必要なの!」
「それは、俺が労働者だからだろ。ただの群衆に過ぎない。俺はどこであっても働いていればそれでいい存在だろ」
そんなこと言ったって、行く宛はない。俺は、きっとここで生まれ育って、ここで生涯を終える。けれど…どこにいったって結局は同じだろう。ただ働くだけ。
「そんなことない!」
今にも泣き出しそうになりながら、アイツは続けた。
「ミトが例え群衆の一人であったとしても、自分を働き手だと思っていたとしても、私にとっては、大切な、大切な」
一呼吸入る。
「大切な細胞小器官だよ!!」
アイツ――細胞の声が細胞壁のこの家の中に優しく響いた。
大切な――細胞小器官。
そうだ、この言葉をずっとアイツから聞きたかったのかもしれない。
なんだこれ。
時にふと、ミトコンドリア青年と細胞令嬢の切ないらぶストーリを書いてみようとか思った、自分が馬鹿でした。