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Darker Holic  作者: 和砂
side4
99/113

side4 悪役と聖剣5


 北の皇帝が大剣で眷属を叩き潰し、魔族の長が「ふんっ」と眷属を消し炭にする。二人が加わって、各段と進行スピードが上がった鏡花達は、順調に先へ進み、今、最後の扉を開けて中に押し入った。




「これまた、随分広い場所ね」




 先程、王様二人が居た場所より一回り大きな広間である。中央奥には階上に上がる階段があり、何処となく、聖剣の要塞のコントロールルームを思い出させた。




「これより先は、あの階段の向こうぐらいか」




 ほぼ一本道で来たので、次へ向かう扉がない以上、ここが最深部なのは間違いない。念の為、壁を軽く叩いていた蘇芳がそう言って、階上を振り返った。すると、タイミングよく、シュンッと扉が開き、中から小走りで小柄な人物がやって来る。




「リィル! 無事だったのか」




 その姿を認め、トーヤは喜色を込めて彼女を呼んだ。けれどリィルはふらりと立ったままで反応を返さないし、先に穢神と対峙していた北の皇帝や魔族の長がトーヤを阻む。皇帝は剣を、長は警戒色である炎の翼を出して、無言のリィルを警戒した。鏡花も蘇芳も先が読めていたか、微かに顔を顰める。




「おい、どうしたんだよ!?」


「操られているんでしょうね、穢神に」




 周囲とリィルの様子を信じたくなかっただろうが、鏡花に言われてトーヤも渋面を見せた。「くそっ」と短く悪態をつくと、「なるべく、怪我させないでくれ」と仲間に言い、トーヤも剣を構えた。ぶつぶつと、ここへ来てから何か呟いていたリィルが、手に持った魔導書を開く。


 ―――ドゥゥゥン、ドゥゥゥンッ


 闇魔法らしい、地面を走る影が追尾してきて、各人、左右へと別れた。瞬間、慣れている魔族の長がリィルに接近するが、その頃には詠唱を終えていたらしいリィルが氷の檻を展開する。




「くっ」




 カキンッと生えた逆さまの氷柱が掠り、魔族の長、レムンは踏鞴を踏んだ。ならばと、左右からタイミングを合わせたようにトーヤと北の皇帝、オズワルドが踏み込むも、リィルの開いた両手から雷が放たれ、回避する。相変わらず戦闘では置物になるしかない鏡花。意外だったのが、一番戦闘に参加しそうだった蘇芳が、隙を見て彼女の傍に寄って来た事だった。




「敵の姿がない。どこに居る」




 気になっていた事は、穢神本体の場所だったらしい。それに鏡花は再度「≪感応力≫は万能じゃないの」と告げ、この部屋全体に穢神の気配が充満していてわからないし、探ろうとすればこちらが引っ張られかねないと話した。それに一度頷いた蘇芳も「残念だ」と言うと、すぐに踵を返す。とにかく、リィルを正気に戻す事が先と納得したらしい。と、二人で話し合っていたためか、鏡花に向けて雷が飛んで来、彼女は慌てて隅の方へと退避した。

 階段の横、丁度柱の陰になる場所に身を顰め、鏡花は周囲を探る。氷に対抗するためか、レムンと蘇芳の両者が炎を纏い、リィルの防御を解こうとしている。その隙を狙ってトーヤとオズワルドが踏み込もうとするも、なかなか上手くいかないようだ。怪我をさせないという意識の元にやっているから仕方がない。あーでもないこーでもないと眺めていた鏡花だが、ふと思いついて自身の銃に≪感応力≫をかけてみた。オズワルドとレムンを正気に戻したエネルギー構成でリィルを撃ってみようかと思いついたのだ。出力を弱める調整も行い、試しに自分の掌を撃ってみたら、ぱしんと玩具の銃程度の威力に出来た。では早速と、氷の防護が炎で解けたのを狙って撃ってみる。




「―――、あっ」




 額の端に当たり、リィルが呻いた。その一瞬、蘇芳が狙っていたように炎を纏った蹴りで、氷を砕く。そのまま内部に入り込むのと、トーヤが飛び込んでくるのは同時だった。トーヤはリィルを羽交い締めにし、すかさず蘇芳が鳩尾に一撃入れた。見ていて痛いそれだが、蘇芳がやったのだから一番マシな方法だったのだろうと、鏡花は思うことにする。がくりと脱力してしまったリィルを、トーヤはそっと横たえた。




「リィル―――」




 心配そうに彼女を見つめたままのトーヤ達が気になり、鏡花もそろそろと二人に近づいた。あまりに呆気なくリィルが倒れたような気もして、最終決戦の割に不完全燃焼感を抱いたというのもある。ラスボスは二段階、三段階変形余裕なのがセオリーだ。




「キョーカ、頼む」


「あぁ、うん。わかったわ」




 違和感を抱いても、それを上手く説明できない鏡花は、トーヤに促されるまま≪感応力≫を使った。ゾクゾクと風邪の引き始めのような感触がするのは、王様二人を見た時と同じである。リィルが穢神に操られていたのは間違いないと鏡花が聖剣に手を翳そうとした瞬間、ゾクゾクした悪寒が強くなって聖剣を弾いていた。




「キョーカ!?」




 トーヤの困惑した声が聞こえてきたが、それどころじゃないと、彼女はリィルにしがみつく。彼女の体にしがみつこうとする意志を、咄嗟の事に弾いていた。




「真打登場よっ、覚悟は良い!?」




 意味が分かったのだろう、トーヤ達が構えると同時に、鏡花とリィルの下に、眷属を地上へ送り出した転送装置にあった紋様が出現する。輝きだした瞬間、鏡花はリィルの体を引っ張って、そこから脱出していた。依り代を失った魔法陣は、もやもやと黒い煙を吐き出した。都会の排ガスもかくやという真っ黒な靄に危機感が増して、鏡花はさらにリィルを抱き寄せて下がる。唐突にレムンが叫んだ。




「これが穢神の本体だ! こいつに取りつかれると穢神と化す……私たちはこいつにやられた!」




 彼女が叫ぶ間に黒い煙はもうもうと立ち上ると、薄らと何かの影を作る。大きな頭部には車のライトの様な目。それを四方から支えるのは武骨なロボットパーツ。胴体らしき部分は尤も闇が深く見えないが、それはぐいっと片手を持ちあげると、自重に耐えかねるようにトーヤを目指して手をついた。




「うわっ」




 さらにオズワルドにも向かった手の攻撃を、彼は剣を使わず、素直に避ける。最前線に立つという皇帝らしからぬ撤退の様。彼はトーヤに叫んだ。




「穢神には普通の攻撃は効かん!奴にダメージを与えられるのは、聖剣の加護を受けたお前の攻撃だけだ!」


「わかった。後は、オレに任せてくれ!」




 聖剣を構えたトーヤは、言うが早いがのろのろと移動する穢神へと接近する。尤も得意とする上段からの斬りを決めたが、手ごたえがあまり見られないのは、見守っているこちらからもわかった。




「HPが違うわけね…」




 確かに攻撃は効いているものの、それが微々たるものなのだろう。流石ラスボスと頷いた鏡花に、「ふっ」と闘気を練った蘇芳が、両手に炎の拳を持って穢神へと一撃入れた。オズワルドの大剣は触れもしなかったそれが、ぼすっと穴が空いた。




「んなっ」




 思わず絶句するオズワルドとレムン達だが、鏡花は慌てて「私たちも、聖剣の加護があるから」と咄嗟に出まかせを言う。エネルギー体が敵とあれば、蘇芳の闘気もとい、阿修羅族のEGエネルギーは有効だろう。手ごたえを感じたか、蘇芳はにやりと微笑むと、トーヤに目配せした。




「おっし、覚悟しやがれっ」




 勢いづいた正義の味方は普段の倍は頑張ってくれると、SFの仕事を通して知っていた鏡花は、最終決戦なのに主人公と一緒に参戦している同僚(蘇芳)を眺めながら、苦笑した。トーヤ一人だったら不安だったかもしれないが、どうやらラスボスの天敵である蘇芳が居る事で、鏡花の不安はなくなったようだ。飛行艇で穢神の要塞へと突っ込んだ時に感じた単純攻撃そのまんまで、単に抵抗がない人間に取りつく程度の能力と、馬鹿でかい体力が取り柄の穢神は、鏡花たちが回避に専念していたら、いつのまにか雄叫びをあげて倒れ伏していた。




「やった…、とうとうぶちのめしてやったぜ! そうだ、リィルは!? あいつはどうなったんだ?」




 ガッツポーズからはっと鏡花たちを見たトーヤは、慌てて駆け寄って来た。残っているのは、すぐには油断を解かない蘇芳である。彼は穢神が最後の一粒まで消えて行くのを目にして、やっとこちらを振り返った。




「リィル! 穢神はやっつけたぞ! だから、目を、…開けてくれっ」




 鏡花が抱き抱えるリィルの横で膝をつき、トーヤが「お前に言わなきゃいけない事があるんだ!」と青春真っ盛りのセリフを吐いた。聞いている鏡花は、むず痒い思いをしながら、苦笑いで聞いているしかない。と、腕の中のリィルが微かに瞼を揺らした。




「リィル!?」


「トー…ヤ…?」




 トーヤは泣き笑いになると、慌てて両目を擦った。随分心配していたんだなと、鏡花もほっとしてピンっと彼女の額を弾いた。




「痛いっ。キョーカ…?」




 まだぼんやりしているらしいリィルの声を聞いて鏡花がにっこりと笑むと、彼女は左右を見回して、オズワルドとレムン、蘇芳が居る事にも気付き、目をぱちくりとした。




「トーヤ、私…」


「心配すんなよ。何もかも、終わったんだ…」


「ぅん」




 とびきりの笑顔でトーヤは言い、リィルはただ頷いた。何も言わなくても、彼を信頼しているのがよくよく分かり、再び鏡花は変な顔をしないように頬を押さえた。そんな折、一人遠目に眺めていた蘇芳が口を開く。




「トーヤ、急いで脱出した方が良い。穢神という動力源を失って、戦艦が失速し始めた」




 彼の言を聞いた鏡花が、びくっと、リィルを押しのけるようにして立ち上がった。




「そういう重要な事は早く言ってよ!!」


「当然の回帰だと思われるが?」




 元No.2の時の様に、何を言っているんだとばかりに冷たく見られ、鏡花は「うっ」と黙った。また、飛行艇を持っている北の皇帝は、険しい顔で「何だと!?」と叫ぶ。他のメンバーはあまり馴染みがないか、ぽかんとしていたが、オズワルドの説明に慌てだした。




「どうすんだよ、スオウ!?」


「この戦艦についてはキョウカが操作し、海へ落とす。俺が飛行艇を動かそう。出来るな?」




 返事も惜しいと一つ頷いた鏡花は、階上へと走り、その扉を開いた。彼女の予想通り、飛行艇とそう変わりないコントロールパネルが奥に見える。振り返って頷くと、トーヤ達を先に追い出した蘇芳が天井を指した。




「二ブロック先に、天井へのハッチがあった。合流は、上で合図しろ」


「相変わらず、無茶難題押しつけてくるわね、阿修羅族って」




 あまりに準備が良く、良く見ていたなと舌を巻いた鏡花が苦い顔で告げると、それにふっと蘇芳は微笑んだ。




「しくじるなよ」


「ご期待に沿わせていただきますわ、シグウィル様」




 鏡花が言い終える頃には、彼もまた走ってトーヤ達を追い駆けていた。不可能ではないが、このサイズの戦艦を動かすのは、質量的に鏡花は困難なのである。とりあえず進路は遠方の海に向けて加速をつけ、その間に脱出出来れば御の字だ。鏡花は「ふぅぅっ」と長く息を吐いて、コントロールパネルに手を置いた。
















 ようやく眷属を倒しきったガロン達は、満身創痍でその場に膝をついていた。けれど、すぐに奥の方からトーヤが走って来、墜落の可能性を話すと、血相を変えて飛行艇へと乗り込む。さらにリィルだけでなく、北の皇帝や魔族の長まで連れている事に驚いたようだった。「説明は後っ」とトーヤが皆を押しこむ中、蘇芳が一度、戦艦内を振り返ってるのを見て、微妙な顔をする。それに気付いたらしい蘇芳が先に乗り込むよう促すと、トーヤが頭を下げた。




「ごめん。俺、自分の事ばっかりで、これからどうなるかなんて考えてなかった」


「戦艦の事を言っているなら、不要だ。誰かが穢神を倒さぬ限り、この世界は危険だった。そして、動力を失った船は落ちるものだ。それも道理」




 蘇芳は微かに小首を傾げると、そうトーヤに言った。けれど、納得いかなかったか、さらに彼は言い募る。




「そうじゃねぇよ。キョーカやスオウに迷惑がかかるって事、考えてなかった」


「それこそ不要だ、赤の剣の主。俺の仕事は、聖剣の主を助ける事なのだから」




 まだ微妙な顔をしているトーヤに、蘇芳は普段の不機嫌顔でなく、人の悪い笑みを浮かべると「それに」と付け加えた。




「あれは、そんなに軟なタマじゃない」




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