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Darker Holic  作者: 和砂
side4
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side4 悪役と聖剣4


 聖剣のある要塞と同じ様な造りの廊下を疾走する足音が三つ。一度止まったかと思うと、次には眷属たちの金属が擦れるような叫び声が響き、次いで、銃声や剣が弾かれるような音がした。




「スオウ! 回り込まれた!!」




 剣を構えて、眷属の一撃を防いだトーヤが道の先を見て叫ぶ。全体重をかけた蹴りで二体の眷属を弾き飛ばした蘇芳は、呼ばれて別個体からの攻撃を両手でいなした。ちらりと眼だけ動かして左右を確認すると、「ひゅっ」と短く息を吐いて相手に急接近し、抱き寄せるような自然な動きで、強烈な膝を撃ち込む。

 簡単な銃だと弾かれる装甲を持つ眷属だが、彼の膝に金属が曲がるような形で折れた。内部からの衝撃により、溢れるようにしてばしゃっと蘇芳の肩口に緑の体液が掛かる。彼は不機嫌そうに息絶えた敵を掴んで放り上げ、刹那、大きく踏み込んで次の敵を捕えていた。




「トーヤ。鏡花を」




 言いながら彼は敵の懐で体を捩じり、突き上げるようにして肘を撃ち込んだ。これまた面白いように倒されていくのを、まるで映画のように現実味なく、しかし元No.2 の凶暴性に納得するように呆然と眺めているのは鏡花である。一瞬、手が止まりそうになった鏡花の傍に、蘇芳の指示でトーヤが駆け寄り、飛び出してくる敵を斬り伏せた。これで、蘇芳は一人で前方を陣取り、後方で牽制する鏡花やそれを助けるトーヤという配置になる。


 そう時間の経たないうちに、鏡花達は再び眷属に取り囲まれていた。なんせ、ドアを開けるたびに転送装置が働くらしく、初回のあの場程ではないが、一個団の敵を、毎回、屠りながらの進軍である。トーヤと蘇芳、二人との体力差に不安があった鏡花は、この適度な足止めに安堵して良いやらいけないやら。ほっとする時間もなく、攻撃の手が緩んだ瞬間をトーヤに任せ、彼女は銃のリロードを行った。そろそろ備蓄が尽きてきて、鏡花は苦い思いだ。と、視線を上げた彼女の目に、見慣れた印を組んだ蘇芳を発見する。




「奥義っ」




 聞こえた低い声に鏡花は顔色を失くし、トーヤを引っ張って後ろに下がった。急な行動に「何だ!?」と驚くトーヤを無理矢理引き寄せるのとほぼ同時、両手に闘気を纏った蘇芳が左手を一閃させる。


 ―――ごぉぉうっ!!


 ぴっと手についた水滴を振り払うようにして、横一列に炎が流れた。一瞬で炎の壁が出来たそこには、照り返しの赤に顔を染め、薄らと微笑む蘇芳の横顔が見え、数日前の記憶が思い起こされた鏡花はぞくりとする。

 鏡花は、阿修羅族の生態について、宇宙を放浪する生体エネルギー特化の戦闘種族と認識していたものの、増幅器である機体戦闘以外に、生身で魔術的な炎を使ったりするなど考えた事は無かった。精々、身体強化だと、当人である蘇芳にも言われていたのに、連日の腕輪関係での能力の暴走の影響か、それ以降、以前より強い闘気を練れるようになったらしい。今までは増幅器でもある深紅機の効果や会社のエフェクト班の仕事により出現していた炎の付属効果を、生身の状態でも出現出来るようになったと言うのだ。まぁ、それも、つい先程敵に囲まれた時に実践混じりに言われたわけだが。




「やっぱ、すげぇ…」




 トーヤが、鏡花に引っ張られて崩れたバランスを取り戻すと、斬り伏せながら感想を零した。炎まで纏い、躍りかかる蘇芳は生き生きしていて、日頃我慢している戦闘スキーを解消しているようにしか見えない。RPGだと思ったらバトル漫画の世界だなんて詐欺だと、嬉々として敵を屠る蘇芳を見ながら鏡花は思った。




「先へ行く」




 片頬についた体液を拭い、肩越しにこちらを見た蘇芳は、最後の敵の残骸を蹴りやって鏡花を促した。非戦闘員ポジションに居ながら彼女は、走っている間、二人が敵を倒している間、≪感応力≫でルートを検索、誘導していたのである。やっと最後らしき扉の前に来た彼女は、再び転送装置が作動しないよう祈りながら、覚悟して大きな扉を開けた。




「―――!?」




 転送装置は作動しなかったか、眷属が現れる事がなかった扉。奥は広間のようになっており、そこに人影を見つけてトーヤと蘇芳は足を止めた。鏡花はもちろん即座に、彼らの後ろに移動している。




「オズワルド…レムン…? お、お前ら、生きてたのか! リィルは、何処に居るんだ?」




 トーヤの声に、二人の後ろに隠れた鏡花もこっそり顔をのぞかせた。大柄な男性と華奢な女性の二人組。要塞で見た時と同じような、先に穢神へ挑戦しに行ったにしては怪我もないように見える。トーヤの声に北の皇帝は腕組みしたまま振り返り、魔族の長は少しこちらを凝視した後、指先を向けて雷魔法を放ってきた。真っ直ぐこちらにやってくる単純な威嚇の行為だとわかっても、鏡花達三人はさっと散って避けた。




「な…何するんだよ!? まさか、…穢神のせい…?」




 咄嗟にトーヤは叫ぶが、反応する様子はないし、目線もどこを見ているのか虚ろである。これはよくあるパターンだろうと鏡花が眉根を寄せると、同じ事を思ったか、蘇芳も「放心の術か」と小さく言った。




「恐らく、敵の術中に嵌っているのだろうな。気絶させられれば良いが」




 手加減できるだろうかと、そういう心配をしている様子の蘇芳に嫌な顔をし、鏡花は邪魔にならないだろう隅にじりじりと下がる。




「ともかく、倒して話を聞くか」




トーヤも感性が似てきたか、蘇芳の言葉に頷いて、剣を構えた。




「お願いだから、程々にしてちょうだい」




 小さく懇願するよう鏡花が口を開けば、トーヤと同じく剣を構えた北の皇帝が、蘇芳へと突っ込んでくる。にやっと蘇芳が笑ったのが鏡花の位置から見えた。彼は、何に使うのかと思っていた防御ロボットの破片を仕込んだ籠手で皇帝の剣を受け、お互いの力が拮抗しているのか、ぎりっと摩擦音だけ残して沈黙する。

 変わってトーヤは、向かってくる雷の魔法を右に左に避けて距離を詰め、魔族の長へと上段から斬りかかった。女性である魔族の長は、その剣を受けずに、姿を消す魔法で転移し、その方向から火球を撃って来る。剣を振り抜いて一歩前にでたトーヤは、すぐにそちらを見ると、軽々と足を動かして避けた。

 表情は変わらないも、方法を考えたか、魔族の長は自身の周囲に炎の陣を呼び起こす。近寄れないそこから、再び雷で遠距離攻撃を狙う彼女。リーチが短いトーヤは彼女に近づくしかないが、炎の魔法で火傷を負ってしまう。どうするのかとトーヤを見れば、分厚い外套を纏い、口で肌蹴ないよう噛み締めると、そのまま炎の中に突進した。蘇芳に負けず劣らずの無茶ぶりに、「うひぃっ」と鏡花は悲鳴が出る。

 こうなってしまうと、鏡花にできる事は何もない。精々流れ弾に当たらないように自衛する程度である。頭上を行く雷を避けながら、トーヤはともかく、蘇芳は北の皇帝を気絶させるだなんて簡単なんじゃないかと鏡花は思った。けれど、なかなか決め手がないのと、多分に戦闘を楽しんでいるのだろう、浮かんだ笑みが消えないのを見て、もうしばらく掛かると踏む。トーヤの方はというと、派手に魔法を連発する魔族の長に、素早さを生かして対応している。鋭い突進と変則的な回避をしているトーヤ達の間に入れる気がせず、鏡花は自意識過剰は怪我の元と、彼に加勢する事も諦めた。

 隙を見せられないのか、あまり動かない蘇芳たちがその場で剣戟と拳の応酬をしているその後方で、鏡花は他の仲間たちの安否を祈る。ちらりと銃を見れば、予備があと一つと心許無い。さらに、これまでわんさかと眷属たちの出迎えがあった中、今この二人だけというのも奇妙な事と鏡花は思った。それとも、顔見知りを向かわせて味方の心理でも揺さぶろうかという魂胆なのだろうか。

 そもそも、ラスボスだろう穢神とは、どんな敵なのだろうと鏡花は首を捻った。ゼウスを見つけた遺跡での≪感応力≫から、生命に対する害意を感じ、敵がエネルギー体に近い構成をしているというのは把握している鏡花だ。だからこそ、物理攻撃でなく、反エネルギーである聖剣での攻撃が有効というのは分かっている。そういう敵も、DHの仕事の中で見てきたから理解はできるものの、どうにも印象が奇妙だ。仕事で見てきたエネルギー体は人を陥れようとか、より苦しませようとか、そういう気概みたいなものが見えていたわけだが、今回の敵は、単純作業の様に破壊を振りまいているように思える。人工知能に遠く及ばない、単位的な処理機構しか持たない機械のようではないかと、鏡花は唸った。

 この世界での文献の知識やリィルたち・知識者の言動、ゼウスから受け取ったイメージがあまりに禍々しくて、てっきり暗黒神やら転移ゲート担当の死神さんあたりの怖い存在かと思ったのだが、遠回りせずに穢神へと挑戦していれば、もっと早い段階から解決したり、リィルが苦悩したり犠牲にならなくても良かったのではないかと、そういう気分になる。もしかすれば、エネルギー体である穢神の事、強力になった蘇芳の闘気さえも有効圏内かもしれず、だからこそ腕輪で闘気を制限してあったとしたら、と鏡花は少し眉根を寄せた。ともかく、今、南北の国の王が不在と言う事と、穢神の眷属が跋扈している事で、地上は大混乱だ。それこそ、鏡花が見たイメージのままだろう。何にしろ、早くトーヤに穢神を封印もしくは倒してもらわないといけない。




「うわぁっ」


 ―――!?




 急に聞こえたトーヤの声に、思いの外、思考が沈んでいたと鏡花は慌てて周囲を見た。トーヤが近くに転がっていたのを確認し、すぐその向かいの魔族の長に目をやろうとして、彼女の背後に、にやりと笑う鬼が立っているのに気付き、「あっ」と思わず彼女の身を案じる。トーヤも演技だったのか、にやっと悪い顔をしており、次の瞬間、首の後ろに手を当てた蘇芳が、気を失った彼女の体を支えていた。




「≪見て≫くれ」




 気を失ったレムンの体をオズワルド帝の横に横たえると、蘇芳はこちらを見た。≪感応力≫はそんな治癒魔法みたいな事は出来ないんだがと思いながらも、彼女たちの頭に手をかざす。最近、無機物以外に生き物への能力干渉が多くなっている気がしてならない。副作用や効果が不明だからこそ、注意して使わないようにしてきたというのに、腕輪のせいか、何なのか、蘇芳と同様能力の暴走が多くなっている気がしている鏡花だ。

 そんな彼女の顔がより、険しく歪んだ。≪感応力≫を通じてこちらに逆流してこようとする意志のようなモノを感知する。冷たい金属の感触に似たイメージで、それを冬場に素手で触っている印象を受けて、思わず鏡花は二人から手を放した。




「聖剣で何とか出来ない?」


「何とかって、どうやるんだよ」




 この二人が穢神の悪いエネルギーを取りこんでいると説明し、トーヤに協力を求めたが、彼も困惑顔だ。ではと、鏡花が一方を聖剣、一方を北の皇帝の額に置くと、普段の機械操作をイメージして聖剣の情報構成と同じ様にエネルギー組み換えを行ってみた。あーでもない、こーでもないと少し時間をかけて行うと、ばちっと静電気が出て、鏡花の指を弾く。




「ぁ痛っ」「うぅ…っ」




 悲鳴を上げる鏡花と、痛みに呻いた北の皇帝。指を押さえながら、彼を見れば、「余は、今まで、一体何をしておったのだ?」と我を取り戻したオズワルド帝が身を起こした。




「やったな、キョーカ!」


「…そうね。結果オーライ」




 鏡花には自信がないが、多分正解だったのだろう。次も痛みを覚悟して、鏡花は魔族の長の額に手を翳した。




「―――っう、」




 悪い気が抜けたというのだろう。再び指先を静電気に弾かれて鏡花が涙目になるのと同時に、魔族の長も目を覚ました。リィルについての情報を彼らから得ようと、早速北の皇帝と話をしているトーヤを横目に、鏡花は務めて柔らかくレムンに向き直った。




「ご加減はいかがですか」


「お、前は……要塞の守護者か。何故、ここに。いや、私は、何を―――?」




 ゆっくりと起き上がり、額を、顔半分を押さえるようにしたレムンに、鏡花。




「ここは穢神の要塞内です。私たちがやって来ると、貴方がたから攻撃を受けましたので、止むを得ず、蘇芳が対処しました。起きてすぐの所、恐縮ですが、私たちももう一人の聖剣の主を探しています。どうか、ご助力得られませんでしょうか」


「状況はよくわからんが……承知した。お前たちと同行しよう」


「ありがとうございます、レムン様」




 この期に及んで嫌だとか言われたらどうしようと、笑顔の裏で思っていた鏡花は、物わかりの良い彼女の言にほっとする。そこでレムンは何かを思いついたらしく、鏡花の肩を掴んだ。




「そうだ、あの人間の王は――?」




 少しびっくりしたものの、鏡花は「あぁ」と彼女の背後を指す。起き上がってトーヤと話している彼の姿を見て、レムンが目に見えてほっとした。『これは…』と鏡花は、目が点になる。




「何だ、あいつめ。ぴんぴんしているではないか…」




 最後は小さく掠れて行く彼女の声に、ほっとしたような、柔らかな声音が混じっているのに、鏡花は目敏く気付いていた。吊り橋効果って有効なんだわと好奇心が疼くような、私もあの状態だったんじゃないかしらと、ちらりと冷めた目で蘇芳を見てしまうような、そんな気分になって、鏡花はとりあえず、何も見ない振りを決めた。


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