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Darker Holic  作者: 和砂
side4
93/113

side4 月の巫女と陽の鬼女

 赤い雨が降る。見た目から血を連想する為か、降りかかるそれは粘度を持っている様に思えるのだが、普段のと変わりなく肌の上をさらりと流れた。外は土砂降り。雨の為か、視界の奥は赤く煙って霞み、見えにくい。

 フルカバーのヘルメットに張り付く水気を無理矢理に拭いながら、鏡花は手にした銃と全身の機器の調子を確かめた。フォンと左右の足の噴射口の出力を落とす。時間稼ぎの迎撃のため、他のコンバーターと入り口は鏡花とゼウスが全て閉じたものの、ここ、南部の遺跡に続く入り口だけは、適度な広さといい、外界へと通じる通路――南の遺跡の門だ――は眷属にとっては狭い事といい、少ない人数で戦う地の利があって開いている。軽くホバリングして待つと、近くにガロンやルルがやって来た。




「ワシは階下の道を開く。ベルは普段通り援護してくれ」




 ガロンが目をやったのは、上・中・下の三種の道の先。ケンタウロスの巨体が動けるだけの階下の踊り場を確保したいのだろうと分かる。一方ルルは、中、遠距離が得意とあって、狭く、少し距離が取れる上の道の前に立って胸を張った。始まる前からやる気満々だが、スタミナのない彼女の事は後ろのクルリに任せるしかあるまい。鏡花はその特性もあってゼウスと組むつもりで、遊撃にも要塞にも戻るにも重要な場所である、要塞の出入り口前にある小さな踊り場のコンバーター前で止まった。遅れて来た蘇芳が彼女らを突っ切って、中間の道を自然と見る。


 彼らの前、要塞と対峙するように、各地の転送ゲートから送り出されて出現した穢神の眷属が群れていた。普段から要塞防衛のために行っていた野良モンスター討伐のように、統率するボスを倒せば自動撤退してくれるようには思えない。ゼウスを発見した遺跡でもあったように、死した仲間の体を押しのけて前に進む狂気じみた光景が穢神の存在が知られた世界各地で見られており、恐らく、この要塞へやって来ている大群もそうだ。彼らには生存本能のような物が感じられず、ロボットと同じ様に、周囲の生命エネルギーや聖剣のエネルギーに対して反射的に襲いかかって来る、無機質的な反応が受け取れた。



 鏡花の指先から、雫が落ちる。責任感の強い真面目なリィルと、他人を思いやる勇気あるトーヤ。二人の事だから、きっと二本の聖剣を片方へ受け渡す戦いを拒否する事なんてできないだろう。選択権なんてあってないような物なのだ。だが、今、聖剣が力を取り戻さなければ数で押し切られ、動けなくなった彼らの体も蹂躙されるだろう。いつもなら、何があっても脱出できるように会社が手配してくれているから当然落ち着いて行動出来るものなのだが、今回はそうでないのは嫌でも分かっている。


 そんな状況なのに、まだどこかでリィルが逃げ出してくれないだろうかと考えている自分に気がつき、随分気持ちに余裕があると彼女自身思った。それか、と悪い想像をする。シュートランスが言うように、実はもう、とっくに壊れているかもしれないのだ、心が、気持ちが、色んなものが。雨の冷たさのせいか、ぶるりと鏡花は寒気を感じた。顔色が悪いままの鏡花を気遣ってか、全身濡らしながらも微動だにせず前を睨む蘇芳が口を開く。




「俺が倒れたら、皆と共に要塞に籠れ」


「そうして、動けないまま祈れとでもいうの? …バッカじゃない」




 フルフェイスを上げて、「お生憎様」と前に進み、鏡花は彼の隣に並んだ。ちらりと見られた顔に「じゃじゃ馬め」と言われたが、気にするものか。自分より年下のリィル達だって頑張っているのに、見栄ぐらい張らせてもらわないとと彼女はパシンとフェイスを戻す。同時に、鏡花の後ろから、防衛ロボットをありったけ引き連れたゼウスが現れた。ゼウスの指示により、防衛ロボは各通路に均等に分散される。


 こちらの準備が整うのを待っていたわけではないだろうが、最前で仁王立ちする蘇芳の本気に近い圧力のため、これまで二の足を踏んでいた眷属たちがゆっくりと進行してきた。




「―――はっ」




 早速矢を撃ち込んだのは、エルフの弓師、ベル。敵側に飛び道具のような機能がないのか、巨大な蜘蛛や地下に潜る怪物、蝶のような蜂の様な虫型の三種類の内、多くの矢を受けた巨大な蜘蛛の眷属が倒れていく。彼女の弓の腕は確実で、山になったそれらの屍を、追従していた眷属が登り始めた。




「目標、迎撃します」




 乗り越えようとする他の眷属に向かい、ゼウスが一言宣言して、ミサイルを撃ち込む。ばぁんっと赤い炎が上がり、そこを中心に地下に潜った怪物までも熱で飛び出してきた。そのタイミングで雄叫びを上げたガロンが突進し、鋭い槍で数体を串刺しにした。




「喰らええぇぇぇぇっ」




 ルルの叫びが聞こえ、鏡花は上段の通路にも目をやった。ルルの得意とする竜巻の魔法が、飛行する虫型の眷属を切り刻む。飛行型であり足が速いのだろう。歩行型のは遠距離であるベルやゼウスに任せ、鏡花もルル達の加勢に光線銃を撃ち込んだ。赤いレーザーをポインタし、ショット。一瞬痙攣したかと思うと、敵は内部から膨張するように破裂する。と、顔を狙って何かが飛んできたので慌てて姿勢を低くし、転がった。地中からの怪物の舌での攻撃の様だ。鏡花は背中のブースターを反応させ、少しだけ出力を上げた銃で地面ごと撃ち抜いた。


 蘇芳はというと、未だ腕輪の影響で闘気が使えない。やっと歩行型の敵が接近して来、彼は、少し走って勢いをつけると身体を捩じ上げ、鉈のように足を振り下ろした。以前、金属製のフェンスを叩き折ったそれは、蜘蛛型の接続部である細い脚を、力任せに引き切る。と、彼は、着地と同時に回転しながら肘を、柔らかい腹に叩き入れて、内部から爆砕した。普段は直線的に動く彼が、回転も入れて勢いをつけるのは、それだけ本気で相手を壊すつもりだからだろう。


 彼の勢いに乗ったか、ケンタウロスの戦士が鬨の声を上げて、怪物たちに突っ込む。中段と下段で真っ向からぶつかる彼らが取り零した敵は、ベルの弓、ゼウスの遠距離攻撃、ルルの渦を巻いた風、輝かく光の刃をも使って、命を狩り取った。



 頼もしい味方を見ながら自らも飛び、撃破し、けれど、鏡花は眩暈がするような気分になった。南の遺跡の門が狭めているとはいえ、倒れた眷属たち躯の上、小さく空いた隙間からは、まだまだ長い列ができている。考えるなと思うものの、ついつい気を取られて見てしまい、振り払うように地下から伸びてくる怪物の舌を回避した。いつまで耐えられるかなんて予想がつくはずはないし、無駄に考えて集中を切らしてしまってもいけない。そうは思うものの、遊撃している鏡花だからこそ、味方の勢いの衰えも敏感に感じていた。ルルの回復を支えているクルリの息が上がって来ているし、ベルを守る壁の役割を果たしながらも敵を退けるガロンの槍の動きも衰えが見える。唯一、中段の蘇芳の様子が特に変化が見られないが、鉄壁の無表情である彼の事、やせ我慢ともわからない。さらに、接近戦で相手を文字通り破壊していく蘇芳の攻撃スタイルから、敵を撃破した際の体液やら中身やらで足元が酷い状態になっており、いつ足を取られるか、少々心配している。


 シュンっと鏡花のいる上空に向かって、虫型の眷属から針が伸びてきた。身を捩じって回避し、鏡花は一瞬浮いた高度から真下に向かって銃を撃つ。その判断は間違っていたのかもしれない。どうやら敵の下にさらに敵が居たらしく、それは硬い地面ごと内部から爆発して周囲四散した。




「―――ちっ」




 上空に居る鏡花は良い。下が周囲に散るように地面が飛び散っただけに見えただけだ。けれど、それにびくりと反応したのは、一人で奮闘していた蘇芳であり、彼は舌打ちをすると顔を庇う。思いの外、高く跳ねた破片が彼の視界を塞いだのだろう。鏡花があっと思った時には、彼は目を庇いながらも前の敵の攻撃を紙一重で避け、二、三撃と追撃された針を後退して避けていた。しかし、不意の事態に彼が対応が出来たのはそこまでで、一等敵を再起不能にしてきた彼を脅威と見たか、隙を狙ったか、避けた先に地面からの舌の攻撃が来て、彼の片腕を絡め取った。

 足場が滑って踏ん張りが利かない蘇芳を見て、鏡花は慌てて低空へ飛び、≪感応力≫によって両腕に伸びた鋭い突起で切り裂く。彼は拘束から解放されてすぐに理解したか、軽く視線で鏡花を追った。鏡花もそれに気付いて頷くと、次にガロンの加勢に行こうとしたのだが、一時高度を下げた事により下から来た怪物の舌に足を取られ、ガクリと体勢を崩して地面に落ちた。




「つぁ――」




 地面に打ち付けられる瞬間、つい受け身を取ろうとして背の翼を思い出し、腹部側から落ちる。かと思えば、一瞬後には掴まれた足から上に引っ張り上げられた。自分の意思とは別の浮遊感。このまま怪物の口まで引っ張りこまれると思い、即座に鏡花は両足のブーストを稼働させた。それほど高度は上げられなかったものの、下への引力に逆らう。ちらっと見れば、予想通り大口を開けた怪物が居て、彼女は歯を食いしばりながらも、苦しい笑いを浮かべた。手の中でくるりと銃口の向きを変えて、下に構え、目を細めて目標を口の中へ。ショット後の爆発に煽られ、ふらふらと空へ逃げる。


 爆発音とよろけた姿が目立ったのか、彼女の元に次々と舌や針が撃ち込まれてジグザグと飛行方向を変化させねばならなかった。中距離の敵が一斉に鏡花を見た事で、ガロンは最後と突進をかけて、気がそれた敵を倒していく。目を庇いながらも蘇芳もまた突っ込んだ。威嚇の様に足を降り上げた蜘蛛型の敵を拳で撃ち抜きながら、さらに大きく前に出る蘇芳たち。今までの防戦からの一時的な攻勢。中断の道から上下に向かう階段で、蘇芳とガロンは鉢合わせした。




「まだやれるか?」


「ワシはともかく、皆の疲労が強い。そろそろ一時休ませねば」




 互いに背を合わせるようにして敵前で陣取る彼らは、小さくやり取りし、頷いた。蘇芳が片足に重心を乗せたらしく、ゆらりと揺れる。攻めの構えだ。




「俺が殿だ。先に行け」


「わかった。ベル、ルル、クルリ!」




 槍の穂先を下げ、ガロンが背後を振り返る。声に反応して三人がゼウスの側へ後退していくのと同時に、待機していた防衛ロボが少しだけ前に出て、敵へミサイルやバルカン砲の弾幕を浴びせた。気配に気付いた鏡花が、両足のブーストの出力を上げて急上昇すると同時に、蘇芳は長く息を吐いて集中を維持する。ガロンが空いた穴に敵が雪崩れ込んでくる前に、彼はもう何度目にもある闘気の練り上げに挑戦した。試しに行うのとは違う集中量で体を奮起させる。開始直後から腕輪に流れ込む気を感じたが、それを無視してさらに体内エネルギーを燃やし続けていると、両手首のそれが火を持つように発熱して、雨を水蒸気へと変えていた。腕輪は心持ち赤みを帯びて揺らめいており、手ごたえありと見て蘇芳は続ける。

 次第に防衛ロボの弾幕にも慣れたらしい敵が接近して来、ゆっくりとした呼吸を繰り返しながら蘇芳はじりじりと後退した。腕輪の熱量と靄のせいだろうか、彼の視界は少しばかり揺れる。また、手首の焼けるような痛みのせいだろうか、心臓がどくどくと早鐘を打ち始めた。内側から殴られるような振動にかっと体が熱くなり、瞬間、腕輪が膨張するような感覚を受け取る。刹那、腕輪が光ったように彼には見えた。




 ――――――小賢しい。


「―――!?」




 もう少しで忌々しい拘束から逃れられると確信した瞬間、彼の脳裏に、聞いた記憶もない女の、機嫌の悪い高い声が響いて集中を乱す。油断につながると無意識に体が緊張した直後、腕輪からぞっと吸い上げるようにして体内の闘気が抜かされる感覚を受けて、彼は今度こそくらりと体が揺れたのに気付いた。不穏な気配に、彼の上空から鏡花の、背後からガロンたちの鋭い声が飛ぶ。それとほぼ同時だろうか、蘇芳の手足に敵の舌や針が撃ち込まれ、四肢を拘束されて彼は倒れた。




「蘇芳!!」




 上空でくるっと下方を覗き込んだ鏡花が、今見た光景を信じられずに叫ぶ。構えから急にふらりと揺れた蘇芳が、次には四肢を引かれて倒れているのである。何故と考える前に、鏡花は牽制の為に銃を撃ち込んでいた。びっと横に引かれた弾幕に、蘇芳に殺到しようとしていた新手の足を止めたものの、彼を拘束し、その周囲に居た敵への攻撃には足りない。地上へと降りる覚悟を決めて鏡花は急ぎ、状況が変わったのを見てガロンも槍を取って走るが、倒れた蘇芳の、丁度頭の上にはもう降り上げられた敵の鋭い脚があった。




「「――――――っ」」




 間に合わない、絶望的な間。ガロンと鏡花の息を吸った音が嘘のように響き、咄嗟に鏡花は手に持った銃を敵へ投げつけていた。そして、―――。




 ガシュッ!!!




 鈍い、肉を抉るような音と共に、赤い、粘度のある液体が飛んだ。見た目ではほんの少量、それでもぴっと蘇芳の周りに飛び、鏡花はガクガクと体が震え出したのを感じる前に叫んでいた。




「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」




 仲間の血を見て急に死の恐怖を感じたのだろうか、≪感応力≫が乱され、一気に手足が重くなって彼女は墜落する。慣性によって敵にぶつかり、もみくちゃにされながら、彼女が最終的に止まったのは奇しくも倒れた蘇芳の真向かいだった。雨に濡れた白っぽい灰色の髪が、艶を失って目の前にある。赤い雨とは違う、赤黒い何かも見えて、鏡花は立てない程ガクガクと震えた。

 瞬間、背中に重い一撃を喰らい、うぐっと強制的に伏せさせられる。幸いと言っていいのか、鋭い脚に踏まれたようだが、身にまとったロボの装甲が貫通を許さない。けれど、敵の重量は彼女に支えきれるものではなく、次第に加重される苦しみに鏡花は喘いだ。


 呼吸を求めて舌を伸ばす彼女。あれだけ土砂降りだった外も、一気に形勢が逆転された辺りから雨が止んで、空を埋めつくす雲の群れが流れている。地面の水たまりに映るその光景が非現実的に思えて、それどころではないのに鏡花はそこへ手を伸ばしていた。ぴちゃんと指先が水を撫でる。そろそろ体に纏う装甲が悲鳴を上げていて、壊れそうだ。すぐには死なないだろうなと、自身が貫通された姿を想像して、怖くなって涙が出る。滲んだ視界、水の溜まりに光を見て、もう一度鏡花は手を伸ばした。手首にある腕輪が輝く。空から光が降って来るのだと気付いて、鏡花は水たまりに映る光の正体に気付いた。月だ。




「シグ・ウ、・ル」




 そろそろ肺が限界と、酸素不足で彼女の視界が薄れる。呼吸困難で体は冷たく、顔だけパンパンに血を流しこまれているような感覚に鏡花は口をぱくぱくさせた。この手に榊があれば、と血の回らなくなった頭がそんな事を考える。榊があれば何だと考える一方、澱を払えと鋭く警告する声や、死にたくないと叫ぶ若い声、またかと言った諦念の感情、それともう一つ。




 ―――――――――この様な屈辱的な最後など、受け入れぬ!!




 動け、と激励されて、鏡花は≪感応力≫を使っていた。背中の排熱板が熱を持ち、押しつけていた敵の足を焼く。足のブースターが生き返り、その振動も彼女に伝わってくる。澱を払え、との声に突き動かされて、彼女は一瞬の隙をついて投げた銃の傍に転がると、敵に向かってショット。ばぁんっと目の前の巨大な蜘蛛が破裂し、鏡花は緊張から、「ははっ」と笑い声を上げていた。


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