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Darker Holic  作者: 和砂
side4
91/113

side4 悪役と正義の仕事13


 突如、要塞のコントロールルームへ戻って来た三人に一瞬驚いた顔をしたトーヤは、次の瞬間、ほっと肩を落とした。また、トーヤと相談すると言っていたリィルも、言葉通り彼に駆け寄りお互い向かい合う。




「大変なんだ、北の軍勢が…」「大変よ、トーヤ。穢神は…」




 二人同時に言い合い、そこで「え?」と彼らは止まった。鏡花はというと、トーヤの様子からすぐにレーダーへ≪感応力≫を使い、大きく動いた北の軍勢を確認する。なるほど、リィルが北の帝国に入ってから動いた軍勢に、彼女が捕まったとでも思ったのではなかろうか。ただ、目的予測地は要塞ではなく、南の魔族との国境であったが。




「何かわかったか」


「穢神が空飛ぶ巨大戦艦だって話はしたっけ? で、それが最後に確認された地点が、魔族の王城の位置とぴったり同じなのよ。それで、北の皇帝は、魔族が穢神と接点があるって思ってるみたい」




 簡潔に話し、鏡花は南の軍勢が国境に集められ始めているのも見る。二つの軍団がぶつかりあおうとしているレーダー情報を見て、蘇芳は重く告げた。




「どうやら戦が始まるようだな」


「えぇ。北から集まっていた軍隊は、南への大侵攻を始めたらしいわね」




 頷き、鏡花は同じ事をリィルとトーヤに伝えると、トーヤは「クソッ」と悪態をついた。過去を思い出しているのか、唸るように吐き捨てる。




「このままじゃ、たくさんの人が、また戦争に巻き込まれちまう!」


「それだけじゃすまないわ! ここで大きな戦争が始まったら、穢神が復活するかもしれない…!」




 嘆くトーヤにリィルが叫び、彼も、特に気にしていなかったのか蘇芳も、ぴくりと反応した。そんな場合ではないだろうが、蘇芳の反応に、もしやSRECの資料を彼は読んでいないのではないかと、一瞬鏡花は疑った。




「穢神が…? いったいどういうことだよ、リィル」


「穢神は、人々の心の闇を喰らって成長するらしいの。過去の記録を見ても、戦乱の時代が続くと復活が早まっているのよ!」




 「オズワルド帝は、穢神の復活を早めて倒すために、魔族に戦争を仕掛けているの」と彼女は先ほど聞いてきたばかりの話をトーヤに話した。仲間たちは息を飲んでリィルに注目していたが、魔族が穢神を信奉しているかもしれないと言ったところで、魔族の少女らが「適当な事言わないでよね!」と反論してくる。




「穢神の船が王城の地下にあるだなんて話、初耳よ!」


「それに、ボクたちは、穢神をとても恐れているんです」




 本心より心外らしく、滅多に発言しないクルリが、噛みつくルルに代わって、おずおずと言った。この要塞のメンツの中の誰もが、彼女らを疑っているわけはないと表情を見てわかるが、改めてリィルが少女らに返す。




「えぇ。私もルルちゃん達を見て、悪い人だって思えないの」


「だったら、魔族を滅ぼせば、聖剣の穢れが清められるってのは、オズワルドの誤解ってことか…」




 トーヤとリィルが二者様に頷き合えば、ゼウス。




「そうとも限りません、マスター。なぜなら、その様な方法を試した事は今まで一度もないからです」


「まっ、この世界を二分する、もう一つの種族を根絶やしにしてやるだなんて、馬鹿な方法、普通は取らないでしょうよ」




 ゼウスの言葉に鏡花は苦笑し、「困ったわね」と腕を組んだ。SRECの資料に書いてあった一文を諳んじ、難しい顔をしながらリィルとトーヤの二人を見て告げる。




「どうしたらかつての聖剣の力を取り戻せるかについては、具体的な事は何もわからないわ。”聖剣の穢れが清められれば、二つの聖剣の力は一つと成り、全ての闇を祓う神の力が復活する”…という記述が残されているだけなのよね」


「北の帝国でも情報は…」




 そこで沈黙していた蘇芳が再度確認してきて、バツ悪く鏡花は言った。




「ないわ。残念だけど」




 「そうか」と軽く返され、行くだけ無駄だったという顔をされなかった事からほっとする鏡花。




「結局はっきりした事は、何一つわかんねえってことか」




 そう、トーヤはため息を吐いた。その瞬間、ここ何日かでお馴染になった警告音が響く。もう慣れたものと特に慌てる事も無く、蘇芳はコントロールパネルに歩み寄った。予想でも出来ていたか、軽く眉根を寄せるだけの彼は、「何が起こったんだよ、スオウ!」と走り寄ったトーヤを向く。




「先ほど話していた穢神の墜落地点あたりで、巨大なエネルギー反応が発生している。これほどのエネルギー反応は………考えにくい事だが、穢神が活動を開始した可能性が高い」


「そんなの、…ありえないわ! 今までの歴史で穢神が復活した記録なんか、何処にもないでしょう!」




 リィルの悲鳴に似た声に、同じくトーヤの後ろから歩み寄った鏡花も、パネルを見て彼女を振り返る。




「その通りなんだけど……この反応は、間違ってないと思うわ。このところの穢神の急速な活性化と関係があるのかもしれない。予想以上に、穢神の復活のエネルギーが集まっているとしたら、ないとも言い切れないわ」




 時間が差し迫っていると感じてか、言葉を失くすリィル。一瞬にして顔色を失った彼女を痛々しく見、トーヤはきっと眉を上げた。




「だったら、魔族の王城へ行ってみよう! 何が起こっているのか、自分の目で確かめるんだ!」


「うむ。それが良いだろう」




 トーヤとガロンが頷くと、それまで静観していた蘇芳もまた、「俺も同行しよう」と申し出てきた。頼もしそうなトーヤと対照的に、ぎょっとして鏡花は彼を見る。




「何か気になる事でもあったの?」


「先ほど、穢神は巨大戦艦と言ったな。この要塞の演算を終えて、俺も一つ確かめたい事が出来た」




 冷静沈着と評判の、阿修羅族No.2だった頃と似たような顔でそう言うものだから、鏡花は一瞬納得しかけたものの、もう一つ思い出す事があり、即座に顔を顰めた。




「また、魔族の長と喧嘩しないでしょうね?」


「……………善処する」




 怪訝そうな顔の鏡花が凄めば、以前彼女の笑顔の圧力に負けて研修を受ける事になった記憶があるのか、蘇芳は重々しく頷く。約束はさせたぞと、ため息一つで何とか納得し、彼女は預かっていた要塞の末端を彼へと手渡した。これがあれば、要塞からの砲撃の設定や通信が可能なのである。

 装備する彼と、それ越しに聖剣の主達を見ながら、鏡花はもうクライマックスになるのかしらとぼんやり考えた。それにしては準備も情報も、全然足らず、もう腹を括るしかない。最終的な手段として、自分の≪感応力≫で穢神へのリンクを試みる事も覚悟しておかねばと彼女は震えた。




「何か良い考えはないか、リィル?」


「ごめんなさい。歴史にも、こんなに短期間でこんな兆候があっただなんて記録はないの。私にもどうして良いか、わからないわ…」


「そっか。じゃあ、やっぱり確かめに行かないとな。オレが行ってくる。リィルはここに居てくれ」


「ええ。気をつけてね、トーヤ」




 今までで一番不安そうなトーヤとリィルを眺めつつ、鏡花はリィルが言った2本の聖剣を1つにする方法について思い出していた。聖剣の主が死ねば、聖剣は剣の形に戻って元の台座に眠りにつく。だが、例外として、片方のマスターがもう一人を倒した時、二つの剣の所有者へとなれると言う。SRECには後者の情報は無かったというのが、まずおかしい。リィルの言を信じないわけではないが、資料を信じるとすれば、何か他に戻せる方法があるはずなのだ。その切っ掛けが現れない現在、ゲームで言うところのフラグを立てきれなかったかと、鏡花は唇を噛む。だが、これまでメインらしきイベントは全部当たって来た。二人の王とも接点を取ったし、トーヤとリィルの二人の新密度も高い。

 ヒントは、と鏡花は腕輪を見る。沈黙を続ける腕輪についてゼウスやリィルにも見てもらったが、単なる装飾品かと尋ねられるだけであった。蘇芳はもはや闘気に頼る戦法から脱しての行動を心がけているほど、彼の腕輪も沈黙を保っている。




「何なのよ、もう…」




 腕輪を撫でてみるが、冷たい金属の感触だけがあった。





















 北との全面戦争を受けてか、蘇芳はともかく、トーヤとガロンの目は厳しい。よって、彼らは要塞の地下から古代遺跡を、その先の砂漠を抜け、比較的魔族の目がない土地を行く事になった。また、南の魔族の王城は、火山の火口近くにあり、大変危険な立地である。耐暑用の装備を身につけ、彼らは要塞を出た。




「……何とか侵入できたな」




 後ろ手に縛った縄と首元に当てた刃を外され、ガロンはため息を吐く。彼の背に乗り、トーヤを縄にかけて引っ張って来た蘇芳は、ガロンの首から外した刃を腰に差し、彼から下りた。




「次は玉座の間だ。油断せぬ事だ」


「おう、わかってるって」




 口を動かしながらトーヤの縄をナイフで切る蘇芳に、喰い込んだ縄を外される痛みに少し顔を顰めたトーヤも、ガロン同様明るく返す。魔族的な外見の蘇芳が、敵対者である北の帝国の兵士を捕虜としたという設定で彼らは王城へと通された。その途中に二人を解放して、地上から王座のある地下へ下りたものの、他の魔族に見つかり戦闘となるなど混乱があったため、体力の消耗を防ぐために、王座近くまで彼らを拘束して移動することになったのである。蘇芳は、人の目が無くなったのを確認してから、彼らを拘束から解放して装備を返した。




「それにしても、本当にスオウは魔族そっくりなんだな」




 軽鎧を装備しながらトーヤが蘇芳をまじまじ見れば、彼はSRECの設定にあった、人も魔族も区別が無かったという過去の記憶を思い出して、恍けてみせる。




「そういう風に作られたのだ。案外、昔は北の帝国も南の魔族も分け隔てなく生活していたのかもしれないな」


「そっか。戦争がなくなったなら、きっとそうなるさ」




 一瞬想像したのか笑顔になったトーヤの言葉は、聞く者の心に希望を与える。リィルの態度の変化からもそんな事を考えながら、蘇芳は苦笑で彼の頭を一撫でした。

 円状の王城を進んで、捉えた魔族の兵を脅して聞きだした最後の仕掛けを解くと、円の直径に一本の道が通り、玉座まで通じる通路となる。扉近くに移動して聞き耳をしていたガロンが、慎重に二人を振り向いて手招きしてきた。




「魔族の長が居るという話だったが、物音一つせん。気配もないようだ」


「でも、穢神の反応があったのは、この王の間なんだろう? 一体どういう事なんだ?」




 ガロンに言われて耳をすませた蘇芳もまた、彼の言葉に偽りがないのを確かめ、少し考える。末端通信を開くと鏡花へと連絡をつけた。




『末端からの情報で正確な位置を掴んだわ。反応は玉座の間の奥からよ。扉がある様子だけれど?』




 鏡花から話を聞いたトーヤが「じゃあ、開けるぜ」と声をかけて扉を開くと、まず目に入ったのは天井まで繋がっている巨大な、けれど主のいない空の玉座である。部屋の中もそんなに広いわけではないが、巨大な玉座に隠れるようにして半開きの扉が見えた。入り口付近でもわかる、争うような声が奥から響いてくる。急に険しい顔になる三人は、すぐにその奥へと足を進めた。




「…くっ!このままではキリがない!」




 足を踏み入れた三人が見たのは、巨大なクモの様な大きな魔物と、それらに追い詰められているレムンの姿である。三人の内ガロンだけがそれを見た記憶があり、「穢神の眷属だ!」と二人に教えた。

 刹那、「ちょうどいいところに来てくれた!」との声も届く。見れば、すぐ近くに魔族の一人が倒れており、その目に蘇芳の姿を映していた。




「レムン様を助けてくれ! 奴らはあの門から何匹もやってくるのだ。いくらレムン様でも、いつかは力尽きてしまう…。頼む、あの化け物を…!!」


「よし、わかった」




 静観する蘇芳に代わって、すぐに返事をしたトーヤは剣を片手に魔物へと突っ込んでいく。騎士道を掲げるガロンもすぐに彼の後に続いたが、蘇芳は倒れる魔族の女の傍により彼女をまず起こした。




「穢神の反応が強くなっている。お前は何か知っているのか」


「ここ最近になり、門の中から異常な気配があった。レムン様は封印のために聖剣の主を欲したが、上手くいかず……今日になって、何故か門が開き、中からあの化け物どもが…」


「なるほど。穢神の封印に、この城も大きくかっていたというわけか」




 リィルや鏡花が懸念していた事項の確認をし、蘇芳は大きく頷く。決してトーヤにまかせっきりにしているわけではないが、もう蘇芳が彼らを振り返る頃にはあらかたの雑魚は倒され、レムンも一息つく事が出来ているようだった。

 けれど、すぐに蘇芳は目を細める。ここにいる魔物よりも大きな気配が近づき、彼は魔族の女を入り口傍に座らせると、門の正面に立った。ふぅっっと深く息を吐くと、利き腕の拳を握る。体の内から熱い気を感じたのも一瞬、すぐに冷たい手首の腕輪に吸い込まれるのがわかるが、それはもう慣れた。

 門の奥を眇めれば、門を通れるか通れないかぎりぎりの大きさの、蜘蛛型の魔物がやって来ている。これが、この群れの代表だと一目でわかる威容に蘇芳はにっと笑った。見た目から、外側の外装は硬いが中まではそうでないとわかり、一番柔らかいのが腹と見て、益々彼は笑んだ。動きから見て、小回りが利かないのも良い。通りに仁王立つ男に気付いたか、魔物も威嚇の咆哮を上げたが、その次には彼は素早く複数の節足を掻い潜り、腹の下へと着いていた。




「手ごたえがないな」




 一つ呟き、勢いを伝える殴り方で、腹の下から背に向けて一発、二発。柔らかいものが潰れるようなぐしゃっとした感触と音とが周囲に小さく聞こえ、至極あっさりと巨大な魔物は身を痙攣させて固まった。二つの複眼と、丸く、吸いつくような牙のある口から緑色の体液が洩れる。かくりと、節足の一つが折れた。その気配に、潰されてはたまらないと、蘇芳もその場から王座の方へ走り戻る。




「くっくっくっ…!」




 走り戻った蘇芳を迎えたのは、ぽかんとするトーヤとガロン、さらには愉快そうに笑う魔族の長だった。彼女は飄々とした蘇芳の表情を見て、さらに可笑しそうに口を開く。




「まさか、お前に助けられようとはな。…だが、礼は言わんぞ。別に助けがなくとも、この様なヤツらにやられる私ではないのだ!」




 振り返れば、門いっぱいに巨大な魔物の死骸があり、それが次に来る魔物の堰となっているようだった。ほっとしたのか呆れたのか、トーヤが魔族の長の言に苦笑いしている。




「すっげぇ、プライドが高ぇ…」




 トーヤの言に笑いがつられたのか、ガロンも中途半端な顔で笑う。思わず蘇芳も顔が綻びそうになったが、大勢の気配にきっと王座の間の方角を見た。




「躊躇うことは無い! そのまま、薄汚い魔族の長の首を獲るが良い! 聖剣の穢れは、魔族の血によってのみ、清められるのだ!」


「誰だ!」




 突如響いた声に、トーヤを含めた全員がそちらを見る。北の皇帝の姿に、魔族の長は目を見開いた。




「キサマ…! どうやって、こんなところまで!?」


「先に城内を突破する者が、注意を逸らせてくれたおかげだよ。その隙をついて、一気に全てのフロアを制圧した」


「そ、そんな…! オレ達のせいで、この城が…?」




 動揺するトーヤだが、あれだけの混乱でこの城を制圧するのは難しいだろう。それだけこの皇帝の手腕が優秀なのだとわかる。また、彼がこの城を攻めたおかげか、途中からこちらの追跡をする魔族の数が減っていたのも事実だ。




「お前たち、聖剣の主の協力は得られなかったが、結果的には同じ事だったな。こうして、聖剣の主自らが、魔族討伐のためにやってきてくれたのだから…」




 皮肉を込めたセリフにトーヤは苦い顔をしたが、そんな事は気にせず、皇帝は背後の巨大な剣を抜く。




「さぁ、覚悟せよ! 今日はお前たち魔族が滅びる、記念すべき日だ! お前たちの祖先によって汚された聖剣の神の力が、ついに蘇る。お前たちの信奉する穢神諸共、纏めて滅びるが良い!」




 巨大な剣先を突き付けられた魔族の長は、一瞬にして怪訝そうな顔となり、皇帝を見た。




「私たちの祖先が、聖剣を汚した…? それに、信奉する穢神だと…!」




 皇帝の言を繰り返した彼女は、激昂した表情となると大きく笑いだす。近くに居たトーヤとガロンがびくりとして、そろそろと蘇芳の方へとやって来た。皇帝に対するように前へ出た魔族の長は、「何を言い出すのかと思えば!」と怒鳴り返す。




「不遜なる人間の王よ! お前は、そんな笑い話をするために、わざわざやって来たというのか! 何と言う愚か者だ!!」


「何…! この期に及んでとぼける気か? その扉の先に、穢神が眠っている事は分かっている! 玉座の裏に隠された冥界へと通じる扉こそ、お前たちが穢神を信奉する証であろうが!!」




 王たちの怒鳴り合いが済むと、「確かに…」と魔族の長は声を押さえた。




「この奥には穢神が眠っている…。だが、それは、我々の祖先が穢神を封印したからだ!」


「な…ん…だと…?」




 魔族の長の言葉に、トーヤもガロンも驚いていたが、皇帝の受けた衝撃よりはましだったようだ。急に勢いと力を失くした彼に、さらに魔族の長は続ける。




「我々の祖先は、聖剣を司る神官だったと伝えられている。墜落した穢神の船の中を隔壁で仕切り、穢神が簡単には外に出られないようにしたのだ。そして、船の上に城を築き、二度と目覚める事の無いよう、封印を施した」




 魔族の長が語りきった後、皇帝は困惑顔で尋ねる。




「それでは…聖剣の穢れはどうしたら清められるのだ…」


「そんな方法……知っていたら、とっくに我々が試しているわ!」


「ならば、余のやって来た事は……」




 不意に力が抜けたようにがっくりと膝をついた皇帝に、先ほどまでの覇気はない。それを見届けてから、魔族の長も疲れたようにため息を吐いた。




「どうやら、終末の時が来たようだな。祖先が封じた穢神が目覚めようとしている…。全ては、魔族のタブーを犯し、人間どもとの全面戦争を受けて立った、私の責任だ…」


「なぁ、教えてくれよ! どうやったら、この穢神の船を封印出来るんだ?」




 はっとしてトーヤがレムンへと声をかけるが、これまた魔族の長は微笑みを失敗したような、苦い顔で頭を振った。




「わからん。ただ、船は穢神のエネルギーを利用して動くのだと言い伝えられている。もし、穢神を完全に滅ぼす事が出来れば……まぁ、滅ぼすまでいかなくとも、穢神の活動を押さえる事が出来れば、船にも少しは影響があるだろう」




 結局ここにも答えが見つからなかったとトーヤは口を紡ぐが、「それは…本当か?」と北の皇帝は少し浮上した声で尋ねてきた。




「まだ、世界を救える可能性はあるのだな? ならば、余が乗り込み、穢神が復活するまでの時間を少しでも延ばしてみせよう…!」




 北の皇帝が剣を構えたのを見て、トーヤはぎょっとして彼の前へと出る。




「おい、そんなの、無茶だ! 大体、聖剣じゃないと穢神には攻撃出来ないんだろう!?」




 「ただ、死にに行くだけじゃないか!」と何とか留めようとするトーヤに、北の皇帝は「そんな事は、構わん!」と断言した。




「余は王なのだ! 世界を護る義務がある! それに…このような事態を引き起こした責任を取るためには、余の命など、どうでもよい事だ…っ」


「……それなら、私も一緒に行こう、人間の王よ」




 心底後悔している皇帝の叫びにトーヤも押され、それまで眺めていた魔族の長が、苦笑のような表情で彼に「道案内ぐらいは、してやってもよい」と申し出た。




「長の名を継ぐ者として、私も責任を取る必要がある。それに、空いてしまった門を閉めるには、内側からでなければ出来ないのだからな」


「……では、助力を願おう、魔族の長よ。そなたと余の力があれば、穢神にひと泡吹かせるぐらいの事はできよう」




 何か通じ合うものがあったのか、ふっと目線を合わせて微かに笑みを浮かべた二人に、トーヤも声を上げた。




「お、…オレも行くよ。聖剣の主だしな。な、ガロン!」


「いや、それはならん! お前には、聖剣の主として、やるべき事が残っているのだ。聖剣は二本で一対となる存在だ。片方だけでは力を発揮する事ができん。お前が穢神と戦う時は、二本の聖剣の力を束ねた時だ。その時間を稼ぐために、余は船に乗り込むのだぞ…!!」


「それは…! 分かっているけれど…」




 即座に皇帝に拒否され、トーヤも口ごもる。その二本の聖剣を束ねる方法を探している処だというのを、彼らに言えずにいるのだ。そこへ魔族の長が口を開いた。




「もはや、押し問答している時間はない。まもなく、船が復活するだろう。後は任せたぞ、皆を安全なところに避難させるのだ!」




 長に声をかけられて倒れていた魔族の女はしっかり頷く。続いて皇帝も兵士に脱出を命じた。それから沈んだ顔をしているトーヤに向かい、力強く声をかける。




「トーヤよ。お前とリィルにこの世界の行く末を託そう。願わくば、聖剣の穢れを清める方法を見つけ出し、穢神を滅ぼしてくれ!」




 また、魔族の長も、軽く口元を笑みの形へし、トーヤに向かった。




「トーヤ。お前の強さはよく知っている。何しろ、この私の企みを尽く破壊してきたのだからな。こうして魔族の長が人間に遺志を託す事になろうとは、何と言う運命のいたずらだろうか…。頼んだぞ!世界を救ってくれ!!」


「―――っ、オレ…」




 何か言いかけたトーヤだったが、結局二人に言えない間に、彼らは巨大な魔物の死骸を斬り捨て、燃やし、門をくぐった。




「これから、この門を閉める! それを見届けたら、すぐにこの場から立ち去るのだ!!」




 二人の王の宣言の後、戸惑うトーヤと逃げ出す兵士たち、ゆっくりと立ち上がる魔族の女を残して、門はがちゃんっと閉まってしまう。トーヤの傍に佇むだけだったガロンと蘇芳は、次の瞬間、ゆっくりとした揺れを感じて顔を上げた。


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